善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 消えない傷痕・前編

※本日三本目の記事です。

夏様にリクエストして頂いた「トンマンが家出する話」です。(夏様、最初にリクエストして頂いたのに遅くなってしまってすみません!汗)
まだトンマンとピダムが二人で一緒に暮らし始めてから半年も経っていない頃のお話なので、二人の関係がバカップルっぽくもあり、女王と臣下っぽくもあります(笑)


***

「ピダム」

 けたたましく蝉が短い命を燃焼している、とある夏の朝。トンマンは山へ向かう支度をしているピダムに何気無く語りかけた。

「今日は帰って来るのはいつ頃になりそうだ?」

 常々「私のことは気にせず、たっぷり動き回ってこい」と嬉しいやら寂しいやら何とも言えない見送りの言葉を寄越すトンマンからの珍しい質問は、ピダムの手を止めさせた。自然とその顔には、だらしない笑みが広がっている。

「一人だと寂しい? 出掛けるのはやめようか?」

 思わずピダムは腕を伸ばしてトンマンを抱きしめようとしたが、にこにこ笑ったままトンマンは首を横に振った。

「いや、ちっとも寂しくないから安心して出掛けてこい。ただ、帰りが昼になるのか夕刻になるのか聞いておきたいだけだ」
「…………夕刻になると思う」
「そうか。いってらっしゃい」
「……いってきます」

 素っ気ないトンマンの態度にガクッと落ち込んだピダムだったが、トンマンからすれば、この暑い時期にわざわざ必要以上に引っ付く気は起きないらしかった。そもそも、夜になれば抱きしめるどころでは済まないことが多いのだ。
 それでも「愛が足りない」などと言い出しそうなピダムの表情に気付いたトンマンは、その繊手でピダムの手を掴んで外へ連れていった。触れ合う手の感触が嬉しくて機嫌を直したピダムは、最後に軽く口づけてから裏山へと消えた。夕刻にはきっと、山のような土産を抱えて帰って来るだろう。
 そしてその前に、トンマンにはやらなければならないことがあった。

「これと、これと……」

 いそいそと支度を始めたトンマンは、昼前にはトサンとトファに連れられて家を出た。――ずっと会いたいと思っていた人に、会う為に。

**

 釣りをしながら山菜や薬草の仕分けをしていたピダムは、ふと嫌な風を感じて、素早く左右を見回した。
 髪も下ろし、髭も剃っているとは言え、かつてのピダムを知る者が見れば、彼は紛れもなく司量部令であり、上大等であった男だ。正体を誤魔化しきることは出来ない。まさか今さら刺客もないだろうが、散々恨みは買った身だ。用心するに越したことはないと、ピダムは外に出る時は常に警戒心を解かなかった。さらにはトンマンにも、一人では出掛けぬよう口を酸っぱくして言い聞かせていた。死んだはずの女王が生きていると露見して良いことが起きるはずもないからだ。

「……妙な感じだな」

 ひっそりと呟き、ピダムは目蓋を閉じた。
 しかし、感覚を研ぎ澄ましても、感じられるのは肌を撫でる涼風だけ。川辺らしい、爽やかな風だけだった。

「…………トンマン?」

 その時、唐突に彼の心に浮かんだのは、この世で最も大切な存在だった。彼の命よりも大切な、たった一人の彼女の顔。
 気のせいかもしれない。何か起きたと言う確証があるわけではない。
 けれどもピダムは次の瞬間には荷物も忘れて駆け出していた。

**

 トンマンはずっと会いたいと思っていたトサンとトファの両親を前にして、満足げに微笑んでいた。
 今の暮らしに馴染むようになってから二人の子供達はトンマンにとってかけがえのない友人となっているし、毎日のように遊びに来ては色んな話をしてくれる二人がトンマンは大好きなのだ。二人がトンマンの家に行くことを許してくれている両親には、トンマンは感謝してもしきれなかった。
 ところがピダムときたら、いくらトンマンが挨拶に行こうと誘っても「必要ないです」の一点張りだ。埒があかないと業を煮やしたトンマンは、結局、ピダムに内緒で二人の両親に挨拶をしようと家を出た。「一人で出掛けないで下さい」と言うピダムの言い付けも聞いて、トサンとトファも連れている。これなら文句はあるまいとトンマンは二人の家にお邪魔した。

「いつもトサンとトファに親しくしてもらって感謝しています。夫も私もあまり知り合いがいないので、これからも仲良くして下さると嬉しいです」

 トンマンとしては、出来るだけ偉そうにならないようにと気を付けてはいた。が、つい半年前まで神国の君主として君臨していたトンマンから醸し出される空気は、明らかに平民のそれではない。例え彼女が差し出したのが、ピダムが丹精込めて育てた鶏二羽だとしても、平凡な暮らしをしていた夫婦が突如として現れた天上人にまともに話が出来るはずもなかった。
 しかしそんな二人を見て、トンマンは何か自分の格好が可笑しいのだろうか、鶏は土産としては不味かったのか、と少しずれた懸念を抱いて焦った。どこもおかしなところはないように気を付けてはいたが、何せ宮中での暮らしが長かったのだ。ちょっとしたことでも世間知らずになっているのかもしれない。
 ――結局、ぎこちない大人三人を見かねた子供達が、間に入った。

「父さん、母さん! みてみて、すっごくきれいなお姉さんなの!」

 ニコニコ笑ってトンマンの袖を掴んだトファに、トンマンは静かに訂正した。

「トファ、何度も言っているが、私はもうおばさんだ。お姉さんじゃない」
「でも、とってもきれいなの」

 二人の両親も、娘の意見には賛成だった。すらりとした長身に、拳ほどしかないのではないかと思われる顔、欠点のない目鼻から白い肌まで、全てが村では見たことのない美しさだ。そこに輝くような威厳が備わっているのだから、もはや年齢などは些細な問題だった。
 それでもトンマンは、縮こまってしまった二人に会話を試みた。
 幾らトサンとトファが話し相手になってくれているとは言え、彼らはまだ小さな子供だ。二人の両親もトンマンからすればチュンチュが少し大きくなった程度の年齢だったが、三十路手前の立派な大人である彼らとも友人になりたかった。鶏林では郎徒として、王族としてしか暮らしてこなかったのだから、これから知らないことや困ったこともたくさん出てくるだろう。そんな時、話の出来る隣人はいて欲しかった。それに、そもそもトンマンは人懐っこい性質でもある。
 あまり長居をして邪魔をしてはいけないから、とそう長い時間は留まらなかったものの、トンマンは持ち前の明るさで少しずつ二人を和ませて、とりあえず第一関門であるお土産の交換は終えて家路へ着いた。
 それなりの成果を上げて満足しているトンマンは、この時完全に忘れてしまっていた。――彼女の不在を知った時、『夫』と呼ばれる人物がどのような状態に陥るのかを。

**

 帰宅したピダムは、いるはずのトンマンが家の中にも、庭にも、どこにもいないことに気付くと、呆然とその場に立ち竦んだ。
 ――今日は宮医のところへ行くような用事はない。家の中はどこも荒れてはいない。誰かが侵入した形跡はない。争った形跡もない。荷物は置いてあったが、トンマンが外出時に羽織る薄絹の上着がない。
 残された物が指し示す可能性は、たった一つだった。……トンマンが、彼に黙って出掛けているのだ。
 一体、どこへ?
 ピダムには一つも思いつかなかった。宮医のところなら、わざわざ出掛ける必要もない。昨日も来たばかりだし、宮医のことで彼に隠すこともないだろう。ではあの子供達が連れて行ったのだろうか? いや、いつも子供達が遊びに来ても、家の周りからは出なかった。トンマンとて、用心を知らないわけではないのだ。子供達と一緒にいて何かに襲われたらどうしようもないことは、良く知っているはずだった。
 残された可能性は、一つだけ。……ピダムに隠して、一人で出掛けたのだ。何故? どうして?

「トンマン……」

 ピダムの手が震え始めた。その震えを押さえ込むようにピダムが自分の手を握り締めたその時、待ち望んだ気配を感じてピダムは素早く振り返った。

「あ、おじさん!」
「えっ?」

 視線の先には、トファと手を繋いでこちらへ歩いてくるトンマンがいた。トファの言葉を聞いてピダムに気付いたトンマンは、瞳を丸くして、いつも通りの様子で彼に話しかけた。

「夕刻までだと言っていたのに早かったな」

 トンマンとしてはただピダムの珍しい行動に首を傾げただけだったが、その言葉は確実にピダムを刺激した。奥歯を噛み締めたピダムは裾を翻してトンマン達に近付くと、いつになく手荒くトンマンの腕を掴んで歩き出した。驚いたトンマンが窘めても、耳を貸す様子もない。

「ピダム、何をする! 離せ……! ピダムっ…………トサン、トファ、すまない、また明日にね」

 ピダムの怒気にあてられて身動き一つ出来ないトサンとトファにかろうじて謝ったところで、トンマンは家の中に連れ込まれて彼らの前から姿を消した。元・化け鳥のおじさんの恐ろしい姿を目の当たりにした二人は、泣きながらおろおろとその場をさ迷った。

「どうしよう。天女様が殺されちゃう!」
「た、助けなきゃ……」
「でもどうしよう……!」

 何をどうしたら良いのかわからないながらも、お隣に住む天女のような友達を放っておくわけにもいかず、二人は家の前で右往左往した。

**

「ピダム!!」
「……どうして私に黙って出掛けたりした?」

 さすがに怒りを露わにして怒鳴ったトンマンを前にしても、ピダムは怯まなかった。それがさも当然であるかのように自身を咎めるピダムを見て、トンマンの眉間に深い皺が刻まれた。

「トサンとトファの両親に挨拶に行っただけだ」
「出掛けるなら言って」
「言っても何も、嫌がったじゃないか! だからお前がいない時に一人で行こうと思ったんだ」
「嫌だとは言ったさ。でも、一人で出掛けられる方がもっと嫌だ!!」

 声を大きくしたピダムに驚いたトンマンは、ピダムの手を振り払おうとした。しかしそれをピダムは許さず、トンマンに迫った。トンマンの背が壁についた時、ようやく立ち止まったピダムは、手を壁についてトンマンに顔を近付けた。

「お願いだから……勝手にいなくならないで。一人で出掛けたりしないで」

 ――切なく滲む声。いつものトンマンなら、思わず抱きしめたくなるような声だった。
 しかし今日ばかりは、トンマンはそこでピダムを抱きしめはしなかった。

「……私はお前の許可がなければ外にも出られないのか?」

 あと少しで唇が触れ合いそうになったところで低く呟かれた声は、瞬時にピダムの動きを止めた。

「私は朝、お前が傍にいなくても文句の一つも言った覚えはないが、お前は昼間、私が少し出掛けただけで怒るのか? トファやトサンを怯えさせて?」

 トンマンの静かな憤怒を感じて、ピダムは慌てて未だに掴んでいた手首を離した。力任せに扱ってしまったことを後悔もしたが、今更だった。

「で、でも、私は外に出掛ける時はいつもどこへ行くって行ってるじゃない?」
「ああ。裏山に行く、町に行く、とは言うが、裏山や町がどれくらい広いのか、わかって言っているのか?」
「それは……」
「お前は山の中だろうと飛び回って捜せるだろうが、私は違う。それでも……お前も私も子供ではない。だから信用して、聞かなかった。お前は……未だに私を信じていないのか。目を離せば私が出て行くと、そう思っているのか」

 その言葉は、鋭くピダムの胸を抉った。トンマンの言うことを否定しようと口を開いたけれども、彼女の言う通りだった。本音を言えば、傷のつかない透明な鎖があれば、その鎖でトンマンをこの家に縛り付けておきたいくらいなのだ。
 ――私を信じていないのか。
 違う。信じている。もうトンマンがいなくなることはないと……頭ではわかっている。
 けれども幾ら頭ではそう理解しても、身体が勝手に動くのだ。また同じ間違いを犯しているとわかっていても、どうしようもない。トンマンの姿が見えない、彼女がいないとわかった瞬間、目の前に映る景色が色を変えて彼に迫るのだ。
 視線を逸らして黙り込んだピダムを見て、トンマンはそっと溜息を漏らした。反省していることも、自分のしていることが異常だとわかっているらしいことも感じられるけれども……こればっかりは、いつまでも甘やかしているわけにはいかない。これではこの先、生涯トンマンは軟禁生活を送るようなものだ。

「ピダム、私を見ろ」

 先程までとは打って変わって、傷ついた幼子のような瞳で彼女を見たピダムの両頬を包むように掴んだトンマンは、額を合わせて囁いた。

「こればっかりは、慣れるしかない。ピダム……少しだけ……少しだけ、離れて暮らしてみないか?」


****
また長くなってしまった…!(汗)
最近一話で終わることがなくて申し訳ないです…。
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  1. 2010.07.24(土) _17:37:24
  2. 隠居連載『蕾の開く頃』
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