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善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 親心

家族もの第四弾……ですが、時系列で言うとアルチョンが現れる前です。ヒョンジョン7歳の時のお話です。
書いていて、ふと、ヒョンジョンは両親を亡くした後は、三国の山野を走ってタクラマカンへ行き、そこからローマに旅立つのもありじゃないかと思いました。思っただけです。(はい)
頂いたコメントへの返信は次の記事にてさせて頂きます!いつもたくさんの拍手をありがとうございます^^v


***

 トンマンは、誕生日と言うものをとても大切にした。
 彼女もピダムも、生まれる前までは待ち望まれる存在だったにも関わらず、生まれて間もなく疎まれる存在となった――そのことに、二人とも終生苦しんだ。だからこそ、宮殿を出たその時から、トンマンは誕生日を違う形で考えようと努力し始めた。お互いに、他の誰にも望まれなかったとしても、こうしてすぐ傍に「生まれてくれて、ありがとう」と思ってくれる人がいる。そのことを大事にしようと、二人で暮らしてから初めて訪れたピダムの誕生日に、盛大にお祝いをした。
 以降、ピダムもトンマンの誕生日が来ると、毎年毎年その日を特別なものにしようと精一杯努力した。それはヒョンジョンが生まれてからも変わらず、また、ヒョンジョンの誕生日も毎年思いっきり祝った。

 さて、そんな、ヒョンジョン八回目の誕生日。
 その日の主役ヒョンジョンは、母であるトンマンと市場へやって来ていた。右手には油の乗った焼き鳥、左手には母の手とあって、悪戯っ子の影はどこへやら、誰が見ても愛らしい坊ちゃんの顔をしてヒョンジョンはてれてれ歩いている。ちょっとした買い物を終えた彼らが向かっている先は、ピダムのいる診療所であった。

「お父さん!」

 いつもピダムのことをなかなか「お父さん」と呼ばないヒョンジョンも、今日ばかりは満面に笑顔を咲かせて診療所に駆け込んだ。手を繋いだままのトンマンも、小走りになって一緒に中に入る。
 すると、ちょうどピダムも仕事を終えたところなのか、片付けをしていた手を止めて、パッと振り返った。二人を見て目尻を下げると、あっと言う間に二人のところへ駆け寄った。

「ここまで来てくれるなんて珍しいじゃない。どうしたの」
「迎えに来たんだ。ね、ヒョンジョン」
「……うん」

 ところがヒョンジョンの顔は、ピダムの手がさり気なくトンマンの肩から腕を撫で下ろすのを見た瞬間に僅かに固まった。

「待ってて。すぐに支度して戻ってくるから」

 そしてそのぎこちない表情は、ピダムがヒョンジョンには触りもしないままトンマンを軽く引き寄せ抱きしめるのを見届けた時には、癇癪玉を爆発させたようなそれへと変わっていた。ヒョンジョンはピダムの脛を力一杯蹴飛ばすと、トンマンの手を振り払って外へ飛び出した。

「スケベジジイ!!」

 近頃覚えた新しい罵倒を繰り出したヒョンジョンの影は、トンマンが呆気に取られ、ピダムが脛を抱えて座り込む前にすでに消えていた。



 旋風のようにヒョンジョンが走り去った後、脛の痛みに涙を浮かべていたピダムは、後ろに隠し持っていた木刀を杖になんとか起き上がった。見れば、木刀と言っても、ピダムには聊か小さい代物である。その理由は、すぐに判明した。

「せっかく贈り物まで用意してたってのに、なんて可愛げのない奴だ! 父親を蹴り飛ばすなんて……!」

 トンマンを抱き寄せてから、ヒョンジョンに「ほら、誕生日の贈り物だぞ!」と自ら作った木刀を見せて喜ばせるつもりだったピダムは、せっかくの計画がおじゃんになったこともあってか、危うく木刀を叩き折る寸前まで怒っていた。
 けれどもそんな彼を尻目に、トンマンは小さく嘆息するのみだ。
 ――スケベジジイ。言い得て妙とはまさにこのことだろう。どこの世に、誕生日の息子より先に妻を抱きしめる父を歓迎する息子がいるだろうか。

「あなた」
「何!」

 よほど容赦なく蹴られたのか、まだ痛みの残るピダムが珍しく苛々とした様子で答える。この様子では話にならないと、トンマンはまずピダムの脛に目を向けた。

「大丈夫か? かなり強く蹴られたように見えたけど」
「とりあえず痣は出来そうだ。ああもう、ついこの間まではあいつに打たれようが蹴られようが大したことなかったってのに……いつの間にあんなにデカくなったの!」
「今日で生まれてから八年だ。無理もない。それより……」

 トンマンは手を伸ばすと、ピダムの持っていた木刀を彼から取り上げて苦笑した。

「こう言う贈り物があるなら、まずはヒョンジョンに声を掛けるべきだ。先に私にばかり構うから、ヒョンジョンが拗ねてしまっただろう」
「贈り物を見せる時は、溜めて溜めて、わっと驚かせるのが一番だって前に言ってたじゃない」
「それは、贈り物があるってことを相手に確信させてからの話で……まあそれは後で話そう。とりあえず、ヒョンジョンを捜しに行って。もうすぐ夕刻になるから」
「ええ?」

 まだまだ小さいと思いがちだが、あれでヒョンジョンはもう一人であちこち遊びに出掛けては、ちゃんと日暮れまでに家に戻ってくる賢い子供である。ピダムからすれば、探さずとも、特に今日のような日なら絶対に戻ってくるだろうと確信出来た。
 しかしトンマンは、そんなピダムをじろりと睨んだ。

「せっかくの誕生日なのに、傷ついてしまったヒョンジョンを放っておくつもり?」
「傷ついたって、怪我したのは私の方で……」
「お前だったら、そんなのは怪我のうちにも入らないだろう。……そうだ、先に言っておく」

 こんなに痛いのに、と言うピダムの文句は、トンマンの「ヒョンジョンが帰ってこないうちはあなたも家に入れない」と言う宣告の為に、外に出なかった。ことヒョンジョンに関してはピダムに手厳しいトンマンだ。力尽くでピダムがトンマンの言い付けを破った日には、数日は彼女に無視されることは確実だった。

「……それ、頼んでいい?」

 最後に木刀を指して訊ねると、トンマンは花のような微笑を湛えて頷いた。

「折れないように丁寧に持って帰るから、安心してヒョンジョンを捜して来い」

 だが、やはりトンマンは、その笑顔にときめいたピダムが伸ばした手からは、するりと身をかわした。……かつてはピダムが抱き寄せる度にその身を強張らせて恥じらった可愛い女は、年月の経過と共に徐々に男を掌で転がす術を覚えていっているようだった。



 なんと言ってもまだ小さな子供である。すぐ見つかるだろうと高を括っていたピダムは、それから間もなく途方に暮れることとなった。
 ――ヒョンジョンが悲しい時に行く場所とは、どこだろう?
 ヒョンジョンと遊ぶことはあっても、ヒョンジョンがわんわん泣けばいつも扱いきれなくなってトンマンに丸投げしてきたピダムには、このような時に一体ヒョンジョンはどのような行動に出るのか、さっぱりわからなかった。しかし、トンマンに訊くわけにもいかない。訊けば、今度は「父親なのにそんなこともわからないのか」とトンマンに泣かれそうだった。トンマンに泣かれることだけは……どうしても嫌だった。

(トンマン以外で、ヒョンジョンのことをよく知ってる奴……)

 素早く頭を転がしたピダムは、市場へ向けていた足を反転させた。



 ところがピダムの思惑とは裏腹に、ヒョンジョンは市場をぶらぶら彷徨いていた。唇を尖らせ、その辺の石ころを片っ端から蹴飛ばす姿は、人混みに埋もれてしまいそうなほどに小さい。

「どうせお父さんは、お母さんだけ好きなんだ」

 物心ついた頃から、ヒョンジョンは何度も何度も、父が母に引っ付くのを見てきた。他の家の誰もがしないようなことを、彼の両親は毎日毎日していた。
 ――いつか、お父さんはお母さんを食べるつもりに違いない……!
 しょっちゅう母の顔や身体のあちこちを舐めたり吸ったりする父を見る度に、ヒョンジョンの小さい胸は緊迫した。毎日毎日ああしているのは、食べ頃になるのを逃さぬ為だろう、そう思ってヒョンジョンは母に必死で危険を知らせたが、母はちょっと赤くなってから、困ったように笑ってヒョンジョンに言い聞かせた。大丈夫、お父さんはお母さんを食べたりしないから、と。そしてそれでも心配するヒョンジョンにさらにこう言ったのだ。お父さんのあれは、犬が飼い主に甘えているようなものだから安全だと。
 やがて父が母を食べることはないだろうとは思うようになったものの、結果としてヒョンジョンは、否が応でも悟ることとなった。父の関心や愛情はまず母に向けられていて、自分は二の次であることを。
 むすっと顔を顰めたまま、ヒョンジョンはじわじわ浮かんできた涙を飲み込んだ。

「いいもん。お母さんはぼくが一番大好きって言ってたもん」

 ……それを聞いてぶすったれた父に、「同じようにあなたも好きよ」とも言っていたけれども。

「――坊っちゃん?」

 ところがさらに小石を蹴飛ばしたその時、覚えのある人から声を掛けられて、ヒョンジョンはぴたっと足を止めた。

**

「…………い、いない……!」

 膝に手を付いて項垂れながら、ピダムは切れ切れに呟いた。
 小さな子供のことだから、すぐに見つかるだろうと甘く考えていたピダムは、ヒョンジョンが小さい頃から親しくしている兄妹、一緒に釣りに行った川、狩りに行った山と、心当たりを全て当たったにも拘らず、ヒョンジョンの影すら見つからないことに狼狽していた。犬でも飼っておけばこのような時困らなかっただろうか。そんな考えまで脳裏を過ぎる中、夜道を走るピダムの息はすっかり上がっている。
 もしかしたら、誰かにかどわかされてしまったのだろうか。幾ら悪餓鬼とは言えども、近頃トンマンにも少し似てきたのか、見目は益々愛らしくなっているヒョンジョンだ。まさか女ではないから妓楼に売り飛ばされることはないだろうが、如何に世の中に汚い奴が多いのか、それをピダムは良く知っている。

「……駄目だ」

 このまま探しても、こう暗くては埒が明かない。――知恵が要る。トンマンの、彼女の知恵が必要だ。
 呼吸を整えると、ピダムは一目散に家路を急いだ。

「トンマン!」

 家に辿り着いたピダムは、彼とヒョンジョンの帰りを待っていたのか、外で上着を羽織って立っているトンマンを見つけた瞬間、彼女に駆け寄った。

「ピダム! 遅かったな」

 闇に紛れてしまいそうなほどに全身黒一色で統一したピダムの出で立ちを見止めたトンマンは、ホッと息を吐いて表情を和らげた。ヒョンジョンを探すのに夢中になっていたピダムは気付かなかったが、すでにかなり遅い時間になっていたのだ。
 それでも今日ばかりは挨拶をしている場合ではないと焦るピダムは、トンマンの肩を掴むと一気に捲くし立てた。

「トンマンごめん、どうしてもヒョンジョンが見つからない。心当たりは全部当たった。何か他に――」

 けれども何故だかそこで、ピダムの唇にぴたっとトンマンの人差し指が添えられた。訳がわからず言葉を失ったピダムに、にっこりとトンマンが微笑みかける。

「ヒョンジョンなら、日が沈む前には戻ってきた。昼間騒いだからか、今はもう疲れて寝てる」
「………………え?」
「もう冷めてしまったかもしれないが、湯を沸かしておいたから、先に汚れを落として来い。そのまま家に入ったら、家中葉っぱと泥だらけになってしまう」

 何故だか酷く嬉しそうに笑いながらトンマンはピダムを風呂場へ連れて行った。だがピダムはまださっぱり状況が飲み込めない。傷ついたヒョンジョンが、家出をして帰ってこなくなると困るから、探しに行けと言う話ではなかったのか?

「トンマン……」

 物言いたげにピダムの服を脱がしに掛かるトンマンを呼ぶと、ピダムの上着を脱がせてその汚れっぷりに眉を顰めていたトンマンは、きょとんとした瞳で振り返った。

「大丈夫だ。これぐらいの汚れなら、洗えば落ちるし……それに、一所懸命ヒョンジョンを探したからこうなったのだろう? だから怒ったりしない」
「うん。……。……いや、そうじゃなくて……ヒョンジョンはどこにいたの?」
「ああ、診療所を飛び出した後は、市場に戻ったらしい」
「……は?」

 ――市場に戻った? お金もないのに?
 全く理解出来ないと言う表情のピダムに、トンマンは上着を置いて近寄った。ピダムの髪にくっついていた葉を取ると、背伸びをしてピダムの耳元にそっと囁きかける。

「困ったことに、うちの息子はあの年で「ツケ」と言う言葉を覚えてしまったらしい」

 ツケ。その一語にポカンとするピダムの頬に軽く音を立てて口付け、トンマンはピダムの首にその白い腕を回した。

「ところでピダム、お前はどこに行っていたんだ? 山狩りでもしてきたみたいな格好だ」
「……子供って言うものは、山と川でしか遊ばないもんだと思ってた」
「時代が変わったのかもしれないな。……でも、良い勉強になっただろう?」
「…………うん」

 疲れたのか、こつんとトンマンの肩に顎を乗せてピダムは頷いた。

「それに、ヒョンジョンも、隣家の子供達からお父さんが捜し回ってると聞いて、帰ってきたんだ。だから……直接は見つけられなかったかもしれないけれど、捜し回ってくれたおかげで助かった」

 そうでなければ、もしかしたらヒョンジョンも本格的に拗ねて、もっと遠くへ家出してしまったかもしれない。勿論そうならないように、日頃からトンマンは村外れの者達とも親しくして、悪戯っ子として徐々に名を馳せつつあるヒョンジョンが村を出て行こうとしたら、知らせてくれるよう頼んである。
 けれどもそれよりも、こうして父親が必死になって捜してくれた方が、ヒョンジョンにはずっと嬉しいだろう。

「ピダム」

 肩に凭れかかっているピダムの頬を挟んで顔を上げさせると、トンマンは愛おしさでいっぱいになった瞳でピダムを見詰めて、その唇に羽毛のように柔らかい口付けを送った。

「……お父さん、お疲れ様」

 ピダムはその行為にほんの少しだけ照れ臭そうに視線をさ迷わせてから、先ほどまでとは打って変わって、意地悪く口の端を上げた。

「汗臭いけど、怒らない?」

 先に誘ったのはあなただからね、と付け足して腰に回した腕に力を篭める夫を見上げて、トンマンは軽くその肩を叩いた。

「スケベジジイ!」

**

 その翌日、朝早くからヒョンジョンに起こされたピダムは、新しく作った木刀でヒョンジョンとチャンバラごっこをしてから、いつも通り診療所へ向かった。木刀を抱いて寝ていたヒョンジョンの愛らしい姿を思い出して機嫌よく仕事を始めたピダムは、しかし、帰りにはすっかり怒り心頭の顔になっていた。

「あの馬鹿息子め!!」

 ……その日一日で、『お医者様』に昨日のツケを払ってもらいたいとやって来た『患者』によって、財布をスッカラカンにされてしまった為に。


****
どうも家族ものはこう言うオチがしっくりきて……ごめんよピダム(笑)
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