善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS その眼差しを知りたくて・後編

584寝所21
前後編で終わるはずが前中後編になってしまいました、とよ様リクエストの「58話の国婚宣言シーンから、寝室のシーンまでのピダムの心情」です。
出来るだけその後のピダムの行動にも通じるように気をつけて書きましたが、違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。また、ドラマの中の台詞を引用していますので、ご注意下さい。


***

 食い入るように『三韓地勢』を読み漁るユシンを前にして居心地の悪かったピダムは、早々に兵部を後にした。決して歓迎されなかったわけではなかったが、『三韓地勢』が如何に優れたものであるかを熱っぽく語るユシンの姿はあまりに立派で、何とも言えない照れ臭さと決まり悪さが抜けなかったのだ。
 ふらりと表に出たピダムは、どう言うわけだか、仁康殿に戻ってきていた。
 ――勘違いかもしれない。しかし、何故だかトンマンに呼ばれている気がした。
 ところがいざ仁康殿の前まで来たところで、彼は仁康殿から出てくるチュンチュと鉢合わせた。すぐにチュンチュもピダムに気付き、二人は互いに目礼をしてすれ違った。

「――おめでとうございます」

 その瞬間、衛兵にすら聞こえぬ小さな声でチュンチュが囁いた。

「望むものを手にして、さぞご満悦でしょう」

 身体ごと振り返ったピダムに対し、チュンチュは横顔を見せるだけ。いつにも増して影のある横顔は、人懐っこく笑ってはいても、ピダムの幸福感を吸い取るような気味の悪さも持っていた。

「……足を掬われぬよう、お気をつけて」

 ピダムの返事を待つことなくさっさと薄紫の裾を翻して消えたチュンチュの影を、ピダムは眉を顰めて睨んだ。
 ――足を掬われる? 誰が、何に?
 トンマンにはすでに、もし彼女が先に鬼籍に入った暁には全てを捨てると言う盟約書まで渡してある。もう彼女は完全にピダムを信じ、彼と国婚をする決意をしたはず。ピダムの勢力下にいる者達とて、彼が国婚をすることを望んできたのだ、今更抗ったりはしないだろう。足を掬うとすれば……それは、誰だと言うのか? まさか、チュンチュが余計な真似をするはずもない。ピダムとのことはさて置き、トンマンは彼に王位を譲り渡すつもりなのだ。
 結局、ピダムはチュンチュの言葉を深く考えることなく仁康殿に入った。



 再び現れたピダムを見てアルチョンは思いっきり顔をひん曲げたが、彼の前に立ちはだかることはしなかった。人払いをしておく、と嘆息するアルチョンに軽く微笑んで、ピダムは寝室の戸の前に立った。
 そこで目配せをすれば、日頃はトンマンの命令しか聞かない女官達も消えていく。「夫」になるのはこう言うことなのかと思うと、満足感で目尻が垂れた。
 女官達が消えたのを確認してから、ゆっくりと息を吸ってピダムは声を掛けた。

「陛下、宜しいですか」
「――入れ」

 一拍置いて返ってきた答えに応じて中に入ると、夜着に着替えているにも関わらず書物にかじりついているトンマンがいて、ピダムは苦笑した。――もう休むと言っておきながら、これだ。

「やっぱりまだ起きておられましたね」
「まだ終わらせなければならないことがあるのだ」

 まるで悪戯を見つかった子供のように唇を少し尖らせたトンマンの繊手を取ると、ピダムは彼女を広い寝台の端に座らせて掛け布団を捲った。

「陛下」

 トンマンが寝る暇も削って自らの失政を補おうとしていることはわかる。しかしユシンの出征中もほとんど休まなかったトンマンの身体は、すでに疲れきっているはず。先刻触れたトンマンは初めて一緒に過ごした夜よりさらに痩せていたことを思い出したピダムは、顎でしゃくって促した。

「お休みにならなければ」

 口に出さなくともピダムの言いたいことがわかったのか、トンマンは大人しく彼に従った。その上に丁寧に掛け布団をかけてやってから、ピダムは寝台の脇にある椅子に腰掛けて彼女を見下ろした。

「ゆっくりお休み下さい」

 ところが、トンマンはふとピダムから視線を逸らすと、憂いの見える眼差しになった。

「実は……最近、あまり眠れないのだ」

 咄嗟に口を開きかけたピダムを制するように身体を起こしたトンマンにつられて、ピダムも寝台に座った。二人の距離が近づいて、自然とトンマンの表情が変わった。まだ女王の面影の残る聡明さの溢れるそれから、愛らしい悪戯っ子のようなそれへと。

「そうだ。私はこれまで通り話しているが、そのことで腹は立たないか? 夫となるのだから、お前には敬語を使った方がいいか?」

 眠れない、と告げられたことで一気に不安の膨らんだピダムを安心させるように、茶目っ気たっぷりにトンマンは訊ねた。
 つい先刻はその夫のことを「子供だ」と言って憤慨したくせに、と可笑しくなったピダムは、ふっと笑って首を横に振った。

「いいえ。……それよりも、眠れないのは何故ですか?」

 眉根を寄せたピダムは、掛け布団の下に隠れているトンマンの手を握って訊ねた。……トンマンの手は、いつも冷えていて、時には湿っている。健康な人間の手とは、言えなかった。

「わからない。横になると、いつも胸が苦しくなって……鼓動が遽しくなる」
「思い当たることはありませんか?」
「実は……いつも、どこか緊張していて……まだ終わっていない……まだ何かあると、そう感じるんだ。何か間違えているのではないかと不安になって……涙が浮かんで、鼓動が早鐘を打つように忙しなくなる」

 それは慈しみ深い女王の、別の姿だった。常に何かを恐れ、何かに駆り立てられ、一時の安寧すら許されない王の孤独な横顔だった。……ピダムですらほとんど見たことのない、愛しい人の胸を締め付けられるかのように哀しい運命だった。

「……横になって下さい」

 様々な苦しみに満ちた虚ろな瞳をこれ以上見ていられなくて、半ば強引にピダムはトンマンを寝台に横たえた。掛け布団を掛け直し、トンマンの胸の辺りに手を置くと、小さな鼓動が持つ不安や哀しみ、切なさが感じ取れるような気がした。
 少しでもいい。少しでもいいから、彼女の苦しみが、この身に流れ込むように――。そう祈りながらトンマンを見下ろすと、トンマンの嬉しそうな瞳が彼を見上げた。自然とピダムの笑みも深まった。

「まだ胸が走りますか?」
「ううん」

 首を振るトンマンの目眩を覚えそうなほどに愛らしい姿に目を細めて、ピダムは愛しさを抑えきれない声で囁いた。

「陛下。陛下がお休みになるまで、こうしてここにいます」

 ――彼女が望むなら、いつでもこうやって見守っていよう。潰れてしまいそうな華奢な身体を守り続けよう。
 全てを包み込むように温かくて幸せな心地に頬を綻ばせて、トンマンは零れ出しそうな喜びを言の葉に変えて紡ぎ始めた。

「……幼い頃も、横になると胸がドキドキした」
「その時から心配事が絶えなかったのですか?」
「その頃は、不安も心配もなかった。代わりに、明日はどんなことが起こるのだろうか……誰に会うのだろうか……」

 まだ未来には可能性だけがあると信じていた頃の、胸の高鳴り。ピダムの手が思い出させたのは、まさしくそれだった。

「商人達はどんな凄いものを持ってくるだろうか……今日到着した男に、トルコとはどのような国なのか聞いてみようかと考えたりして……そうしているうちに…………」

 ゆったりとした間隔で、鼓動を刻むように優しく胸を叩く手に導かれるまま、トンマンは幼い日々の夢に遊んだ。苦悩の陰など欠片も見えない、穏やかで可愛い顔をして。
 その寝顔を見れたことが何より幸せで、胸どころか爪先から髪の一筋に至るまで満たされたピダムは、溺れてしまいそうな底なしの誘惑をはね除けるように立ち上がった。けれどもどうしてもそのまま立ち去ることが出来ず、再び寝台に座ってピダムはトンマンの綺麗な顔を見つめた。……何かが足りないと気付いたのは、その時だった。

(……眠っていると、あの眼差しは見れないんだな)

 当たり前のことを噛みしめるように、ピダムはそっとトンマンの目蓋の上に手を翳した。すやすやと眠るトンマンは、勿論それには気付かない。……ピダムが立ち去っても、そのことに気付かない。
 自分でそう仕向けたとは言え、無性に寂しくなった。無理を言っていることはわかっている。しかし、ピダムが夢の中でもトンマンの姿を追い掛けているように、彼女にも彼を求めて欲しかった。離れ難いこの気持ちを、持って欲しかった。
 やがて、吸い寄せられるようにピダムはトンマンに覆い被さり、顔を近づけていった。唇と唇が触れ合う、まさに刹那のところまで身を屈めた、その瞬間。

――お前の愛が彼女の痛みになることがないように。
――足を掬われぬよう、お気をつけて。

 トンマンの小さな寝息を感じたのと同時に、ユシンとチュンチュの言葉が脳裏を過ぎった。
 二人が言おうとしたこと。そして、アルチョンが渋い顔をピダムに向けた理由。――ふいに、それがなんだかわかったような気がした。
 彼らが口を揃えて言おうとしたのは。ピダムに忠告しようとしたのは。

(…………陛下は、私だけの陛下ではない。私だけのものでは……ない)

 トンマンは彼を必要だと言った。だが、彼がいなければ生きていけないと言ったわけではない。
 ピダムはトンマンがいない世の中になど少しも未練はなかったが、彼女は違う。例えピダムが先に死んだとしても、彼女は気丈に生き続けるだろう。涙くらいは流してくれるかもしれないが、必要とあらば他の男と婚姻もして……こうして傍にいることを許すのだろう。
 突きつけられた現実はピダムにはあまりに惨たらしくて、涙が落ちないようにピダムは天を仰いだ。

(いつか……いつか、トンマンが幸せに生きていてくれれば、それで良いと……それだけで良いと、そう思える日が来るのだろうか?)

 ユシンがそうなったように、ピダムにもそんな日が来るのだろうか。そんな寂しい日が、来てしまうのだろうか。
 ――そんなのは嫌だとピダムは目を瞑った。
 目蓋の裏で色々な表情を見せるトンマンの眼差しを捕まえようと、拳を握った。

 夫婦になれるなら、それで良いと思った。こうして誰よりも近くにいられるなら、幸せだと思った。
 ――けれども、恐ろしいくらいに欲は尽きない。
 いつも傍にいて欲しい。
 いつも見ていて欲しい。
 いつも、いつまでも、私だけを愛して欲しい。

 身体の中で暴れまわる貪婪な性がこれ以上トンマンを傷つけないように、乱暴な足取りでピダムは寝室を出た。
 幸せだと思った次の瞬間にはもっと大きなものを望む自らの性に無意識のうちに憮然としたまま、ピダムは半生をかけて待ち望んだ1日を終えた。


****

以上、とよ様リクエストの「58話の国婚宣言シーンから、寝室のシーンまでのピダムの心情」でしたー。
合間合間にオリジナル場面を挟んでいったら何だか長くなってしまいましたが、58話のエンディングにはあったのに本編ではカットになっていたシーンも書けて大満足です。BS組、DVD組の皆様には盛大にネタバレしてしまってすみません(汗)
とよ様、こ、こんな感じで大丈夫でしょうか?
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  1. 2010.08.05(木) _20:15:02
  2. SS(ドラマ準拠)
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