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善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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『第一美花郎比才』第捌話 本戦・下

まだまだ続いています、比才話です。いやー、IF話はあれこれ弄れて面白いですね!


* *


「公主様、伏せてください!!」

 トンマンに向かってくる犬に真っ先に反応したのは、チュンチュの隣に座っているヨンチュンだった。先々代の風月主は、素早くトンマンに危機を察して声を上げたが、彼とトンマンの間にはチュンチュが座っている為に、俊敏な動きが出来ない。しかもチュンチュは腰を抜かしたように座り込んでおり、障害となっている。トンマンも、慣れない格好をしていることと、まさかここで命の危機があると思っていなかった為か、逃げ出せずにいる。
 いけない、と強く感じたヨンチュンの額に汗が浮かんだその刹那に、犬はトンマンへと飛び掛った。

「公主様!!」
「公主様!」
「グァウ!!」

 けれども次の瞬間、犬の身体はピダムによって舞台へ叩きつけられていた。
 チュンチュの口の端が微かに上がる。

(斬れ、ピダム)

 ――お前らしく、この反吐が出るような舞台を血で染めてやれ。それでこそ、お前の魅力が引き立つ。
 チュンチュが願うまでもなく、ピダムの刃は犬の咽笛をかき斬ろうとしていた。トンマン目掛けて放たれたと言うだけで、その犬はもはや死ぬべきだとその眼は語っている。

「ピダム!!」
「――」

 ところが、そこへ凛とした声が響いた。ピダムの動きがびくりと止まる。声の主はトンマンだった。

「衛兵!」

 トンマンは兵を呼ぶと、すでにピダムの一撃によって気絶している犬を捕らえるよう命じた。トンマンが主催した比才の場で、例え犬であれ、無為な血を流すことは許さないとその瞳は語っていた。
 しかし、すでに桟敷に座る女達は一瞬で殺気立ったピダムに呆然としていた。白けてしまっている、と言っていい。……と、トンマンは思った。ちらりと隣を見れば、ミシルはうっすらと口の端を上げ、微笑んでいる。先程の騒動も、彼女からすれば虫が騒いだ程度のことらしい。
 トンマンは袖の中でぎゅっと拳を握った。見下ろせば、ピダムは不安げにこちらを見上げている。
 ――助けなければ。
 ピダムを比才に出場させたのはトンマンだ。周囲も、トンマンがどうするのかと見守っている。

「ピダム郎」
「……はい」

 一度息を吸って自分を落ち着かせてから、トンマンは静かにピダムを呼んだ。そして、剣舞の為に用意していた剣を紗で包み、遊花に渡した。ピダムの飾り気のない剣とは違って、ふんだんに装飾品のついた雅な作りだ。

「公主を守ったそなたに褒美をつかわします。……この剣で、一指し舞いなさい」

 その言葉に、ピダムは弾かれたように顔を上げた。

(一指し……舞え?)

 そんな予定はなかった。第一、剣舞を舞うのはトンマンのはず。
 初め、チュンチュに剣舞も覚えるよう言われて学んでも、それを披露しないとピダムが決めたのは、トンマンが舞うからだった。舞の出来栄えを気にして神経質になっているトンマンの為だった。
 だと言うのに、今ここで舞えと言う。

「わかりました……公主、様」

 戸惑いながらも剣を手に取り紗を剥ぎ取ると、トンマンが舞の為に特別に身に着けている香がふわりと匂った。同じ香りを纏えると言う事実に、いきおい鼓動が忙しくなる。ピダムは跪いて頭上に剣を翳すと、名乗った時と同じような深い声で宣言した。

「無名之徒ピダム、公主様に剣舞を捧げます」

 そこで、チュンチュが眉を顰めた。「公主様」に捧げて、どうすると言うのか。
 けれども跪いたままピダムが剣を抜き放つと、再び場の空気が動き出した。ミシルやセジョン、ソルォンの眼差しが厳しくなる。あれは――。

「国仙……」

 そっと呟いたのは、ミシルだった。余裕たっぷりだった微笑が、不敵なものへと変わっていく。

「え……?」

 その声にトンマンが振り返ると、ミシルはまるでトンマンに解説するように語り始めた。

「あれは、国仙が風月主に就任した際にも舞った、伽耶の舞です。護国仙徒の者ですら、今では舞えません。どうやら……ピダム郎は国仙の愛弟子であったようですね」

 ――国仙の、愛弟子……?
 トンマンは初めてミシルから聞くピダムの『価値』に目を瞠った。
 彼女にとって、ピダムの『価値』は、その優しさや茶目っ気、頼もしさ、強さと言ったピダム個人の資質にあった。ムンノの弟子であることは知っていたけれども、だからと言ってムンノを取り込めたわけでもない。ムンノはムンノ、ピダムはピダム。あくまで分けて考えていた……と言うより、例えばユシンと龍華香徒のように、二人を一揃いのものとして考えたことなどなかった。

(でも……宮中の者は、ピダムをムンノの……国仙の弟子と見るんだな)

 ――ユシンを、伽耶の象徴として見るように。
 トンマンは見知らぬ誰かを見るような、不思議な心地でピダムを見つめた。
 ピダムの舞は、トンマンの剣舞とは全くもって色合いが異なっていた。彼の剣術と同じように空を翔け、風を起こす。その風に巻き込まれた女達は、柔らかな黒髪の隙間から覗く黒い瞳に魅入られていた。
 やがてピダムが剣を鞘に戻すと、しんと静まり返った一座の中で、ユモが絹擦れの音と共に立ち上がり、手を打った。思わずヨンモが口元を押さえ、周囲の者が息を飲む中、二人の父――第十一世風月主ハジョンが、椅子を蹴って立ち上がった。ちなみにその隣では、ホジェが顔を強張らせている。

「ユモ! こら、座りなさい!」
「あら。お父様、西の果てでは、素晴らしいものを見た時は立ち上がって手を打つそうですわ。ですから、わたくしも」

 艶やかな朱色の唇を妖しげに煌めかせて、ユモはピダムに向き直った。

「ピダム郎、お見事でした。惚れ惚れしましたわ」
「? そりゃ、どうも……?」

 今一つ事態を理解していない『叔父』に軽く片目を瞑ってみせてから、ユモはしゃなりしゃなりと座った。視界の端に捉えたホジェの蒼い顔や、驚きに丸くなっている公主の瞳に、満足げな顔をして。
 一方、ユモやヨンモとそう離れていないところに座っているポリャンは、公主の隣でその双眸を細めている少年をハラハラしながら見つめていた。

『もっと静かなところで、あなたと語らいたいです……娘主』

 ――まだ、あの涼しげなお声も、吐息も、耳に残っているみたい……。
 人混みに紛れて彼女を掴んだ手はいつものようにひんやりしていた。眼差しにも、熱はなくて。けれど、その清流にも似た瞳の優しさにポリャンはときめきを覚えるのだ。これまで見てきた少年達とは比べ物にならない美しい彼に。

『あなたがピダムを落とせば、ピダムと清遊に行くと偽って、私があなたを連れ出せる……』

 その囁きに、ポリャンは赤くなって頷いた。美しい水が湧く泉の傍で、芳しい花々に囲まれて、彼を独り占め出来るなら、どんなに幸福だろう。

『心配しないでください。決してあなたのお父上や兵部令に迷惑はかけません。あなたとの一時に比べれば……千金など惜しくありません』

 ――私だって。私だって、あなたと過ごせるなら、お父様にだって、お祖父様にだって、逆らうわ。もう、子供じゃないもの。
 ポリャンは祈るように手を合わせた。全ての成功を願って自分とピダムの名、そしてチュンチュに言われた通りの値を牌に記し、篭に入れて水路へ流した。



 本戦の締め括りは、目眩く合戦になった。金はあるところにはあるものだと言うトンマンの推測通り、未婚のアルチョン、テナムボ、ピダムには特に人気が集中したし、妻とはすでに離縁しているポジョンにもかなりの入札があった。……例外はユシンだったが、やはりこれもトンマンの読み通り、ヨンモがかなりの額を提示して上大等セジョンの面子を保った。
 宴の傍らで集計が進む中、剣舞の支度も兼ねて一度宮へ入ったトンマンは、ピダムから返された剣を手に、緊張のあまり高鳴る胸を押さえた。

(他に手立てが思いつかず、ピダムに剣舞を舞わせたが……)

 あれで良かったのか、集計に携わることを許されないトンマンには心配で仕方なかった。ピダムが剣舞を終えても、テナムボの時のような歓声はなかったし、おまけに――。
 ふと、あの時立ち上がった女人の顔を思い出して、トンマンは拳を握った。

『ピダム郎、お見事でした。惚れ惚れしましたわ』

 彼女の隣に座っていたのは、ユシンの妻ヨンモだった。彼女はヨンモの姉で、ハジョンの娘で……ミシルの孫だ。
 そこまで考えた時、トンマンの背筋を冷たいものが駆け上がった。半ば、恐怖と近い何かが。
 思わず瞼を閉じて、雑念を振り払おうとした、その時。

「公主様」

 聞き慣れた声と共に仄かに華やかな香りがして、トンマンはしゃらりと耳飾りを鳴らして振り返った。

「璽主」

 ミシルは軽く一礼すると、華やかに、艶やかに着飾ったトンマンを眺めて、ゆったりと微笑んだ。
 その視線にようやく自分の姿を思い出したトンマンは、似合っていないと思い込んでいる為か、羞恥で顔を赤らめている。その勘違いを打ち消す為に、殊更にはっきりとミシルは告げた。

「よくお似合いです、公主様。やはり、玉は磨けばさらに光るものですね」
「……ありがとうございます、璽主」

 ミシルの意図がわからないからか、用心深く答えるトンマンにふっと口の端を上げて、ミシルはトンマンの正面に立った。慈愛すら感じさせる眼差しでトンマンを見下ろし、語り出す。

「公主様。美しさは、恥じるものではありません。男達が勇猛さを武器とし、競うように、女達が美しさを競うことは当然なのです」
「……花郎達に美を競わせたことを、後悔なさっておいでなのですか?」
「いいえ。花郎は美しくあれ、と真興大帝はお望みでした。私が申し上げたいのは、公主様が己を見失っておられると言うことです」
「え……?」

 思わぬ指摘に瞠目するトンマンに、ミシルはさらに畳み掛けた。

「公主様は、ご自分が男か女か、おわかりですか」

 益々混乱するような問いに、トンマンは何とか平静を保ちつつ答えた。

「わかっています。女です」
「いいえ。いいえ、公主様はわかっておられません。……女であることを、打ち消そうとなさっている」
「――」
「公主様。公主様やこのミシルにとって、政が花や葉であるとすれば、女であること……即ち色とは、根です。美しくもなく、つい見失いがちなもの。要らないと、思いがちなもの。……ですが、根が衰えれば、いずれ花は咲かなくなり、葉は枯れます。これは自然の理です」

 ミシルの言葉を吟味するようにトンマンが眉を寄せたのを見て、ミシルは微笑を深めた。公主のこの素直さが、ミシルは好きだ。だからこそ、早く追いついて欲しいと思う。――ミシルの根が、衰える前に。

「公主様。根を切り捨てようとなさってはいけません。根を大事になされば、花はより見事に咲きます」
「璽主……」
「では、また後程。……公主様の舞を、楽しみにしております」

 さらさらと、優雅に絹を滑らせて去るミシルの後ろ姿を、トンマンは驚きと共に見送った。それと同時に蘇るのは、魘されるくらいしつこかった、ミセンの叱責。

『公主様。よろしいですか、いくら剣舞とは言え、公主様は花郎でも……ええ、郎徒でもありません。武骨なんて言葉を称賛とは思わないように。ほら、袖を翻すにも、優美さを意識してください。それから、その仏頂面も止めてください。女人の仏頂面なんて、見るに堪えません』

 注意事項のあまりの多さにうんざりして半ば聞き流していたが、あれはきちんと聞いておくべき話だったのかもしれない――。
 それからややあって、茫然と立ち尽くすトンマンの元にヒョンガンからの使いが訪れた。

「公主様」

 使いは、姉ヒョンガンの手伝いをしているシンガンだった。ムンノの子供達の中では最も年若い彼女は結婚を望まず、その代わりにマヤ王后の付きの宮女として宮中に上がっている。父譲りの武術の才もあり、今や、彼女はマヤ王后の護衛として一目置かれる存在だ。当然、トンマンも彼女のことは知っている。

「勝者が決まりました。お戻りくださいませ」

 そのシンガンの声に、トンマンは愁いを振り払い、顎を上げた。


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  1. 2011.04.13(水) _00:02:16
  2. 中篇『第一美花郎比才』
  3.  コメント:6
  4. [ edit ]

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comment

  1. 2011/04/13(水) 10:43:51 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
おはようございます!

いやー、どうなることやらのトン&ピ以外の脇役メンバー…チュンチュ&ポリャン、ユシン&ヨンモ、ホジェ&ユモ、そして…少し前のお話しで若き日を思い出すマンミョン、の恋模様が何気に描かれていて花咲き乱れる春!って感じですね!散り始めの桜で花見したくなりました

チュンチュ…ポチャンをちゃっかり使ってなにやら作戦をーっていうかそういう恋の駆け引きみたいなのをピダムに教えてやれぬものなのか…ピダム、左から右へ聞き流しそうですけど。

ミシルのトンマンへの助言、進言。そうね、そうね。根っこ大事ねとわが身にも言えるわと頷きながら、トンマン、そのミシルやミセンの言葉をどう噛み砕いて消化して剣舞を舞うのか!とても楽しみです

そういえばピダム、ムンノの剣舞はやっぱり盗み見て会得しちゃったんでしょうか…


「待て」ができました!

  1. 2011/04/13(水) 13:13:16 
  2. URL 
  3. すーさん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さん、こんにちわーー

ピダムがトンマンに「待て」(呼んだのは名前ですが)といわれて待てたことがツボってしまいました

ちょっと前なら止めるのも聞かずに斬ってたし、チュンチュの作戦も分かりますしねーー

ピダムくらい返り血を浴びて色っぽいヤツはいませんからねーー

そこを意識したのか裏があるのか・・・・・・チュンチュってば!って目で見てた私です(笑)

緋翠さんの書く比才を見て現代でも試合という比才をさせてる私は・・・(笑)

次はいよいよトンマンの華麗なる舞いですね♪
ピダムが釘付け間違いナシ!ですね

げん様へ

  1. 2011/04/13(水) 23:11:32 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんばんはー!

今回は、書いてて、「ひょっとして、女性陣を思いっきり出せるのって、後にも先にもこの話だけじゃね…?」と気付いた為か、あちこち大盤振る舞いで女性キャラを投入しておりますw チュンチュ&ポリャン、ユシン&ヨンモ、ホジェ&ユモ以外にも、ちょっとしか出てませんがアルチョン妻シンガンとか、ヨンモの異母姉妹とか……あと、次の話ではムニにスポットライトを当てる予定です。あちこちで恋を芽生えさせる花咲かじいさんを目指します(えー)

チュンチュの場合、恋の駆け引き……と言うより、相手の恋愛感情とかを利用しての利益が最終目的なので、ピダムは習わない方がいいような気も…w

ミシルについても、今回はIFものと言うわけで、思いっきり夢を見ました(笑) こう言う風な助言もあっていいんじゃないかなーミシルトンマンに教えるの好きだしなーと思いまして。でも、例えが難しかったです。根とか葉とか、ミシルが言うかな…と(汗)

ピダムの剣舞については次の話で言及する予定でしたが、結論から言いますと、盗み見ましたw

すーさん様へ

  1. 2011/04/13(水) 23:37:23 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
すーさん、再びこんばんはーv

「待て」www確かに…!(笑) そこまで考えていませんでしたが、言われてみればご主人様と犬のやりとりですね!w

私も、ユシンが風月主になる前なら斬ってた気がします。チュンチュの作戦は全員に受けはしなくても、一部でめっちゃ盛り上がりそうですし…。でもトンマンは返り血ピダムなんてイヤ、なご主人様なので、止めてもらいました。こーしてピダムはどんどん野良犬から飼い犬に…(え?)
今回は基本的にトンマン視点だったので、次はピダムとチュンチュを取り上げる予定です。結果発表はその次になりそうですー。(遅っ)

> 緋翠さんの書く比才を見て現代でも試合という比才をさせてる私は・・・(笑)

現代でも比才、いいじゃないですかー!!現代版が書けない私としては、現代で比才をさせているすーさんの発想がうらやましいです…!

は、早くトンマンの舞まで書けますように…!(祈)

  1. 2011/04/14(木) 01:57:35 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
こんばんは!

あちゃー!ピダムの剣舞について先走って聞いてしまいました…すみません…

ミシルの言葉ーー、トンマンもミシルに根ほり葉ほり聞くのが好きだったから…根や葉や花で例えて助言ってありじゃなかろうかとーー。つまらぬことを夜中に書いてみました…

げん様へ

  1. 2011/04/14(木) 20:28:12 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
とんでもない!出来るだけ考えた設定は書くようにしていますが、書ききれない部分もありますので、ツッコミ大歓迎ですーv

ミシルの講義(笑)、不自然でなくて良かったです!
次の話でもミシルが出てきますが、書いていて、意外とミシルってトン&ピのキューピッドかもしれない…と言う気がしてきました。二人とも、ミシルの言うことなら聞きますしw


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