善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 善徳F4、五変化 その1

リクエストで頂いた、「善徳F4(5人)とトンマンのカップル話」……ではなく(汗)、ミシルの乱後、トンマンが死ぬまでの五人のとある心境の変化を描いた五つのSSSです。春に書いた物なので、今とは少し違う雰囲気の人もいるかもしれません。その1はアルチョンとピダムとウォルヤ。その2がユシンとチュンチュですー。
大体管理人の中の五人はこんなイメージ、と言うのが伝われば嬉しいです。

****


 アルチョン郎、と万感の想いを込めて名を呼ばれたことが気恥ずかしく、また光栄でもあり、アルチョンは頭を下げた。本来ならば跪くべきところなのだが、焼き鏝を当てられた為に大きく爛れた肌に当てられた包帯が、それを許さなかったのだ。

「いいのです、そのままで」

 気遣わしげな色がトンマンの容貌に添えられ、彼女はアルチョンに座るよう命じた。

「申し訳ありません、公主様……」

 その心遣いには感謝しつつも、アルチョンはトンマンが近日中にはより一層尊い身分となることを思い出し、トンマンが座るまでは席につかなかった。
 そうだ。命懸けで戦い続けてきたこの女性は、王となるのだ。公主であったこれまでよりも、さらに遠く尊く誇り高い唯一の存在に。
 そのことに思い至った途端、アルチョンの胸の内を充足感と高揚感が満たした。
 彼女を我が王と仰いでから何年も経つ。チョンミョン公主の遺したチュンチュが結婚するぐらいに、長い年月が。しかし思い返してみると僅かな年月だった。王を目指す年月としては、短過ぎるくらいだ。
 ああ、とアルチョンは微笑んだ。
 ユシン、ピダムと共に支えてきた彼女が「我らが『公主様』」ではなく、「我らが『陛下』」となること。それはきっと、稀に見る栄誉に違いない。
 だがそこでふと不安が過ぎった。
 それは、このどこか無鉄砲で向こう見ずな女性が常に選んできた危ない道への不安。
 ……幾度も命を危険に晒してきた彼女に、アルチョンは何度胸を締め付けられる思いをしたことか。ミシルがトンマンを射た時の衝撃は、今でもアルチョンの背に冷たい汗を幾筋も伝わせるほどだ。
 彼女を案じているのはユシンやピダムだけではない。彼らが恋慕でトンマンを案じるように、アルチョンは心からの忠誠でただひたすら彼女を案じてきた。

「――公主様」

 アルチョンの低く澄んだ声が室に響く。真摯な音色はいつもトンマンを深く安心させるものだ。

「公主様、どうか、どうか御身を大切になさって下さい」
「アルチョン郎……?」
「花郎アルチョン、心より神国を思う臣として申し上げます。公主様、もはやあなたのお命はこの神国の命です。……どうか、そのことをお忘れになりませんよう」
「――」
「私は必ずやあなたの命をお守りすると、亡きチョンミョン公主様に誓いました。花郎は、一度誓った言葉を違えは致しません」

 その時、トンマンがふっと笑う気配がして、アルチョンは訝しげに顔を上げた。――トンマンは、切ない瞳で微笑んでいた。

「……アルチョン郎。あなたは、今でもチョンミョン公主に忠誠を誓っているんですね」

 トンマンの言葉の真意を、一瞬アルチョンは測りかねた。彼女は常に聡明だが、近頃こうやって心の内を隠す術が一層上手くなったように思う。
 結局、再び頭を垂れたアルチョンは「はい」と頷いた。手練手管を王に対して見せる必要は無い。それに、アルチョンがトンマンにも同様に忠誠を誓っていることを彼女がわからないわけがないだろう。
 また、トンマンが微かに笑った。

「…………ありがとうございます、アルチョン郎」

 その言葉に弾かれたように顔を上げたアルチョンに、トンマンは愛情の篭った凛々しい笑みを浮かべた。

「いつまでもチョンミョン公主に忠義を尽くすあなただからこそ、私はあなたを信じています。……アルチョン郎。私がこの命を預けるのは、あなたです」

 それはあまりに大きい言葉で、アルチョンは返答に窮した。
 その言葉は、私ではなくユシンに、あるいはピダムに向けられるべきものではないのか。私で良いのか。……未だ、チョンミョン公主に忠誠を誓う私で。
 困惑するアルチョンを他所に、トンマンはいつまでもアルチョンの心を乱す微笑を湛えていた。


****


 頬を辿り、鎧の肩当を掴んだ手が、ゆっくりと背に回る。
 全ての一瞬が嘘のようで、夢のようで、ピダムはトンマンに抱き寄せられるまでミシルにとうとう息子と認められなかった悲しみも忘れて呆然とした。
 トンマンの優しい声が、耳元で囁かれる。
 ピダムが泣いているように、彼女も泣いている。
 ――ああ、そうだ。彼女もまた公主でありながら、親に捨てられ、なかなか認められず、自分で公主となったのだ。……私達は、同じ苦しみを味わってきた。
 触れ合う頬と頬が互いに涙で冷えていて、それが全てを許してくれるように思えた。……背を摩るトンマンの手が、魂を包んでくれているような、暖かさを持っているように感じられた。
 ピダムは恐る恐る手を上げた。
 何も持っていない右手だけでなく、剣を持っている左手も上げて、トンマンの背に触れる。
 トンマンがピダムを包み込んでくれたように、彼女を魂まで抱きしめられるのは私だけだと確信して。

 目を覚ました時、前夜に見た夢の内容をピダムは大概覚えている。きっと何度も同じ夢を見ているから、間違えようがなくなったのだろう。
 ……ミシルが実母だと知ってからはミシルばかりだった夢は、ミシルが死んでから全てトンマンに戻っていた。
 しかし、全てが戻ったわけではない。
 トンマンと知り合った頃はただ彼女と一緒にいて、彼女が笑っている夢を見ていることが多かったが、近頃見るのは全てあの抱擁の夢ばかり。
 夢の中でピダムはいつもトンマンに抱きしめられ、彼女を抱きしめ返す。
 そこには誰もいない。チルスクが襲ってくることも、ユシンが現れることもなく、二人だけの世界だ。時には、トンマンが鎧ではなく公主の煌びやかな服を纏っていることすらあった。

「トンマン……」

 彼女が王となってから、以前よりずっと彼女は遠い存在になった。
 触れ合ったのはあれが最後で、それ以来どれだけ近い場所にいても、トンマンは何の隙も見せない。

 あの時。あの時、確かに想いが通じ合ったと思った。
 トンマンはユシンではなく、ピダムをより近い存在として認めたと思った。ピダムに大権が与えられ、司量部を任されてからは特にその思いは強くなった。けれど。
 ……女王になったトンマンは、ユシンを遠ざけ、ピダムを『剣』とした。
 あの時、彼女と心を分け合ったと確かに感じたのに、彼女が望んだのはピダムが彼女の武器として戦うことだった。
 今その境遇に甘んじていられるのは、偏に『剣』は一本しか持てないとわかっているからだ。ピダムがトンマンの唯一の『剣』であると確信しているからだ。

『愛とは、その全てを奪うことだ』

 ミシルの言葉が脳裏に響く。
 そう、トンマンから全てを……女王の位を奪わない限り、もう二度とトンマンはピダムを抱擁してくれないだろう。
 愛しているのならば、全てを。彼女を守る全ての人間を、壁を、地位を。全てを、奪わなければならない。――ミシルの言うことは正しいのだ。

 唇を歪めてピダムは笑った。
 さて。今日こそ、トンマンは笑顔を見せてくれるだろうか。ピダムの仕事ぶりに満足そうな微笑を見せてくれるだろうか。
 今日と言う一日が楽しみだ、と彼は気だるい身体に活を入れるように、勢いよく寝台から起きた。


****



「陛下!」

 アルチョンの鋭い声を聞いた瞬間。
 恐らくはあの瞬間こそが、ウォルヤが太子としての矜持を捨て、トンマンの臣下としての誇りを得た瞬間だったのだろう。

 ユシンによって初めて彼女と出会った時から、ずっとウォルヤは心の底では彼女を王として認めてなどいなかった。あくまで伽耶を取り戻す為の手駒として、どこかトンマンを低く見ていた。
 ……それは、彼自身に流れる王の血が彼女に屈することを拒んだからだ。
 頭では彼女がいかに優れた王の気質を持っているか理解していても、それでも彼には伽耶が、八十万の民がいた。それは彼女の民ではない。彼――ウォルヤの民だった。
 その民を失う時こそが、彼が王でなくなる瞬間だとわかっていた。だからこそ、ウォルヤはトンマンに臣従せず、ユシンに臣従する形を取ってきたのだ。

(……王位を諦めることの難しさ、それをあなたはよく知っているはず)

 一抹の悔しさと哀愁、安堵、不安。全てが絡み合うウォルヤの眼差しを、トンマンはただ静かに受け止めていた。
 ウォルヤの唇に、薄い笑みが広がる。
 だが彼の双眸に深く根差すものは喜びではなかった。それに、きっと彼女は気付いているのだろう。最後の敬意を篭めて、トンマンは目礼した。ウォルヤ以外の誰もが気付かぬように、ほんの少しだけ瞳を動かして。
 ――そうして、トンマンは裾を翻し、金の歩搖を鳴らしながらその場を去った。

「…………とうとう、負けたな」

 ひっそりと呟いたウォルヤの言葉を聴きとめた者はいない。しかしウォルヤの全てがその一言に詰まっていた。
 負けた。
 そう、負けたのだ、ウォルヤは。
 ユシンにでもチュンチュにでも神国にでもない。トンマンに負けたのだ。
 負けた以上、もはや矜持は不要。民を生かす為に、屈辱にも耐えるだけだった。それが王族としての最後の務めだ。彼女がチュンチュに忠誠を誓えと言うのなら、誓うしかない。
 は、と白い息を吐いてウォルヤは空を見上げた。紺碧より尚深い色をした空には、月が輝いている。『月夜』だ。
 ……あの月のように一人輝く月日を目指してきた。
 そしてその日々は、終わったのだ。
 これからはただひたすら、死力を尽くして神国の為に働かなければならない。伽耶の民として戸籍が消えた以上、「差別を受けているから」と甘えることは許されない。……甘えてきたつもりも、なかったが。

「…………あなたに心からの忠誠を、陛下」

 伽耶の民はチュンチュに忠誠を誓った。……その瞬間から、伽耶の民は消えて。ウォルヤの民は消えて。
 残されたウォルヤは、彼女に誠を尽くそう。彼女が愛する神国の為に、全てを尽くそう。
 ――これまで全てを賭けて戦ってきた彼女の、手足となろう。一人、誰よりも辛く孤独な荊の道を行く哀れなあなたに、せめてもの慰めを与えよう。とうとう伽耶の全てを喰らった偉大な女王の美しい繊手を彩る、鋭い爪となろう。
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  1. 2010.07.17(土) _00:00:20
  2. SS(ドラマ準拠)
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