善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 花郎たる者

珍しく、ポジョンのSSです。
ポジョン2
最終回のポジョンはどうなったんだろう…なSSなので、結構血生臭い、グロテスクな部分があります。それでも大丈夫!な方のみ、どうぞー。(↑の画像を見ると、ポジョンの鎧、めっちゃ豪華ですねー!ソルォンさんのお古でしょうか?←)






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  1. 2013.04.30(火) _22:00:00
  2. SS(ドラマ準拠)
  3.  コメント:6
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SS 避けられぬ道

↓のSSのトンマンバージョンです。二つで一つ、と言うことで、一度に更新してみましたv
どちらから読んでも問題はないと思いますが、良かったら両方ともどうぞー(笑)
避けられぬ道





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  1. 2013.04.22(月) _18:00:01
  2. SS(ドラマ準拠)
  3.  コメント:2
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SS 進むべき一本の道

60回のピダムの話ですー。
進むべき一本の道



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  1. 2013.04.22(月) _18:00:00
  2. SS(ドラマ準拠)
  3.  コメント:2
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最終回あれこれ。@『善徳女王』と『根の深い木』 ※加筆修正

『根の深い木』、視聴完了しました!

思えば、これが『善徳女王』以来、二度目の韓国ドラマ全話制覇です!(えええええ) いえーいww
総括としては、同じ脚本家ズの作品と言うことで、興味深い点も多く、見応えがある作品でした……最終回を除いて

うん、最終回はあれだ、たぶんイロイロと面倒臭くなったんじゃないでしょうか。お疲れだったんじゃないですか?脚本家が。
……と、それぐらい考えないとやっていられないぐらい、すんごいつまんない最終回でした。ずっとそこそこ面白かったのに…。

以下、何故「つまらん」と思ったのか、と言う話と、またしても『善徳女王』のどこが凄かったかが一つわかったので、それについてつらつら書いていきます。(こんな感想ばっかりですなー。汗)


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  1. 2013.04.21(日) _01:27:15
  2. 『根の深い木』を見て
  3.  コメント:6
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ヨウォンさん語りのはじまり ※ちょこちょこ追記中

※毒舌です。御気分を害される恐れがあります。



先週は、リンク先で、様々なヨウォンさんのお誕生日記事を見られて、ちょーウハウハ(古)な1週間でした(´∀`)
一方で、りばさんのところでヨウォンさん好きのキッカケの1つとして名前を出して頂いて、目玉が飛び出た管理人(ノД)ノ ゚゚ 「そんなにヨウォンさんのことべた褒めしてたか!?」とビックリして昔の記事を読み返してみたら、まー確かにべた褒めと言うか、「熱烈なファンだな」と思われても仕方のないくらい誉めてました(爆)

※追記
りばさんを始め、やり取りのあるリンク先の方々には、私のヨウォンさんラブが『善徳女王』ラブによるものだとバレていると思います。私自身がアホすぎて、自分が「『善徳女王』ファンで、かつヨウォンさんのファンでもある系」なのか、「『善徳女王』ファンベースのトンマンを演じるヨウォンさんが素晴らしすぎるからついでにヨウォンさんも愛でちゃうぞ系」なのかが、わかっていなかっただけで(ノ∀`)アチャー
そんなわけで、この記事は、「私は後者だったんだ……」と気がついた管理人の覚書です。誤解を招くような書き方をして、すみませんでした…!


↓トンマン役のヨウォンさんへの愛を叫ぶの一例↓

●トンマ――ン!!&お知らせ(2010/05/06 23:12)
そしてやっぱり賞賛したいのは、イ・ヨウォンさんの演技!
ミシルの年齢不詳(若い頃は多少可愛げがあり、中年期はふてぶてしい感じはしますが)も面白いですが、トンマンの年輪を感じさせる演技が本当に素晴らしいと思います。
チョンミョンを喪って、これまで躊躇ったり迷っていた部分を全てバサーッと斬り捨ててからの演技はトンマンの決意が感じられるし、いや凄い。郎徒時代も細かく『男』を演じていたし……これからの公主時代が楽しみです。女王時代はkntvで全部見ましたが、公主時代は最後の方の、もうほとんど女王になっている頃のしか見てなかったので。



……と、このようにヨウォンさんを誉めまくりな私ですが、実は、ヨウォンさんの演技は全っ然、私の好みのタイプではないのです(え)
むしろ、腹式呼吸の危うさから言えば、どっちかと言うと苦手なくらいでして。←ちょw
もっとはっきり言えば、そもそもモデルをやっている役者は苦手でして(汗) その上、トメグループに入れるようなラスボス系時代劇役者が好きなので、『善徳女王』で私の好みのタイプの演技だったのは、パッと思いつく限りではチュンチュ、ミセン、ウルチェ、真興王、上天官ソリの5人でした。素敵な役者さんだなー枠なら、ムンノとミシルチームでしょうか。

いったい、なんだってこんなヤツがヨウォンさんを誉めまくっているのか…と言う話を、続きに綴ります。


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  1. 2013.04.15(月) _17:26:51
  2. キャラ語り
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トンマンとイ・ドの孤独の結末。@『善徳女王』と『根の深い木』

昨日はトンマン役のヨウォンさんの誕生日でした。おめでとうございまーす!vv

さて、『根の深い木』もとうとう二十話まで視聴完了し、ますます『善徳女王』との繋がりが面白い今日この頃。続きでまたまた語ります。

あ、『善徳女王』と関係ないところで個人的に嬉しかったのは、やっぱりチョ・マルセンの活躍でした。
チョ・マルセンは役者さんが(たぶん)大物なので、チョイ役では終わらんだろうと思っていましたし、官僚かくあるべし、な彼の言動が嬉しいです(*´∇`*) また、キレるポイントが、法的にも心理的にも「秩序の崩壊」に他ならない事件である『臣下による大君殺害』、と言うところがたまりません。なんだかんだ言っても、政治家になれない学者チョン・ギジュンと、根っからの政治家チョ・マルセンの違いが、はっきり打ち出されたなーと。
政治家と言えば、地味に出続けている、たぬきじいの領議政ファン・ヒも気になります。ファン・ヒと言う人物は、『龍の涙』でかなり印象的な人で、それで名前を覚えたので、『根の深い木』のファン・ヒが王様からも臣下からも一目置かれる絶妙なポジションを保っているのを見る度に、「なんかわかるわーたぬきじいだわー」とw(コラ)

そう言えば、『韓国歴史ドラマ秘話録』と言う雑誌にパク監督のインタビューがありました。パク監督のちゃんとしたインタビューは、日本だとかなり珍しいので(公式ガイドブックにもないんですよー)、もしよかったらご一読を…!


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  1. 2013.04.10(水) _19:00:00
  2. 『根の深い木』を見て
  3.  コメント:0
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美福門院得子の若き日々と崇徳天皇退位のこと。

長い記事なので、お暇な時にどうぞー。


鳥羽院の后の中には、後世の人間によって「九尾の狐が化けた絶世の美女・玉藻の前」のモデルにされ、恐らく中国史上最強の悪女・妲己(だっき)と同一視されている、気の毒な女性がいます。それが、美福門院こと藤原得子です。
ちなみに、妲己は、仙界冒険ファンタジー封神演義のヒロインとしてお馴染みの超絶サディスト美女で、「なんて手間のかかることを…」と言いたくなるような拷問を見ないと笑わないと言う、個性のキッツいキャラクターで知られています。しかも、王がこの妲己を寵愛した結果、王は死に、古代国家・殷は滅びたと言うオマケつきなので、美女悪女と言っても楊貴妃他とは、レベルが違います(※楊貴妃自身は殺され、王は都落ちをしましたが、後に復活し、国も滅びていません)。
そう考えると、得子に対して「玉藻の前のモデルなんじゃね?」と考えること自体、得子に対するイメージってどんだけ酷いの…な感じなのです。

一般的にも、得子はよく待賢門院と対立していたとして紹介されますが、待賢門院が四十五歳で崩御した時、皇后宮だった得子はまだ二十九歳。十八歳の時に鳥羽院に寵愛されるようになり、四十四歳で崩御した得子にとって、待賢門院は脇役ではありませんが、所詮は人生の中盤までしか登場しない、主要キャストの一人に過ぎません。得子と言う女性を考えるには、待賢門院だけでは明らかに不足なんです。
では、誰が最も長く、深く得子の人生に影響を及ぼしたのか?
それは、この5チームではないでしょうか。

1.夫……鳥羽院(得子四十歳の時に崩御)
2.摂関家……高陽院藤原泰子(夫の別妻で長女の養母。得子三十九歳の時に崩御)&皇嘉門院藤原聖子(長男の近衛帝の養母かつ国母。得子より五歳年下で長生き)&関白藤原忠通(泰子の兄で聖子の父。得子の崩御から四年後に薨去)&大殿藤原忠実(忠通と泰子の父)&左大臣藤原頼長(忠実の庶子。忠通の養嗣子)
3.夫の嫡男……崇徳天皇(崇徳上皇・崇徳院)
4.待賢門院とその血を引く者達……待賢門院&後白河天皇&上西門院&覚性入道親王&重仁親王&二条天皇
5.得子の家族……親兄弟&次女[日章]子内親王&三女[女朱]子内親王

この5チームの大多数が、待賢門院より遥かに長く得子の人生に登場し、関わっていきます。つまり、得子がどのような女性であったかを考えるには、この5チームがそれぞれ得子に及ぼした影響がどんなものであったかを見ていく必要があると思うんです。
そして、確かに、敢えて得子の人生を総括するなら、彼女には「平安時代きってのシンデレラガール」と言う言葉が最も相応しいのですが、この5チームとの関係を見ていくと、シンデレラガールとなった得子を待ち受けていたものの複雑さとか、崇徳天皇の退位に彼らがどう関わっているのかがわかるんじゃないかなあ……と言う話を、以下つらつらと。

●得子のプロフィール●
得子の父・藤原長実は、白河院の乳母子として権勢をふるった顕季の嫡男です。この顕季は、待賢門院の祖父・閑院流藤原実季の養子となって、実季の正室藤原睦子の妹を妻としたので、長実とその弟・家保は璋子の父・公実の従弟でもあります。そして、この縁により、長実兄弟は入内を控えた待賢門院の家司に任じられ、特に長実は待賢門院の第一子・顕仁親王の筆頭家司として生涯待賢門院親子に尽くし、受領層ながら権中納言に至りました。ただ、長実は学才に乏しく、思慮深さにも欠けていた為、義弟源師時からも「愚か者」とこき下ろされています(『長秋記』)。歌人でもありました(得子にも『美福門院集』と言う歌集があったそうなのですが、現存していません)。
得子の母は、左大臣でありながら実権を得られずに終わった村上源氏の当主・源俊房の娘・方子です。長実より九歳年上で、なんと、得子を産んだのは数えで五十二歳の時でした。方子は長生きし、無位だったのに、八十歳を越えてからいきなり従一位に叙されると言う栄誉に輝きました。
得子自身は待賢門院が入内した永久五(1117)年に八条東洞院第(八条大路北、烏丸小路東)で誕生し、父四十三歳、母五十二歳と高齢出産の子であった為、両親に可愛がられて育ちました。長実は、自身が公卿になってから得子が結婚適齢期を迎えた為、将来有望な公卿を婿にしたいと願い、死期の迫った長承二(1133)に時の右大臣源有仁と、待賢門院の甥・参議藤原公教に話を持ちかけています。しかし、間もなく父を亡くそうとしている娘の縁談は上手くいかないもので、結局得子の話も纏まらず、失意の中、長実は世を去りました(『長秋記』)。
実は、この時点で、得子の兄弟は皆受領ではありましたが、公卿どころか公卿になれそうな人もいないと言う有り様でした。得子の一門の中心は、長実ではなく、長実の弟・家保と、その息子で鳥羽院から寵愛されている家成に移っていたのです。
長実からの莫大な遺産はありましたが、将来の道筋は見えないまま、得子は父の為に一年間、重い喪に服します。唯一の味方である母の方子は六十八歳、髪を下ろして「越後尼公」と号していました。


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  1. 2013.04.06(土) _21:00:00
  2. 待賢門院藤原璋子
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