善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS いつかきっと(『遙か3』ヒノ望)

ものすごく久し振りの望美ちゃんとヒノエくんです。この熊野夫婦は隠居連載と似たような感覚で好きですね!



* *


 望美が熊野別当藤原湛増こと天の朱雀ヒノエの北の方となって、初めての冬が来た。山深い本宮は昨夜に降った初雪の衣をふわりとかぶり、望美の吐く息も真っ白だ。それは海に近い鎌倉育ちの望美には少々……いや、かなり堪える寒さで、今や火鉢は望美と一体になっていると言っていい。

「去年の冬は、こんなことなかったのに……」

 ほたほたと雪の降る夜、寝間にやってきたヒノエを迎えた望美は、綿の入った袿を二重三重にたっぷりと着込んで、「出迎えなくてごめんねヒノエくん」と夫に向かって心底申し訳なさそうに震える手を合わせた。

「謝るなって。ま、去年の冬は瀬戸内にいたからね。同じ冬でも厳しさが全く違うんだから、無理もないよ。勝浦ならまだ暖かいけどさ。冬の間は勝浦に行くかい?」
「ううん、逃げないよ。本宮が私のおうちだもの」
「さすがはオレの神子姫様。でも、無理はするなよ?」

 対するヒノエは、同じように作られた綿入れを一つ羽織っていても、その下には白絹の単衣を着ているだけだ。生まれ育った山の冬に今更凍えるはずもなく、よって、ヒノエは白くなってしまった新妻の手を取ると、氷のようなそれに口づけを落としてから、己の首に触れさせた。驚いたのは望美だ。

「ヒノエくん、冷えちゃうよ」
「お前こそ、可愛い奥方殿が震えているのを温めさせてもくれないなんて、冷たいこと言うなよ。あったかいだろ?」
「……うん……」

 それを言ったら、本当は望美の首筋も温かい。そこだけはそう簡単に冷えないのだと、一年もの間戦場を転々としていた間に望美は知っていた。だから、本当はヒノエが来る前は自分で自分の首筋に手を当ててもいたのだが、なかなか温まらなかったのだ。
 ところが不思議なもので、ヒノエに触れていると、自然と望美の指先には熱が通うようになっていた。

「少しはよくなったかな」

 ヒノエもそれに気がついたのか、悪戯っぽく片目を瞑ってみせ、「じゃあ」と褥を顎で指した。

「え~……やっぱりあっちに行かなきゃダメ?」
「火鉢の傍で一晩中起きてるわけにもいかないじゃん」
「そうなんだけど、私の体は、火鉢と朔を求めてるの……」
「……なんでそこで朔ちゃんなのか、一応聞いていい? 望美」

 答えは予想がついているにもかかわらず、こう見えてそれなりに嫉妬深い熊野別当は、我ながら愚問を口にした。

「それはもちろん、去年は朔と温めあって寒い冬を越したから」
「うん、聞いたオレが悪かったな」

 二人の龍神の神子たちの親密さは、ヒノエら八葉の男たちから見ればはっきり言って異常で(眼福でもあるが)、何度か本気でこの二人はどうかなってるんじゃないかと疑ったものだったが、幸い二人は健全な友人同士だったようで、熊野に嫁いできてからは、望美もヒノエが京へ文を遣わす折々にせっせと朔への文をしたためるくらいだ。
 よって、ヒノエも今更昔のことでああだこうだと言うつもりはない。ないのだが、理性と本能とは別なんだよなと将臣から聞いた言葉で自分に言い訳をして、ヒノエは褥の中に横たわった望美と脚を絡めた。

「ヒノエくん、そそそれはいい、いらないから! 本当に風邪ひいちゃうよ」
「お前、脚より冷たいことをさらっと言うなよ。それに、オレは愛しい奥方からもらえるならなんだって嬉しいぜ?」

 当然、それを望美は嫌がる……のだが、それが羞恥からかというと案外そうでもなくて、拒絶の本当の理由は全く色気のないものだった。

「冗談言ってる場合じゃないでしょ。ヒノエくんが風邪ひいたら、皆が困るじゃない。私も奥方失格だよ」

 その言葉を聞いて、ヒノエはちょっと困ってしまう。勿論、望美が熊野別当の正室としての心構えをしっかり持ってくれているのは嬉しいし、誇らしいと思う。水軍衆がいれば、「聞いたか野郎ども! オレの奥方様は本物の女神だぜ」と自慢してやりたいくらいだ。
 けれど反面、まだ婚儀を挙げて一年にもならないのに、望美が甘えるより先に奥方の心得を先に立たせることを寂しくも思う。

(我侭だね、オレも。望美に熊野別当の北の方であれと強いたのは、オレ自身だってのに……)

 だから、ヒノエはただ口角を上げて逃げ腰になる望美を抱き寄せた。

「ヒノエくんっ……」
「舐めてもらっちゃ困るよ、奥方殿。海の上じゃ、身を切るような海風に晒されることだってあるんだぜ? お前の可愛い脚に触れたくらいで病を拾ったりはしないよ」

 ところで、ヒノエはこの一年弱の間にかなり身長が伸びた。いわゆる成長期が来たらしく、もう背丈は弁慶と変わらない。もしかしたら、弁慶よりも大きいかもしれないくらいだ。顔立ちには少年のあどけなさが残り、体躯も相変わらず細すぎるくらいだが、望美を抱き寄せる手は去年とは違って骨張って逞しく、細い躯にはしなやかな筋肉が備わっている。
 もう背の伸びない望美は、目線の高さが変わったヒノエを見上げ、ようやっと紅くなった。どうやら、ヒノエは今夜、望美と仲良くしたい気分らしいと悟ってしまったからだ。

「……ヒノエくんて、本当に口が達者だよね」

 それを誤魔化そうと軽口を叩いて距離を取ろうとするが、鋭い夫はなかなかそれを許さない。

「お褒めの言葉をどうも。でも、本心だぜ?」

 むしろ一息に距離をつめて額に唇を押し当ててきたので、望美は今度こそカッと躯の熱が上がるのを感じた。

「ん?」

 ヒノエもそれに気がついたのだろう、朱に染まった耳が俯いているのを見て、この上なく悪戯っぽい笑みを見せた。

「ああ、なるほど……」
「な、なに、ヒノエくん」
「いや、オレとしたことが抜かったなって。愛しい奥方を温めるのに、散々無粋な真似をしちまったと思ったのさ」

 言いつつ、つつ、とその手を綿入れにかける。何を始めようにも、望美が未だに頑固に着込んでいる綿入れがあっては難しい。

「ヒノエくん、何脱がせようとしてるの!」
「だってさ、そろそろ暑くなってきたんじゃない? 望美」
「いえ、全く暑くありませんので、ご心配なく旦那様」
「つれないこと言うなよ。きみにより、思ひ習ひぬ世の中の、人はこれをや恋と言ふらむ……お前がオレを恋焦がれさせて、離さないのに」

 ――和歌まで盛り込んできたとなると、敵(ヒノエ)は本気だ。
 それも、ヒノエの今回の和歌は古語に詳しくない望美ですらわかるほど平明で、直截だったから、望美も言い逃れの仕様がない。おまけに、確かにヒノエと仲良くした後は寒いなんて感じたことはなかったから、効果も見込めるのかもしれない。そうわかってはいるのだが、

(でも)

 と望美が怖気づくのは、やはり自分のせいでヒノエに風邪をひかせてしまったらと案じているからだ。
 戦の間も、ヒノエが背負っているものが軽くはないことは理解していた。いや、していたつもりだった。けれども熊野に来てから、望美はようやくはっきりと、ヒノエがその両肩に負っている重責がどれほどのものか、その一欠片なりとも知ることが出来たのではないかと思う。神子として八葉に護られていた望美とは違う、頭領たるものの心構えや執務の膨大さ、煩雑さを、垣間見たと思うのだ。
 熊野に、ヒノエに嫁いだことを後悔しているわけではない。けれども同時に、ヒノエにとって今の望美がいったい何の役に立っているのか、わからなくなる時がある。

(ヒノエくんはきっと、いるだけでいいって言ってくれるのかもしれないけど……)

 いるだけで役に立つなんて、そんな甘ったるい存在はこの時代では求められていないことは、望美だってとうの昔にわかっている。だからこそヒノエのいない間はこちらの文字を学び、仕事を学び、ヒノエが安心して留守を任せられる奥方になろうと努力しているけれど、まだまだちっとも追いついていないことも明白だ。剣のように目に見えて上達しているとわかる機会もそうそうないし、きっとこれからも遅すぎる歩みでヒノエに迷惑をかけることもあるだろう。
 こうして悶々と悩んだ挙句に暫定的に捻り出した答えは、

「せめて、ヒノエくんの邪魔にならないようにしなきゃ」

 だった。ゆえに、風邪をひかせてしまいそうな今夜は、お互いに綿入りの袿を羽織ったまま、温石で温めておいた褥で眠りたい。
 ……だというのに、いつのまにやらヒノエのなすがまま、望美の腕は分厚い綿入れから解放されている。

「ヒノエくん、本当に風邪ひいちゃうよ」
「やれやれ、オレの奥方は心配性だね。それとも、焦らして楽しんでいるのかな」
「そっ、そんなことあるわけないでしょ……っ!」
「そう? 十分焦らされてるぜ、オレは」

 言葉と同時に、抗議を企てた望美の唇は塞がった。間近に迫った美貌に耐え切れずに望美も目を瞑ると、一度離れた唇が名残惜しげにもう一度重なった後、熱の篭った吐息が頬を撫でた。

「――愛してる、望美」

 ヒノエの言葉の暴力(と最近望美は認定している)は凄まじい。今回も、うぎゃああと叫びたいところをなんとか飲み込んだ望美の頬は、寒さを忘れて火を噴きそうだった。

「っ、ヒノエくん、またそういう……!」
「望美、愛してるよ。もう、お前が欲しくておかしくなりそうだ。ね、神子姫様。オレの望みを叶えてくれない……?」

 殊勝な口振りと相反して、ヒノエの手は望美の単衣を留める帯紐にかかっている。その手癖の悪さをどうしてくれようかしらと本気で思わないでもない望美だが、新宮と那智での訴訟に巻き込まれて熊野の各地へ引きずり回されたに等しいヒノエが、こうして望美の隣で眠るのは五日ぶりなのだと思うと、あまりそっけない態度も取れない。
 また、律儀に承諾を得ようとしてくれるところも愛しくて、結局望美は自らヒノエに腕を絡めた。

「……ヒノエくん、風邪ひいたら怒るからね?」
「望美が一晩中オレを温めてくれたら、ひかないかな」
「もう!」

 そして、ヒノエの減らず口に一応は怒ってみせても、ヒノエが忙しなく触れてくる理由がわからないでもない望美は、それ以上話の腰を折ることはしなかった。ただ、代わりに、そっと囁く。

「言い忘れててごめんね。ヒノエくん、お帰りなさい。……すごく会いたかったよ」

 すると、なにやら突然動きを止めたヒノエが、ぐったりと望美の肩に顔を埋めた。

「えっ? な、何か変なこと言った!?」
「違う、その逆。……望美、お前はホントに罪な姫君だよ」
「えー?」
「覚悟しとけよ。今夜は、まるまる五日分、可愛がってやるから」
「いっ……」

 ――五日分って冗談でしょ!……と否定する望美の言葉は吐息に紛れ、うら若い別当夫妻の寝間は五日の時を遡る波に浚われた。



 もう丑三つ時も近いのだろうか。
 さすがに疲れも溜まったのか、大きく息を吐いたヒノエは望美の隣に崩れ落ちた。ただ、そのまま望美を放っておくなどということはなく、こちらもまた焦点の合わない潤んだ瞳でいる彼女を抱きしめ、労るように名を囁いた。

「望美……」
「……ん……ヒノエ、くん……」

 それに応じる声に心底安堵しながら、ヒノエは柔らかな紫苑の前髪をそっとかきやり、汗ばんだ額に、瞼に、頬に、熱の残る唇を這わせた。
 そうして余韻に浸っていると、心地好い倦怠感の中で剥き出しになった心が叫び出す。

(望美。もし、今オレが思ってることを全てぶちまけたら、お前はオレを軽蔑するかな……?)

 ――例えば、オレがこうしてお前を労るフリをして、心の中では、早くお前が身籠るようにと、そればかり考えてるって言ったら。

「望美、もう寒くないかい?」
「うん……」

 本当は、本宮を空ける度……いや、朝が来る度にヒノエは怖れていた。慣れぬ生活に音を上げた天女が、羽衣を手にしやしないかと。
 ヒノエは、はっきり言って自分がいい夫だと思ったことはない。ヒノエは熊野と望美を天秤にかけて容赦なく熊野を取り、それでも望美が欲しかったから彼女を浚って婚儀を挙げておきながら、昨夜のように予告なしに望美に一人寝をさせてしまう。
 勿論、こんな夫婦関係はありふれたものだが、望美からすれば、生まれ故郷を捨てて選んだ暮らしなのだ。その対価に見合うだけのものを与えてやりたいし、そうしなければ、望美に甘い龍神はいつだって望美を故郷に帰してやるだろう。甘い口説き文句を並べて望美を口説き落としたにもかかわらず、ヒノエ自身は、男女の情愛を至上のものとして信望している人間ではなかった。
 ――まあ、帰りたいって泣かれても、帰してやらねぇつもりだけどさ。
 でも、本当に望美がそれを希ったら、己は絶望しながらもそれを受け入れてしまうだろうとも思う。不幸せにするために奪ったわけではないのだ。
 だから、望美のことを本気で欲した時から、彼女にはヒノエ自身の他はなんでも贈った。唐菓子、金銀細工の真珠に珊瑚、繻子緞子。衣食住で不自由はさせないとばかりに贈りつけ、それに戸惑い照れる望美の反応を注意深く観察してきた。
 ――いったいこの少女は何を喜ぶのか?
 それを見極めようとしてきた。そして、見極めた。答えは、信じられないくらい単純で、とても大変なことだった。

「ヒノエくん……」
「ああ」

 望美が最も喜ぶこと。それは、他ならぬヒノエがこうして彼女と一緒にいることだ。
 考えてみれば、当たり前のことだった。望美にとって、熊野に残ることの利点といえば、ヒノエしかない。朔と一緒にいたければ京にいればよいのだし、それ以外の全ての利点は彼女の故郷にある。望美が熊野を選んだ理由は、たった一つ。ヒノエという存在だけなのだ。

(そう気がついた時、オレがどれほど歓喜したか……お前は知らないだろうね)

 望美の人生の全てが、ヒノエの存在によって決まった――この一事に彼の鼓動がどれだけ高鳴ったか。その感覚は、故郷を棄てるかなしみが望美にしかわからないように、きっとヒノエにしかわからない歓喜と畏怖なのだろう。

(望美。オレはそれを、お前に一生かけて教えてやりたい)

 だからこそ、こうして触れ合うたび、望美を見つめるたび、ヒノエもまた、一生かけて望美のかなしみを知ろうと決意する。このちっぽけな躯に宿るすべてのかなしみと歓喜を、丸ごと愛し尽くしてやると、他の誰でもない望美に誓って、抱きしめるのだ。
 が、やはりヒノエは同時に思う。

(……ま、カッコつけて言えるのはそこまでだな)

 どんなに策を巡らせても、命をかけても、この世に絶対なんてものはない。よって、不安で仕方がないこの心を落ち着かせるためにも、どうか一日も早く望美がオレのややを身籠りますように――と、ヒノエは熊野の神々に願った。ややが出来れば、きっとこの心優しい神子姫様は一生オレと子供たちの傍にいてくれるだろうから、と。



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