善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 消えない傷痕・後編

後編ですー。ちょっと長めになりました。
いつもたくさんの拍手をありがとうございます!

今日はフジツーで善徳女王29話を放送ですね。トンマンが王女様になります。美しやー。あとガラスの演奏もツボなので、とても楽しみですvv


***

 ――ピダム……少しだけ……少しだけ、離れて暮らしてみないか?

 トンマンの言葉を耳にした瞬間、ピダムは心の臓が止まったかのように凍りついた。きちんと耳は聞こえているはずなのに、何も頭に入ってこない。瞳にはトンマンが慌てて自分に触れてくる姿が映っていたが、肌に触れる感触さえわからなかった。
 ――離れる。トンマンと離れる。
 指輪を握りしめて泣いた夜が、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇った。今は首からぶら下げているその指輪が、氷のように冷たく鼓動を奪っていくようだった。



 昼間、トンマンが告げた言葉を最後に、二人は何も喋らぬまま夜を迎えた。魂が抜けてしまったかのように危うい足取りで外に出たピダムを追いかけたトンマンは、戸の外で困り果てていたトサンとトファに「大丈夫だ」と笑いかけ、なんとかピダムを家の中に連れ戻した。
 しかしピダムは、いつもと同じように家事はしても、決してトンマンを見ようとはしなかった。顔を合わせれば、言葉を交わせばまたトンマンが「離れよう」と言うのではないかと恐れているかのように、トンマンの様子を窺いながらも、傍に近付こうとはしない。夜になっても、同じ寝床に入ろうともしなかった。
 一人で布団の中で横になってピダムに背を向けると、トンマンの双眸が潤み始めた。

(……どうしよう)

 酷いことを言ったのだろうか。そうかもしれない。
 だが、ピダムを嫌って言ったわけではないのだ。ずっと一緒に暮らしていたいから、文句も言った方が良いと思った。これから先、毎日毎日ずっと家の中に篭っていられるわけもないのだからと怒りを露わにしたが……まだ早かったのだろうか。もうピダムにも気持ちは通じたと思っていたが、それはトンマンの勘違いだったのだろうか。
 部屋の隅でピダムも眠れずにいるのを感じながら、トンマンもまた、眠れぬ夜を過ごした。

**

 翌朝、蹲ったまま微睡んでいたピダムは、トンマンに腕をつつかれてハッと顔を上げた。横にもならず、ほとんど眠れもしなかったピダムの疲れた顔を撫でるトンマンは柔らかく微笑んでいる。

「おはよう、ピダム」
「……おはよう」

 昨日のことは嘘のように優しいトンマンの手に、ピダムは困惑した。もう怒ってはいないのだろうか?
 ピダムの疑念を飲み込むようにトンマンは言葉を継いだ。

「今日は一緒に出掛けないか? ピダム」



 昼間になれば暑さが酷くなるからと朝のうちに町まで下りてきた二人は、トンマンの提案で手を繋いで市を見て回った。昨日、ピダムが薬草や釣り道具を山に置きっぱなしにしてしまったことを聞いたトンマンは「意外と間抜けだな」とピダムをからかい、声を掛けてきた商人に応じて女物の簪を見ている。

「綺麗だな」

 宮中に暮らしていた頃にはもっと美しい品をたくさん見ていただろうに、素朴な飾りを見てトンマンは楽しそうに笑っていた。

「奥方様なら、何でもお似合いになります」
「そうか」

 侍女達から散々おだてられてきたトンマンにとっては店主の言葉もどうと言うことはないのか、大して気にもせず小さな飾りを手にとっては、簪ではなく、どこか遠くを見るような瞳でそれを眺めている。
 ピダムからすれば、トンマンが手に取る飾りはどれも彼女には小ぶり過ぎるように思われたし、店主も何度かそう声を掛けたが、適当に頷いて見せながらもトンマンは選ぶ物を変えようとはしなかった。おまけに最後には、今、髪を結んでいるものと同じような飾り紐を色違いで二つ手に取って、にっこりとピダムに微笑みかけた。

「これとこれが欲しい」
「買うの?」
「うん」

 何度か一緒に市に来たことはあったが、これまで生活に必要な品以外でトンマンが何かをピダムに強請ることはなかった。いつになく甘えるトンマンをどう受け止めれば良いのやら、雲の上を歩いているかのようにふわふわとした心地のままピダムは代金を支払った。
 その後もはしゃぎはしなかったものの、ピダムを引っ張りまわして食事までした後、トンマンは宮医の家へと向かった。生憎と宮医は診療中だったが、彼の家族に中へと入れてもらい、二人は案内された部屋で水を飲んだ。
 何がなにやらわけのわからないピダムは、先程までとは対照的に黙り込んだトンマンを前にして、落ち着かなかった。それに加えて、朝からずっと疑問に思っていることもあった。
 ――この荷物は何なのだろうか。
 朝、家を出る時にトンマンに持たされた荷物は重くはなかったが、決して小さいものでもなく、中身が気になって仕方なかった。

「ピダム」

 そんなピダムの心を読んだかのように、トンマンが静かにピダムに声を掛けた。

「さっき買った紐なんだが、赤いやつと黒いやつとどっちがいい?」
「え……?」
「二つ買っただろう? 一つは私ので、もう一つはお前のだ」

 ほら、と先程の紐を卓に置くと、その片方を指差して笑った。

「私はこっちがいい」
「こっち?」

 それが予想とは違っていたので、驚いてピダムは声を上げた。――トンマンは、赤い紐ではなく、黒い紐を選んでいた。

「変か?」
「変……と言うわけじゃないけど……」

 黒は自分の色だと言う自負があっただけに、ピダムは渋った。第一、黒よりも赤の方がトンマンに似合う。どう考えても、逆だろう。
 ピダムの不満を見て取ったトンマンは、ふっと口の端を上げた。

「じゃあ、私は黒い紐をもらう。お前は赤い紐だな」

 早速黒い紐を手に取って、トンマンは今つけている紐の上からその紐を巻いた。濃い紅色の紐と艶やかな黒髪に紛れる黒い紐は、決してその存在を主張したりはしなかったが、どこか嬉しそうなトンマンを見ていると、何も言えなくなる。ピダムは卓の上にぽつんと残されている紐をぼんやりと眺めた。
 ……トンマンは、初めからこの赤い紐を彼に渡すつもりで選んだのだろうか?
 不思議と、やけに指輪を渡された時のことが思い出された。トンマンが何か分け合おうとする時は……離れようとする時だ。ピダムに、待つことを要求する時だ。

「…………怒ってるの?」

 思わず口をついて出た言葉に、トンマンがぴたりと動きを止めた。眉を顰めて振り返れば、これまで何度も見てきた泣き出しそうなピダムがいる。赤い紐も卓の上に置かれたままで、少しも位置が変わっていない。触れてすらいないだろう。
 困ったものだとトンマンは苦笑して、ピダムの手に自分の手を重ねた。

「ピダム、私は怒ってなどいない」
「じゃあ……どうしてまた……」

 ――形見を与えようとするのか。
 苦く微笑んだピダムの頬に手を添えて、トンマンは明るく笑った。

「ピダム。今日から何日か、私はここに泊まろうと思う」

 そう告げられたピダムの瞳にみるみる涙が溜まっていくのがわかって、つられて涙ぐみそうになったトンマンはそっとピダムの頭を抱き寄せ、懐に抱いた。

「勿論、宮医が困るようだったら宿に泊まるなり、他の手も考えるが……とにかくピダム、一度、違う家で暮らしてみよう」
「……これまで、ずっと違う場所で暮らしてきたのに?」
「うん。でも、そうではなくて……少し離れたからと言って、それで心が変わるわけではないと言うことを、知って欲しい。ピダム……今はもう私の帰る場所はお前と同じ場所なのだと、信じてくれ。信じて……一度で良いんだ、一度で良いから、待ってみてくれ」

 あの時、ピダムはトンマンを信じきれず、待ちきれずに道を誤った。トンマンもまた、心の内を全て明かさないままにピダムを待たせようとした。
 二人の心の奥では、その時の過ちがずっと尾を引いていた。終わったことだと一言では片付けられないほどの過ちだったのだ。あの過ちの為に多くの者が命を落とし、国は乱れた。
 今はもう王でも上大等でもないのだから、国が乱れることはないかもしれない。しかし、トンマンは二度と同じ間違いを犯したくはなかった。……二人の為だけではなく、他の大切な誰かの為にも。
 歯を食い縛って涙を堪えると、ピダムはトンマンの顔を見上げて懐に閉じ込めるように抱きしめた。

「離れたくない……」
「私もだ。だからこそ、信じて欲しい。私がお前のことを信じているのと同じように、お前にも私のことを信じて欲しいんだ。それに……何日も離れていたら、私だって寂しくて仕方ない。だから数日のことだ」

 あくまでトンマンの声は優しかったが、それでも彼女がどれほど頑固かピダムは良く知っている。一度言い出した以上、ピダムが何を言おうが揺らがないことも、嫌と言うほどわかっている。そして絶対にトンマンにだけは厭われたくないピダムは、結局は彼女の言葉に従うしか彼に選択肢はないことも身に沁みていた。
 こんな時、ピダムはいつも強く実感する。トンマンは彼を選びはしたが、明らかにその想いの強さは彼とは違うのだと。ピダムがトンマンだけいれば良いと考えているのに対し、トンマンはあくまで自分の望む生活に必要なのが彼だから選んだだけなのだと。……しかし、そうとわかってはいても、やはりピダムにはトンマンしかいなかった。彼女だけが彼の望む存在だった。

 夜になって、何回か振り返ってから闇に紛れるようにして姿を消したピダムを見送ったトンマンは、気遣わしげに隣に立っている宮医へ向き直ると、僅かに頭を下げた。

「すまない。突然、このように押しかけて」
「いえ奥方様、そのようなことは……」

 家に入ってからも、町中だからとトンマンを「奥方様」と宮医は呼び続けた。そんな彼の目には、酷く張り詰めた様子のトンマンの顔は、この状況を除いても少し奇妙に映った。

「奥方様……?」
「実は泊まりたいと言ったのは、他にも理由があるのだ」
「まさか……その為に一昨日は診察を拒まれたのですか?」
「そうだ。ピダムがいないところで診て欲しかった」

 いつになく切実なトンマンを前に、宮医は疲れた身体を引き締めた。

「何かご懸念でも?」
「懸念と言うか……」

 診療所の椅子に座ると、トンマンは彼女にしては珍しく逡巡した後、消え入りそうな声で呟いた。

「……その、もしかしたら…………子が、出来たのかも……しれない」

**

 それから毎日、夜が明けるとピダムは宮医の家に現れた。それでも、怒られるか拒まれるか、良い反応がもらえるわけもないとトンマンに来たことを知らせないようにと口止めしたものの、どう言うわけだかトンマンはまるで彼が来ることがわかっていたかのように現れて、「邪魔になる」と笑ってピダムを中へ引き入れた。
 想像だにしなかった応対にピダムはてっきりトンマンも寂しかったのだろうと、彼女も帰りたいに違いないと喜んだが、トンマンは日中はピダムと過ごしても、日が暮れればピダムに家に帰るよう促した。
 そんな彼女がようやく家に帰ろうと言い出したのは、それから四日ほど後のことだった。

「……体調が良くなかった?」
「ああ。少しだるかったんだ。だから、もし病だったらいけないと思って、宮医の家に泊まった」

 やっと二人で歩く家路で、トンマンはピダムと手を繋ぎながら、嬉しそうに彼に話し掛けた。言われてみれば確かに出て行く前に比べると肌がふっくらとしていて、少し気になっていた翳もなくなっている。

「お前は……寝不足だったみたいだな」

 苦笑しながらピダムの目元に手を伸ばすと、トンマンは少し黒ずんだ目元を愛おしそうに撫でた。

「…………眠れると思う? 一人で」
「私はよく眠れてすっきりした。お前と一緒にいると、どうしても寝不足になるからな」
「それが嫌で家を出たの!?」
「まさか。嫌ならそうと言っている。それより、紐はどうしたんだ? 使ってくれないのか?」

 きらきらと明るい瞳で見上げてくるトンマンに高鳴る胸を持て余したピダムは、少し乱暴に胸元からその紐を取り出した。その紐の先には、指輪がきらりと輝いている。

「……ひょっとして、これから私があげた物は全部胸にぶら下げておく気か?」
「だって……トンマンがくれたのに」
「じゃあこれからはあまり色々とあげるわけにはいかないな」

 戯れるように告げられた言葉にピダムが慌てふためくのを見ながら、ふとトンマンは目を細めた。

「早く……指輪が三つになると良いのにな」
「え?」
「いや、なんでもない。それより……」

 家に辿り着いたトンマンは、改めてピダムに向き直ると、力一杯その身体を抱きしめた。

「……待っていてくれてありがとう、ピダム」

 実のところを言えば、ピダムは一人で家に帰ったりなどせず、夜も宮医の家の周りにいたのだが、トンマンに会おうとしなかったのは本当のことだ。やはり離れていることは出来なかったが、それでも顔を見なくても我慢出来るようになったのは、ピダムからすれば大きな進歩だった。
 が、二度とこんなことはされたくないのも事実だ。

「……もう、離れようとか言わないで」

 ピダムは荷物を落とすと、両腕で強くトンマンを抱きしめて囁いた。その耳元に、弾む吐息が掛かっている。

「お前もあまり私を乱暴に扱うな。ああ言うのは、あんまり好きじゃない。殴りたくなる」
「…………。……すみません」
「今のは冗談だぞ」

 からからと笑って、トンマンはなかなか腕の力を緩めようとしないピダムの背を何度も摩った。
 暑い暑い夏の日、二人は煩い虫の音も鬱陶しいほどの暑さも忘れて、久方振りに感じる互いの体温を分け合うように抱き合った。


****
夏様リクエストの「トンマン家出話」でした!
なかなかトンマンの家出する理由が思いつかず、書くのが遅れてしまって申し訳ありません(汗)
とりあえず、ピダムが拗ねるネタはよく書くのですが、二人が思いっきり喧嘩する話はあまり書いた記憶がなかったので、面白かったです(笑)
あ、でもなんか家出っぽくなくて申し訳ないです…。ピダムが家出する理由は「拗ねたから」の一言で済むのですが、こう、なかなかトンマンは色々と理由がない限り家出はしないだろうなあと……。一応今回は「ピダムの軟禁に対する反発」と「妊娠疑惑」と言う二つの理由でもって家出して頂きました。でも、無断では家出しないだろうな……と考えたので、無断でいなくなられた時の反応は前編で……と言う、リクエストに沿ってるんだか沿ってないんだかよくわからない作品になってしまいまして、本当にすみません(汗)
傷痕……と言うかトラウマの話でしたが、二人で暮らしてる時に直面しそうな問題について書けて楽しかったですv 夏様、リクエストありがとうございました!
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  1. 2010.07.25(日) _17:24:23
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