善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載 蕾の開く頃15

※本日二本目の記事です。


せっかくなので続けて更新をー。
……すみません、企画作品のことを忘れたわけじゃないんです(汗) ちゃんとそちらも書きますので!


***

 ピダムは完全に凍りついていた。
 ――お前は陛下と暮らしておきながら、生涯陛下を独り身にするつもりか?
 いや、まさか、そんなつもりはない。ずっと、トンマンと婚姻を結ぶことを考えてきた。それがピダムの目標だった。けれど。

「……ピダム?」

 ピダムの沈黙があまりに長いので、ユシンは何か間違えたのかと不安になり始めた。チュンチュからは「これをピダムに渡して下さい」としか言われなかったが、他にまだ何か必要なのだろうか。
 仏頂面の下で困惑するユシンに対して、ピダムは無意識のうちにぎゅっと拳を握っていた。

「……ユシン。お前、誰に命じられて……いや、誰と一緒に来た?」
「何?」

 ピダムは眉宇を歪ませ、大きく舌打ちした。

「ああ、くそっ! ったく、なんで最初に気付かなかったんだ。ユシンなら、こんな回りくどい真似はしないってのに」

 ピダムは婚礼衣裳を卓に放るように置くと、そのまま出ていこうとした。ユシンが肩を掴んで止めなければ、振り返りもしなかっただろう。

「待て、ピダム! どこへ行く」
「陛下のところに決まってるだろ。今頃、あいつが陛下にあることないこと囁いてるに決まってる」
「ピダム!」
「婚礼衣裳だかなんだか知らないが、あいつが用意した衣裳を着るなんて御免だ。ゾッとする」
「ピダム、あいつとはなんだ。チュンチュ公は本当に陛下の為を思って――」

 ユシンの言葉が終わる前にその手を振り払うと、ピダムはあっと言う間に駆け出した。

「ピダム!」

 ユシンの叫びも虚しく、宮医の家を飛び出したピダムは一目散にトンマンのところへ向かった。仕方ないとばかりにピダムが受け取らなかった品々を手にしたユシンは、それを持って急ぎピダムの後を追った。



 さらさらと絵を描くように素早く筆を動かしながら、チュンチュは眦を下げた。

「ですが、いざこうして叔母上のお役に立っているところを見ると、面映ゆくもありますね」
「チュンチュ……」
「あとは頬紅を差したらお仕舞いです。口紅は……色は選んで差し上げますから、ピダムにして頂いては如何ですか」
「チュンチュ!」

 微風のように軽やかに笑って、チュンチュは頬紅を丁寧に塗っていった。

「白粉や紅が欲しかったのは、ピダムの為なのでしょう? ならば、ピダムにもやらせてみては?」
「そんなことを頼まれても……ピダムは困るだけだろう」
「そうですか? 私にはピダムの歓喜する姿が目に浮かぶようですが……叔母上がそこまで仰るなら、私がしましょう」

 けろりと主張を引っ込めると、その意外と男らしいごつごつとした小指に紅を取って、チュンチュは念入りに仕上げを施していった。自然と二人の距離も縮まったが、どちらも全く動じる様子がない。
 ふいに、チュンチュはここでもし戯れに口づけをしたら叔母はどう言う反応をするんだろう、と誘惑に駆られたが、たかが悪戯の為に鼻血が出るほど殴られるのは御免である。まあ他にも悪戯の種はある。そちらを育てようと納得したチュンチュは、トンマンの唇から手を離すと、鏡を彼女に向けた。

「如何ですか?」

 ――尤も、叔母上は元が美貌だから、やったのは血色を良くすることぐらいだったが。

「……う、ん」

 正直なところ、トンマンはどうかと聞かれても何をどう答えて良いやらさっぱりわからなかった。血色の良さも、金の鏡ではよくわからないし、第一、いくら灯りを点そうと、今は夜だ。細かいことはわかるわけもない。

「綺麗になったと思う」
「それは良かったです」

 チュンチュも、トンマンが実は何もわかっていないことを敏感に察していた。だが、一度好きなように叔母を飾り立ててやりたいと言うのはあくまでチュンチュ自身の望みだったので、トンマンの感想はどうでも良かった。
 さて次は、と今度は例の薄絹をチュンチュは手に取った。

「では叔母上、これをお召しになって下さい」

 至極当然だと言うように告げるチュンチュに、トンマンは一瞬、言葉を失った。

「……チュ、チュンチュ」
「はい」
「これは……少し、薄くないか? 風邪を引きそうだ」
「ご心配には及びません。これは屋内で身につけるものです。それに、裳の上に上着の代わりに羽織るだけで宜しいのです。叔母上がお持ちの裳には、赤いものがございましたよね?」

 確かにチュンチュの言う通り、トンマンの持っている裳の中には一際鮮やかな紅梅色をしたものがあった。こんな派手なものはとても着られない、悪目立ちしてしまう、と箪笥の奥に仕舞い込んでしまっていたが。
 それでもチュンチュが着て頂けないとは考えてもみませんでした、と落ち込み始めたので、トンマンは致し方なし、とそのやたらと艶やかな装束に着替えた。予想通り肩も腕も透けていて肌寒いやら気恥ずかしいやら困ったが、いざチュンチュの前に立ってみたら、チュンチュは一度満足げに微笑を深めた後、すぐさまトンマンにさらにもう一枚上着を羽織らせたので、トンマンもホッとして椅子に座った。
 残る贈り物は、一つだけ。

「この、本は……持ち帰ってくれるのだな?」

 今はまだピダムも気付いていないから良かったが、いつピダムにこの本の存在が露見するかと思うとトンマンは気が気でなかった。……トンマンの記憶が正しければ、この本は、若い男達がやいのやいのと囃し立てそうな、非常に艶めかしい絵だらけだった。

「いいえ、こちらも叔母上に差し上げます。お使い下さい」
「チュンチュ!」

 思わずトンマンは狼狽して声を荒げた。

「チュンチュ、私はこう言うものは見ない」
「ならば、尚のことお読みになった方が宜しいです。これは、貴族の娘が嫁入りする際に嫁入り道具として持参するものですから」
「な、何……?」

 こんな、言葉は悪いが下世話で卑猥なものを貴族の娘が嫁入り道具としている――。
 長年神国の王として君臨してきたにも関わらず、今この時まで全く知らなかった事実を突きつけられて、トンマンは頭が真っ白になりかけた。発作とは違うものの、同じくらいの衝撃をそれはもたらしていた。

「で、では、ポリャンやムニも……?」
「はい。恐らく母上もお持ちだったでしょうね。嗜みですから」
「嗜み……」
「はい。もしかして、叔母上はこれをきちんと最後まで読んでおられないのですか? 実に為になることが記されておりますのに」
「何?」

 そう言われては、好奇心旺盛なトンマンとしても黙ってはいられない。先程までの羞恥はどこへやら、さっさとトンマンは本を開いた。
 そうして最後の方の頁を捲ると、確かにそこには役立つことが書いてあった。――月のものや身籠った時の兆候、過ごし方と言った、宮医には訊きづらい女の身体の仕組みに対する記述が何頁にも渡って記されているのだ。

「お役に立つでしょう?」
「……そうだな」
「是非、隅から隅までお読みになって、無知なピダムを翻弄なさって下さい」

 さらりと毒を吐いて言葉を収めたチュンチュをちらりと眺めてから、トンマンもまた、苦い溜め息を溢して本を閉じた。気が利く甥と従妹を有り難く思うべきか、それとも気の利きすぎるところを叱るべきか困ってしまったのだ。
 しかしトンマンが結論を下す前に、またしてもチュンチュが先んじた。

「叔母上。そろそろ、本は仕舞われた方が宜しいかと」
「え?」
「私の予想が正しければ、間もなくピダムが戻ります。私もピダムが戻る前にはここを発ちたいので」
「何? ピダムには会っていかないのか?」

 訊ねながらもきちんと本は仕舞い込んでいるトンマンを見て、チュンチュはあっさり頷いた。

「顔を合わせても、話すことがありませんから」
「だが、もう随分遅い時間だ。今夜は泊まっていかないか?」
「いいえ。宿を抜け出してきたので、早く戻らねばなりません」

 そこでチュンチュが倭へ使者として赴く道すがらこの家に立ち寄ったことを思い出したトンマンには、それ以上チュンチュを引き留める言葉は浮かばなかった。

「……そうか」

 家の外までチュンチュを送り出したトンマンは、最後に深く頭を垂れた彼を引き寄せると、しっかりとその身体を抱きしめた。

「お前は私よりずっと賢いから、何も心配はしていない。だが……心配をしたくないわけではない」

 要するに心配なんだな、とチュンチュはこっそり笑って、叔母の華奢な背を一度だけ抱いた。大丈夫だと、もうあなたにすがりついて離れない子供ではないと示すように。

「叔母上」
「なんだ?」
「……私のいとこが産まれたら、教えて下さい」

 もし叔母上に似た子供だったら、可愛がります、と囁いたチュンチュの背を軽く叩いて、トンマンは彼を解放した。

「ピダムに似ていても可愛がる、と約束しないなら、教えない」
「意地悪ですね、叔母上は。こんなに甥は孝行しているのに」

 最後に二人はそれぞれに最も親愛に満ちた微笑を湛えたまま互いを眺めて、別れた。チュンチュは一度も振り返らずに宮医の家へと続く道を下りていったし、トンマンもまた、チュンチュの姿が見えなくなると家に入って閂をかけた。……まるで夢でも見ていたかのように、二人の邂逅は短かった。
 部屋に入ると、チュンチュが使った化粧道具がそのままになっていた。チュンチュらしい大雑把さに苦笑して筆や紅を一つ一つ箱の中に仕舞っていると、まるで本当にただの叔母になったようで、じわじわと涙が浮かんだ。

「……泣いたら、化粧が剥げてしまうな」

 ――だからチュンチュは、化粧をしたのだろうか。トンマンが、泣かないように。泣きたくても、ピダムが戻るまでは泣けないように。



 トンマンと別れたチュンチュは、暫く歩いた後、大きく息を吐いて夜空を見上げた。

(まさか、また泣きそうになるとはな……)

 確かに叔母には一方ならぬ思い入れがある。だが、もはや彼女はチュンチュの為の存在ではない。もはや、彼女は――。
 思考を纏めようとしたその時、覚えのある風のように軽やかな足音が耳に届いて、チュンチュの顔からは甘さが消え失せた。代わりに戻ってきた、いつも通りの人を惑わす笑みを湛えて、チュンチュは走ってきたピダムを遮るようにその前に立った。

「久しいな。相変わらず落ち着きのない男だ」
「……陛下に、何を言った」
「色々と。積もる話も多い」
「お前……!」

 はぐらかそうとするチュンチュへの怒りを吐き出そうと鋭く息を吐いて、ピダムは片眉を上げて嗤った。

「お前、まだ叔母上が恋しいのか? いい加減に叔母離れしたらどうだ」

 まさかピダムに「トンマンへの執着」について説教されるとは思ってもみなかったチュンチュは、堪えきれずに声に出して笑った。初めて見るチュンチュのその姿はピダムだけでなく、ピダムを追い掛けてきたユシンをもぎょっとさせたが、チュンチュは固まるユシンから婚礼装束を奪うと、それをピダムの胸に押しつけた。

「これを持ち帰らねば、叔母上はさぞ悲しむだろうな」
「……何だと?」
「ユシン公」

 訝しがるピダムを無視してユシンに向き直ると、チュンチュは再び振り返ることなく歩き始めた。
 ユシンは一歩下がってそんなチュンチュを見送った後、思いっきり顔をねじ曲げているピダムに苦笑して、別れを告げた。

「さらばだ」

 トンマンに会おうともせずに来た道を引き返すユシンに驚いて目を丸くしたピダムは、数拍遅れて二人に向かって怒鳴った。

「おい! これ……っ」

 けれどもユシンもチュンチュも反応すら見せずに闇の中へと消えていく。トンマンから離れることは自然と身体が拒むようになっているピダムが二人を追うことなど考えるわけもなく、ピダムは不服そうに無理矢理渡された衣裳を握りしめてまた走った。トンマンの待つ、二人の家へと。


***

ユシンとトンマンが会う展開を期待していた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません(汗)
この二人はそう簡単には会わないんじゃないかと思いまして…。
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  1. 2010.08.10(火) _22:59:44
  2. 隠居連載『蕾の開く頃』
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