善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 夢路を辿って

最終回特集第五弾!
あと一話で怒涛の最終回特集もおしまいです。


* *


 誰かが忙しくピダムを呼び立てている。

「上大等、上大等!」

 腕を掴まれ、ごろりと転がされて。真っ赤に染まっていた視界が反転し、ピダムの視界いっぱいにサンタクの顔が広がった。

「上大等……! ああ、酷い怪我です。剣も真っ赤に…………どれだけ……どれだけ戦ったのですか」
「お前……何故……」
「お忘れですか、私はあなたの部下です!」

 ――部下。
 その言葉をピダムは不思議な気持ちで聞いた。そんな風に彼を……いや、ピダムに従い、従う振りをしていた誰に対しても、ピダムはそんな認識を持っていなかった。ただ必要だから彼らを使っていただけで、何か特別な感情を彼らに向けたことなど一度もなくて。
 ピダムは茫洋とした思いを抱えたままサンタクに抱き起こされた。
 見れば、矢が三本も突き刺さり、その上何ヶ所も深手を負い、腹には風穴が空いている。だと言うのに、ピダムは何の痛みも感じていなかった。
 サンタクの手を退けると、何かに導かれるように血塗れの剣を支えにして立ち上がる。一瞬、ふらりとよろめいたものの、次の瞬間には彼はその足で大地を踏みしめていた。

「……」

 ピダムは唇から滴り落ちる血を拭うこともせず、ぼんやりと辺りを見回した。
 天幕。深紅の縁取りの王旗。すぐにピダムは理解した。そこはトンマンの陣――そして、ピダムが死を迎えたはずの場所だった。
 だがそこにはサンタクとピダム以外、誰もいない。トンマンも……トンマンを守っていた兵も将も、誰もいない。
 食い入るようにトンマンが立っていた場所を睨み、そこへとピダムは足を踏み出した。
 一歩、二歩と、生きている間に果たせなかった十歩を埋めていく。やがてそこへと辿り着いた時、ピダムは片膝をついて砂を撫で……それを強く掴んだ。

(ここに、トンマンが立っていた)

 彼から身を隠さず、目を逸らさず、ピダムが彼女を見失わないように、ずっと立ち続けていた。
 ざあっと風が吹き、砂が舞い上がる。ピダムの手の中にあった砂も、さらさらと鳴りながら空へと飛んでいく。それを目で追いながら、再びピダムは腰を上げた。ゆらゆらとその風を追うように歩き出すその姿を見て、それまで黙ってピダムのすることを見ていたサンタクが慌てて駆け寄った。

「上大等? 上大等、どちらへいらっしゃるんです?」
「……行くべきところへ」
「どこですか? お伴します」
「サンタク……」

 振り返ったピダムは、かつて見たことがないほどに柔らかな微笑をその血塗られた容貌に湛えていた。

「お前を生きて逃がそうと思ったのに、出来なかった」
「上大等……」
「お前にはお前の大切なものがあるだろう。私に構わず……思うところへ行け。もう……十分お前は花郎の心を尽くした」

 花郎の心。それが、果たして俺にわかっているのだろうか。
 内心自嘲しながらも、けれどもピダムはそうでも言わない限りサンタクが退かないであろうことを知っていた。

「……サンタク、我が主ピダム公のご命令に従います」
「……ああ」

 ふっと笑ってピダムはサンタクに背を向けた。まだ右手には縛り付けられたままの剣がある。紅に染まったそれを引き摺りながら、ピダムは微かに風に混じる彼女の香りを辿るように歩き始めた。
 ――サンタクは、いつまでもその後姿へと平伏していた。



 当て所なく彷徨いながらも、ピダムは確かにある場所へと向かっていた。
 けれどもまるで瞬きをするたびに景色が変わっているかのような感覚に囚われ、うまく前に進むことが出来ない。それでも一歩一歩、確かにそこへと近付いていると彼は確信していた。
 さあっとまた風が流れ、せせらぎの音を彼へと届ける。
 寄り道をしている場合ではないのに、覚えのあるその音に自然とピダムの足はそちらへと向かっていた。

「……」

 せせらぎに導かれるようにして沢を下る。途中で足が縺れて坂を滑り落ちたが、それでも再び剣を杖として足を進める。
 やっと辿り着いたそこは、ピダムが忘れたくても忘れられない、初めてトンマンが彼の腕を握ってくれた沢だった。そしてそこにぽつんと佇む小さな影。
 ――誰かが、いる。

「トンマン……!」

 思わず彼はそう呟いていた。影は、確かに青い花郎徒の装束を身に纏っていた。
 それまでろくろく動かなかった身体が急に軽くなる。ピダムは跳ぶように走った。幾ら走っても、全く息は切れない。
 しかしその影は、何故だか洞窟の中へと逃げ込んでしまう。

「トンマン――」

 それを追いかけ洞窟へと飛び込んだピダムは、中の光景に言葉を失った。
 男も女も、老人も子供も関係ない。トンマンを匿った洞窟とは違う、屍がどこまでも転がる洞窟がそこには広がっていた。
 ――そしてピダムは、その光景に覚えがあった。

「愚か者!」

 その時、ピダムの錯乱を引き裂くような怒声が彼の背後で上がった。
 幾度も、幾度も苦痛と共に聞いてきた声。……その根底にあった惑いにも愛情にも気付けなかった声。

「お師匠様……」

 泣き出しそうな子供のように眉尻を下げて振り返ったピダムを、ムンノが険のある眼差しで見詰めていた。

「また……また人を殺したのか。それも、とてつもなくたくさんの……何の罪もない、多くの者を」
「お師匠様……トンマン……トンマンは……」
「愚か者! お前は……また自分の欲の為に殺したのか? 子供のように憤り……子供のように残酷に人の命を奪ったのか?……あの子の為に?」
「……」

 気付いた時には、ムンノはピダムのすぐ目の前までやって来ていた。少しずつ視線を落とし、ピダムの胸に突き刺さる矢を、切り裂かれた胴を、風穴の空いた腹を見て、痛ましそうに双眸を細める。
 それだけで、彼の頬から一筋涙が落ちた。――赤い、赤い涙が。

「……私と一緒に行こう、ピダム。どこか遠くへ行き、修行をやり直すのだ」

 ムンノの手が、不器用な力強さでピダムの赤い涙を拭う。それはずっと、ずっとピダムが彼にして欲しかったことだった。
 だがそれでも、もうピダムは彼に付いて行くわけにはいかない。

「駄目です…………お師匠様、それは……それだけは出来ません」
「何故だ?」
「泣いて……いたんです……」
「……」
「彼女は……最後まで俺を見て……泣いていたんです。俺は……彼女の涙を拭いてあげなければいけないんです……」

 小さくムンノは嘆息した。けれど、その双眸はどこか嬉しそうにピダムには見えた。

「あの子には従う者がいる。守ろうとする者が、数多いる。それでも……お前が行くのか?」

 ムンノがトンマンを「あの子」と称するのがピダムには愉快だった。ムンノにとっては今でも、彼女はかつて助けた赤子で、いつかピダムと結婚させようと思っていた子供なのだろう。

「違います。俺だけなんです。あの子の涙を拭いて、泣き止むまで傍にいてあげられるのは……俺だけです。だから、行かなければ……」
「…………」
「お師匠様、俺は……最期まであなたの名を穢しました。あなたにとって、最悪の弟子でした。…………申し訳ありません」

 そこで、ピダムは初めて心の底からムンノに罪を詫びた。
 いつだって、一時ムンノの怒りを冷ます為に口先だけで謝ってきた。その場にあるもので容赦なく叩かれるのが嫌で、逃げたくて謝っていた。
 けれども今、心の底からピダムはムンノに申し訳なく思っていた。ムンノの愛情を失った、あの時からずっと……優しくなくなった彼を恨んで。恨むだけで、その奥にあるムンノの心を推し量ったことなど一度もなかった。

「……お前は彼女を“待つ”のか?」

 ムンノが静かに訊ねる。

「はい、待ちます。……いつまでも、待ちます。今度こそ……信じて待ちます」
「……そうか」

 ピダムは一礼してムンノの横を通り過ぎた。
 不意に右腕が軽くなり、剣が消えたことを知る。振り返れば、ムンノの姿は霞んで見えた。……微笑んでいるように見えるのは、ピダムが都合よく彼の顔を解釈しているからだろうか。

「――その姿では、辛いだろう」

 ムンノの手がピダムの眼前に翳され、そこからゆっくりと下へ滑って行く。触れられているわけでもないのに、ピダムは身体に血が通うような温かさを感じた。

「お師匠様――」

 そうして瞼を上げた時、もうムンノも洞窟も、あの沢も全ては消えていて。眼前にはどこまでも草原が広がっていた。そしてその遙か向こうに、ピダムは徐羅伐の町並みを見た。



 やっと辿り着いた月城。市場。人の波。
 それが、ピダムが一歩踏み出した途端に真っ二つに割れた。
 一陣の風が頬を掠め、彼の黒髪を後ろへ流す。風の出所からは、何かの行列が向かって来ていた。
 荒い網目の巨大な籠に押し込められた者達。……それは、ピダムに従い、ピダムを担いだ者達の葬送行列だった。
 それを目の当たりにしたピダムの片眉が、皮肉っぽく上がる。
 ――そうか。反逆者は首を落とされ晒されて、その上、親も子も皆殺される。……彼らは全ての命運を賭けて、ピダムを新たな王に立てようとしたのだ。

「……」

 ピダムはその場に立ち尽くして行列が近付いて来るのを眺めた。
 顔のわからない衛兵も、籠の中の者達も、皆ピダムに気付かない。ただ粛々と通り過ぎていく。……ただ一人の為に王になろうとし、ただ一人の為に彼らを見捨てたピダムに、誰も気付かないのだ。
 ふっとピダムは口の端を上げた。
 ピダムは彼らを見て来なかった。気にも留めなかった。彼らを騙し、利用し、いざとなれば切り捨てるつもりで相対してきた。……ここにも、ピダムが殺した命がたくさんある。
 自嘲が薄い笑みとなって唇に広がっていく。
 結局、四十年も生きてきて、ピダムがしたこととは何だったのだろう。欲して求めて希って。その為に星の数ほどの者を殺し……それでも幸せになりたかった。
 は、とピダムは息を吐いた。
 先ほどまでは何でもなかった息が、白く染まっていく。雪花がちらほらと空から落ちて、行列を、民衆を包んでいく。――真っ白になった世界で、ピダムはまた歩き出した。誰もいない通りを真っ直ぐに、ただ宮城を目指した。ややあって、城門が立ちはだかるようにピダムの前に現れる。門は、一部の隙間もなくぴったり閉じている。それをぼんやりと見上げた後、ピダムはふいと門から視線を逸らして、そのすぐ横に座り込んだ。

(……待つと決めたんだ)

 だから、もう力づくで何かを捻じ曲げるのは止めよう。待とう。トンマンが現れるまで、いつまでも待とう。
 ――あの頬を伝う涙を、今度こそ拭う為に。彼女を、幸せにする為に。
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  1. 2011.01.27(木) _21:00:13
  2. SS(ドラマ準拠)
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