善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

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トンマン考:優しい人、残酷な人

善徳女王BS版も36回まで来ました。
ちなみに、BS版をご覧の方にはやはり完全版の視聴をオススメする緋翠です。(この間の25回にウルチェ退場のシーンがあり、王様とウルチェと言う、第二回から描かれていた主従の結末がきちんと書かれていました。名シーンです。時代劇には付き物の単なるイエスマンのアホの子とは違う形で、『忠臣』を見せてくれたウルチェ。ウルチェがいないと言うことは、すなわち王様の治世も晩年と言うことなんですよね。間接的ではありますが、新陳代謝がほとんど皆無の堅実なミシルチームに対し、若竹のような、荒削りだけれども勢いと情熱は誰にも負けないトンマンチーム。そして、身も心もボロボロで、ブレインまで失った王様チーム。それぞれの興亡が見えて、25~29回辺りは本当に面白いです)
さて、その36回ではとうとう比才編が終わりを告げました。公的には、ソファと再会し、ムンノの試練に立ち向かい、王業とは何かを学ぶトンマン。しかしその一方で、私的には変わらぬソファの愛を喜ぶ反面、チュンチュの拒絶に傷つき、ユシンの結婚に打ちひしがれます。……この頃からソファが死ぬまでのトンマンは、身も心も『王女様』です。負けず嫌いでツンツンツンデレなトンマンらしからぬ、甘い乙女心が多々見られます。
はっきり言って、管理人はその乙女なトンマンが苦手でした。不器用だけど男前で、時に残酷なトンマンの不思議なカリスマが好きだったからです。だから、ソファが死んだ後、自らミシルの懐に飛び込んだ時にはホッとしました。戻った、真っ直ぐにがむしゃらで、でもそんな彼女にどれだけ周りの人間が心を痛めているか、それには気付かないトンマンが戻った、と本当に嬉しかったのを今でも覚えています。
そして最近、ユシンとの恋愛話を考えている中でふと気付きました。
トンマンがやたらと乙女モードになってユシンに未練たらたらだったのは、ユシンのせいじゃないんですよ。いえ、正確には、恋の相手がユシンだからじゃないんですよ。そして、ユシンと歩むはずだった『女として、人としての道』に人格変わるほどの未練があるからでもないんです。だってその時の彼女は、覇道なんて歩いていなかったから。
何故かと言うと、31話~47話まで、トンマンがやたらと乙女モードだった時、彼女の傍にはユシンとは(勿論、ピダムとも)比べ物にならないくらい、彼女に大きな影響を及ぼす人物がいたんです。ソファが、いたからなんです。

以下、「浄土~」を書きながらトンマンに対して感じたことをつらつらと。


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ソファはトンマンにとって、絶対的な存在です。
ずっと母だと思っていたし、今でも彼女こそ母だと思っているだけでなく、ソファと一緒にいる時のトンマンは、『女の子』だったんです。賢くて度胸のある、でも少し甘えん坊の、母を愛する無邪気な少女でした。母を失った後も、復讐ではなく、まずはその真相を突き止め父を探そうと、至って真っ当な結論に辿り着く、可愛い少女でした。

でもその少女も、男装して虐められて暮らす中で、自然と逞しく、男社会でも負けない闘争心と根性を持った『青年』に成長していきます。(思えば、9回辺りでもあったように、トンマンは多分ユシンから時折、棒で何度も殴られる、と言った激しい体罰を受けていたはず。個人差はあると思いますが、私は例え男装しているとしても、自分にあんな体罰を繰り返し加えた男に恋愛感情は持てませんね(汗) いや、指揮官として尊敬するのとは勿論別問題ですよ。でも高校時代、練習中に先輩の顔を叩いた先生は、いくら監督として素晴らしいからと言って、個人的に付き合いたいとは思えませんでした…。そんな先生を慕う子も勿論いましたが、私がユシンをトンマンの恋の相手として苦手に思うのは、そこら辺かもしれません。ユシンも必死だったのはわかるんですが……それにめげるトンマン(覇道バージョン)じゃないこともわかってるんですが……)
チョンミョンと別れる瞬間だけは乙女モードが顔を覗かせ、その為にチョンミョンは死んでしまいましたが、あれは仕方ないと思うんです。その前にチョンミョンが王女の服を着せたり、女として生きるよう繰り返し願ったから。だから、本来の可愛い部分が顔を出したんだと理解出来ました。

で、チョンミョンが死んでからはまた、男社会で生き残ってきた逞しいトンマンに戻ります。今度は郎徒時代と違ってやたらと逞しく思えるのは、本来彼女に厳しいはずのユシンが「女」扱いしているからであり、チョンミョンやチュクパンとのシーンにあった無邪気さもないからかと。

そして真っ直ぐに復讐だけを考えるトンマンは、後にチュンチュがそうするように、最も自分を愛したがる存在(ユシンであり、トンマンでもある)を切り捨てます。ユシン個人を愛してる愛してないだけじゃなく、彼に纏わる記憶には全てチョンミョンが絡み、さらには自由な一人の女としての生、と言う堪らない魅力がそこにはついて回るから。
懐古趣味じゃありませんが、王女になったトンマンにとって、ユシンは、辛いことはあっても親友の尼さんがいて、仲間達とたくさん笑いながら暮らせた幸せな記憶の象徴だと思うんです。他の仲間には身分から言って滅多に会えませんし、そんな中で、毎日顔を合わせるユシンに思いが凝縮するのは普通のことなんじゃないかと。それで、ユシンが思いを爆発させる時じゃなく、トンマンのユシンへの愛情のピークは、ユシンの結婚時になったんじゃないかと。

チョンミョンの息子であるチュンチュに辛辣に拒まれ、仲間だった、自分を命掛けで愛してくれたユシンが結婚する……明らかに、そこでトンマンの長かった娘時代は終わります。昔の楽しい暮らしも、親友との絆も戻らない。トンマンがユシンの結婚を知って泣くのは、ただ恋愛感情からだけでなく、懐かしさもMAXになっていた若き日々の思い出と決別しなければいけない、と言う現実が苦しいからではないでしょうか。

でも、当たり前っちゃ当たり前のその流れをなんかやたらと『女々しい』と感じるのは、ソファといる間中ずっと、トンマンに冷酷さが欠けているからではないかと。寂しくても悲しくても人前では涙は堪える、そんなトンマンが、チョンミョンが死んだ時と乙女バージョンの時だけは見られないからだと思うんです。
ソファといることで、無意識の内に少女だった頃の本来の性格が顔を出していて……だから、ユシンがボコボコにされれば「やめて」と泣くし、暢気にもチュンチュが自分を受け入れると思い込んでいたし、ユシンが政略でミシルの孫を妻にするのを受け入れられない。ムンノの行方も追求しないし、村人を斬ったことで我を失うし、ミシルの乱でも完全に彼女に先手を許してしまっている。47話でソファが自らの身を犠牲にしていなければ、本当にあれでミシルに勝てるのか、と不安になるぐらい、トンマンは優しくて可愛らし過ぎました。日食の時や女王時代と比べて。
あ、その間の経済政策はさすがだと思うんですよ。でも、なんかあまりに覇道を進むには弱過ぎるんじゃないかと言いたくなるくらい、この時期のトンマンは人間らしかったなあと思いまして。王らしいんじゃなくて。

そう言うことを踏まえると、女王時代のトンマンは鬼のよーに怖かったですが(笑)、王に相応しい傲慢さがあってとても良かったです。だって、王は傲慢じゃなきゃやってられないから。他の誰でもない、自分こそが何百万もの民を支配するに相応しいと思ってなきゃ、王になれないし、王ではいられないから。だから自分に片想いしてくる男がいて、彼に癒しと慰め、ときめきを見い出していても、夫に出来ないと言うのはある意味当然なわけで。(男女を逆転させれば普通によくある話ですよね。)むしろピダムは幸せなんですよ、第三者から見れば。王に信頼されて、能力と血筋に相応しい立身出世を遂げたわけですから。

でもそれが上手くいかなくなるのも、わかるんですよね。
何故ならトンマンは、良くも悪くも型破りな王だから。王に相応しい傲慢さや鈍感さを生来持ち合わせているわけではなく(持ち合わせているのはユシンなんですよね、皮肉なことに。汗)、幼い頃から帝王教育を受けたわけでもなく、無理矢理傲慢さと冷酷さをキープしているだけだから。だから、ストレス一杯で心因性の病気になってしまった…と、凄くよくわかるんです。そこまで自分を追い詰める彼女だからこそ、ピダムの恋心にも触れずにきたんだと。

韓国ドラマでは捨てられた王子が王になる話がよくありますが、彼らは一様に傲慢で残酷です。どこが、と言うと、愛している女に対して残酷なんですよ。
ずっと一緒にいられるわけでも、結婚出来るわけでもないのに、当たり前のように愛し合っている女と子供を作る。んや、子供まで考えてないんでしょうね。生きるか死ぬかの人生だから後悔したくない、想いは遂げておきたい、とか、生存に関する本能から彼らは所謂『悲劇の恋』をする。愛しているとお互いに告げて、死ぬまでその思いを引きずることになる。

トンマンは違います。彼女は常に、王だからと愛を受け入れない。愛さないでくれと頼む。チュンチュがいるからだけじゃなく、トンマンは王の愛が如何に残酷か、真興王が愛妾ミシルの暗殺命令を出しただけでなく、母を守るために自分は父から捨てられたと言うハードな事実をその身をもって思い知っているから。
風の国とかテジョヨンの主役とトンマンは、同じ捨て子でも全く違うんですよ。トンマンは人生の中で何度も、王である父親から、「マヤとお前、どちらかしか選べないならマヤ」と宣告されている。それも、選ばれなかった方は殺される可能性大なのを覚悟の上で。

トンマンは、そう言う選択をしたくなかったんじゃないでしょうか。
だからピダムを受け入れる時も、「必要だ」と言いつつも、「良いのだろうか」と最後に付け加えている。それはトンマンにとっては、「ピダム、お前の愛を受け入れると言うことは、いつかお前を殺すかもしれないと言うことだ」って言う、最後の確認だったんじゃないでしょうか。ただの司量部令なら、何かあってもユシンの時のように庇ってやれるけど、夫となる以上、もう庇いきれない。女王の夫が起こす問題はただ一つ、王位継承問題だから、もし何かあったら、お前が悪いかどうかは別にして、もう殺すしかない…と言う、女王ならではの苦悩の表れがあの最後の確認だったのかなあと。そんでもって、そんなデッドオアアライブな関係になってしまうことが、嬉しくもあり、とても不安で怖くもあるから、ピダムは(全てを覚悟しているから切なそうではあったけど)微かに笑って抱きしめているのに対し、トンマンは微笑むことすら出来ない。ピダムが好きじゃないから辛そうなんじゃなくて、ピダムを愛しているからこそ彼に拒んで欲しかったのかもしれない。あそこまで追い掛けてきておきながら。
そんなトンマンですから、愛しているなんて、とても恐ろしくて言葉には出来ません。口にしたら、それこそ本当に愛情故に王でいられなくなってしまう。愛していると言ってない状態でですら、ピダムの死に耐えられなかったトンマンは、愛しているなんて言っといた日には、反乱そのものに耐えられず、反乱の収拾を次代に託すと言う、名君としては致命的なミスを犯す可能性が高いはずです。

そう考えると、61話でピダムを利用しただけだったのかもしれないみたいなことをユシンに告白するシーンは、言葉通り受け取ってもいいし、そうでも言って自分の気持ちを誤魔化さなきゃ、生きていることさえ難しいんだと解釈することも出来る。前は私は前者だと思ってたんですが、最近は…わからないです(汗)
ただ、54話のトンマンを見ていると、後者の気がしてくるんですよねー。はじめは「トンマン、冷たいっ!」と思ったあのピダム暴走シーン。考えてみれば、本当に冷酷なのは、ときめきを感じている男に「お前を殺したくないから、女としての愛を求めないでくれ」と頼む女に、「いずれ殺しても構わないから、今は愛してくれ」と迫るピダムかもしれない。いや、これが男女の差なんでしょうか。うーん…。


と、ツラツラだらだらトンマン考でした。
愛が溢れて長くなってしまった…! すみません(汗)
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  1. 2010.07.08(木) _21:40:46
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