善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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ロマンティック★恋心。@ミシル

ミシルは、善徳女王の中で『主役』としての扱いを受けている。

……や、これは、管理人の勘違いじゃナイです。善徳女王はトンマンの一代記と言う体裁ではありますが、いざ内容を見てみると、全く違うものになっています。
何故かと言うと、それは、トンマンの人生において集大成である女王時代が、恋愛劇になってしまっているから。トンマンの人生のメインディッシュは政治なのに、デザートでしかない恋愛に焦点が当てられているから。
まあトンマンにとってはデザートでしかない恋愛は、善徳女王一の人気者ピダムにとってはフルコースなわけですが(笑)、結果として役やストーリーのバランスは崩れて、本来ならコースのテーマであるべき『三韓一統』は薄れてしまっています。一応、取って付けたようにたまに登場はしますが、あくまで『トンマンとピダムの恋愛』を彩るものになってしまっている。

でも、女王時代の役者陣を見ていると、テーマが変わるのも仕方ないかなあと思ってしまうんですよね。
何せ、役者さんが『若い』んですよ。
例えば、トンマンの無鉄砲さや破天荒さは前半戦では魅力的でしたが、便殿を見下ろす王としては軽すぎますし、王者としての傲慢さにも欠けています。ピダムは一匹狼や恋する男は出来ても、宮中を牛耳るカリスマ性や有無を言わさぬ押し出しがちっとも足りていない。本来なら宮中を纏めるべきヨンチュンも、ただ翻弄されるばかりで、そこにトンマンを見守るような懐の深さまでは感じられない。最年長のソヒョンパパはそもそも小物感満載だし(あの家はマンミョン夫人が牛耳っていると信じている管理人。笑)、ミセンやハジョンは役柄が宮中のトリックスターである以上、重すぎるのは問題。辛うじてきちんと役割を果たして重みと存在感を見せているチュンチュには、そもそも役職がない。

とにかく、漬け物石(笑)のような重みが欲しくなる画面が多いんです、女王時代は。
や、無理はないと思うんですけどね。だって皆、『ミシル健在』の頃を中心にキャスティングされているんですから。(※ユシンを除く。笑)

つまり、キャスティング的にも、あくまで中心は『ミシル』なんですよ。ノベライズだって、全三巻中、6分の1はミシルの生い立ちに費やしている。
トンマンはあくまで『視点』であって、善徳女王と言うドラマは、トンマンと言う1人の公主の人生がミシルと言うファム・ファタールによって如何に波瀾万丈になったかを描いている。前半戦かなりキャラが確立されていたピダムが、女王時代になるとミシル2みたいなキャラになることからも、それは明らか。

じゃあ、何故ミシルがドラマの中心なのか?
監督のお気に入りだから?
女優さんが大物だから?

勿論それもありますが、一番大きいのは、ミシルと言うキャラクターにドラマ本来のテーマが内包されているからだと思うんです。


***

第一話での、ミシルの初登場シーン。
百済の刺客に襲われ絶体絶命な真興王を助けるシーンで、ミシルは女っ気の欠片もない鎧を着ていました。
兜も頬当てもあるフル装備の鎧を着て、性別すらわからない状態のまま戦う武者。並外れた武芸を持つその武者が刺客を全て倒し、兜を脱いで長い髪と美貌を現して真興王に跪いた時、ようやくわかる。
ああ、この人は女だったのか、と。

そして続く場面で、二人はただの主従ではなく、男女の関係もあり、また、女が王である男を尊敬していることがわかります。
女が男を尊敬すると言うことは、男を愛しているのではなく、男の見ている夢や希望を愛していると言うこと。ミシルは、真興王ではなく、彼が見ている唯一無二の夢を愛していた。三韓一統と言う、他の誰も見ることの出来ない帝王の夢を。
要するに、サダハムと別れ、男との恋愛に見切りをつけたミシルは、その帝王の夢に憧れ、その夢を見ることの出来る者に恋をしていた。その恋を生き甲斐にしていた。
だからミシルは、『王』に恋をする。帝王になるかどうか今はわからなくても、『王』ならばその夢を見ることが許されるから。だから何度も『王』に恋をする。
そうして『王』に恋するミシルは、女だから、当然のように正妻の座を、『王妃』を望んだ。帝王の夢を見て、ミシルにもその夢を見せてくれる『王』との恋に、生涯を懸ける決意をしてしまっていた。

ピダムはトンマンと比べるとミシルは器が小さいと笑ったけど、その指摘は少しズレている。
何故かと言うと、ミシルにとって、『王』と言う地位に立つことは、自身の恋心を踏みにじることになるから。ミシルがずっと探し求めてきたモノは、帝王の夢を見る『男』だから。その男に恋して、その男を愛して、その男の妻となる為にミシルは生きてきた。
だから、彼女の生き方はあれで良かった。何度も何度も我が身を擲ち、ライバルを排除して一生懸命恋を叶えようとして、結局は叶えられなかった。それが、ミシルと言う人間。子供が百人と言う恋多き弟を持つ姉としての、自然な姿(笑)

そしてそんなミシルを、管理人はロマンティックだと思うんです。いやー、さすがピダムの母だなぁと。

だって、何度も振られてるんですよ?
なのに懲りずに何度も何度も同じ相手に恋をする。毎回毎回本気になって盛り上がって、自分から告白して、盛大に失恋する。どっかで諦めるなんて選択肢はない。駄目なら告白のシチュエーションを変え、言葉を変え、自分のキャラまで変えて男を振り向かせようと必死になる。

ピダムがトンマンとしか恋愛出来なかったように、ミシルは『王』としか恋が出来なかった。
出来ないならその気持ちを昇華させて他の道を生き甲斐にすればいいのに、そう言う器用さは全くない。ユシンを不器用だなんて言えないよなあと思います。
何故ならユシンは、トンマンとの生涯一度の恋に破れて視聴者に哀れまれたりもしましたが(笑)、ぶっちゃけそのことはユシンの中では幸せな記憶になってますから。ミシルのように、我が子を捨ててでも忘れ去りたい、なかったことにしたい記憶なんかじゃないんです。
だって、生まれてこの方ずっと花郎になって、偉大な将軍になって、政略結婚するんだと信じて生きてきた二十歳の男(だと思われる。笑)が、恋にトチ狂って駆け落ちしかけたんですよ。「凄い、そんなの人生プランになかった!」な一大イベントですよ(笑)
お祭りが一夜だけだから楽しめるように、ユシンにとってトンマンとの恋は若き日のあの一時の出来事だから素晴らしかったと思うんです。大人になってみれば、「お恥ずかしい限りです」としか言い様のないくらいに我武者羅になって恋をして、玉砕して、慟哭して、若さを満喫した。恋に向き合い、戦い、辛いことも苦しいことも全部受け止めた。だからユシンは大人の男になった。現実に根差した価値観を持つ、妻と家族を大事にして仕事に命を懸ける、イイ男になった。ロマンティックじゃ、なくなった(笑)

ミシルは違います。
政治家としてはトンマンやユシンより遥かに大物であるにも関わらず、ミシルは公主となったトンマンを妬みます。
トンマンが自分より才能豊かだからではなく、自分がいくら恋い焦がれても手に入れられなかった『王』を選べる立場だから。いきなり現れて、長年恋している『男』を奪い去ろうとしている女だから、涙が出るほどに妬ましい。
トンマンが未来の王妃として『王』を選ぶのを指をくわえて見ているしかないミシルは、悔しくて悔しくて仕方がない。トンマンが男だったら。あるいは自分の娘か養女だったら、全く違っただろうに。ミシルの恋は、護られたのに。
だからトンマンは、いくらトンマン本人がその鈍感さ故に自分を魔性の女だとイマイチ理解していなくても(笑)、ミシルからすれば羨ましい女なんです。

はっきり言ってトンマンの苦労人度がミシルに劣るとは欠片も思いませんが(笑)、トンマンが生きてきた年月よりも遥かに長い年月を、ミシルは『王』への恋に捧げてきた。
だから、凄まじい。だから、怖い(笑)
いつぞやのピダムの「陛下が死んでしまったら世の中のもの全てに価値がなくなるので、私は喜んで世を捨てます★(って言うか後を追う予定です★待っててね(はぁと))」な盟約書に気圧され、さらに愛情が深まったように(え?)、トンマンはミシルの恋慕の深さ、凄まじさに圧倒される。

ミシルが最後の会談でトンマンに語った言葉。
戦女神としての、誇り。

あれらは全て、『帝王』に恋した戦女神の最後の告白だった。私は『帝王』に恋をしているの、『帝王』の……それも女の『帝王』の母親になりたいんじゃないの、と言う、恋するミシルの最後の叫び。

私は愛したいんじゃない、恋をしていたい。

大抵の女は、いくつになっても心の中ではこう叫んでいる。
でも、普通はそれを口にしない。出来ない。だって私は物語のお姫様じゃない。もう若くもない。子供も夫もいる。厳しい世の中も知っている。おとぎ話にのめり込んではいけないことはわかっている。

ミシルは、自重しない。
私は恋をしていると、高らかに叫ぶ。まるで、物語の主人公のように。演劇のヒロインのように。

普通、人生懸けてたった一人に、たった一つの夢に本気で恋をし続けることなんて、しません。物語のように上手くいくわけがない、物語は物語だと、誰もが理性を持ってしまっています。
そんな中で、まるで物語に出てくるようにロマンティックなミシル親子の、恐怖の……もとい、凄まじいまでの恋愛っぷりに、元々物語好きで英雄オタクのトンマンは惹かれていく。(トンマンも大概変な女ですから)(ちょ)
本の中にしか、舞台の上にしかないはずの出来事が自分の目の前で起きる。物語の主人公の叫びが、恋心が、鼓膜に、肌に突き刺さる。いけないと思いつつも、惹かれてしまう。

そうしてトンマンもまた、ミシルとピダムのロマンティック★振りに感化されていく。
引き留めてくれる現実の恋人(チョンチョン、チュンチュ)を振り切って、いざ夢の世界へ。私は王位を捨てて、田舎の小さな家で幸せでささやかな毎日を送るの。短い余命を、私を命懸けで愛してくれる男と過ごすの。物語の中のお姫様のように、愛して、愛されてみたいの。

……疲れていたトンマンは、うっかり理性をなくして夢を見てしまう。
若かったから、何の柵もない郎徒だったから許されたロマンティックな夢を、中年になって、女王として国を背負っている立場でありながら見てしまった。私の物語は可愛いハッピーエンドにしたいと願ってしまった。歴史の主人公には、ハッピーエンドもバッドエンドもないのに。王個人の幸せなんて関係ないのが歴史なのに。

ミシル最期の怨念か(笑)、あるいは皮肉か、トンマンは破滅する。
ミシルが最期に全てを託した『帝王』の卵ピダムは、『帝王』の夢になんて興味がなかった。母のように『帝王』に恋をしたけれども、母と違って彼にとって『帝王』はトンマンだけだった。その身を懸けた相手はトンマンで、『人間』。『帝王』のように『国』と同一になりきれなかった、ただの『人間』。ミシルの凄まじい恋愛気質を受け継いだピダムによって『人間』にされてしまった、『帝王』の成れの果て。必死で『帝王』の仮面を被り続けた、賢くて優しくてちょっと風変わりで鈍感で男の趣味が変わっている、ただの『人間』。それがトンマン。
そして、『人間』に恋をしたピダムには、『国』に恋をしたミシルのような責任感はなかった。だからピダムは破滅した。トンマンを道連れにして。

ミシルによって歪められたトンマンの人生は、最後にまた、ミシルの血と呪縛によって歪められる。
トンマンあってのミシルにはならないけど、まさにミシルあってのトンマン。でもトンマンみたいな人間は、他にもいる。ミシルと言う稀代のファム・ファタールは、その超ロマンティックな人間性によりたくさんの人間の人生を狂わせているから。

ただ。
そのファム・ファタールの人生の曲がり角の一つは、トンマンだった。真興王がミシルに『王妃』と言う恋を与えたように、トンマン(とチュンチュ)はミシルに『王』と言う結末を与えた。

でもミシルは、ロマンティックだから。
物凄く偉そうだけど、本音は「尽くしたい」だから。や、「『帝王』に恋して一生懸命尽くしてる自分が好き!」だから。
だから、王になることには今一つ魅力がない。この上なく素敵なこの国一番の男に恋をしたいのに、自分より高みにいる男がいないなんて、生涯憧れ恋していたいミシルには、つまらなすぎるから。



以上、たまにはミシルについて語ろう!な管理人の呟きでした。
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