善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載 蕾の開く頃7

いつもより早めに更新です。
今回は、ちょっと、その、イチャイチャした表現があります。ブログに載せても問題のないレベルだとは思うのですが……問題じゃないのかこれ!とお思いになりましたら、ズバッと仰って下さい。引っ込めて訂正致します。


*****

 呼気は落ち着いたものの、まだ何か良くない感覚が残っているのか胸を押さえて座っていたトンマンは、物音を聞いてすぐに振り返った。

「ピダム」

 反射的に紡がれた名前が自分のものであることにホッとして、ピダムはトンマンの隣に座って薬湯の入った碗を彼女の手に握らせた。丁寧にそれを飲み干すのをピダムが注視していると、見られていることが気恥ずかしいのか、トンマンが碗で顔を隠して呟いた。

「そのように見ていなくても、ちゃんと飲む」
「わかっています。ただ見ていたくて見ていては、いけませんか?」

 そう言われてしまうと、もうトンマンには何も言えない。恥ずかしさを散らすように苦い薬湯を一気に飲むと、ピダムがさっとその碗を取り上げて、今度は蜂蜜の入った器を持たせる。トンマンがそれも口に含んだことを確認すると、彼はほとんど無意識の内に彼女を自分の胸に凭れ掛かるようにした。
 トンマンも、やはり何も考えずにピダムに寄り掛かって、ゆっくりと瞼を閉じた。ぴったりと顔をその胸に預けると、ピダムの力強い鼓動がすぐに伝わってくる。いつもそうだったが、今も、ピダムの鼓動は少し忙しなかった。

「……まだ、痛みますか?」

 それでも深みのある低い声は、トンマンに安堵を齎す。大概の者は怖れるか、あるいは嫌悪するピダムなのに、トンマンにとっては彼はいつだって、心を安らかにしてくれる存在だった。
 だが、ピダムにとってはどうなのだろう?

「…………ピダム、お前はどうだ?」
「私ですか?」
「うん。……お前は、痛まないか」

 こうして私といて、お前は幸せか。私と一緒にいることで、心が休まるか。今の暮らしが、求めていたものなのか。本当に、そうだと言えるのか。

「…………少し、痛いです」

 僅かな沈黙の後、聞き取れないぐらい微かな声でピダムは答えた。微かな声とは裏腹に、ぎゅっとトンマンを抱く腕に力を込めて。

「陛下が御辛そうで……それが申し訳なくて…………それで、胸の辺りが……少し痛みます」
「私が辛そうに見えるか?」
「……はい」
「何故だ?」
「それは…………」

 言い淀んだピダムの腕の中で、もぞもぞとトンマンが動いた。それまではただ凭れ掛かるだけだった身体がピダムを探すように、その存在を確かめるようにしっかりと彼を抱く。
 ――今。今、この時だからこそ、言わなければならない。ピダムを喪わない為に、言わなければならない。

「……ピダム」

 息遣いが届きそうなほどに近い場所から鼓膜を揺さ振る声を、ピダムは何もかもを忘れて聞いた。

「私がもし辛そうに見えるなら……それは、お前のせいだ」

 そうして下された宣告は、どんな刃よりも鋭く彼の胸を突いた。けれどもそれと同時に吹き込まれたのは冷たい風ではなく、どこまでも暖かくて優しいトンマンの声だった。

「ピダム。お前以外に……もう私の名を呼び、私を抱いてくれる人はいない。だから……私が安らぐには……私が望む未来には、お前が必要だ。他の誰でもない、お前が必要だ」

 夢のような言葉。星屑よりも煌く言葉が、胸の奥に宿った闇をも照らし出すようにピダムには感じられた。

「もし……もし私が辛そうだと言うなら、それは…………お前が、足りないからだ」

 その言葉を聞いたピダムの双眸が丸く見開かれた。
 ――いつも、いつも、求めているのは己ばかりだと思っていた。ユシンを追い掛け、ミシルを目指すトンマンにとって、ピダムなど何ほどの存在でもないと。ただ、他に誰もいないから……彼に権力が集まったから、仕方なく受け入れたのではないか……その思いが常に消えなかった。だが……違うのだろうか? 致し方なしに彼を選んだのではなく……ピダムだから、必要としてくれたのか?

「だから……ピダム、一緒にいてくれ」

 さらにピダムを強く抱いたトンマンは、ぎゅっと瞼を閉じた。
 恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくてこのまま逃げ出したいほどだ。けれども、口にしたことに後悔はなかった。……だが、ここまで言って駄目なら、もう本当にどうすれば良いのだろう? これで駄目なら、トンマンには為す術はない。

「ピダム――」

 さらに続けられようとした言葉を遮って、ピダムはトンマンを引き剥がした。予期せぬことに驚くトンマンの頬は、涙が伝っているだけでなく、恥ずかしさから真っ赤になっていた。
 その赤く、微熱を持った頬に両手を伸ばしたピダムは、まるで真珠の雫を拾うかのように丁寧に、滴り落ちる涙を拭った。
 そうして彼の前に立っているトンマンを見詰めるピダムの眼差しが、見上げるものから見下ろすものへと変わる頃、二人の吐息は互いに目の前に迫っていた。彼をじっと見上げるトンマンの円らな瞳を見たピダムが、柔らかな微笑を浮かべて静かに息を吸った。

「……トンマン」

 そして噛みしめるように、囁くように紡がれた、他の誰も聞くことが出来ない、彼女の為だけの言葉。その言葉を聞いたトンマンの口元に、ピダムが持ち帰ったどの花よりも清らかで愛らしい微笑が咲いた。

「そう呼んでも……構わない?」

 にっこりと笑ったまま、トンマンは彼の首に腕を回した。

「――うん」

 その答えを吸い込むように、あっと言う間に熱を孕んだピダムの唇がトンマンのそれを探して食い込んだ。
 初めて唇を合わせた時とは全く違う、餓(かつ)えた心をそのまま示しているかのような、何もかもを暴いて喰らおうとする切実さ。それを受け止めながら、トンマンはこれまでピダムがずっと、その身体に巣食う野獣の性を押し殺して彼女に憚っていたことを悟った。ありのままの自分を曝け出して、欲するままに貪ることを慎み、幾千もの狂おしい夜を過ごしてきたことを改めて感じた。
 かつては、女王であった頃は、そんな彼が恐ろしかった。彼に食い尽くされるかもしれない自分の弱い心が恐ろしかった。
 ユシンと逃げることを選ばずに王座を選んだ時よりも、トンマンは、ずっと、ずっと恐ろしかった。
 彼の前でだけは、トンマンは涙を流し、心の内を曝け出すことが出来たから。ユシンに対してさえも出来なかったそれを、ピダムに対しては何でもないことのようにしてしまう自分を知っていたから。ずっと、彼に甘えている自分を知っていたから。

 刹那が幾度も繰り返された後、混ざっては途切れる吐息の間を縫うように執拗に絡み合っていた唇がようやく離れる。
 トンマンは息苦しさと恥ずかしさが相俟って赤くなった顔を見られないように、さっとピダムの胸に顔を埋めた。自分から望んだことではあったが、実際に体験してみると、この上ない羞恥に身体がむず痒くなる。
 そんなトンマンが可愛いのか、ふっと笑ったピダムは、その笑みとは裏腹にあまり余裕のない様子で彼女を抱き上げると、柔らかな布団の上にその身体を横たえさせた。

「ピダム?」

 赤くなった頬を隠すものがなくなって、おろおろと視線を彷徨わせるトンマンの首筋を、熱っぽい吐息が掠める。

「その、ピダム……」
「うん?」
「い、言い出しておいてなんだが……ご飯を、食べ終わっていない」
「そうだな」

 口調がざっくばらんなものに変わると態度までもが図々しくなるのか、ぺたぺたとあちこちに触れては、ピダムはトンマンが味わったことのない刺激を義理堅く置いていく。

「よ、夜中に……お腹が、空くかもしれない」
「…………」
「ピダム、お前は私に、いつも、しっかり食べろと言うじゃないか」

 常ならば、トンマンの言葉を一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けるピダムは、今はいないらしい。代わりに戻ってきたのは彼女が手を離そうとしてもまた繋いできたピダムのようで、もはやトンマンはまた繋がった唇の隙間から空気を探して吸い込むしかなかった。

「トンマン」

 それから、またやっとのことで自由になった呼吸を荒く繰り返すトンマンの上で、いつの間にか乱雑になった袷の中から顔を上げたピダムが、清々しいくらいにからりと、それでいながら艶やかに笑って告げた。

「ごめん。我慢の仕方が……わからなくなった」

 それに、ぷすっと吹き出したトンマンは、仕方ないと言うように、しかし、それでいながら、逃がさないとでも言わんばかりにピダムに腕を伸ばした。



 十回は、繰り返している。
 トンマンの望みである前に、彼の長年の切望だったそれを終えた後、ピダムの口から出る言葉は、形は違えど一つのものだった。

「本当に、大丈夫ですか」

 それに、本当は大丈夫かどうかわからないながらも、トンマンはしっかりと頷いた。
 ここで大丈夫ではないと言おうものなら、恐らく二度とあのような時間は訪れないだろう。あのような、思い返すと顔から火の玉でも飛び出しそうなほどに恥ずかしく、それでいて夢のように幸せで温かで愛しい時間は。

「陛下……」

 憑き物が落ちたかのように先ほどまでの図々しさが抜け落ちたピダムは、気だるい余韻が消え去る前にふっと彼の懐から抜け出して、それからずっと彼に背を向けたまま、布団に包まって何も話そうとしないトンマンに困惑した。ついさっきまでは何度も彼の名前を呼んでしがみ付くようだったのに、一体どうしたのだろう? 本当に身体は大丈夫なのだろうか?
 結局十一回目の質問にも首を縦に振るだけで声を出さないトンマンが心配になって、ピダムは彼女の肩を掴んで無理矢理仰向かせた。
 ところが布団で顔を半分隠したままのトンマンは、頬どころか額までもを薄暗い中でもはっきりとわかるほどに紅潮させてあらぬ方向へと視線を逸らすばかり。放っておいてくれと言わんばかりであったが、それがピダムを嫌うからではないとわかった瞬間、ピダムの顔はでろでろに崩れた。
 ――可愛い。可愛い。可愛くて可愛くて、頬が落ちそうだ。
 それ一色に染まったピダムの脳裏に、もはや食べ散らかしたままの食卓など浮かぶはずもない。

「トンマン」

 ふいに名を呼ばれて、びくっと震えた後にピダムを見上げた彼女に満面の笑みを浮かべたピダムは、二人の間を阻む布団を押し退け、その身体を引き寄せた。

「足りた?」
「え?」

 そのままそっと訊ねれば、ピダムが言いたいことがわからないのか、トンマンは目をまん丸にしている。その様子を見てさらに笑みを深めたピダムは、逃れられないようにぎゅっと彼女を抱きしめて、深く余韻の残る声で囁いた。

「『ピダム』は、足りた?」

***

 その日のピダムの朝は、常よりもずっと早くに始まった。少し微睡んだだけですぐに起きたピダムは、疲れたトンマンが深く眠っている間に、全てを終えなければならなかった。
 布団を抜け出したピダムは軽く夜着を引っ掛けると、静かに食卓を片付け、朝ご飯と朝の薬湯の準備を雷光の如き速さで終えた。
 とりあえず、すべきことは全て終えた。そう判断するや否や、再び夜着は捨てて、トンマンの隣に滑り込む。これで心置きなく眠れると思う間もなく、長らく睡眠不足であったピダムは、トンマンと言うこの上ない贅沢な枕を抱えてすやすや眠りに就いた。



 ドンドンと何かを叩く音がする。眠りを妨げるそれに眉を顰めたトンマンは、ぱか、と瞼を上げて、目の前にあるものを見、次いで、辺りを見回した。
 燦々と差し込む陽光が部屋を隅々まで照らし出している。となると、もうかなり昼に近い時間になっているのだろう。こんなに遅い時間までトンマンのみならずピダムまで眠っていると言うのは、滅多にないことだ。
 そのピダムは相変わらず続いている音など全く聞こえていない様子で、寸分の隙もないくらいにしっかりトンマンを抱きしめて眠っている。これでは、起きようにも起きられるものではない。

「ピダム、ピダム」
「ん……」

 なんとか動く手でぺちぺちと頬を軽く叩くと、さすがにピダムも眠りが浅くなってきたらしい。

「外に誰か来ているようだ。起きてくれ」

 そしてトドメの一声を聞いたピダムの目は、カッと見開かれた。

「誰か来ているですって……?」
「そのようだ」

 ほら、とトンマンが指差した方向から確かに聞こえる音に、ピダムは危うく舌打ちしかけた。この幸せで美しい朝に、どこの馬鹿野郎が土足で踏み込もうとしているのだ。
 舌打ちはしなくても、十分にその双眸に不機嫌さと殺気を漲らせたピダムを見て、トンマンは苦笑した。

「宮医かもしれない。起きよう、ピダム」
「いえ、陛下はこちらに。私が行って、追っ払ってきます」
「宮医だったら何か火急の用があるのだろう。追い払うようなことはするな」
「私にとって最も優先すべき用件は、陛下です」

 ぶつぶつ言いながらも夜着を、その上に彼らしい黒染めの衣を羽織ったピダムは、それでもトンマンの両頬に口付けてから出て行った。
 それを布団に包まったまま見送ってから、トンマンももぞもぞと起き上がって服を探した。誰だかわからないが、客人が来るような時間であることは確かなのだ。寝ていて良い時間ではない。
 しかしいざ服を探してから、トンマンは困った。何故だ。どうして昨夜着ていた服が、手の届かないような遠いところにあるのだ!
 ピダムがいつ戻ってくるかと思うと布団から出て服を取りに行く気にもなれず、結局トンマンは布団をぐるぐると身体に巻きつけ、ぴょんぴょん跳ねて服のあるところまで行くしかなかった。



 一方その頃ピダムは、やはり予想通りであった人物を思いっきり睨みつけた後、その後ろに立っている顔を見て呆気に取られていた。

「久しいな、ピダム公」

 黒ずくめのピダムとは全く違う、爽やかな群青の頭巾に、空色の衣。嫌味なくそれを着こなし、嬉しそうに顔を綻ばせている彼は、家の中が気になるようにちらっとピダムの向こうへと視線を遣ってから、改めて訊ねた。

「陛下は御健勝だろうか?」


***
もう何話かぐずぐずするかと思ったのですが、意外とあっさり解決……したのでしょうか?(笑)
次回は久々にゲストが登場です。この御方も書きたかったのでー。
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  1. 2010.05.15(土) _11:05:08
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