善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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スタンダードの素晴らしさ。@『マイ・フェア・レディ』2013年霧矢版と『善徳女王』

アメリカン・アイドルS12にて。スタンダードをテーマにした回にメンターとして登場したハリー・コニックJr.が言いました。「スタンダードの曲は、一つ一つのメロディーや歌詞に意味がある」と。
先日見た『マイ・フェア・レディ』(今、日生劇場で公演中ですv)はまさにその通りで、「スタンダードって本当に良くできてる」と感動しました(*´∇`*) また、見ていて『善徳女王』がフラッシュバックするようなところもあって、そういう「フラッシュバックを呼ぶところ」も含めて、以下、感動したところをつらつらと!

※私が見たのは日生のしかも霧矢版のみで、そもそも『マイ・フェア・レディ』の話自体を知らない状態だったので(映画も舞台も見たことなしで、主人公の名前がイライザだってことすら知らないレベルでしたw(ノ∀`))、「そこ!?」な部分がたくさんあるかもしれません。




* *


●イライザ@きりやん●
花売り娘時代は、オペラグラスできりやんをロックオン、とにかく「可愛い(*´Д`*)」のオンパレードでした。目でかっ。鼻高っ。唇綺麗!
歌は、歌いやすそうなところと出にくそうなところ(喉の調子が悪い感じがしたくらい)があって大変そうでしたが、歌の最後に高音でしめるところとかは迫力があって素敵でした! あと気になったのは、役替わりのせいで、最初カンパニーとの波長がイマイチずれてたことくらいで(主役だけが役替わりってイカンと思う)、「ああ、きりやんだぁあ」と感動してばかり。←
イライザという役を見ると、今回の演出では今一つ心情が見えづらいところもある気がしました。んが、そこは宝塚の「面倒な役はきりやんにやらせろ!」なきりやんなだけあって(コラ)、イライザの健気さや可愛さや若さを演技でも思いっきり出すことで、スリッパ投げもウェットになりすぎなかったのかなぁと…。(スリッパ投げのシーンは、教授がガキ大将キャラで、イヤミというよりただの単細胞である為に、イライザのキレ方が難しそうだなぁと思ったんです。)
でも、ガキ大将な教授に対して呆れつつも愛しく思う…というのは、イライザと父ドゥーリトルの関係でもあるんですよね。んで、教授は父と違って、イライザを行かせまいと必死だった。言葉はめちゃくちゃでも、教授は動いた。だから、フレディがいくら優しくしようと、独りでも恋の幸せを感じられるフレディではなく、独りでは泣くしかない教授のところに戻った……という気持ちの流れが、すんごい気持ちよかったです。
何より、教授のママですよ! 人間のできている大佐や厳しく真摯なピアス夫人だけでなく、イライザを「花売り娘」と認識しながらもイライザの尊厳をちゃんと大事にして、息子の欠点を叱るママがいたから、イライザは教授と一緒に生きていけるんじゃないでしょうか。教授がイライザの父に魅力を感じたように。

●ヒギンズ教授@寺脇さん●
寺脇さんはドラマや映画も含めて初見なので、まず「こういう人だったのか!」と発見だらけでした。三拍子に関しては、うまい、と唸るようなところはないけど(すみません)、寺脇さんが演じたからこそ、イライザと教授の恋が「オヤジの妄想」にならなかった気がしました。
どうも、本来の教授はすげーイヤミなオヤジだそうで。でも、この教授はまぁ落ち着きも品格もなくw、ガキ大将がそのまま大きくなったような人間で、確かに夜明けまでスパルタしそうなキャラです。あの元気さからすれば、せいぜいアラフォーくらいか?な感じで。大佐のような大人と並ぶと、やんちゃ感が半端なかったです。
でも、いいヤツではあって、イライザが出ていった後、「女は最低!」みたいなことを歌った後で、ピアス夫人を見て「あ」とちっちゃくなったり、ママの前では「イライザが行っちまった…」と呆然自失になったりする。何より、同じくらい一緒にいた大佐がわからなかったイライザの瞳の色を即答できる。ドゥーリトルが、レディになったイライザを見てもすぐにイライザだとわかったように、教授とドゥーリトルは、誰よりもイライザを見てるとわかる、そこがいいなぁと。で、渾身の「好きだ」も呆れられて終わって、イライザが去っていって呆然自失になった後、舞台の背景が何回か変わるくらいの長い時間、イライザとフレディの結婚が不幸に終わって、おれに泣いてすがるような結末になれ、と自棄になった教授が、夕暮れの自宅で黙り込む。あれだけ言葉の力を唱えてきたヤツが、録音されたイライザの言葉でついにその無力さに気づき、ボロボロになって泣く。言葉は大事だけど、でも、誰かを本当に満たすのは、言葉よりも態度、行動、その人の存在そのもの、という結末が、本当に泣けました。←また泣いたらしいw

●フレディ@平方さん●
んふふふ王子ことフレディは、まーとにかく中の人の歌が!うまいんですよ!! だからか、きりやんの次くらいに拍手をもらってました。(教授のソロはビックリするくらい拍手が少なかった…((;゚Д゚)))
んで。フレディは、一歩間違うとストーカーかアホぼんか、な役で、教授も嫉妬からこき下ろしてましたが、ちゃんと見てみると、凄く根性のある、ピュアなキャラですよね。イライザは、フレディにとって、ある意味女神なんじゃないかと思うんですよ。私のことでアレなんですが、私、一番好きな宝塚スターの大和さんに対しては、一目惚れで、しかも握手も接触も一切したくない、という結構変なファンでして。大和さんが変なのもわかりますし、でもキラキラしているのを見て、それでなんか元気が出る、というファンなんです。だから、フレディが独りでも幸せなのはわかる気がします(私はファンレターも書かない派ですがw)。
そしてフレディは、イライザが「言葉なんかうんざり!」と傷ついてるのを、ちゃんと察する。イライザにカバンを押し付けられて、最初は戸惑っても、「あ、一緒にいていいんだ」と下町にもついていく。飲んだくれオヤジがイライザの父と知っても、イライザに優しく腕を差し出す。さりげないけど、フレディがこうやって一緒にいて、何もかもを受け止めてくれたから、イライザはママのところに行く力が湧いたんじゃないかなーと思いました。腕を差し出す時に、イライザをじっと見つめるフレディがいいですね!

●ドゥーリトル@松尾さん●
ドゥーリトルは、脚本的にはイライザの父でこの舞台の「モラル」で、演出的には大人数の「ミュージカル!」な場面の担当者でもあります。だから、本当は松尾さんより、もっとちゃんとミュージカルできる俳優さんにすべきだったんじゃないかなぁと思ったりもしました。アンサンブルがうまいだけに。(演技だけなら、松尾さん良かったです!)
ドゥーリトルは、この話では一番ダメで酷い、どうしようもないオヤジです。娘に金をせびり、言うことを聞かなければ折檻すりゃいい、と言っちゃうわけですから。つまり、反面、ドゥーリトルの描かれ方で、この話の下劣さは決まります。
そうやって見ると、おかしなことに、ドゥーリトルにはちゃんとモラルがあるんですよね。花売り娘時代の娘には金をせびるのに、言葉を学ぶようになって以降はせびらない。娘をさらったも同然の教授に対しても、5ポンドはせびっても10ポンドは受け取らない。何より、下町の仲間が「そっくりだけど別人」と思ったイライザを、ちゃんと一目でイライザだと見抜く。大金持ちになってしまった後、「大金が困るなら返せば」というイライザに、「それができないのが俺という人間。俺に金をせびるなよ」と返す。どうしようもないオヤジで、でも決して同情を誘ったりせず、自分の卑劣さを自覚しながらも犯罪はせずに生きている。ドゥーリトルのこの性格があればこそ、イライザという人間の奥行きが増すんだなぁと思いました。

●ピッカリング大佐@田山さん●
大佐は歌がないので、俳優さんで問題なし!大佐、良かったです。
この大佐は、本当に「いい人なのに結婚できないキャラ」ですよね。教授はただガキ大将だから結婚できないだけですが、大佐の場合はいい人で几帳面で、でも誰かに入れ込みすぎたりせず、仕事と友人で満たされている。愛だ恋だは決して一番にならないタイプで、また、誰かに入れ込みすぎるということがないからこそ、花売り娘に対してもレディに対しても同じように丁寧に扱えるのかなーと。教授に対しては、もっと砕けてますもんね。
そして、大佐はイライザの瞳の色も髪の色もわからなかった。大佐は教授がやり過ぎないようイライザたちを見守っていましたが、適切な距離を置いていました。その距離は、決して傷つかず心地よいけど、それだけ心の距離も開いているんですよね。
ただ、最後、頼むから内務省に行ってる大佐に「イライザが見つかった!」って誰か伝えてくれと思いましたw

●ヒギンズ夫人@江波さん&ピアス夫人@寿さん●
この二人は、まさに教授のママ。でも、ヒギンズ夫人は息子の精神年齢の低さやヒギンズ一族の将来を案じるママで、ピアス夫人は執事でもあるぶん、教授の体調や教授の暮らす家を案じるママでした。どちらも、良くできた人物で、こんな素敵なママを二人も抱えた教授がマザコンになるのも無理はありません。←ちょw
個別に見ていくと、まず、ピアス夫人には歌があるんですよね。寿さんなので、それはもううっとり聴いていました(*´∇`*) そして、ピアス夫人のイライザへの接し方が! 教授のダメさをわかっているからこそ、イライザのような若い娘を厳しさも忘れずに案じていて、イライザを甘えさせ過ぎず、でも体を壊さないようにとビシッと寝かせたり、まさに家政を預かるママでした。ピアス夫人が愛情を持ちながらも甘やかさないから、イライザは教授とがっちり向き合えたんじゃないかと。
でも、ピアス夫人は教授に対してなんでもかんでも言えるわけではなく、甘すぎる部分もある。そんな時に登場するのが、「私のお友達が来ているのに、あのご高名な息子と競馬を見るなんて冗談じゃない」と、本気で息子にイヤミを言えるヒギンズ夫人です。ヒギンズ夫人のいいところは、息子の仕事に文句を挟まず、ただその私生活のダメさに呆れていて、だからこそイライザを受け入れる、という流れが短時間で示されるところかなと。息子に依存しない母と、息子を案じる母が綺麗に両立しているんですよ。また、そういう母だからこそ、花売り娘と聞いて警戒したイライザに対しても、その努力や健気さを正しく認めて、「この子が息子を変えてくれる」と二人を見守り、「この無神経男が!」と息子の尻を蹴飛ばさんばかりになれるんでしょうね!(笑)


●その他●
アンサンブルでは、みっぽーさんが可愛くて素敵で「はぁあ(*´д`*)」でした!←意味不明w


●『善徳女王』のこと●
そして、イライザと教授の話は、なんだか無性にトンマンとユシンと被りました。違う点はたくさんありますが、心の動きとか、「あんた、それやっちゃイカン!」なところが似てるなと。んで、ユシンが結ばれなかったのは、教授がキレたイライザに自分もキレつつも長々付き合ったのに対して、ユシンはトンマンが「話をしたい」と言った時に、「トンマンが公主だと露見したら一大事だ」からと、トンマンの話を聞かなかったところなのかな…という気がしました。
もちろん、逃避行をするぐらいユシンは愛してるわけですが、人には「今、頼むから今この瞬間に聞いて欲しい」という気持ちが起きる時があって、同じことをされたとしても、一日ずれるだけで受け取る方の気持ちが全く違うものになってしまうこともあります。トンマンにとってその瞬間は、逃避行よりもずっと前…ウルチェに始末されそうになったことで、自分の正体が非常に恐ろしくなった瞬間だったんじゃないかと。でも、アルチョンが、「何故」と聞いても彼の質問に答えなかったトンマンの選択をちゃんと受け入れて、ユシンに「(私には話せないようだから、お前が)話を聞いてやれ」と言った時、トンマンが話を聞いて欲しいと思ったユシンは聞いてやれない状況だった。タイミングって、大事ですね…。
そして、意外にも、アルチョンの方がトンマンのどんな話であれ聞こうという姿勢があったなーと思いました。トンマンの方ではこの時アルチョンに用はなかったわけですが(酷)、アルチョンはトンマンやウルチェやソクプムを始め、相手が誰であっても、納得がいかないことが起きれば常に「何故」と理由を聞いていましたね。最初の百済戦の時ですら、「黙れ」の一言で済まさず、自分の考えを話し、またトンマンの話も聞いていました。
相手の地位や身分に関わらず、些細なことであれ見逃さない、見過ごさない、というこの姿勢が、トンマンをして「アルチョンに上大等を」と遺言せしめたのかもしれません。

……『マイ・フェア・レディ』の話だったのに、何故かこんな終わり方になってしまいました!(ノ∀`)


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  1. 2013.05.16(木) _21:00:00
  2. 宝塚とかドラマとか。
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