善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

連載 蕾の開く頃13

ちょっとお久し振りの本編です。
拍手とメッセージ、そして投票までご協力下さりありがとうございますv お返事は次の記事にてまとめてさせて頂きます!


***

 『化け鳥』の噂を聞いた日、宮医は顔を真っ青にしてその噂を伝えた患者を真面目に慰めながらも、心の中で苦笑していた。何せ、彼が暮らす推火郡には『化け鳥』よりも遥かに強い男がいるのだ。それも、一言、慈悲深い元・女王陛下が「『化け鳥』に悩まされているなどと……一体何が噂の元になっているのか。ピダム、探ってみよう」とでも言えば、あっさり「陛下、私が明日にでも山に入って『化け鳥』とやらを倒してきます。ですから、陛下は一歩も外に出ないで下さい。明日はその『化け鳥』とやらの鍋にしましょう」と剣を手にしそうな男が。
 しかし今、宮医はまたしても頭を抱えていた。
 彼を悩ませているのは、一通の文。『化け鳥』などよりよほど恐ろしい、京都と言う名を冠した魔の巣窟・徐羅伐からの文だった。いや、文と言うよりは、命令書だった。
 ちなみに、勿論彼に拒否などと言う選択肢は用意されてはいない。ただ、命令に従うのみだ。
 ……今度こそピダム公に窒息死寸前までは絞められるかもしれない、と怯えながら。

**

 さて、その宮医が泣く泣く送った使いがトンマンとピダムの二人きりの時間を図らずも妨げ、哀れにもピダムの殺人光線を浴びることとなった、半日前のこと。がさがさ草を掻き分け顔を覗かせた子供達は、今日も彼らが用意した『ワナ』に敵が引っ掛かったことを確認して、きゃっきゃっと喜んでいた。
 一見、ただのおじさんに見えるけれども、きっと餌を食べる時は羽を生やした大きな鳥になる化け物――鳥ならきっと、これが好きなはず、大好きなはず、と子供達は毎日毎日朝から草むらで餌になりそうなものを探して、『化け鳥』の家の前に置いていった。そうして一日化け鳥は忘れて遊び回って、翌日になるとまた餌を捕まえる。子供達の一日は、ここのところそのように過ぎていた。
 あと数日もすれば、あの『化け鳥』オジサンは尻尾……が見えないが、子供達の顔を見ればコケッコケッと鳴く……ようにも見えないが、とにかく、また餌がもらえると嬉しそうに寄って来るようになるだろう。子供達の作戦は、至って順調に進行中だった。

***

 ひよこのような子供達に餌付け作戦を敢行されているとは露知らず、今日も一日何事もなく、いつもの通り、幸せに一日を締めくくろうとしていたピダムは、ぶつぶつぶつぶつ文句を垂れ流しながら着替えていた。いや、無理矢理着替えさせられていた。
 つい先ほどまでトンマンの朗読を聞きながら、一日の疲れも吹っ飛ぶ心地で満面の笑みを浮かべていたと言うのに、今ではがっくり肩が下がってしまっている。彼の肩に上着をかけようとしていたトンマンは、またしてもピダムの背後に力なく打ちひしがれている黒い尻尾が見えて、ふるふる頭を振った。

「ピダム、ほら腕を広げて」
「……明日の朝に行けば、それでいいじゃありませんか……」
「駄目だ。今まで宮医がこんな夜中に使いを寄越したことなどないだろう? 何事かあったに違いない。今すぐ行って来い」

 こんな時でなければ、トンマンが着替えさせてくれているとピダムも大喜びで着替えに協力しただろうことは確かだったが、今のピダムは木石のように鈍重だった。あまりに協力的でないその態度にとうとうトンマンも我慢出来なくなったのか、ピダムの耳朶を引っ張った。

「ピダム!」

 これ以上我侭を言うなら本気で怒るぞ、とでも言わんばかりの低い声。さすがにそこまで言われると弱いのか、慌ててピダムは上着を羽織った。そうだ。さっさと行って、さっさと用件を聞いて、さっさと帰って来れば良いのだ。
 うん、そうしようとあっと言う間に支度を終えたピダムは、トンマンが差し出した剣を持って、靴を履いた。

「すぐに帰ってきますから」
「ああ」
「こんな田舎でもどんな奴がいるかわかりませんから、閂を下ろして、誰が来ても絶対に戸を開けないで下さい」
「わかった」
「本当に、ちゃんと閂を下ろして下さい。窓も開けては駄目です」
「わかったから、気にせず行って来い。朝まで掛かる用事だったら、帰って来なくても大丈夫だからな」
「いえ、絶対に帰ってきますから、お願いですから私以外の者が来ても戸を開けないで下さい」

 同じことをさらに数回繰り返した後、ようやくピダムは戸を開けて一歩外に出た。

「あ」
「どうした?」
「いえ、ちょっと……」

 忘れ物が、とでも言わんばかりに戸に手を掛けているトンマンの唇を浚うと、ピダムは戸を閉め、トンマンに閂を下ろすよう指示した。玄関先での刹那の出来事に、一瞬魂を抜かれたトンマンは、怒ることも恥ずかしがることも出来ず、少しだけ乱暴に閂をかけた。



 そんな二人の様子を、物陰から窺っている男がいる。
 夜陰に紛れて植え込みの向こうにしゃがんでいるその男は、トンマンの手にしていた明かりによって一連の行動をまともに目にしてしまい、その為に眉を顰めざるを得なかった。一体なんだ、あれは。人が見ている前で、なんと言う恥ずかしい振る舞いだろう。
 そう言う彼自身が覗きをしていると言うことはさて置いて、男はピダムが未練たらしく二度ほど家を振り返ってから風のように走り去るのを待った。さらさらと風が流れるような音だけをさせて消えたピダムは、恐らくまだ腕の方も剣神と呼ばれた頃から全く衰えていないだろう。憎らしいことだ。もっと手厳しく痛めつけておくべきだったのかもしれない。
 ぶつくさと心の中で文句を言ってから、男は立ち上がった。男の背後に控えていた従者が、男が使っていた簡素な椅子をさっと抱きかかえてまた引き下がる。着ている物を汚したくないからと、わざわざ椅子を持ってこさせていたその男は、従者に向かって低く命じた。

「宮医の家に戻っていろ」
「はい」

 そうして椅子を抱えた従者もまた闇に消えたのを見届けてから、さらさら衣擦れの音を立てて男は植え込みから出た。月がある為か、薄っすらと明るい庭先には、巨大な鶏小屋がドンと鎮座している。それに眉を顰めながら、男はさっさと先ほどトンマンとピダムが別れを交わした戸の前に立った。口ではああだこうだ言っても、ピダムのことが心配でならないトンマンのことだ。恐らく戸のすぐ傍にいて、ピダムの帰りを待っているだろう。
 すうと小さく息を吸うと、男は囁くように、しかりはっきりと戸の向こうには届く程度の声で呟いた。

「――叔母上」



 早く行けとピダムを追い出したものの、このように夜に一人きりでいるのは久方振りの為か落ち着かず、トンマンは玄関のすぐ傍で膝に顔を埋めてしゃがみ込んでいた。そんな時、頭上から淡雪のようによく知る声が落ちてきて、思わずトンマンは弾かれたように顔を上げた。
 この声。彼女を「叔母上」と呼ぶ、この声の主は。
 ピダムと約束したこともすっかり忘れて、トンマンは閂を外して戸を開けた。聞き間違いかもしれない、そう思いながらも、身体が勝手に動いていた。

「こんばんは、叔母上」

 そうして戸を開けた瞬間、思い描いていた姿よりもまた少し大人びた顔をした青年を目の当たりにしたトンマンは、やっとのことでその名を呼んだ。

「チュンチュ……」

 それに、満足そうにたおやかな微笑を浮かべて、チュンチュは優雅に腰を折った。それは徐羅伐中の女人が夢中になると言う貴公子チュンチュの美しい所作だったが、それにも構わずトンマンは、苦労の為か薄闇の為か、別れた時よりも精悍になったチュンチュの顔から目が離せなかった。
 真っ直ぐな叔母の視線を受けたチュンチュは、あまりに恋しかったその瞳に向かって僅かに片側の口の端を上げて微笑んだ。

「叔母上も私も、夜風に当たっては風邪をひいてしまいそうです。……中に入れて頂いても宜しいですか?」

 すぐに家に上がることを許されたチュンチュは、やはり無用心だからとさっさと戸に閂をかけた。一応、宮医の家にはピダムの足止めの為の人間を置いては来たけれども、ピダムのことだ、チュンチュが自分の家に来ていると知った瞬間に取って返すだろう。
 しかし、それでは困る。今夜、倭への道中、わざわざ推火郡を、それもこの村のすぐ傍にある館を宿に選んだのは、偏に、叔母に会う為なのだから。……いや、会う為だけでなく――。



 ピダムは、どうか今見ているものが見間違いであって欲しいと切実に懇願していた。
 がっしりとした肩。堂々とした雰囲気とは違って、少し猫背な背中。無骨にも何も語らずただ座っているだけと言う、その姿。
 宮医に案内されて入った邸の一室、その入り口でピダムは視線を一点に集中させたまま、凍りついたように動けずにいた。これまで、あまりに予想だにせぬことに直面した時、大概ピダムはそのように全ての動きを止めて、脳を全力で回転させて場を切り抜けようと努力してきた。しかし今回ばかりは何がどうしてこうなったのか、さっぱりわからなかった。
 ――キム・ユシン。
 彼が何故、トンマンではなく、こうしてピダムに会いに来ているのか、幾ら考えても答えは見つからなかった。

「…………」

 兎にも角にも、ピダムからユシンに話したいことは何もなかった。ピダムから言わせれば、ユシンの為にトンマンとの一時が失われたかと思うと、腹の底からどす黒い不快感すら這い上がってきていた。
 ……帰ろう。話したいことはないのだから、帰るに限る。
 そう考えて咄嗟にユシンに背を向けたピダムだったが、ユシンはどうやらピダムに話があるようだった。

「ピダム」

 たった一言、名を呼ばれただけだったが、それでもその一言は十分にピダムの足を止めるだけの威力を持っていた。苛々と振り返ったピダムは、深い群青と紫の入り混じった簡素な衣を纏い、静かに座っているユシンの前に、どっかり座った。
 そのまま、必要以上のことを話す気にならないピダムも、近頃以前よりもさらに口数の少くなったユシンも、黙りこくっていた。
 話があるのだろうと勝手に推測して椅子に座ったものの、ひょっとしたらユシンにも話など何もないのではなかろうか。そんなことを考えながら、元々大人しくしているのが苦手なピダムは、置いてあった飲み物に手を伸ばした。さっさと用事を終わらせようと全力で走ってきたこともあってか、少し喉が乾いていた。

「…………健勝そうで、何よりだ」

 その時、ようやく顔を上げたユシンが、ピダムの顔を見ながら落ち着いた声音で切り出した。
 思わぬ言葉に、器に口をつけたままきょとんとしたピダムは、むず痒さを堪えるように一気に器の中身を飲み干すと、今度は丁寧に器を置いた。今でもユシンに対してはわだかまりが消えないピダムとは裏腹に、ユシンの目は他の誰でもなく、今目の前にいるピダムを真っ直ぐに見ていた。……どこか、トンマンと似ている目でもあった。

「聞きたいのは私のことじゃないだろう」

 ふっと笑って腕を組むと、背凭れに寄りかかりながらピダムは言葉を継いだ。

「…………陛下は、お元気だよ。毎日笑っておられる」
「……そうか」

 それに、ユシンの硬い眦が仄かに下がった。けれどもその双眸に宿るのが恋慕なのか、それともただの慈愛なのかが、あまりに穏やかな光からはもう判断がつかなくなっていた。
 そうだ、とピダムはふとかつてのユシンを思い出して、愁眉を開いた。
 昔、トンマンと逃げようとしていた頃、まだトンマンが王女だった頃のユシンの目には、情熱があった。トンマンに対する熱意が、恋慕が、焔のようにうねり、燃え上がっていた。
 ところが、その焔は……ユシンが上将軍として戦場に出て、徐羅伐にいる時間が短くなるにつれ、いつの間にか消えてなくなっていた。気付いた時には、何かを悟ったのか諦めたのか、ユシンはただ山のように厳かで泰然とした双眸で、静かにトンマンを、ピダムを受け止めていた。
 もう何もかもが嫌になって、ただひたすらユシンを排除して、トンマンが自分以外の存在を選べないようにしようと我武者羅になっていた頃には気付けなかった。ピダムがそうであるように、ユシンもいつまでもトンマンだけを愛し、隙あらば彼女を浚いたいと思っているに違いない、と思い込んでいた頃には、ユシンの変化がわからなかった。
 始まりは政略であっても、いつしか家族に恵まれて、妻の愛情を受け、生まれた子を慈しむようになったユシンに、かつての周囲を省みない恋慕は受け入れられないと言うことを、悟れなかった。

「ピダム」
「……なんだ?」
「怪我は、良くなったのか」

 少し言葉に詰まった後、ピダムは小さく噴き出した。

「お前の腕が悪かったせいで、治りが悪くて苦労した」

 まるで、初めて会った時のように、聞く者が聞けば笑えないピダムの冗談に微かに笑みを深めると、ユシンもやり返した。

「それは、お前が私の降伏勧告を無視したからだ」

 間もなく、ピダムの明るい笑い声がその場に炸裂した。


*****
ユシンは、何故かトンマンじゃなく、ピダムと再会させたかったんですよね。なんでだろう。
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2010.06.09(水) _00:01:29
  2. 隠居連載『蕾の開く頃』
  3.  コメント:0
  4. [ edit ]

<<6月7日に頂いたコメントへの返信 | BLOG TOP | SS 居候生活>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。