善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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mukugeさんに続け!~鶏林への道。@新羅時代の交易路

mukugeさんのブログの『「善徳女王」を勝手に地図にしてみよう』に大変感銘を受けた管理人。
「すげーすげー!」と興奮したので、便乗してしまえ!と言わんばかりに、自分でも調べた結果、トンマンの通った道がそこそこ詳しくわかりそうな気がしてきたので、遅れ馳せながらトンマンのお誕生日祝いもかねて(えw)、更新します。(mukugeさん、週末にコメントしに参上しますが、いつも面白くて勉強意欲も刺激される記事をありがとうございます~!v(*´∀`*)v)

※この記事で使う大変見にくい画像は、『韓国歴史地図(平凡社)』のものです。参考になることだらけですので、良かったらお手にとって、もっとちゃんとした状態でご覧になってみてください…!(私のところだと、図書館で読めましたv)


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  1. 2013.03.30(土) _00:00:00
  2. 新羅歴史談義?
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何故ドラマのラスボスがトンマンとピダムの結婚問題なのか。@『善徳女王』と『根の深い木』

『善徳女王』ファンとして、『根の深い木』の何が一番痛快かと言うと、「同じ脚本家ズが脚本を書いている」と言うことだと最近痛感しています(当たり前じゃ…)。
もっと言うと、『根の深い木』を見て、『善徳女王』の脚本の構成との共通点を見つけ出すことで、「これが重要なことだったのか!」とさらに理解が深まるんですよー(*´∇`*)

と言うわけで、トン&ピ好き的にも超嬉しかった発見を以下にv


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  1. 2013.03.28(木) _20:00:00
  2. 『根の深い木』を見て
  3.  コメント:0
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『善徳女王』トンマンと『根の深い木』カン・チェユンの似て非なるところ。

カン・チェユンはよく、「俺達は卑しい奴婢だ。だから、お偉方は俺達のことは虫けら程度にしか考えていない」と言って、自己を正当化します。
でも、これははっきり言っておかしい。カン・チェユンは子供の頃シム家の奴婢でしたが、彼はそこでシム家の当主一族に言い分を認めてもらえていました。虫けらの、それも喧嘩っ早い少年の言い分を「お偉方」のシム家は聞き入れていたんです。シム家はわざわざ奴婢同士の喧嘩を仲裁してやるくらい、彼ら奴婢を大事にしていたし、虫けら扱いなんてしていない。彼ら奴婢を虫けら扱いしたのは、シム家を逆賊とした王、イ・バンウォン側です。
つまり、カン・チェユンは奴婢だから虫けら扱いされていたわけではなく、逆賊の奴婢だから虫けら扱いされたのであって、カン・チェユンの言い分は根本的に間違っています。
じゃあ、何故彼がその言い分を譲らないかと言うと、彼は「自分は虫けら扱いされた」と思えなくなったその瞬間に、敵を殺せなくなってしまうからなんですよ。ソイと再会した後に、イ・ドを殺せなくなったように、良く言えば気が優しく、悪く言えば彼が誰かを攻撃する理由とはそれぐらい浅いんです。
しかも、カン・チェユンはそうやって自己を正当化する以外に、生きる術を持ちません。「何故自分達は敵と見なされたのか」とか、「どうやったら敵を思い止まらせることが出来たのか」とか、そう言う『敵の人格と頭脳について考える』ことは出来ません。それを考えると、自分の落ち度もわかってしまう。その落ち度のせいで自分の心が責め苛まれることに、彼は耐えられない。何故なら、彼は奴婢としてはかなり厚遇され、親も恋人もいて、暴力も許されるくらい甘い環境にいた。甘やかされた子供らしく生きてきた。だから、敵は敵、虫けらを踏み潰すゾウ扱いしたり、人格なんて考える暇のない戦場に出たりしないと、カン・チェユンは人を殺せない。ある意味とても現代的な人間、それがカン・チェユンと言う人物だと思います。

そして、同じ脚本家が描いた、似たような傷(自分のせいで、自分が守らなきゃ生きていけなかったような無力な親が、自分を庇って死んだと言う過去)を抱えるカン・チェユンと『善徳女王』のトンマンと言う二人の主人公の最大の違いは、まさにここだと思うんです。

トンマンは、出会い頭のチルスクの話を熱心に聞くことからもわかるように、まず「相手を知ろうとする」子でした。大人の話を聞くことで大人を知り、時に彼らに取り入り、時に彼らを利用しなければ、トンマンは生きていけなかったんです。何故なら、トンマンにはカン・チェユンを守っていた「奴婢コミュニティ」も「主のシム家」もなかった。何もないトンマンは、カン・チェユンとは違う生き方をせざるを得ませんでしたし、何より、カン・チェユンとは根本的な性格が違いました。
だから、諸侯に殺されそうになった時も、チルスクによってソファが死んだ時も、トンマンは「私達が虫けらだから、お偉方のせいで死ぬんだ」とは考えません。「諸侯は何故自分達を苦しめるのか。どうしたら諸侯を言い負かせるのか」を考え、「何故母さんが死なねばならなかったか」を突き止めると決めました。それはつまり、「ちゃんと訴えれば諸侯は自分達を虫けら扱いしないし、チルスクだって理由もなく自分達を殺そうとするはずがない」と言うことを暗に認めているわけです。トンマンは、相手の人格を認め、自分達にも攻撃を受ける理由があることも認めた上で、立ちはだかる権力や敵と戦っていくんです。思考を拒否することで自分を正当化するカン・チェユンや、気に入らない相手を理解することを拒否しがちなイ・ドとは、正反対です。

まあそう考えると、『根の深い木』のショボいところって、要するに主役の器、スケールの違いだよなーとは思ってしまいます(ちょ) カン・チェユンやイ・ドだけでなくカリオンも含めて、真ん中にいる人間の器がちっちゃいんですよね、『根の深い木』って。
でもまあ、『根の深い木』は平和な時代の話だから、無理もないなとも思います。あーだこーだ言っても、重臣達がイ・ドに対して本気で反乱を起こす理由もないし(バンウォンなら「いつ殺されるかわからん」から有り得るけど)、カリオンだって、具体的な反乱の案(カリオン達の傀儡となる次の王は誰かとか)は何もない。しかもその平和はイ・ドがもたらしたものではなく、バンウォンがチョ・マルセンら優秀な官僚を使って「イ・ドを脅かすものを皆殺しにした」ことによってもたらされたもの。バンウォンに感謝したら、と言いたくなるくらい、イ・ドは(個人としてはともかく)王としては楽を出来ています。「外戚を排除する」と言う最大の嫌な仕事は父親がやってくれた上に、親族を全て喪った王妃は、自殺もせずに何人も皇位継承者を産んでくれている。おかげでイ・ドは、妻も喪わなかったし、もう一度「外戚を排除する」必要もなくなりました。
また、ドラマの中で、イ・ドは王宮内で堂々と泣き喚いたり幻覚を見たりとトチ狂ってるのに、「他に皇位継承者がいない」と言う理由もあって、廃位されることはありません。

だからか、イ・ドを見ていると、なんかもうピダムになれそうなくらいw、とにかくトンマンが可哀想になってきます。
即位してから、トンマンがあんなに取り乱すことなんてなかったよなぁ……としみじみしながら感じた、トンマンとピダムとユシンの話を以下だらだら呟きます。


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  1. 2013.03.21(木) _19:00:00
  2. 『根の深い木』を見て
  3.  コメント:0
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待賢門院の崩御を巡る物語・二

※完全に日本史トークなので、興味のない方はさらっとスルーしてやってください。
※一と違って、口調はいつもの口調に戻っていますw


白河院と鳥羽院の関係は、様々な物語や逸話で「強権を振りかざして孫を威圧する祖父」と「忸怩たる思いで祖父に従う孫」として描かれています。
んが、同時代の日記を読みとくと、こう言った事実が浮かび上がってきます。

・鳥羽院が即位してからと言うもの、白河院は外戚のいない孫を守る為にずっと鳥羽院の暮らす里内裏の近くに住み続けたが、曾孫の崇徳天皇の時代になると、曾孫がいる里内裏の近くで暮らすことは全くと言っていいほどなく、待賢門院の居場所に関係なく、基本的に鳥羽院と同居している。
・鳥羽院が待賢門院の御所である三条西殿に引っ越してきた時、寝殿は家主の待賢門院が使っているので、白河院は自分が暮らしていた東の対屋(三条西殿は東門が正門なので、東の対屋は寝殿と同じくらい格式が高い)を全て鳥羽院に譲り、自分は西の対屋の、それも目立たない北側に住んだ。

現代でも、家の中のどの部分に住むかは、その人の立場を強く反映します。格式重視の平安時代においては、なおのこと「誰がどこに住んでいるか」は重要視されました。
三条西殿での三人の部屋を現代風に表現すると、

待賢門院→主寝室と居間。
鳥羽院→応接室と来客用の寝室。
白河院→いくつかある個室のうち、日当たりの悪い場所にある部屋。

こんな感じになるくらい、三人の住む場所には差がありました。特に、白河院は居候に近い部屋です。こんなに鳥羽院に気をつかってまで同居して、肝心の崇徳天皇は放置していたことを思うと、白河院が一番大切に思い、愛していたのは孫の鳥羽院なんじゃないかなーと言う気がしてきます。生まれてこの方ずっと手元で育ててきた最愛の孫(即位するまでこの二人は同居してました)、幼い頃に両親を喪って不憫な孫、もう目に入れても痛くないほど可愛い孫。まさにそんな存在が鳥羽院だったんじゃないか……と、まあそう言う関係に見えないこともないなとw

そして、こうごっちゃごっちゃ調べていると、鳥羽院が限りなく俺様に見えてきます(え)
白河院は、確かに寿命の長さとか凄いんですが、私生活はわりとフツーと言うか、結局正式な中宮や女御は在位中に得た二人だけですし、退位後に出来た愛人達に対しては叙位すらしていないんですよね。おかげで皇位継承が混乱せずに済んでいます。藤原忠実にキレたのも、まあ無理はないと思える事情がありますし(むしろよくまあ十年近く我慢したなとw)。
鳥羽院は私生活が結構めちゃくちゃと言うか、退位後に出来た愛人を二人も立后させ、その皇子を即位させるなど、上皇としては平安史上最も破天荒な一生を送った気がします。また、鳥羽院と対になる藤原忠実も、元服した帝に長女を入内させないなど、摂関家には有り得ない選択肢を選んだり、強制的に隠居させられた後も実権は手放さなかったりと、摂関家の大殿としては平安史上最も破天荒な一生を送った気がします。なので、私の中ではこの二人が破天荒コンビですねw

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  1. 2013.03.20(水) _18:55:02
  2. 待賢門院藤原璋子
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待賢門院の崩御を巡る物語・一

※完全に日本史トークなので、興味のない方はさらっとスルーしてやってください。



待賢門院の最期と言うと、時には非常に寂しいものだったように言われることがあります。んが、これまた当時の日記を見ると、寂しいかどうかの判断に困るくらいに、待賢門院の死の影響が綴られています。そんなわけで、待賢門院(以後、女院と表記します)の死の前後の話を、自分用につらつらメモってみました。(なので、言葉遣いが丁寧ではないです)

また、色んな人が出てきてややこしいので、整理する為にも人物の一覧を。
※()は女院が崩御した1145年の年齢です。
※詳しい経歴などはwikiとかをどーぞ!
※出典は殿暦、長秋記、中右記、今鏡です。
【女院/待賢門院藤原璋子(45)】
落飾済み。御所は三条高倉第。法名は真如法。
【法皇(43)】
鳥羽法皇のこと。女院の夫。出家済み。白河北殿で皇后宮得子と暮らしている。法名は空覚。
【新院(27)】
崇徳上皇のこと。法皇と女院の長男。名人の和歌を各百首ずつ集める「百首歌」を企画中。御所は三条西洞院第。
【前斎院/統子内親王(20)】
女院の次女。美少女として有名。三条高倉第で女院と同居中。
【今宮/雅仁親王(19)】
女院の四男。正室を亡くし、忘れ形見の幼い長男も法皇に引き取られた為、三条高倉第で女院と同居中。今様マニア。
【五宮/信法入道親王(17)】
女院の五男。病弱だった為、女院の意向により出家し、仁和寺で修行を積んでいる。本名は本仁。
【白河院/白河法皇】
故人。法皇の父方の祖父で、女院の養父。享年は七十七歳。
【高陽院/藤原泰子(51)】
禅閤忠実の長女で、摂政忠通の同母姉。御所は土御門東洞院第。法名は清浄理。
【皇后宮/藤原得子(29)】
法皇の最愛の后。帝の生母である為に皇后宮となったが、国母としての公的な権力はない。二人の姫宮と、新院の長男、今宮の長男を養育中。
【皇太后宮/藤原聖子(24)】
新院の正室で、帝の養母。摂政忠通の嫡女。
【帝(7)】
近衛天皇のこと。生母は皇后宮得子だが、生後すぐに時の中宮聖子の養子となり、今も聖子に養育されている。

<摂関家>
【禅閤/藤原忠実(68)】
摂関家の経済を握る大殿(ボス)。高陽院、摂政忠通、内大臣頼長の父。法名は円理。
【摂政/藤原忠通(49)】
禅閤忠実の嫡男。嫡男に恵まれず、頼長を養子としている。職務上、新院のことは実父の法皇以上に面倒を見てきた。
【内大臣/藤原頼長(26)】
禅閤忠実の庶子から摂政忠通の嫡男になったシンデレラボーイ。『台記』と言うセキララ日記を書いている。舅は女院の同母兄の右大将実能。

<女院の親族。閑院流関係者>
【左大臣/源有仁(43)】
完全無欠の一流貴族。正室は女院の同母姉。女院と同じく故白河院の猶子。
【中君/花園左大臣室】
女院の同母姉。有仁の正室となり、その才知で彼のサロンを盛り上げた。歌人でもあり、三首伝えられている。
【右大将/藤原実能(50)】
女院の同母兄。新院誕生の際には、御産中の女院の体を抱いて支えた。
【権大納言/藤原実行(66)】
女院の異母兄。法皇と女院の側近として、長年に渡り諸々の実務をこなしてきた。前斎院の後見人でもある。三条高倉第を女院に貸している。
【別当/藤原公教(43)】
権大納言実行の嫡男。父と共に、法皇の側近として諸々の実務を見ている。

<その他>
【堀河】
女院の上臈女房。シングルマザーになってから女院に仕え、女院と共に落飾した。円位法師と親しく、歌人として名高い。
【兵衛】
女院の女房。堀河の妹。少女時代から女院に仕えること二十年余りになる、ベテラン女房。姉と同じく歌人。
【円位法師/佐藤義清(28)】
後の西行。右大将実能の随身として実能一家と法皇に可愛がられるが、五年前に謎の出家を遂げた。




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  1. 2013.03.16(土) _18:20:46
  2. 待賢門院藤原璋子
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待賢門院の御火止まりのこと。@崇徳天皇の出生を巡る状況。

※完全に日本史トークなので、興味のない方はさらっとスルーしてやってください。


↓で取り上げた待賢門院は、「養父と出来てた。彼女の長男・崇徳天皇は養父・白河院の子で、だから夫の鳥羽院は崇徳天皇を嫌ったし、保元の乱も起きたんだ」と言う話が古事談と言う中世のスクープ本にある為に、超セクシーなイメージが流布しています。
が、よくよく考え、調べてみると、これは非常に筋の通らない話なんです。

まず、自分の子でないなら、何故に鳥羽院は白河院の崩御後、12年も崇徳天皇を退位させなかったのか?(鳥羽院には雅仁親王(後の後白河天皇)と言うスペアとなる四男がいました。おまけに、崇徳天皇は白河院の生前に元服も済ませていた為、崩御後数年が経つと、鳥羽院と政治的に対立する事態も生じるようになり、時には宸意が通っています)
待賢門院が鳥羽院を裏切る形で密通を続けていたなら、何故鳥羽院は白河院の死後、他の女性を寵愛するようになってからも、待賢門院の為に法金剛院を建立させたり、法金剛院領と呼ばれる莫大な資産を待賢門院に持たせたりしたのか?(白河院の生前に、待賢門院はすでに円勝寺領と言う資産を得ており、金銭面で不自由することはありません)
崇徳天皇が鳥羽院の子でないなら、何故鳥羽院は崇徳天皇を退位させた後、その庶長子を皇后宮の養子として育てた上で三品重仁親王として元服させるなど、有力な皇位継承者候補として扱ったのか?(当時、天皇の庶子は長男であろうと問答無用で出家させられるものと決まっていました。勿論、生母が中宮や女御でないどころか、公卿の娘ですらない天皇など有り得なかったんです。重仁親王の生母は公卿どころか殿上人の娘ですらないので、皇位継承者としては完全に不適格です)
と言うか、歴史的に見ると、崇徳天皇と後白河天皇が同父母兄弟でなければ、そもそも保元の乱は起こるはずがないのでは?(歴史的に見て、上皇と天皇、あるいは上皇と上皇が政界を真っ二つにするレベルで対立して戦いに至る時、それが親子や同父母兄弟である例はあっても、片親が違う兄弟であることはまずありません。片親が違えば、その正当性に差が出て、それによってバックにつく勢力の大きさに覆し難い差が出るので、戦いに至る前にどちらかが失脚・粛清されます)

また、色々と意味のわからない言葉を調べているうちに、どうも、当時は帝や院の后妃が懐妊した際には、かなり徹底した管理下に置かれることがわかってきました。しかも、待賢門院の場合は身分の高さもあってか色んな貴族の日記に妊娠出産のことが書かれて、今でもその日記が幾つも残っていると言う、かなり資料的に恵まれているようなんです。
そんなわけで調べてみると、どうやら「崇徳天皇は密通して出来た子」と言う話は、かなり信憑性が低いなぁ…と感じたので、その根拠を以下つらつらと。
ちなみに、タイトルの「御火止まり」とは、中宮や皇后宮の懐妊を意味しています。昔は、月経の際は皆とは違うところに焚いた別の火で食事を作ったりしたので、中宮クラスの存在だと、そう言うことがあるかないかは非常にはっきりしていました。妊娠すると、この別の火がずっと消えたままになるので、「御火止まり」と呼ばれたそうです。別の火、と言うところが神秘的で(神に仕える身のよう)、面白いですよね!(そうか…?)


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  1. 2013.03.07(木) _19:16:05
  2. 待賢門院藤原璋子
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11月17日から12月31日までに頂いたコメントへの返信

↓でぎゃーぎゃー文句を言っていた『根の深い木』は、9話と10話でやっと何の不満もなく見られるようになりました!良かった!←このワガママ者め!
思うに、イ・ドが若い頃に散々苦悩して精神的にヤバイ人一歩手前まで行って、いわゆる「激しい苦悩」はし尽くしたと思ったのに、おじさんになってからも延々とキレ続けるのが見ていて辛かったようです。トンマンが出てきた後のミシルみたいに、覚醒する方向でいて欲しかったなと…。ふつーに、あんなに堂々と大声で錯乱しまくる王様のヤバい精神状態を重臣が誰も知らないと言うのも、おかしいですし。
それと、幼馴染の二人組がお互いにああまで関わっていながら気がつかないのも変過ぎるだろ…と言う、ちょっと心理的に考えて納得のいかない部分があるのも今一つハマりきれない理由なのかなと思います。
勿論、あちこちに工夫があって、テーマとなる部分もとても面白い作品なんですが(って10話までしか見てませんがw)、そんなわけで、登場人物に感情移入できるかって言うと、全く出来ないまま終わりそうな気がしています。……こんなことを言っておきながら最終回で泣くのがキャラだと言う気もしないことはないです(ノ∀`)ナハハ

続きから、去年頂いた拍手コメントへのお返事です!本当に昔のこと過ぎて申し訳ないです…(汗)
そして、↓の記事が雛祭りなのになんだかそれっぽい可愛い展開が何もなくて、それもすみません…。

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  1. 2013.03.03(日) _17:45:16
  2. 拍手コメントへの返信
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SS 曲水

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  1. 2013.03.03(日) _14:20:13
  2. ダーク連載『迷宮』
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