善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

SS 十六夜

ソクプムSS『朔の夜』『晦の夜』上のさらに続編(と言うか、完結編)、夫視点のSS『十六夜』です。
誰得なSSですが、ソクプムファンの方へお送りしますv


* *


 私は、物心ついた時から、自分が弱いことを知っていた。
 誰と争うことも、戦うことも出来ず、ただ誰かの顔色を見て、その人の機嫌を損ねないように、何だって差し出した。
 私は弱いから。だから、生きていく為には強い者には楯突かず、下僕にも、人形にもなる。





 初めて会った時、まだほんの少女だった彼女は泣いていた。唇を噛みしめて、拳を握って泣いていた。
 私は泣いている人を見るのが怖い。私が泣かせたのではないかと誤解されるかもしれないから。だから、泣き止んで欲しくて歌ったり、笛を吹いたりした。それぐらいしか、出来ることがなかったから。
 暫くして泣き止んだ彼女は、日に焼けた頬を赤くして、私に御礼を言った。
 ……私は、心底安堵した。だって、彼女は兄の許嫁だから。やがて家を継ぎ、商いをしていく兄の傍らに立つ人だったから。
 けれどもおかしなことに、それから半年ほど経った頃、眉目秀麗と名高い兄は、違う娘と婚儀を挙げていた。その娘はうちより遥かに裕福な大店の一人娘で、器量は十人並みどころか猿に似ていたけれども、持参金だけはべらぼうに高い上に、とても賢い人だった。……そして、泣いていた彼女は火事で産まれた家を失っただけでなく、私の嫁になっていた。持参金なんてあるわけもなく、私達は兄嫁が建ててくれた小さな離れで暮らし始めた。本来は何不自由ない暮らしを送るはずだった少女は、何の罪もないのに、部屋住みの次男坊の嫁に――それも、自分が手にするはずだった幸せを日々見せつけられる嫁に、成り下がった。
 それを申し訳ないと思ったのか、あるいは姿を見ることすら煩わしかったのか、父は兄嫁の家に根回しを頼み、私を青龍翼徒に押し込んだ。徐羅伐に小奇麗な家を用意し、そこに住めと言ってくれた。逆らう理由は何もなかったから、私は少女から女に変わっていた妻を連れて上京した。


 右も左もわからぬまま郎徒になるや、私は主たるソクプム郎から厳しい叱責を受けた。剣も握れず、走れば転ぶのろまな私を見下ろすソクプム郎は、苛々とした様子で下問した。

「お前はいったい何が出来るんだ?」

 他の郎徒達の視線を感じながら、私は震える声で答えた。ソクプム郎は、私に手を上げた父や兄より、遥かに恐ろしい声をしていたのだ。

「ふ、笛でございます……」
「笛?」

 はっ、とソクプム郎が嘲笑う声が全身にのし掛かる。

「笛だと? 笛が戦で役に立つと思うのか?」
「い、戦っ……?」

 花郎とは祭祀に関わるものだと聞いていた私は、真っ青になって顔を上げた。私の恐怖に引き攣った顔を見て、郎徒達がげらげら笑う。こんな間抜けは初めてだと、誰かが誰かに囁いていた。ソクプム郎だけは笑わず、その代わりに冷たい侮蔑の眼差しを私に向けた。
 ややもすれば斬られてしまいそうな、針の筵に座っているかのような時間が過ぎた後、ソクプム郎がついと口の端を上げた。

「いいだろう。確かに、花郎には歌舞音曲も必要とされる。お前が私の耳を満足させるだけの腕を持っているなら、お前を青龍翼徒に置いてやる」
「は……」
「――ただし」

 そこでソクプム郎は跪く私の顎に鞘の先を当てて、顔を上げさせた。

「もしくだらぬ音色を聴かせたら、この青龍翼徒を愚弄した罰として、この生っ白い顔を紅で彩り、女々しい貴様に相応しい扱いをしてやろう」
「――」

 ひくっと喉の奥を震わせた私を見て、ソクプム郎は鬱陶しそうに鞘を振った。呆気なくその場に倒れた私の周囲を、下卑た笑声が取り囲む。女のように白いうなじを誰かが指差し、白粉入らずだと笑ったのがわかっても、私は震えることしか出来なかった。
 なんとか立ち上がって笛を吹くことが出来たのは、ソクプム郎がさっと手を上げただけで、郎徒達が皆静かになったおかげだった。


 その日から、私は笛の腕を磨き、郎徒達の機嫌を損ねないよう努力した。だから、笛の名手のポジョン郎や、礼部令と言う、芸術の申し子とも言うべき方からも認められた時は、心底安心した。……嬉しかった。ソクプム郎も、私を邪険にはしなくなった。
 そうして、とうとう私はソクプム郎を我が家に招くと言う栄誉を得た。

 あの夜、彼女がいつにも増して美しいなんてことは、なかった。彼女はいつも落ち着いていて、言葉数も少なくて。私は彼女を妻にもらったけれど、愛したことはなかった。泣かれたくないから、優しくし続けたし、嫌な顔もされないよう気をつけたけれど。
 だから、違和感を感じたのは、彼女を見ていたからじゃなかった。ソクプム郎を見ていたから、私はソクプム郎の尋常ではない視線の先に彼女がいると、覚った。
 そうと理解した瞬間、わけがわからなくなった。
 ソクプム郎は昼夜を問わず、熱心に責務を果たしていたけれども、暇があれば遊花と戯れていたし、馴染みの遊花や妓女は一人や二人ではなかった。宴と言う宴で笛を吹いたのだ、間違いない。その中には、思わず振り返ってしまうような蠱惑的な女もいた。――そのソクプム郎が、彼女に惹かれている。惹かれているとしか言い様のない眼差しを向けている。

(どうして……?)

 目眩がした。私にですら色目を向けた郎徒達でさえ、酒に夢中でろくに見もしない彼女を、ソクプム郎は欲している――その一事を理解出来ないまま、私はソクプム郎の前に立っていた。

「どうやら酔ったようだ。横になりたい」
「……」

 逡巡した。ソクプム郎の顔に、彼女の顔が重なった。

(兄に捨てられ、私なんかの嫁になってしまったけど……もし、ソクプム郎が見初めてくれたなら……ソクプム郎が妾にしてくれるなら、彼女は裕福になれる)

 良いものを着て、美味しいものを食べて、何人かの下女を従えて。しっかり者の彼女なら、本妻とも上手くやれるだろう。何より……私の気が、楽になる。
 私は、女人を抱くのが不得手なのだ。彼女の為に子供を作らなければならないとわかっていても、一日が終わる頃には身体が重石になったようで、眠ってしまう。それが申し訳ない反面、独り身ならこんな苦労はなかったのに、と嘆息してしまう。――その嘆きが、私を絡め取った。

「粗末なものですが……どうぞ、この寝所をお使いくださいませ。私は他の者と居間で休みます。……隣は、妻が使っております」
「……ほう」

 寝所を案内する私に応じるソクプム郎の声に、また侮蔑が籠ったのがわかった。いいのか、と問いかけられているようにも感じた。……そう言えば、ソクプム郎は女は面倒だからと、金で買える女しか相手にしない人だったと、こんな時になって思い出した。
 私は恐々顔を上げて、ソクプム郎を見た。その顔には、酔いなど少しもなかった。堂々と私を見て、「お前は自分の女を売るのか」と眼で問うていた。……その眼を睨み返すことなど出来るはずもなく、私は逃げ出した。



 翌朝、昔見た時のように……兄に捨てられた時のように泣いている彼女を、私は懸命に慰めた。見送った時、ソクプム郎の顔には不満など欠片もなかったから、やはり彼女に魅了されたのだとわかって、にこやかに彼女を慰めた。
 ……ところが、彼女は少しも喜ばなかった。それは、勿論、兄とソクプム郎では断然兄の方が美男だけれど、頼もしさ、力強さ、男としての器量はソクプム郎の方がずっと上だ。閨のことだって、そうだ。
 ……それなのに、その一件以来、彼女は頑なになった。ソクプム郎は、律儀に通ってくれているのに。
 わからない。わからない。あの日の彼女は、兄に捨てられ、不出来な弟の嫁にされることを悲しみ、泣いていた。今なら、その不出来な弟から解放されて優秀な花郎の世話になれるのに、どうしていつまでもこの家を出ようとしないのだろう。外聞に臆するような人じゃないのに。

 悩んでいるうちに、また月日は経った。――逃げ出す勇気すらない私は、大耶城にいた。
 大耶城では、あの勇猛な郎徒達ですら過敏になり、怯えていた。私も毒は怖かったが、郎徒としての暮らしの方がずっと恐ろしかったから、皆に隠れて井戸水も飲んで、懐に隠している笛を吹いて気を紛らわせた。
 ちょうどその時も、一人で笛をいじっていた。ソクプム郎の声が聞こえて、急いで立ち上がった。
 私を見つけたソクプム郎は、不快なものでも見つけたかのように眦をひくつかせた。

「まさか、妻を寝取った男についてくるとはな」
「ソ、ソクプム郎」
「……愚かな奴だ」

 嘲笑うような声だった。昔のように、無能な男を蔑む響きを持った声。……けれど、その声には、嘲りとは違う苛立ちも感じられた。まるで……まるで、さっさと逃げろと言われている気がして、私は一人で逃げ出した。

 徐羅伐への道中は、酷い道行きになった。
 城の外に出て、ようやく私は雲の上で反乱が起きていたことを理解した。城が落ちれば全員処刑されるだろうと聞いた時には、座り込んでしまった。
 急に背筋が冷え、恐ろしくなった。もし、もし彼女がソクプム郎と深い仲だと知れれば、あの家には住めなくなる。いや、それ以前に、これからどうやって生きていけばいいのだろう? 反逆者の郎徒を、兄は受け入れてくれるだろうか?
 頭の中で鐘が打ち鳴らされた。その鐘の音に負けないように、私はソクプム郎を罵った。私は反逆者じゃない。私は反逆者じゃないのだから、それは当然のことだ。……例え、ソクプム郎が斬首され、胴を失ったその首が私を睨んだとしても。

「罰が当たったのさ!」

 何の罰かなんて、わからない。でも、罰が当たったから、あんな恐ろしい姿になってしまったのだ。
 今はもう、鐘の音は頭をかち割られそうなくらい大きくなっていた。だから、痛みのあまりよろけて彼女を見た私は、彼女が水瓶に向かって項垂れているのを見ても、咄嗟にはなんだかわからなかった。

「なんだ、喜べ……っ?」

 だと言うのに、あの朝以来初めて力を籠めて彼女の肩を掴んだ瞬間、天啓のように私はわかってしまった。私が逃げるようソクプム郎が仕向けた理由がわかってしまった。……家族ですら道連れにしたあのソクプム郎が、どれだけ彼女に惚れていたか、わかってしまった。

「――」

 その瞬間、私は自分でも信じられないほどの力で妻を寝台に押し倒し、その上に跨がった。記憶にあるより細くなった頚に手をかけた。それまで私を見ようともしなかった妻と、目が合った。

「疫病神め……っ!」

 ――憎い。悔しい。殺してやりたい。
 私が絞めているのは、あの男の頚だった。あの男が護り通し、私には護ることすら出来ない頚だった。

「お前を殺して私も死ぬ……!!」

 掌から、妻の鼓動が伝わってくる。身体中が震えていて、もう手には力なんて入っていなかった。
 当たり前だ。私の手は、笛を吹くことしか出来ないのだから――。



 妻は、もういなかった。
 私には見覚えのない短刀で――ソクプム郎の短刀で私の脇腹を刺した彼女は、泣きながら去った。

『……あなた』

 兄に捨てられた時よりくしゃくしゃになって泣きながら私を刺した彼女は、そう呟いた。私達が、夫婦だった頃のように。

「――」

 もうずっと口にしていなかった彼女の名を呟いて、私は起き上がった。

「これじゃ駄目だ。脇腹じゃ……死なないんだよ」

 そう、ソクプム郎に習った。確実に殺すには、頚を狙えと。……だから、ソクプム郎の頚にも、傷があった。

「……こんなことしか出来なくて、ごめん」

 私は手を伸ばして短刀を掴み、首筋に刃を宛がった。彼女の匂いが残る寝台に座り……瞼を閉じた。





 私は、物心ついた時から、自分が弱いことを知っていた。
 誰と争うことも、戦うことも出来ず、ただ誰かの顔色を見て、その人の機嫌を損ねないように、何だって差し出した。
 私は弱いから。だから、生きていく為には強い者には楯突かず、下僕にも、人形にもなる。……そうなれない時は、死ぬだけだから。




****

スッキリしました!(笑)
いやー、この話は三人の視点から書いて完結だと思っていたので、書けて良かったですv
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2011.06.21(火) _19:25:36
  2. SS(ドラマ準拠)
  3.  コメント:2
  4. [ edit ]

<<リンクを一件追加しました! | BLOG TOP | 6月18日に頂いたコメントへの返信>>

comment

深い・・・

  1. 2011/06/28(火) 15:04:23 
  2. URL 
  3. すーさん 
  4. [ 編集 ] 
あまりに深いです、緋翠様!

それぞれの視点からの、それぞれの思惑や考え・・・誰を思い、何を思い、何を成すのか・・・

考えさせられました!
それと、こういう風に人物を変えて見る1つの物事が、面白いですよね!

私にはまだまだでしょうが、書いてみたいですね・・・

夫は弱いからこその育ちと、弱いからこそ自分の核にあった気持ちが分からなかったのかなと思います

妻は確かに夫を慕っていたのに、気づかない(わざと)夫、その夫の生きる術から差し出された妻

その妻をおそらく一目惚れしたソクちゃんが入ってきた事で回りだす運命・・・・・・

凄いです、緋翠様!!!

すーさん様へ

  1. 2011/06/29(水) 21:43:44 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
すーさん、再びこんばんはーv

ふ、深いですか!?いやそんな、恐縮です…!
でも今回のやり方は謎解きみたいな楽しさがあって、とにかく面白かったですねー。妻視点の時は、あくまで妻の記憶とドラマの設定だけがしっかりしていて、あとはあやふやな部分もあったんですが、いざソッちゃんと夫視点で同じ出来事を見ると、妻の記憶も彼らの記憶もあくまで一人称なので、SS上の事実と違うこともあったりしまして。
すーさんはすでに一人称のお話が多いですし、書けると思いますよーオススメしますよーフフフ(←怪しいw)


↓こっからはオマケで後書きみたいなものなので、「ふーん」程度にどうぞw

夫なんですが、弱いから自分の気持ちに気付けなかった…と言うより、自分の気持ちなり信念なりを優先する人は、空気読めないことがままあると思うんですよ。それはそれで悪いことではありませんが、この夫はとにかく場を壊さないようにする、それが第一でした。自分の気持ちと向き合うことは、それを否定することにも繋がります。(それが上手く出来れば、立派な大人ですね)
妻は妻で「残り物をもらってもらった」と言う負い目があり、その中で夫を慕ってもいたけれど、責任感がより強い人です。
最後に、妻視点だと「殴られた。頚を絞められた」だった出来事は、実際には「手加減なしに掴まれ、引き倒された。頚に手をかけられた」と言うようなことだったのではないかと。ただ、妻にとってはそう思うぐらい衝撃的なことで、妊娠していなければあそこで刺さなかっただろうな、と思いました。なんとなくw


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。