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善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載『再来』第3話

不気味なハイペース更新ですねw

本当は来週更新する予定だったのですが、とある事情により、今夜更新することにしましたv




* *


 スンマンが徐羅伐に入ってから、一ヶ月が過ぎた。その間、体調を崩したという公主はなかなか大宮に現れず女王を案じさせたが、上巳の節句にようやっと姿を見せ、その可憐な美貌で衆目を集めることになった。何せ、それまでが殿君も公主もいない大宮だったから、枯野に咲いた春一番の梅のように公主の美しさは薫ったのだ。
 ちなみに上巳の日には、まず伽耶の茶が献上され、次いで曲水に群臣を並べて遊びを楽しむ。その遊びとは、曲水に流された杯が自分の前を過ぎないうちに詩歌を口遊み、杯を干すと言うもので、機知が試されるのだ。ミセンはこの曲水の遊びの名手で、わざと前の者が口にした詩歌を捩って面白おかしい詩歌を詠み、場を盛り上げる。今年はわざわざ新参公主の美貌を誉めそやす詩歌を詠んでいるほどだ。
 尤も、公主の美しさを快く思わない者もいる。司量部令ピダムだ。

(あれだけの美貌では、これから先、必ず面倒が起きる)

 勿論、彼にも一人娘が美しいことを誇らしく思う気持ちはある。けれどもそれ以上に、彼は表だって庇うことのできない娘の身によからぬことが起こりやしないかと案じていた。そう、例えば、聖骨であるが故に、玉座を狙う真骨に利用されることは十分あり得る。
 そしてそう考えた時、一人の「前科者」が彼の脳裏を過るのだ。

(内省私臣キム・チュンチュ……)

 チュンチュはかつて、勢力闘争のためにポジョンの娘ポラを手玉に取った男だ。あれから十年、より成熟したチュンチュがその気になれば、例えその妻としてユシンの妹が鎮座していようが、スンマンが口説き落とされる可能性は高かった。
 かつて彼は、スンマンが誕生し、それでもトンマンが王室への復讐を捨てなかった時、トンマンに選択を迫った。手許で育てて娘に権力を握らせるか、それとも、養女に出し、権力の外で育てさせるか。
 彼の願いは、スンマンを手許で育てることだった。全く持って勝手な考えだったが、彼は娘がトンマンのような目に遭うのは御免だったのだ。――トンマンのように、権力を持った男に囚われることは。
 しかし、トンマンはそれよりも手許に置くことでスンマンに危害が及ぶことを恐れた。何度も命を狙われ、死にそうな目に遭ってきたからこそ、スンマンは穏やかに暮らせるようにしたいと言った。血の繋がった親に育てられなくても幸せなことは、わかっている。だから、願いは一つ、スンマンに危険が及ばないことだと。
 ピダムはその願いに抗えなかった。その理由は、一つ目は、当時、トンマンがあまりに哀れだと感じていたから。二つ目は、赤子の娘を護りながらトンマンをも護ることは確かに難しいと判断したから。とはいえ、最も大きな理由は、長女を手放しても、色供さえ続けられればまた子を授かると思ったからだ。そして、その三つの理由は、今や全て消え去った。
 ――トンマン。そろそろ、私の願いを叶える頃合いだ。
 すでに手は打ってある。隊大監ソルチは、司量部の牢の中だ。

「陛下は皇龍寺へ発たれたか?」

 司量部の大舎に任じられているサンタクは、常日頃からピダムに忠実で、彼のやることに疑問を挟まない。そこをピダムは気に入っている。

「はい。スンマン公主様と共に、慈蔵法師の法会へおいでになられました」
「そうか。――始めるぞ」
「はっ!」

 その声に応えて、大蛇が鎌首をもたげるようにピダムはゆっくり腰を上げた。



 その日の皇龍寺への行幸は、内省私臣チュンチュ、侍衛府令アルチョン、上将軍ユシンを伴う大規模なものだった。何故なら、この日に行われる法会は、女王の母マヤ太后の祥月のためのものだからだ。女王は父である真平王の祥月である一月のみならず、三月もマヤが晩年を暮らした永興寺を始めとする徐羅伐一帯の寺を、花郎を連れて参詣していた。
 一日の行程はすでに決まっており、女王は建立中の九層の塔を見物し、慈蔵法師の法会に参列、集まった民衆に布施を振舞った後、隣接する芬皇寺にも立ち寄る。大宮への帰還は、日が暮れてからになる予定だ。
 道中、輿の中で女王は清楚に俯きがちな公主に柔らかく声をかけた。

「輿に酔ってはいないか? 体の具合が優れないと聞いたが……」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です、陛下」
「そうか、よかった。少しでもつらくなったら、すぐに言いなさい」
「はい、陛下」

 あくまで、女王と公主として交わす言葉だとわかっていても、トンマンはすっかり成長した娘を前に、瞳が潤むのを防げなかった。これまでにも機会を見つけてはひっそりと見守って来た娘ではあるけれども、こうして面と向かって二人きりで言葉を交わすのは初めてのことだ。
 ――許されるなら、思いきり抱きしめてしまいたい。
 かつてチュンチュと初めて会った時にそうしたように、想いの迸るままスンマンに手を伸ばし、引き寄せてしまいたい――。膨れ上がる心を女王の礼装で辛うじて押し殺しながら、トンマンは瞬きすらろくにせずにスンマンを見つめ続けた。そうしていると、ふと気がついた。

(似ている……ピダムに)

 父だから似ているのは当たり前のことだが、そうとわかっていても、スンマンの面差しを目の当たりにすると神妙な心地になった。スンマンが彼女の娘であると同時に、ピダムの娘でもあるのだと、理解しているようでいてそうでなかったことがはっきりと突き付けられた気がしたのだ。
 そのピダムは、スンマンを徐羅伐に呼び寄せたことを知らせても、トンマンほどの感興は示さなかった。てっきり喜ぶだろうと思っていたのに、一言、「厄介なことをなさった」と苦み走った微笑を洩らしただけだった。それから今に至るまで、司量部令が個人的に公主に会いに行ったという話も聞かない。たった一人の娘なのに、彼の関心は執務にのみ向いているらしい。

(わからない男だ。こんなに可愛い娘なのに……)

 あまりこちらを見てくれないのは寂しいが、スンマン自身は自分が女王の娘だとは知らないのだから、遠慮がちなのも当然のことだ。他人行儀なのは覚悟していたし、今はただ、会いに来てくれることが嬉しかった。

「スンマン」

 その好意を示したくて、法会の後、芬皇寺でトンマンはスンマンに語って聞かせた。

「そなたは、スンマンの名の由来は知っているか?」

 スンマンは、意外な問いだったのか、初めてまともにトンマンを見上げ、暫し見つめた後、慌てて目線を彷徨わせた。

「……存じません」
「そうか。ならば、ぜひ覚えておいて欲しい。実は、スンマンは仏法においてとても重要な役割を担った女性なのだ。……法師」

 傍らに座す慈蔵法師は一礼すると、スンマンに向き直った。法師はトンマンのいとこに当たるから、まだ髪の剃り跡も青々として若々しい。

「公主様。スンマンとは、舎衛国の波斯匿王の姫君でございます。仏法の核心となる哲学を比較、解説し、その解釈の的確さは御仏も感心なさったと申します」

 法師の言う通り、スンマンの名は、勝曼経の通称で知られる勝曼夫人に由来している。

「御仏も? 御仏は、仏法を編み出された方ではありませんか」
「はい。それゆえ、御仏は姫君の解釈に同意なさりながらも必要とあれば捕捉し、人々に説いたそうでございます」
「スンマン。思うに、御仏の教えの優れたところは、女人の解釈にも耳を傾けられたところだ。男であれ、女であれ、良いと思うものは柔軟に取り入れ、また、不足であれば補う。これが肝要であるという教えでもあろう。法師、どうですか」
「はい。陛下が御自らそのようにお考えくだされば、民にも仏法が広まりましょう」

 そのやり取りを、スンマンは目を丸くして眺めた。
 ――私の名前に、そんな意味が?
 以前に、名付けたのが高名な僧侶であることは聞いていた。仏法において著名な人物であることも、うっすら覚えてはいる。けれども、その名前にここまで女王の思い入れがあるとは考えもしなかったのだ。

(男であれ、女であれ、良いと思うものは柔軟に取り入れ、また、不足であれば補う……)

 徐羅伐に来てから探らせた女王の評判は、どれも芳しかった。慈悲深い、民衆に絶大な人気を誇る女王だと耳にタコが出来るほど聞いた。けれど、その思慮に触れるような噂はなかった。
 女王の真実を目の当たりにして、スンマンの心臓は強く鼓動した。

「スンマン? どうしました」
「あ……い、いいえ、陛下。お話をお聞きして、胸を打たれたのです」
「そうか?」

 心なしか、女王の微笑がこの上なく優しく見えて、スンマンはぱっと視線を落とした。頬が熱い。

(警戒しなきゃいけないのに……)

 あれ以来刺客の襲撃はないが、それでも気を緩められる状況でもない。だが、この女王には甘えてみたい――。
 揺れる心を持て余したままスンマンが芬皇寺の本堂を出た時、侍衛府令アルチョンが女王にひっそり囁いた。

「陛下、急ぎ輿へ」
「何事ですか」
「近頃巷で騒動の元になっている男がいるのですが、その男が先程目撃されました。一刻も早い御帰還を」
「どのような男です」
「それが……」

 と、言葉を濁すアルチョンに代わって、悪戯っぽく口の端を上げたチュンチュが答えた。

「なんでも、陛下をお慕いしていると騒ぎ回っているそうです。司量部が血眼になって探していますが……まだ捕縛に至らぬようですね」
「捕縛? その男は何か罪を犯したのか」
「陛下をお慕いしていると騒いでいるのです。不敬と取られても致し方ないでしょう」

 さらりと告げるところを見るに、チュンチュもその男を快くは思っていないのだろう。しかし、スンマンは不思議だった。女王を慕っている民なら、山ほどいるではないか。

「内省私臣。慕うだけで……罪になるのですか?」
「ええ、公主。それが陛下への恋慕であるなら、罪になります」
「恋慕?」

 ということは、その男は女王に恋しているのか。女王に……。

(え? でも、待って。確か、陛下は先月不惑になられたはず……)

 もしかしたら母かもしれない女王への恋慕などという話を聞くとは思っていなかったスンマンは、紅くなるやら青くなるやら、戸惑った。振り返れば、ずっと傍に控えているリボルも同様だ。ちなみにリボルは先日比才で花郎を打ち負かし、無事徐羅伐の花郎になっていた。
 スンマンが呆気に取られている間にも、女王は小さく嘆息して輿へと踵を返している。それに気がついたスンマンも急いで後に続いた、その時だった。

「陛下!!」

 一際大きな声で呼ばれた女王は、弾かれたように振り返った。それは周囲にいる全ての者が同然で、アルチョンだけが鋭く男の捕縛を命じている。しかし、その男は侍衛府の兵の槍先を飛び抜け、女王から十歩ほどの距離で跪いた。そこを槍に囲まれても、動じず女王だけを見上げている。

「陛下、お目にかかれる日を夢見ておりました……!」
「――」

 一方の女王は、あまりのことに驚き、茫然としていたが、我に返ると捕縛を命じるアルチョンを窘めた。一歩前に出て、青年を見下ろす。

「……お前の名は?」
「チギと申します、陛下」
「チギ……」
「はい」

 浅黒く痩せた青年は、きらきらと光る瞳に笑みを湛えて女王を見つめている。何故か、その青年に見覚えがあって、トンマンは吸い込まれるように青年から目を離せなくなった。
 が、いつまでもそうしてはいられない。行幸の時間は決まっているのだ。女王はチギに行列についてくるよう命じ、大宮に戻ろうとした瞬間、チギの顔が先程の一騒動で汚れているのを見て、そっと告げた。

「顔が泥だらけだな」
「へ? あ、はい」

 嫌われては困るとチギはごしごし顔を拭いたが、その手も袖も汚れているのだから、綺麗になるわけがない。女王は苦笑して、袂から手巾を取り出し、アルチョンにそれを渡した。

「侍衛府令、これをチギに」
「陛下!」

 驚いたのは、アルチョンだけではない。スンマンも、リボルも驚きに目を瞠ったし、チュンチュは苦笑した。先鋒にいてここに居合わせない上将軍ユシンがその場にいたら、やはりアルチョン同様咎め立てしただろう。ピダムがいたらこの青年がどうなるか、火を見るより明らかだ。

「チギ。次に顔を合わせるまでに、顔だけは綺麗にしておきなさい」
「――」

 けれども女王は、事態を呑みこみかねているチギに向かって、この上なく柔和に微笑んだ。この日の女王は、いつにもまして機嫌が良いのだ。その微笑は、スンマンの動揺をも吸い取る程だった。
 一方、まさか女王から手巾を与えられるとは思っていなかったチギは、アルチョンが嫌々差し出したそれを口を開けたまま目で追った。生まれて初めて、体が自由にならない瞬間が来ていた。

「受け取れ。陛下の御志に感謝するように」
「……」
「どうした。陛下の有り難い仰せだ」
「……はい」

 なんとかチギが手巾を受け取った時、女王も公主もすでに輿の中に去っていた。

「大宮に陛下がお戻りになった後、お前を呼ぶ。それまでは侍衛府の兵にお前を見張らせる」

 もう、アルチョンの言っていることはどうでもよかった。チギの目は、鳳凰の刺繍の施された手巾だけを映していた。土で黒ずんだ手の中で、白く輝くその手巾からは春風の匂いがした。



 大宮に戻った女王は、仁康殿で行幸用の装束を改めた。すると、その頃にはスンマンと出掛けられるという興奮から紅潮していた頬はすっかり蒼褪め、肢体は椅子に沈み込んでいる。

「陛下。お顔の色が優れませんが……」
「少し……眩暈がするようだ」
「では、すぐに御医をお呼びして参ります」
「人に知られたくない。密やかにせよ」
「はい、陛下」

 女官の長ともなれば、このような事態にも冷静に対応することが出来るものだ。素早く、かつ行幸時の恒例行事であるかのように御医を呼び入れた。
 御医は脈を取った後、沈思した。実は、女王に呼ばれるまでもなく、御医は今月に入ってからというもの一つの異常を案じていたのだ。

(先月あるべき月水が、今月に入っても訪れぬ……)

 この女王は心身への負担を常に抱え続けているから、月水がないこと事態は間々あることだ。けれど、ここ半月ほど、女王の異常はそれだけではなくなっていた。公主の出現で気分は良いものの、疲労が甚だしく、よく眩暈を起こしている。心痛の症状もあり、おかげで近頃は王配の司量部令ですら仁康殿で夜を明かさなくなっていた。
 診察を終えた女王は、常の通り淡々と御医に命じた。

「休んではいられない。薬湯を出してくれ。この後、謁見の予定もある」

 その言葉に決意を固めた御医は、深く頭を垂れ、口火を切った。

「陛下、お祝い申し上げます」
「お祝い?」

 なんのことだ、と怪訝そうに瞳を細める女王に、御医の言葉は鋭く食い込んだ。

「陛下。御懐妊の兆候がございます」
「――何?」

 てっきり、何か聞き違えたのだろうとトンマンは思った。今日は一日スンマンと一緒にいられることが嬉しくて昔のことも思い出したから、懐妊などと空耳をしたのだろうと。

「まだ確かなことではございませんが、御懐妊の兆候が見られます。ゆえに、正否が確かめられるまでは、薬湯も改めるべきかと思われます」
「……そんな……馬鹿な」
「陛下」
「……今更、懐妊などあるわけがない。そなたの思い違いではないのか?」
「陛下! この命に懸けて申し上げます。間違いなく、御懐妊の兆しがございます」
「懐妊……」

 ――再び、子が?……今になって?
 初めて子を身籠った時とわかった時と同じように、言葉がなかった。喜べばいいのか、狼狽すればいいのか、それすらもわからなかった。ただ、真っ先に浮かんだのは、ピダムだった。

(ピダム……どうする?)

 答えはない。あろうはずもない。ピダムが浮かんだのと同時に、女王は判断したのだ。
 ――もし懐妊したのだとすれば、絶対に知られるわけにはいかない。
 相手がピダムであれ、チュンチュであれ、ユシンであれ……あるいは、スンマンであれ。誰であろうと、迂闊に知られるわけにはいかない。それだけは確かだった。



「今宵、最も大事なことは、一人も洩らさず捕らえることだ」

 同じ刻、ピダムは司量部にいた。

「確認は済んだか」
「はっ」
「司量部の動きを察知すれば、隠れる恐れもある。一斉に捕らえろ。……決して逃すな」

 選りすぐられ、鍛え上げられた司量部員達は、怜悧な声に一斉にひれ伏した。

「――では、これより狩りを始める」

 まるで口笛に導かれた鷹のように、司量部員達はその夜、徐羅伐を暗躍し、数多の伽耶人が司量部の牢に投獄された。









ヨウォンさん懐妊…じゃなくてw、妊娠おめでとうございまーす!!
ちょうど昨日この話を書き上げてからヨウォンさんの妊娠を知ったので、鳥肌が立ったというか(え)、「えええええ!? ちょ、何事だww」と興奮してしまいました(ノ∀`) こういうこともあるんですねー。
ヨウォンさんの安産を願っていますv


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  1. 2013.12.13(金) _18:00:00
  2. 迷宮版ピダムの乱『再来』
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