善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載『再来』第6話

ここのところ一気に冷えてきましたね…・゚・(ノД`;)・゚・ 皆様、風邪にお気をつけて~!




* *


 ユシンの脱走により、その夜、仁康殿で続けられていたユシン逮捕への抗議は一時の沈静を迎えていた。その静寂の中、寝衣に着替えることすらせず座していたトンマンは、主と同じく休もうとしない侍衛府令に低く声をかけた。

「侍衛府令」
「はい、陛下」

 アルチョンもまた、ユシンの脱走に苦慮している。眠気など微塵も感じていないことは、その深い声音からも明らかだった。
 ところが続くトンマンの問いは、アルチョンの意表を突いていた。

「チギはどうなりましたか。腕前の程はどうです?」
「チギですか」

 ――陛下は、てっきりユシンのことで思い悩まれていると思っていたが。
 違ったのだろうか。ここで芬皇寺で拾った青年の話をするとは。
 女王の意を理解し難い思いはあったが、理解よりも命令の実行を優先すべく、アルチョンは疑念を挟まず簡潔に答えた。

「武術の技量は申し分ありませんが、まるで礼儀を知りません。大宮の護衛につかせるのは難しいかと……」
「礼儀を知らないとは?」
「上官を相手にしても、礼を取ろうともしません。大宮の護衛としては、暫くは訓練させなければならないでしょう」
「そうですか……」
「陛下。チギは、母が遊花であったと申しております。郎徒になさるのが宜しいのではないでしょうか」
「遊花?」

 遊花とは、花郎徒に属する娘のことだ。彼女達は大概は郎徒の親族で、花郎や郎徒の身の回りの世話をし、彼らの寵愛を受けることも仕事の内である。ということは。

「チギは花郎の子なのですか」
「いえ、それが、父親はわからないと申しております。……陛下もご存知のように、花郎徒では摩腹子も多くおりますので……」

 遊花のみならず、新羅では、懐妊した女人が夫の上官に当たる人物の寵愛を受け、やがて生まれる子を血の繋がっていないその上官の子として産ませるという慣習があった。勿論、実の父は父として認識されるが、母が上官と繋がることで、生まれてくる赤子の社会的身分は引き上げられるのだ。例えば、ミシルとセジョンの長男であるハジョンなどは、ミシルが真興王の寵愛を蒙ったことにより、王の庶子に与えられる「殿君」の称号を得て、「ハジョン殿君」と尊ばれた。
 しかし、アルチョンが言うには、チギはその上官も定かではないという。どうやら、チギの母は息子に何も言い残さずに彼が幼い頃に病死したようで、実の父も後見となる人物もわからない有様らしい。
 アルチョンの話を聞いたトンマンは、愁眉の中にも一筋のひらめきを覚えたらしい。

「……侍衛府令。チギをここへ」



 侍衛府の宿舎に転がり込んでいたチギは、女王のお召しと聞いていそいそと現れた。髪も顔もすっかり洗われ、もう泥はついていない。

「綺麗になったな」

 開口一番、女王に微笑まれたチギは、思わず咄嗟に言い返していた。

「いえ、陛下の着ているその服の方がずっとずっと綺麗です」
「そうか」

 くすりと笑った女王は、チギに椅子に座るよう促し、アルチョンを慌てさせた後、「チギと二人で話をしたい」と言って、さらにアルチョンを追い詰めた。ところが、いざ二人きりになると、女王の眼差しには親しみよりも玲瓏とした気品が溢れた。
 ――俺も、百済で王子に仕えてたけど。
 チギが見るに、女王は王子とは比べものにならない不可侵の領域を持っているものであるようだ。迂闊には踏み込ませない眼差しに貫かれて、自然とチギの懐にも一本芯が通ったように引き締まった。
 女王はチギにまずは座るように命じてから、ゆったりと口火を切った。

「そなたは言葉に少し百済の訛りがあるな」
「えっ?」
「気付いていなかったのか? 微かではあるが、確かに違う」

 ――目敏いだけでなく、耳もいいのか?
 ずっと百済にいた以上、訛りが出てもおかしくはないが、女王に近付くまでの一月の間に出来る限り直したはずだった。ところが、女王を前に柄にもなく緊張したのかと咄嗟に視線を落としそうになったチギを、再び女王の凛と張った声が掬い上げた。

「ところで、侍衛府令からそなたは父を知らぬと聞いた。……本当か?」
「はい。生まれた時から、母さんと二人きりでした」
「……他に家族はいなかったのか?」
「いません。縁を切ってたみたいです」
「そうか……」

 そこで女王が唐渡りの茶を飲むよう勧めてきたので、チギは大人しく従った。茶はチギからすれば変な味がしたが、体の芯から温もりが広がってゆく感覚は愛おしい。その温もりに包まれた頃、女王が言葉を継いだ。

「私も、父がいなかった」
「えっ? 陛下に?」
「そうだ。自分の身分を取り戻すまで、私はずっと父を知らず、見たこともない父を探していた」

 その時チギを驚かせたのは、女王の告白した内容だけでなく、女王の一人称が「私」だったことだった。それは、女王が女王としてではなく、一人の人間として心を開いている証のようにも思われた。
 ――お前の抱えてきた孤独は、私にもあったものだ。
 女王ははっきり口にはしなかったし、女王の心境を忖度出来るほどチギは彼女のことを知っているわけでもない。けれど、チギには女王の心情が痛いほど伝わってくる気がした。

「そなたはこれまでどうしていた? 母を早くに喪ったと聞いたが」
「俺は……百済にいました」
「百済に?」

 口にしてから、言い過ぎたかとも感じたが、おかしなことに黙っていられなかった。

「子供の頃、毒蛇に噛まれた王子を助けたんです。それ以来、百済のキョギ王子のお邸で下働きをしていました」
「では、百済の言葉にも堪能か?」
「はい」
「そうか……」

 女王の瞳が驚きと好奇心で豊かに煌くのを目の当たりにしたチギは、その様にぽかんと見惚れた。これまで、キョギ王子の美しい愛妾も目にしたことがあったし、それなりに愛らしい娘達と縁もあった。しかし、この女王には、彼女達とは全く違う輝きがあるように思われた。雪の深い冬の夜に心身を包み込む焚き火の暖かさと、燃え盛る炎の激しさを同時に内に秘めている――そんな気がした。

「チギ。健やかな体を授かったからには、生きてゆく糧は働いて得るものだ」
「はい」
「だが、現実には、働いても豊かになれぬ民が多い。ゆえに、女王になると決めた時から、か弱い民の暮らしを少しでも希望のあるものにしようと努めてきた。彼らの希望になることが、女王の務めであると。……チギ」
「はい」
「近いうちに、お前に重大な頼み事をすることになるかもしれない」
「重大な?」

 とすると、政治的なことだろうか。ヨムジョンの顔が咄嗟に浮かんだが、それよりも、女王の真意が気になった。そう簡単に人を信用するとも思えない女王が、何故会ったばかりの己にこんなことを頼むのだろうか。

「重大だが、そのぶん、危険も多い。命を落とすことになるかもしれない。……そのような仕事は嫌だというなら、お前にはささやかな土地を与えるから、そこで農民となれ。二度とこうして話をすることもないだろうが、お前の暮らしを護る為に、これまでと同じように全力を尽くそう」
「……農民になりたくないと言ったら?」
「お前に、危険と期待を託すことになるだろう」
「……」
「まだ決まっていることではない。チギ。次に私が呼ぶ時まで、心を決めておけ」

 手が届きそうな場所にいるように思えた女王は、いつの間にか遠ざかっている――。思わずそのような錯覚を起こすほど己が悩乱しているのを感じて、チギは女王の微笑を見つめ返した。



 ユシンの脱走から、一夜が明けた。当然のことながら王宮が紛糾する一方で、復耶会の砦でも、ユシンとウォルヤが争っていた。

「私は常に、お前達に仁義と真心で対応してきた。これがお前の言う同盟か? これが同盟と呼べるか!」
「六十万だ! 伽耶六十万の命が、私の肩にかかっているのだ。そして、新羅は八十年の長きに及んで伽耶人を虐げてきた。……その年月が、私にこうするよう命じたのだ」
「ウォルヤ。お前は陛下の御心がわからないのか? 陛下が伽耶に何を願い、何をなさってきたのか、それがわからないと言うつもりか!」

 ユシンはトンマンが感じているほど彼女を蔑ろにしているわけではなかった。いや、彼自身は、トンマンに対して誠実であり続けた。ユシンに欠点があるとすれば、それは、彼の勢力もまた、彼と同じように行動するだろうと決めつけたことだ。

「陛下が永遠に生きていると思うのか!? この後、永遠に陛下の意志は変わらないと、そう言いきれるのか?」

 ウォルヤから言わせれば、ユシンは新羅の王になりうるほど、伽耶人の中では親新羅的な存在の筆頭だった。それは、言うまでもなく、ユシンの体に流れる血のほとんどが、新羅人のそれであるためだ。
 そもそも金官加耶は、ユシンの七代前の坐知王の時から、どの王も必ず新羅の女を王妃に迎えていた。ユシンの体には僅かに伽耶人の血が流れるだけで、特に国が滅びてからは、祖父ムリョク、父ソヒョンと皆が王の娘や妹を正室にした。ハジョンの娘ヨンモを正室にしたユシンがむしろ妻の身分では劣っていると言えるくらい、ユシンの体には色濃く新羅王室の血が流れている。
 対するウォルヤは、祖母は新羅人だったが、父のウォルガン太子が潜伏生活を送ったこともあり、母親は生粋の伽耶人だ。何より、ユシンとは違って新羅の王室で育っていない。常に伽耶人と苦楽を共にしてきた。ユシンとウォルヤの間で、女王に対する行動が異なるのは当然と言えば当然だった。それは、権力闘争を生き抜いた者であれば誰もが予期することで、ピダムやチュンチュ、あるいはトンマンからすれば、それがわからないユシンが異常だった。

「もしことが私だけの問題なら、私は陛下を信頼する。……私一人だけなら」

 しかし、ウォルヤはユシンがウォルヤ達を信じて疑わなかった所以もまた、理解し得た。女王がこの十年の間に伽耶人に示した恩寵は確かに本物だということを、彼は誰よりも実感する立場にいたのだ。ユシンよりも、ウォルヤの方が、より女王の決断の凄まじさを知っていると言えるほどに。

「だが、私が決断を誤れば、六十万の民が犠牲になる」

 それでもなお、ウォルヤは、いや、伽耶勢力の主は譲れない。

「陛下に対して叛意があるわけではない。それに、陛下が重用なさっているチュンチュ公は確かにお前の義弟だ。だが、チュンチュ公は伽耶勢力に対して何も証明していない。それでも、伽耶人の血など一滴も流れていない彼を信用しろと言うのか? いや、そのようなことは出来ぬ。ユシン。我々には、伽耶の血を引く、伽耶人の王が必要なのだ!」

 ユシンとウォルヤは、終日、時に力に訴えながらも互いの主張を譲らなかった。ユシンは直ちに王宮に戻り、出頭すべきだと言い張り、ウォルヤとソルチはユシンに伽耶勢力を率いて玉座を奪うよう説いた。



 夕刻、仁康殿から出て行く兵部の将軍を見つめていたスンマンは傍らのリボルに静かに零した。

「……陛下は、ああやっていつも大小臣僚から責め立てられているのね」
「公主様。ユシン公は神国を幾度も救った英雄です。兵部の将軍にも、花郎徒にも、ユシン公を信望する者は数えきれないほどいます」

 それはスンマンも知っていた。ユシンの名は、徐羅伐にいないスンマンですら当代の英傑として認知しているほど神国に鳴り響いている。スンマンも実際に徐羅伐に来て女王に会うまでは、慈悲深い女王が国土を保てているのは、勇猛果敢な名将ユシンの存在ゆえだと聞かされていた。
 しかし徐羅伐に辿り着いてからのスンマンの中には、判然としない不満が渦巻いている。それは、徐羅伐の、宮殿の内に渦巻くものはそのように簡単に割り切れる問題ではないと思い知ったからだ。

「陛下は? 陛下は、ユシン公に比べれば取るに足らない存在だとでも言うの? ユシン公ほど誠実に国に尽くしてこなかったと?」

 尤も、その問題を解けるほどの見識はまだスンマンにはない。ないが、それゆえに黙ってもいられなかった。傍観するには、スンマンは若く、幼くもあった。

「公主様」
「わかっているわ。このことは……私が口出しすべきことじゃない」
「御身の安危のためです、公主様」

 いつものように顔色一つ変えずに詰まるリボルからぷいっと顔を逸らして、スンマンは僅かに唇を尖らせた。
 ――私には、身を案じてくれるリボル郎がいる。
 けれども、国を、女王を守るべき兵部は、上将軍のことばかり言い立てて、女王の安危など気にも留めていないのではないだろうか。彼らは皆、上将軍を崇拝している。女王よりも、上将軍を――。
 何故だか悪寒がして、スンマンはぞくりと背筋を震わせた。

『それ以上のことは、国の安危に関わることですから、私からは申し上げません。ご自分でお考えなさい』

 昨夜から考え続けていた、復耶会の目的。その真意。それがはっきりと確信出来た今、スンマンは想像していたより遥かに王位継承を巡る問題は複雑なのだと唇を噛んだ。

(陛下が後継者にとお考えになっているチュンチュ公。貴族勢力の支持を得て、王配として権力を持つピダム公。兵部を基盤に、伽耶勢力が擁立するユシン公。そして、唯一の聖骨である、私。……私を含めれば、有力な王位継承候補が四人もいるということになるわ)

 つまり、徐羅伐に来た日、彼女に刺客を放つ可能性があった存在には、チュンチュ、ピダム、ユシンの三者と、彼らを擁立する三つの勢力の合わせて六つが該当することになる。その六つを同時に相手取ってこの徐羅伐で生きて行くのは、不可能に近い。もし再び暗殺を目論まれれば、早かれ遅かれ、隙を突かれてしまうだろう。
 ――私、まだ死にたくないわ。
 まだ、何も知らない。何も手にしていない。何も見つけられていない。そのような状態で死ぬのは嫌だった。生きていたい。まだ、生きていたい。
 だが、そのようなことを思っているばかりでは、生き馬の目を抜くようなこの徐羅伐では生き残れないだろうということも、朧げながら感じていた。何故なら、彼女は女王を除けばただ一人の聖骨なのだ。
 ――生き抜くためには、私を……他の誰でもない、この私を支持する勢力を生み出さなければ。
 司量部が復耶会に政変を促した以上、スンマンにもほとんど猶予は残されていないはず。

「リボル郎」
「はい、公主様」

 リボルを信じている。けれど、リボルは勢力ではない。刺客からスンマンの身を護ることは出来ても、勢力からスンマンを護ることも……それ以前に、リボル自身を護ることも出来ないだろう。それはリボルの父である侍衛府令アルチョンを見れば痛いほどわかった。
 ――陛下は、お一人で戦いを始めたと聞いたことがある。
 けれど、スンマンは傍らを振り返ればリボルがいる。忠実なる盾が傍らにいる幸運を、すでに得ている。
 ――次に私が得ねばならないのは……陛下にとってのユシン公? それともピダム公?
 これから会おうとしている人物が一体どちらなのか、それはわからない。わからないが、どちらにせよ、必要なのは彼だった。

「内省私臣に会いたいわ。……誰にも知られないように」

 手を差し伸べるべきは、ただ一人。復耶会の反乱によって母体となる勢力を失ったはずの、彼から始めるべきだった。





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  1. 2014.01.11(土) _00:00:00
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