善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

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リレー連載『偽りが変化(か)わるとき ~砂漠編』  by 緋翠

※本日二本目の記事です。

前回のお話でも書きましたが、このリレー連載は第二部からは新たな執筆者様を募集する予定です。saki様&管理人とリレー連載したい!と言う方をお待ちしておりますv

前回の記事で書いた健気なトンマンと悪魔ピダムのお話は、内容が内容なので日付が変わる頃に更新しますー。


***

 恐ろしいほどに透き通った夜空には、何度数えても数え切れないほどのたくさんの星が我も我もとか弱い光を放っている。
 ピダムの妹であるトンマンは、その星の申し子だった。まだ言葉も覚束ない頃から、彼女は星が支配する夜道の達人だった。ピダムですら夜になれば迷ってしまう砂漠の道なき道を、トンマンはいとも容易く見つけてみせるのだ。そしてピダムは、その度に彼女が嬉しそうに「へへっ」と笑うのが大好きだ。
 自分の寝床でごろりと横になったピダムは、ソファとトンマンがすやすやと可愛らしい小さな寝息を立てて眠る中、眠れぬ夜を過ごしていた。
 ――近頃、夜になると彼は必ず夢を見た。そして不思議なことに、その夢の中でのピダムはいつも、幼子のようにちっぽけで、無力なのだ。

『――ピダム。その子がお前の妻となる王女様だ』

 落ち着きを湛えた男の声が、どこか誇らしげに彼に囁く。夢の中の小さなピダムは、ちっちゃな手を一杯に伸ばして誰かに触れていた。とても幸せだった。

(誰だろう? この柔らかくて、暖かいのは…………王女? 王女って誰だ?)

 しかし皮肉にも朧げな視界が晴れそうになると、いつも誰かが彼の前から『王女』を奪ってしまう。
 一体『王女』は誰なのか。彼に囁きかける男は何者なのか。何度も何度も続きを見ようと目蓋を閉じたが、そうすると、彼はまた違う夢へと迷い込んだ。
 その夢は、先程の夢とは違い、景色もはっきりしている。どこかの村だった。

「……ここで、大人しく待っていて」

 彼を見下ろしているのは、母のソファのようだった。けれども、何かが違う。彼の知っている母とは、何かが……。
 それでも小さいピダムははっきりと頷いた。良い子にしてなくちゃ、言われた通りにしなくちゃ、寂しいなんて言っちゃ駄目だ、と今となっては考えられない殊勝さで、小さなピダムはその場にしゃがんで、じっと動かなかった。
 そうしている内に、陽はどんどん動いて、溢れるようだった人波も徐々に消えていった。母は戻らない。彼は、真ん丸の瞳をきょろきょろさせて、じわじわ浮かんでくるものを飲み込んだ。良い子にしてなくちゃ、泣くのは悪い子だ、と言い聞かせて。
 やがて辺りは真っ暗闇になった。独りぼっちの彼を笑うように風が吹いて、どこからともなく転がってきた小さな桶が彼を飲み込みそうなほどに大きく見えた。ぎゅっと耳を塞いで、彼は待った。母のソファが捜してくれなくても、トンマンならきっと見つけてくれる。どこにいても、必ず見つけてくれる。きっと、そうだと信じて。

「――ピダム!」

 鋭く呼びつけられたピダムは、ハッと目を見開いた。目の前には、トンマンの顔。してやったりと言わんばかりの笑顔で、彼女はピダムを見下ろしていた。

「母さんだと思ったでしょ? いくら兄さん、兄さんって呼びかけても起きないから、奥の手使ったんだ」

 悪戯が成功した子供さながらにけらけら笑う妹を、何故だかその時ピダムは無性に抱きしめたくなった。夢のことは、心配を掛けたくないからと母にも妹にも言っていない。けれど、不安がないわけではなかった。その夢を見るようになった、トンマンの十五歳の誕生日の時から、彼はずっと何かがひたひたと彼らに近付いてきていることを知っていた。何かはわからない。だが、その何かが齎すものはわかる。

「……トンマン」
「何? どうしたの兄さん、朝からしんみりしちゃって。あ! さては、怖い夢でも見た?」
「うん……」
「あはは、やっぱり!……………………え? 兄さん、本当……?」

 青褪めたまま黙りこくっているピダムから、尋常ではない気配を感じ取ったのだろう。それまでの明るい表情から一転して、途端に心配そうにトンマンは兄の肩を撫でた。
 数年に一度しか来ない客に対しても、分け隔てなく親しく接するトンマンだ。兄の肩を撫でる程度のこと、どうと言うこともないと言うことはよくわかっている。しかし、それでもピダムは妹が触れた場所から、悪夢が吸い取られて消えていくような気がした。
 一瞬だけ目蓋を閉じて、全ての神経をその感覚に集中させたピダムは、次に目を開けた時にはすっかりいつものやんちゃな兄に戻っていた。

「……なーんてな! 騙されただろ。俺が夢なんか怖がると思う? ほら、早く来ないとお前の分の朝御飯も全部食べるぞ」
「あっ! ちょっと、せっかく起こしに来たのに!! 待ってよ兄さん~!」

 ドタドタとけたたましく階下へ降りていった二人は、まだ知らなかった。――彼らの運命の歯車が、大きく動こうとしていることに。

++++++++++

 全てのものを涸らす死の大地を、その男は進んでいた。緑豊かな、美しい水の流れる鶏林を後にして、十五年。美しい鎧を纏う誇り高き青年であった彼は、荒れ果てた麻の衣を年老いた身体に纏い、その身を砂に晒しながら前へと進んでいた。
 夢を捨て、誇りすらも失いかけている彼が、ひたすらに目指すのはタクラマカンのオアシス。そのオアシスは、交易の要として、ローマへの道として、その名を隋の国中に馳せていた。
 数ヶ月ほど前、そのオアシスを治める諸侯が南方出身の者に変わったと聞いた時、ふいに男は心に決めた。――ローマへ行こう。鶏林の者など誰一人いない、鶏林を知る者などいないであろう、ローマへと。
 かつては美しい故郷として彼の心を慰め続けた鶏林の思い出は、今はもう、ただ過ぎ去った栄光と言う名の苦しみを彼に与えるばかりだった。
 隋にいれば自然と耳に入る、璽主ミシルの名。かつて、彼が恋焦がれてその剣を捧げた美しい宮主は、今では新羅を牛耳る女傑――いや、妖婦としてその名を馳せていた。
 今でも眼を閉じれば、男の胸には生き生きと美貌の宮主の薫香が、その練り絹のような白い肌と共に蘇った。彼にとって宮主は、この世の美しいものを全て集めたかのような、女神そのものだった。時に剣を振るい、時に歌い舞う彼女の姿は天上人のように荘厳で、見る者全てを惹きつけた。
 ……その宮主の傍近くに仕え、彼女を護った若き日々の夢。
 惨めな境遇を忘れたい時、男はいつもその夢に身を任せた。その夢から目覚めれば一層惨めな気分になることがわかっていても、彼は夢を見ずにはいられなかった。タクラマカンへの道を進むたび、その夢は艶めかしく彼を捕らえて離さなかった。

「ローマか……」

 ふっと男は笑った。ローマ。ローマへ行けば、彼もきっと、違う夢を見ることが出来るようになるだろう。
 止まりかけていた男の足が、また力強く砂を踏みしめた。力強く踏めば踏むほどに沈んでいく砂に気付くことなく、彼は前へと進み続けている。
 ――男の名は、チルスク。かつては、唯一の主たるミシルの命令にその身を捧げる花郎であった。

++++++++++

「わ~。やっぱり陽の光に翳すともっと綺麗!」

 旅立つ旅人らを送り出し、大量の洗い物を終えたトンマンは、昨夜兄にもらった小石を取り出して破顔していた。
 不真面目で二日に一度……いや、三日に一度しか客引きをしない兄ではあるが、例え一日中ダラダラしてはいても、妹への土産だけは欠かさない彼がトンマンはわりと好きだった。母の前ではぷんすか怒って、どうしようもないんだから、と文句を言ってはいたが、いざ兄を前にすれば、怒りはしても、すぐに笑いたくなってしまう。普段から表情豊かなトンマンだったが、兄に対してはさらにその度合いが増すようだ。

「これで、あとはちゃんと仕事さえしてくれれば文句もないのに」

 文句がなくなったらなくなったで寂しいことに気付いているのかいないのか、陽光を反射して七色に煌く小石を弄くりながら、トンマンは可愛らしく唇を尖らせていた。今日もまた兄は「客引きに行って来る」と行って、宿の中の仕事がある程度片付いた途端に家を出てしまったが、果たしてどこに行っているのやら。昔、カターンおじさんから聞いた『虹』ってこんな色なのかなあ、と再び七色に輝くそれを陽に翳して、トンマンは片目を瞑った。
 ローマから来た商人がくれた手紙によると、カターンは今年中にはまた茶葉を買い付けにタクラマカンへ来ると言う。その時はトンマンを吃驚させるような贈り物を持って行くよ、と手紙に書いて寄越した優しいローマ人の顔を思い浮かべたトンマンは、小石を撫でて呟いた。

「私も、おじさんを吃驚させるぐらい、たくさん本を読んでおかなきゃ」

 母も兄も関心を示さなかったが、トンマンは以前カターンが置いていってくれた本をまるで宝物のように大切にして、何度も何度も読んでいた。書物の中の、胸を躍らせるような英雄達……。たくさんの国の人が通るこのタクラマカンにいれば、いつかそのような英雄にも会えるだろうか?
 幼いトンマンの胸はこれから起きることなど何も知らず、ただ、まだ見知らぬ誰かとの出会いを夢見て弾んでいた。
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  1. 2010.07.10(土) _19:34:40
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