善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

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救いのない恋心。@西行『山家心中集』

前に、「普段どんな本を読んでいるのですか」的な質問を頂いたことがありまして。
せっかくなので、8月にちまちま読んだ本を一冊ご紹介しようかと思います。……と言うのも、なんだか珍しく和歌の本を読んじゃったからなんですよね!←自慢したいだけなんじゃ…。

実は、『うた恋い。』の影響もあってか、一度誰かの歌集を読んでみたいと思うようになり、誰にしよっかなーと思った時、「西行がいいな」と思ったのです。特に、恋歌を読んだら、あれこれ参考になるんじゃないかと思い(←何の…?)、西行の歌集の中でも晩年に自撰したとされる『山家心中集』を読んでみました。
ちなみにこの歌集は、構成からして変わっていて、西行カラー全開です。(通常の歌集では、歌を「春歌、夏歌、秋歌、冬歌、恋歌、哀傷歌、雑歌」などのテーマ別に編集し、最初のテーマにはまず四季を持ってくるのに、この『山家心中集』では、「花、月、恋、雑」と四つのパートに分かれています)
んで、このうち「恋」のパートについて、続きでボチボチ語りたいと思います。言葉遣いがぶっきらぼうになり、ついでに考えてみた現代語訳もかなりテキトーなので、完全に(出来ればトン&ピに活用したいと言う)下心満載の語りですが、お暇な時にでもお付き合い頂ければ嬉しいですw


* *


※この色は『山家心中集』で、この色は『山家集』です。

三十六首ある恋歌で、西行は一つの物語を紡ぐように歌を並べている。

73 弓張の 月に外れて見し影の やさしかりしは いつか忘れん
弦月の光さえない闇の中で見たあの方の優美なお姿が、いつまでも忘れられない。
74 知らざりき 雲居のよそに 見し月の 影を袂に 宿すべしとは
考えたこともなかった。遥か彼方の天上の月に恋をして、その面影を心に抱くことになろうとは。


雲居は、遥か遠く、触れることの叶わないところ。最初のこの二首で、西行は本当なら見ることも出来ないはずの高貴な女人を見てしまったことを匂わせる。
その上で、あってはならない恋心に囚われた苦しさを、彼は吐露していく。月を見て嘆き、眠れぬ夜を過ごして嘆き、想いを口にしてしまいたいと言う衝動に駆られ、そのような身の程知らずの望みを抱く自分を戒め、絶望する。
全ては、彼の身分が六位であり、昇殿すらしていない、地下と呼ばれるものだった為だ。そして恋した相手は、『山家集』によると、死ぬ覚悟でも逢うことは出来ないほど身分の高い人だった。

79 数ならぬ 心の咎に なし果てじ 知らせてこそは 身をも恨みめ
取るに足らない我が恋心を咎めるのはよそう。せめて、この身を恨むのはこの想いを伝えてからにしよう。
80 怪(あや)めつつ 人知るとても いかがせむ 忍びはつべき 袂ならねば
人に怪しまれて、知られたらどうしよう。到底人に見せられない、恥ずべき涙で濡れている袂なのに。


平安時代の物語で紡がれる命懸けの恋と言うと、光源氏と中宮・藤壺の宮の恋がある。中宮は内親王よりもさらにハードルの高い「絶対恋をしてはいけない相手」で、だからこそ二人の恋が大きかった。
ところが、実は光源氏の恋と、西行が描き出す恋の『身分違い』の重みは、全く違う。光源氏は皇子であり、公卿と呼ばれる最上級の貴族だったが、西行は兵衛尉。貴族社会では人間扱いされない身分の人間だ。人間ではない者が、人間の中でも特に高貴な雲居の女人を恋い慕うのは、動物が人を恋い慕うようなものであって、「哀れ」と思ってもらえれば幸運、その非常識さを軽蔑されるのが常である。それ以前に、想いを知ってもらう術すらない。
西行の歌は、悲嘆を増していく。

83 もの思へば 袖に流るる 涙川 いかなるみを(澪)に 逢ふ瀬ありなん
物思いに耽っていると、止まらない涙が川のように袖に流れていく。いったい、どんな澪に逢瀬と言う流れがあるんだろう。


到底、逢瀬が叶う見込みはない恋。出家前だとすれば、西行は数えで23歳以下、血潮が騒ぐ年頃の彼にとって、行動が許されず、嘆くしかない恋はどれほどつらいことか。
ここまでで、三十六首のうちの十一首、ほぼ三分の一が終わったところだが、西行は完全に出口のない恋心にがんじがらめになっている。長い夜を嘆き明かし、袖で涙を拭うばかりだ。しかも、ここまでに恋の成就を歌った幸せな歌や、同じ身分の女人への歌は一切ない。
ところが、次の歌で状況は一変する。

84 けさよりぞ 人の心は つらからで 明けはなれぬる 空をうらむる
今朝からは、あの人の心を憎いとは思わない。ただ、明るくなってゆく空が恨めしい。


朝が憎い、夜のままであって欲しいと願うのは、夜が幸せなものだったからだ。つまり、ここで歌われているのは、後朝の心に他ならない。逢瀬が叶ったことを、この一首で読者は知る。逢瀬などあるはずもないと思っていた歌の次の歌で、逢瀬が叶った心が歌われている。
物語は急転し、幸せな歌が続くのかと思わず思ってしまうが、身分違いの恋に訪れるものは決まっている。特に、同じ時代を生きた人は、西行の恋心が迎える結末は嫌と言うほどわかっていたはずだ。そして、セオリー通り、この歌の後、再び歌は「逢えない苦しさ」を歌うものへ変わってゆく。

87 逢ふまでの 命もがなと 思ひしは くやしかりける 我が心かな
あなたに逢えたら死んでもいいと思っていたけど、逢えた今となっては、益々命が惜しい。
88 なかなかに 逢はぬ思ひの ままならば 恨みばかりや 身につもらまし
なかなか逢えないつらさに苦しめられているままでは、恨みばかりが我が身に積ってゆく。


『山家心中集』の前に自撰した『山家集』で、西行は「この恋心を知ってもらえないなら、死んでしまいたい」と歌っている。その歌を踏まえてこの歌を詠むと、逢おうと逢うまいと、結局は恋心の有りようは変わらないのだと思える。
そうして、再び逢えない、逢うことの出来ない自分の身の程への恨みが積っていくと、その恨みはやがて、涙の色をも変えていった。

93 くれなゐの 色にも袂の 時雨つつ 袖に秋ある 心地こそすれ
血の涙で紅に染まる我が袖を見ていると、ああ、私は飽きられてしまったのだと思う。


漢文の世界では、悲憤が激しくなると、涙が血のように赤くなる。「血涙」だ。
西行は、恋歌では、この血涙と紅葉をセットにして歌を詠むことが多い。(この時は「秋」と「飽き」もかけられている) ちなみにこの「血涙」は、『山家集』では、とある女性を忍ぶ歌によく詠み込まれている。

795 いにしへを 恋ふる涙の 色に似て 袂に散るは 紅葉なりけり
袂に散り落ちるこの紅葉は、私が昔を恋い慕う涙の色にそっくりだ。
797 紅葉見て 君がためとや 時雨るらん 昔の秋の 色をしたひて
紅葉を見ていると、いつかの秋に見た姿が慕わしくて、あの方の為に涙が零れる。


この二首は、西行が「宝金剛院」と記した場所で詠まれた歌だ。が、「宝金剛院」と言う場所は、現実にはない。あるのは、待賢門院こと藤原璋子が自ら立案、指図して建立した「法金剛院」だ。歌の詞書きにも「待賢門院がいらした頃が思い出されて」とあるように、この二首は、秋の法金剛院で、西行が待賢門院を慕って血涙を流したことを示している。
他にも、西行は待賢門院崩御の際は、彼女を彼が月と並んで愛する花に例えて詠い(『山家集』779)、その死を悼んだ。それだけ、西行の待賢門院への想いは深かった。

779 たづぬとも 風のつてにも 聞かじかし 花と散りにし 君がゆくへを
桜のように散ってしまったあなたの行方は、もう風のつてに聞くことすら出来ないのか。


しかし、実際には、西行は待賢門院の直属の部下ではなかった。遁世する前の彼、つまり義清は、待賢門院の同母兄である藤原実能の随身で、待賢門院の夫である鳥羽院の北面の武士として仕え、その武士の中でも特に可愛がられている存在だったのだ。その寵愛ぶりは、『山家集』によると、鳥羽院、実能、義清の三人で、鳥羽院の墓所である安楽寿院の下見をするほどで、事実、出家する際、義清は鳥羽院に出家を前提とした歌を送っている。荘園を巡る鳥羽院との確執を嫌っての出家だとする見方もあるのも、むべなるかなと思える寵愛である。
が、一方で、遁世して位に縛られなくなってからの彼は、待賢門院の主要な女房達と交流を持ち、特に堀河、中納言と言った、待賢門院と同時に出家した女房と、堀河の妹の兵衛とは、特に親しかったのであろうと伝わるやり取りが『山家集』には幾つか記されている。
勿論、西行と待賢門院の直接の関わりを示すものは何もない。ないものの、『山家集』『山家心中集』を自撰する時、西行には、「雲居のよそに見し月」が待賢門院であったことを匂わせるつもりがあったのではないかと思える。
何にせよ、恋心が事実であれ絵空事であれ、西行の恋歌は、突き詰めると身分違いの恋、「雲居のよそに見し月」との恋を詠う為にあったのだと考えられる。待賢門院の女房とは歌を交わせた西行を以てしても、出家前は身の程知らずの恋に苦しめられていたのだと歌は綴っていく。そして、ここまで身分違いの恋に固執する彼には、やはりそれ相応の理由があったのではないかと思わずにはいられない。

94 けふ(今)ぞ知る 思ひ出でよと 契りしは 忘れんとての 情けなりけり
今になってわかった。「思い出して」と約束してくれたのは、私を忘れると決めていたからこその、せめてもの情けだったのだと。


そうして歌を詠みすすめていくと、歌の中では「逢った」つまり一夜を共にした設定になってはいるものの、現実には、逢っていなかったのではないかと思えてもくる。
身分違いの恋は、恋の成就以前に、相手に恋心を知ってもらうことが難しい。だからこそ、『山家心中集』80のような歌が多い。そう考えると、西行にとってみれば、思いを知ってもらうことが出来て、「哀れ」と思ってもらえれば、それは「逢う」に等しい、一つの恋の成就である。
けれど、それだけでは満たされない。愛し愛されて、共に夜を明かしたいと願ってしまう。その思いが、「逢って以後」の歌をさらに壮絶にし、血涙に至ったのではないだろうか。
その涙は、季節が巡って五月雨が降るようになっても、まだ尽きなかった。

99 いかにせん その五月雨の なごりより やがて小止まぬ 袖のしづくを
どうしたらいいのだろう。五月雨も止もうと言うのに、私の涙は止まることを知らない。


秋が終わり、冬を越え、春が過ぎて夏が来る頃、嘆きに嘆いた果てに、ふと我に返る時が来た。自分の思いと、恨みと嘆きに塗れていた心と見つめ合った。

100 さまざまに 思ひ乱るる 心をば 君がもとにぞ 束ねあつむる
私の心はもうめちゃくちゃに乱れている。それもこれも、結局は全て、君への想いに他ならない。


けれど、全ては身の程知らずの恋心ゆえだとわかっていても、「相手は悪くない、自分がいけないんだ」とわかっていても、恋心が消えてしまうわけではない。恋しさも愛おしさも募る。その事実に、彼は愕然とせざるを得なかった。

102 人は憂し 嘆きは露も 慰まず さはこはいかに すべき心ぞ
あの人はつれない。嘆いたところで少しも慰められない。それでは、私はこの恋心をどうしたらいいんだ。


恋の成就を願う段階を過ぎて、見込みのない恋心に囚われた我が身のことが、急に不安になった。例えば義清自身のことなら、現実には一族の棟梁としてなすべきことがあり、また、実能の随身として、院の北面として、周囲の期待もある。何の甲斐もない恋心に囚われている場合ではない。
時が過ぎても、理性を働かせても恋心がなくならない時、煩悶の末に、何故こんな定めを持つ者に育てたのかと、親さえ恨めしくなった。

103 かかる身に 生(おぼ)したてけん 垂乳根の 親さへつらき 恋もするかな
こんな運命に産んだ親まで憎らしくなるくらい、つらくて苦しくてたまらない。なんて恋をしているのだろう。


親を恨むことは、自分が生まれたことをも呪うことになる。
とうとう、生きていることさえ厭わしくなってしまう瞬間が訪れた。

104 とにかくに 厭はまほしき 世なれども 君が住むにも 惹かれぬるかな
もう何もかも嫌になる世の中だけど、この世に君が住んでいると思うと……捨てられない。


ところが、そうして死を見つめた瞬間に思い浮かぶものさえ、やはり恋しい面影だった。捨ててしまいたいと思う世には、恋しい人がいる。そう思った時、死を選ぶことは出来なかった。

105 もの思へども かからぬ人も あるものを あはれなりける 身の契りかな
恋に苦しんでいると言っても、ここまで苦しむ人はいないだろう。哀れな宿命を背負って生まれたものだ。


死から離れ、怒りが薄れた時、西行はやっと己を「哀れ」と評した。客観的に見た自分がどうなのか、そこまで考えが及ぶようになると、望みのない恋に苦しみ続ける身は、そうとしか表現出来ないと悟ったのだ。
自分の宿命を見据えた眼は、今度は恋しい人の宿命に思いを馳せる。

106 迎はらば われが嘆きの 報ひにて 誰ゆゑ君が ものを思はん
私をこんなに嘆かせるあなたは、いったい来世で、誰の為に物思いに耽ることになるんだろう。


あれだけ自分の恋心を身の程知らずと称したのにも関わらず、ここで西行は、その数ならぬ身を嘆かせたことは罪だと言っている。恋しい人は、きっと来世で報いを受けて、酷く恋に苦しむだろうと考える西行は、身分の差を忘れてしまっているようにすら思える。
とすると、これは出家後の心境を詠んでいるのだろうか。出家して、世俗と身分から離れた位置に自分を置いた時、ようやく対等な恋を語ることが出来たのかもしれない。だとすれば、恋の部のラスト二首は、遁世してもなお救いの得られぬ姿を、残酷なまでに炙り出している。
思えば、西行が出家したのは冬の初めの10月15日。五月雨が止まない頃、つまり春の辺りから我が身を顧みるようになったとすると、夏の間に自分の宿命を怨み、秋には出家を決意して、冬の初めに出家した……と言っているようにも考えられる。西行の紡ぐ恋物語は、時節も含めてリアリティーがある。

107 逢ふと見し その夜の夢の さめであれな 長き眠りは 憂かるべけれど
煩悩に囚われていてはならないとわかっている。けれど、あなたに逢おうと見た夜の夢は、どうか覚めないで欲しい。
108 あはれあはれ この世はよしや さもあらばあれ 来ん世もかくや 苦しかるべき
ああもう、今生はどうなろうと構わない。でも、この恋が罪となって、来世でも私は恋に苦しむことになるのか。


逢瀬の夢は醒めないで欲しい。生きている限り恋心に苦しんで、その罪で来世も苦しむだろう。
そう恋歌を締め括る西行は、遁世した後も都の周辺に居を構え、待賢門院落飾の際には一品経勧進をするなど、半僧半俗の暮らしを続けていた。どこかの寺に入るわけでもなく、遁世から七年余りをそのように過ごしているうちに、待賢門院は崩御し、一周忌を終えるとその女房達もそれぞれの道を歩み始めた。
西行が本格的に各地を行脚するようになるのは、この頃からである。時に、西行三十歳。そして、『山家心中集』を自撰するのは、それからさらに三十年以上の年月を経てからで、この歌集を歌壇の大物だった藤原俊成に送っていることから見ても、西行はこの歌集こそが彼の歌の真髄だと考えていたことが推察される。
歌で紡がれた、究極の身分違いの恋物語。西行が恋歌で紡いだのは、救いのない恋心と言う業だった。


***


てなわけで、『山家心中集』を見てみました。
んでもって、↑でもツッコミましたが、個人的に感じたのは、「西行はリアルに身分違いの片想いはしたけど、逢瀬はなかったな」と言うことだったりしますw(と言うか、これでリアルな片想いをしてないんだったら、式子様並みの妄想系としか言いようが…。←コラ) 恋の相手は誰だか知りませんが、西行が歌集で特別扱いしているのが待賢門院なので、そう言うことにしておいて欲しいんだろなとも思いました。
でも、身分違い身分違い言うわりに、「契れない恋なんてやだ」的な歌も『山家集』にはあったりして、そこら辺が若いと言うか健康的と言うか、「お前、元気余ってるタイプだな。つーか正直がっついてるだろ」とツッコミ入れたくなります。(高貴な人の歌は、もっさりのんびりしていると言うか、がっつき系はあんましないようです) んでもって、そのがっつき感が、ちょっとピダムに被ったりするのでしたw(私の中では、ピダムはエネルギーの余っているがっつき系なのです。そんなヤツじゃなきゃ、反乱起こしたり出来ないと思うので(笑))
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  1. 2012.09.16(日) _22:00:00
  2. 待賢門院藤原璋子
  3.  コメント:4
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  1. 2012/09/23(日) 13:14:21 
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ゆい様へ

  1. 2012/09/25(火) 22:01:08 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
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ゆい様、こんばんは&リクエストありがとうございます!実はヨムジョンネタは書き終わりました…が、読み返したら結構辛辣な内容になっている気がしまして、ただいま困惑中です(笑)(ノ∀`)

そして、『善徳女王』とは全く関係のない記事なのに、コメントをありがとうございます!嬉しすぎますvv
恥ずかしながら、実行力は漫画のおかげかと(爆) 元々、平安期の物語や日記は(現代語訳で)わりと読むのですが、和歌は技巧がわからないので、遠ざかっていたんです。でも、漫画を読んで、「定家みたいな技巧王じゃなければ読めるかも!(*゜∀゜)」と思い、技巧が少なくて、現代語訳もある西行に走りました(笑) 国文科のゆい様だったら、きっと、私より遥かに滑らかに、深く読めますよ~!

> そして、「西行ってこんな方だったのね」と再発見いたしました。

私もです。待賢門院関連で、「ナィーブな若者」と言うイメージは聞いたことがあったのですが、今となっては「気難しくて理屈っぽい頑固者」なイメージに固定されましたw 特に、年取ってからは、若干説教臭いです!(爆)

> 西行というと、かの有名な(?)「ねがはくは・・・」の歌しか思い浮かばず、その歌から「達観したお坊様」的なイメージでしたが、実は熱い・・・悩み多き方だったのですね。

実は、今回読んだ2つの歌集では、この歌を挟んで「俺は遁世して全ての執着を捨てたはずなんだが、なんでこんなに花ラブなんだ俺」と言う歌と「俺が死んだら、供養には桜の花を頼む。他には何もいらん」なんて歌があって、達観と言うか、もはや開き直ったな的な印象を受けました(←コラ)
これをピダムに擦り合わせると(笑)、西行がその死を「桜の花が散る」様に例えると言う行為を待賢門院にしかしていないので、「花=待賢門院」ってことで、「死んだら待賢門院の分身を墓に供えてくれ」と言ってるも同然だな、西行…と、ピダムを思い出させる執着にニマニマ出来ますねv←

こんな感じで、きっと和歌をきちんと理解しようとしている方には殴られるわ…と思いながら書いた記事だったので、きちんと国語を学ばれたゆい様に楽しんで頂けたことがとても嬉しいです。(知識が豊富と言うか、知識の方向が偏ってると常々思います(笑)(ノд`)) 改めて、ありがとうございましたーvv

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  1. 2012/09/26(水) 22:18:39 
  2.  
  3.  
  4. [ 編集 ] 
このコメントは管理人のみ閲覧できます

ゆい様へ

  1. 2012/09/29(土) 23:36:19 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
ゆい様、こんばんは~v
私の方こそ、お返事頂けて嬉しいです!(*´∇`*)

ゆい様は謙遜なさいますが、やっぱり読んだ文章の量や質が圧倒的に違うと思いますよー! 家族に国文科出身者がいると、常々違いを実感しますし(笑)(ノ∀`)
そそそれに、純粋だなんて恐縮です…!下心と趣味全開ですよー(笑)

>刺激
私も常々、色んな方から刺激を受けています。こうしてコメントを頂くことで何か思いついたり、「ああ、そっか」と納得したり、予想外の結論に至ったりすることもあって…。なかなか経験できないことですから、一つ一つを大事にして、糧にしていきたいですvv
……なんだかお堅いですが、纏めますと(笑)、ゆい様とこう言うお話が出来て幸せです!


追伸:チャングム、始まりましたね~。実は後半しか見たことがないので、チャングムと言うと、ふられる王様ばかりが思い出されます(爆)


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