善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載 蕾の開く頃2

シリアスなんだかギャグなんだかわからない連載ですが、書いてて(自分が)楽しいので良しとします!


***

 呼び掛けても返事がない。ばちゃんと水が大きく跳ねる音がした後、何かが動く気配もない。

「陛下?」

 どうしたのだろうか。チュンチュが寄越した女官らを追い払ってから数日、その間も一人でトンマンは入浴していたし、特に何か事件が起きたことはなかったのだが。
 不安が極限に達して思わず浴室に入ろうとしたピダムは、やっと聞こえてきたトンマンの声にかろうじて突入を思い止まった。

「だ、大丈夫だ。何もない」
「本当ですか? お怪我は? 気分が悪くなったり……」
「怪我はしていないし、気分も悪くない。ふっと思い出したことがあって、それでつい声を上げただけだ」
「そうですか……。…………あの、陛下。少しでもご気分が優れないと思われたら私を呼んで下さい。少しでも声を出して下されば、何を置いてでも馳せ参じます」

 ピダムの声は張り詰めていた。恐らく、彼の脳裏には胸の痛みに苦しんでいたトンマンの姿が焼き付いているのだろう。事実、とても年の初めには生死の境を彷徨うような重傷を負っていた怪我人とは思えぬほどに、ピダムはあちこち飛び回ってトンマンから仕事を奪ったし、彼女の世話を焼こうとしている。ピダムの中には彼自身がまず『数ヶ月前に重傷で死に掛けた』身である、と言う自覚は砂粒ほどもないらしかった。
 ピダムが心配してくれるのは嬉しいし、心の奥に明かりが点ったかのように心が温かくなる。
 が、トンマンの見解ではピダムも彼女も大して身体の具合は変わらないのだ。差が出ているとすれば、それは昨年までの体調がものを言ったのだろう。ピダムは健康そのもので、トンマンは心身を損ないつつあった。
 兎にも角にもトンマンのことではすぐに不安定になるピダムの性格を知り尽くしているトンマンは、少しでも早く彼を安心させたくて、湯から上がって布で身体を拭くと、慌しく服を着て少しだけ戸を開けた。

「本当に、大丈夫だ」
「陛下……」

 隙間から顔を覗かせたトンマンの湯気で火照った顔を見て、ほっとピダムが息を吐く。そんな彼にトンマンもまた微笑み返し、ちゃんと着替えるからとまた中に入って、トンマンもまたほうと吐息を零した。
 目の前には湯気が広がって、何もかもが朧に見えた。常よりも長く湯に浸かっていた為か日が暮れかけており、そのことが一層視界を悪くしている。
 転ばないように用心深く歩みを進めながら、トンマンは困ったように、幸せそうに口元を綻ばせた。
 女王であった頃は、これ以上、何かに思い悩む日々もないだろうと言うほどに明けても暮れても苦悩ばかりであったけれども、それでも三韓統一と言う道標があった。その為に何を選び、何を得るべきか、常にそのように彼女の思考は働いていた。
 けれどももはや、目標は何もなかった。トンマンに残されているのは、ただ、平凡な日々だけ。仕事もなく、平民のように日々の糧を得る為にあくせくすることもなく……ただ、ピダムと二人で生きていることだけ。何も考えず、美しいものを美しいと愛で、美味しいものを美味しいと食べ、楽しい時は愉しいと笑って……人として、ただの人として暮らすだけ。
 それが、望みだった。最後の夢だった。
 チュンチュがくれた、最初で最後の贈り物。あれだけピダムを危険視し、幾度も殺すよう進言していたチュンチュが危険を冒してまで救った命。それがこの夢を叶えてくれた。
 胸の奥に、まだしこりはある。これで良いのだろうかと……王の荷を捨て、余生の為に徐羅伐から逃げた、そのことに対する申し訳なさは身体の底に沈殿して、未だ消えててくれない。
 でも今は、この夢を楽しみたかった。きっとそう長く楽しめないであろうこの夢を、心行くまで楽しみたかった。



 ピダムは全く落ち着きのない様子で戸の前で右往左往していた。
 司量部令なり上大等なり、とにかく宮中にいる間は威儀を正して過ごしたピダムだったが、生来彼はじっとしていると言うことが最も苦手だった。せいぜいムンノの説教を受けて膝をついている時間だけが彼が大人しくしている時間だと言って遜色なかった。寝ている時でさえ、夢の中でははしゃぎ回って暴れていた。
 そんな彼が危うく死に掛けてから早数ヶ月。何日も動くことすら侭ならずに鈍ってしまった身体を元の状態に戻す為もあって、起き上がれるようになったピダムはムンノに付き従っていた頃のようにあちこち歩き回り、医員らを驚かせたものだった。
 ついでに言うと、その頃には彼と一緒に復耶会の砦で治療を受けていたトンマンもまた、少し目を離せばいなくなるピダムに「勝手に私の前からいなくなるな」と癇癪を起こしたりもした。……尤もその癇癪はピダムを喜ばせるだけで、戒めとしてはさほど効果はなかったけれども。
 その落ち着きのないピダムの動きがピタッと止まったのは、戸がからからと開いた時だった。

「ピダム」

 まさかピダムが待っているとは思わなかったトンマンの瞳はまん丸に見開かれた。
 けれども待っていたことよりもさらにトンマンを驚かせたのは、よく日に焼けているはずのピダムの顔が随分と白く見えたことだった。ピダムの顔から、血の気が引いていた。

「大丈夫か?」

 思わず腕を伸ばしてその手を取ってみると、幾ら春の夕刻とは言え、冷え切っていた。
 ところがトンマンは、気付かなかった。トンマンがピダムの手を見て触れてその冷たさに驚いた瞬間、ピダムの顔には血の気が戻り、むしろ首には朱が上ることすらしていた。
 それは勿論、トンマンが心配して手を握ってくれたことが嬉しかったからでもある。だがそれだけではなかった。それよりももっと衝撃的だったのは、湯上りの彼女を間近で見たからだった。
 これまで一緒に暮らしてはいても、トンマンの世話は基本的には徐羅伐から付いてきた女官がしており、なかなかピダムはトンマンの生活する姿に直に触れることが出来なかったのだ。ピダム自身、傷が完治するまでは下手に弱っている自身が介入した為にトンマンの体調が悪化すれば、と危惧してあれこれしてあげたいのをじっと我慢していた。
 そして、もう完璧にトンマンの全ての面倒を見ることが出来ると確信してチュクパンをも追い払ったのが今日である。
 何とか胸をドンドンと忙しなく叩く鼓動を押さえ込んで、ピダムは深く息を吸った。

(まだ駄目だ。まだ……トンマンは、とてものこと労働も出来なければ夜更かしが出来る状態でもない。落ち着け。落ち着け落ち着け!)

 目の前には、トンマンの黒曜石のように艶やかな髪がしっとりと流れていた。
 何を隠そう、部屋に入った途端に自分で髪を拭こうとしたトンマンを見て、夕飯の支度を一時的に放棄したピダムが自分がやると名乗りを上げたのだ。ピダムは、とことんトンマンの世話を焼くつもりでいた。

「……失礼します」
「ああ、よろしく頼む」

 人の手に髪を委ねることにも慣れたトンマンは、特に緊張した素振りもなくピダムの前に座っている。その華奢な肩を見て、その肩を抱きしめたくなったり、顔が見られないことがちょっと寂しかったり、背中を預けてくれることが嬉しかったり、と複雑に、それでいて単純に立て込んだ心をとりあえず隅に押しやって、ピダムはトンマンの髪にそっと布を当てた。
 そうして暫く、ピダムもトンマンも黙っていた。ピダムは初めてのことである上に、初めから上手くやってやろうと真剣だったし、トンマンもあまり話しかけては気が散るだろうと気を遣った。

「ピダム」
「はい」

 ようやく声が掛かったのはかなり水気も取れてからで、ピダムにも幾らか余裕が出来ていた。

「気持ちいい。……ありがとう」
「陛下……」

 優しい言葉――。それにうっかり顔を綻ばせたピダムは、照れ臭さを感じて視線を下げた。
 ……ほんわかとした雰囲気が崩れたのは、その瞬間だった。

「へ、陛下!」

 あと一歩で声が裏返りそうだった。それほどにピダムの声は切迫している。

「なんだ?」
「まさか……いえ、そんな……陛下に限ってそんなこと…………あるわけが……!」
「? 何か髪にくっ付いていたのか?」
「あ、そうです。きっと多分、御髪を洗われた時に何か不埒なものが陛下の御髪に無礼を……」
「……虫でも付いているのか?」

 ますますわからない。一体ピダムは何が言いたいのか。
 結局振り返って自分で髪を確認しようとするトンマンから、慌ててピダムが濡れた髪の束を引っ手繰った。

「痛っ……!」
「あ!」

 しかし慌てていた為か、それまで壊れ物に触れるように慎重だった手つきが一変していた。女王であった頃も公主であった頃もそして推火郡に下ってからも隙一つない女官達の手解きを受けていたトンマンには、久方振りに感じる荒っぽい手並みだった。

「も、申し訳ありません、陛下……」

 トンマンとしてはその荒っぽさがどこか懐かしくもあったのだが、ピダムは泣き顔だった。出会った頃には刀の鞘で小突いたくせに、いつの間にかピダムにとってトンマンは叩けば壊れる硝子細工のようになってしまったらしい。抱きしめる時など、そういう時だけは別らしかったが。

「大丈夫。それより、髪がどうしたんだ? 私が見ても、何ともないけど……」

 他に誰もいないからか、郎徒時代の口調でトンマンがぶつぶつと呟いた。

「何ともなくない! ほら、ここ髪が白くなってる……!!」

 それにうっかりつられてピダムも昔の口調で言い返していたが、二人ともそれには頓着しなかった。
 代わりにトンマンはピダムの言う白くなっている髪を一本発見して、げらげら笑った。女王時代には有り得なかった、遠慮も何もない、腹の底からの笑声だった。

「ピダム! お前、私が幾つか知らないわけじゃないだろう。もうすぐ不惑に手が届くのに、白髪が一本しかないことがむしろ素晴らしくはないか?」

 それにトンマンが髪の手入れをしている女官らに聞いたところによると、白髪と言うものは気苦労が多ければ増すと言う。それなら、あの苦労の多かった女王時代に髪が全部白くならなかったのは奇跡だとすらトンマンは思っていた。
 が、ピダムにとってはそうではないらしい。

「陛下の御髪に白い色があるなんて、有り得ません。こんなに美しいぬばたまの黒髪に、どうして!」

 意を決したように重々しく宣言するピダムは、どうやら本気のようだ。その後も低い声で続けられた「無礼なやつ」とか「人を間違えて生えてきたんです、こいつは」と言った一言一言が心の底からそう思っていると主張しているようで、トンマンはさらに笑った。こんなに笑ったのは、いつ以来だろう。

「ピダム」
「はい」
「お前はどうなんだ?」
「……はい?」
「お前は私より年上じゃないか。なら、お前の髪にもきっと白髪はある」

 その言葉にピダムの顔色が蒼白になった。

「まさか……有り得ません」
「どうしてそう思う? 私の髪にも有り得ないはずなのに、あったじゃないか」
「いえ、それは髪が間違えたんです。黒を白と思う愚か者が、恐れ多くも陛下の御髪の中に紛れ込んで……」
「いいから、ちょっとここに座ってみろ」
「ええ?」

 ぐいぐい袖を引くトンマンに抗えずに座り込んだピダムの髪にトンマンは楽しそうに手を伸ばした。柔らかな黒髪を緩く縛っていた紐に手を伸ばしてあっと言う間に髪を解き放つと、意気揚々と髪を漁り始める。

「陛下!」
「いいからいいから」

 いけないと思いながらも、ピダムは力一杯は抗えなかった。なんだか面白いことになりそうな予感がして、むずむずと頬が震えていた。


*******
もりの様への返信で話した白髪ネタ、実はこれを書いてる時に「ユシンやアルチョンだったらこうはいかないな……」と思ってたのでした。ピダムは自分を『永遠の十……いや、二十代』とか思ってそうなもので(笑)
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  1. 2010.04.23(金) _00:10:32
  2. 隠居連載『蕾の開く頃』
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