善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

『第一美花郎比才』第拾肆話 繚乱・中

待ってくださっている方々、遅れてすみません…!
超ローペースで進んでいる比才話の、14話目です。少しでもお楽しみ頂ければ何よりですv


* *


 綺麗だ。まるで、私の為に舞ってくれているような――。
 隣にいるユモのことなど忘れて、蕩けた眼差しをトンマンに注ぐピダムは、天上の世界にいた。ふわりと広がるぬばたまの黒髪から漂う薫香に包まれているかのような幸福に酔いながらも、トンマンの努力を知る身としての微笑ましい気持ちもあるピダムは、ただただ優しい笑顔でトンマンを見つめている。
 ――その時、不意に、ピダムの目の前を水滴が落ちた。

「……天神皇女様の舞に、天翔る龍も魅入られたのかしら」

 ユモの呟きと同時に、晴れているはずの夜空から、一滴、二滴と雨粒が舞い落ち、前が霞む。トンマンの舞いは終わっていなかったと言うのに、場にはざわめきが雨音と共に膨らんだ。
 トンマン自身は、舞に熱中しているからか、一気に激しさを増す雨など眼中にないようだったが、ミセンが堪らんと言わんばかりに演奏を止めた為、テナムボが上衣を脱いでトンマンに駆け寄った。

「公主様!」

 トンマンを庇うように、さっと頭上にその衣を広げるテナムボを見て、迷っていた人々は一斉に屋根のある場所を目指した。ピダムやアルチョン、ユシンも咄嗟にトンマンへ駆け寄ろうとしたものの、ピダムとアルチョンは人波に阻まれて出遅れ、ユシンはヨンモと妹達を庇わなければならず、トンマンのところへは向かえない。そして、チュンチュは憎いテナムボがトンマンを抱き寄せるようにして宮への道を往くのを、滴る雨よりも冷たい眼差しで見送った後、いつもの微笑を白面に湛えて宮へ戻った。



 テナムボが庇うようにして連れてきたトンマンの姿を見つけると、ミセンはここぞとばかりに破顔一笑して二人に近づき、一緒にトンマンの宮に戻った。トンマンを誉めそやす声は、いつもの調子を取り戻している。

「いやいや、さすがは天神皇女であらせられた公主様。一差し舞っただけで、雲もなく雨を降らせるとは」
「はい、父上。さすがは公主様です」
「……」

 甲高く始まった演説が詩情の感じられる余韻を残して終わると、どちらかと言えば反応の鈍いテナムボが、別人のように爽やかに相槌を打った。
 が、トンマンは何も答えない。緊張の糸をふいに断たれた彼女が、悔しさと虚ろの狭間を行き交っているのを素早く見て取ったミセンは、心の中で快哉を叫んだ。――今なら、口説ける!

「では、私はこれにて。いや何、もう若くはない姉が風邪をひいてはいないか、見て来なければ。テナムボ、お前は公主様のお側に控えているように」
「はっ」
「…………ご苦労でした、ミセン公」
「いえいえ」

 虚脱からようやく戻り始めたトンマンがかろうじて発した労いを受け、ミセンは退出した。
 扉のすぐ外では心配そうな様子でソファが立っていた。濡れた自分の髪を拭くこともせず、中に入ろうか悩んでいたらしい。
 必然的にそのソファと目が合ったミセンは、軽く扇を揺らした。抜け目なく女を見定める眼は、ソファに対し、かつてと違う評価を弾き出している。

(この侍女は、老けはしても、まろやかな色気がある女になった。普通は、老け込んだだけ見るに堪えなくなるが……おっと、姉上と言う例外はいたな。いや、姉上はさておき……)

 濡れた姿がまた色っぽい、さてはチルスクが上手くやったか――とミセン流の結論を出して、ミセンは頭を下げたソファの前を通り過ぎようとして……立ち止まった。

「…………」

 ねっとりと我が身を取り込もうとしている、何やら奇怪な視線――。それが幼いトンマンを連れて流離っていた頃に男達から向けられたことのある視線に似ていることに気付いたソファは、目の前の『天奸星』に恐々声をかけた。

「ミ、ミセン公……?」
「…………」

 刹那のうちに眼差し一つで女を隅々まで吟味した後、ミセンは目眩めく幻を振り払った。
 とりあえず、チルスクと一緒では色事は楽しめそうにないし、ソファも、今が盛りと言うよりは、散り遅れた桜のような風情で、さすがに寄る年波がそこここに見えていた。
 ――あと五年若ければ、なかなか乙なものだったろうに。
 惜しいことだなあと思いつつも、食指が動かなくなった途端に冷静な思考が戻ってきて、いつも侍女にそうしているように自然と命令を下していた。

「ちょうど良い。公主様は大層お疲れのご様子だ。お心をほぐすような、何か気の利いた温かいものをお持ちしろ」
「は、はい」

 そもそもトンマンを心配しきっていたソファは、やはり具合が悪いのかと、まろぶように厨房へ向かった。
 そして、ミセンはその軽やかな後姿とふわりと広がる裳を眺めながら、扇の影で、改めて溜め息を吐いた。……やっぱり、トンマン公主の乳母じゃなかったら、どこかの空き部屋に連れ込めるのに、勿体ない。

(若い頃なら、チルスクを焚き付けてご相伴に預かったんだが、さすがに私も若くないからな……。まぁいい、テナムボが上手くやれるよう手は打ってやったのだ。あとは……若い者に任せるか)

 トンマンとテナムボが残る部屋に向かって、ちらりと謎めいた視線を扇越しに残し、ミセンは姉ミシルの元へ戻った。



 一方、そのテナムボは、トンマンが未だに舞の為の剣を握っているのを見て、素早く跪いた。

「公主様、剣をお預かりします」
「……」

 しかし、トンマンはと言えば、まだ興奮と落胆が収まらない。もはや女と言う括りでは語れないミシルや、高貴とは言っても男達の間に混じって表向きの政治の世界で働いてばかりいるトンマンにとって、薫るような女人達の注目を浴びながら舞うなどと言うことは、チルスクと相対する時より大きな重圧なのだ。
 その辺りの機微が今一つわからない花郎の一員であるテナムボは、微かに震える手でトンマンが渡した剣を恭しく受け取ると、もう一度声をかけた。

「公主様」
「アルチョン郎、少し一人に――」
「アルチョンではありません。テナムボでございます」
「!」

 そこで初めて我に返ったトンマンは、自分の隣にいる男が憎い仇だと思い出し、さっと身構えた。
 そうして絞り出されたのは、滅多に聞かない、地を這うような声だった。

「出ていきなさい」

 けれども、その噛みつくような声を聞いた瞬間にテナムボが思い描いたのは、先刻まで彼の腕に抱かれていた仔虎の柔さだった。虎とは言えど、所詮は幼子、まだ猫と変わらないと感じたように、眼前の公主もまだまだ仔虎同然に思えたのだ。
 ――公主と言っても、あの龍華香徒のトンマンじゃないか。
 チョンミョンやチュンチュですら畏れるほどではないと言うのに、何故トンマンごときを畏れねばならないのか。
 トンマンが公主に返り咲いた瞬間を人伝にしか聞いていないテナムボは、まだトンマンの才覚に恐れをなしたことはない。むしろ、あの強大なる璽主が譲歩して公主にしてやったのだろうぐらいに考えている。だからこそ、一つのきっかけで彼は尊大になれた。

「公主様」
「独りにしてください。直ちに――」
「私を恨んでおいでなのは、よく存じております」

 思わぬ言葉に、トンマンは弾かれたようにテナムボを見た。

「幾度も公主様に刃を向け……チョンミョン公主様を弑した私を、憎く思われるのは……当然です」

 彼らしく辿々しさの残る口上とは裏腹に、テナムボは滑らかに跪くと、頭を下げて頭上に掲げた剣をトンマンへと差し出した。

「公主様のお心が晴れるのなら、花郎テナムボ、喜んでこの命を捧げます」
「――」

 思いもよらぬ宣誓にトンマンが息を呑むのを気配で感じて、テナムボはじっとトンマンの纏う衣の裾を見た。小さくたたらを踏む脚につられて揺らめく裾をいつ捕らえるべきか、時を待った。
 ――この怖じ気づき方では、私を斬れない。そうさ、この人は郎徒の頃でさえ隙だらけだったじゃないか。
 恐れ知らずで、愚かにもミシルの輿を尾行しようとした郎徒。首筋に切っ先を突きつけられるまで彼に気づきもしなかった、間抜けな郎徒。……あの時だって、彼が相手を間違うことさえなかったら、死んでいたのはチョンミョン公主ではなくこの人で、今ここにいることもなかったはず。
 ――力のない郎徒。幸運にも生き残った公主。
 ふいに、あの時ピダムに射られて出来た傷痕が疼き出した。その傷痕は未だにはっきりと残っていたものの、こんな風に疼いたことはなかった。傷痕が疼く度に、髪が逆立つような、剣を抜いた瞬間の高揚感が増していくような気がした。
 ――あなたに、私が……いや、人が斬れるものか。
 事実、テナムボの予想通り、トンマンは彼を斬らなかった。それどころか、剣を手に取ることもせず、幾分か落ち着きを取り戻して命じた。

「その剣は、舞の為のものです。……しまいなさい」
「はい」

 テナムボは素早く立ち上がって、剣を鞘に収めて一礼した。

「公主様、私は……公主様がお許しくださる日を、待っています。チュンチュ公が許してくださったように、いつか……」
「――」

 そうしてテナムボがチュンチュの名を口にした瞬間、トンマンは彼女を嫌う甥の姿が脳裏に浮かべて、微かに瞳を潤ませた。
 ――チュンチュ。チュンチュ、どうして姉上を殺した者達を許したの?
 テナムボがチュンチュと親しくしていることは知っている。教育係のピダムの監視の目をすり抜け、ミセンやテナムボと夜遊びに繰り出していることも。

(そんなに私が憎いのか。姉上を殺した者達より、結果的に姉上を身代わりにして生き残ってしまった私の方が……憎いのか……?)

 どうしても拭いきれない淋しさでトンマンが肌寒さを感じたその時、テナムボはその震えを見逃さずに動いた。



 トンマンとテナムボが連れ立って去るのを見た瞬間、もはやユモには止めようもない勢いでピダムは消えた。ぽつんと取り残されたユモは、独り、佇んでいる。

(……雨の中に女を置いていくなんて、最低の男だわ)

 直ぐに近づいてきた召し使っている少女から布を受け取り、雨を避けても、すでに湿った身体は重苦しさでいっぱいだ。離れたところで父のハジョンが異母姉妹達を見つけて騒いでいるのを見ると、父のところに行く気も失せて、ユモは人目を避けるように少女と二人で大木の下に留まった。雨は益々強く、稲光が煌めいている。

「嫌な子ね。風邪を引かないでよ」

 隣でくしゃみをした少女にそう言い放ち、ユモは少し立っている位置をずらした。おかげで片腕が雨に晒されていた少女はすっぽりと大木の木陰に入ることが出来て、あからさまにホッとした様子を見せた。

「――ユモか?」
「ひゃあっ」

 その時、ふいに背後から声がかかって、少女が飛び上がった。
 ユモが驚いて振り返った先には、下ろし髪から水滴を滴らせたホジェが立っていた。

「見つかって良かった。でも、こんなところで立ち往生とは、どうしたんだい? 君らしくもない」
「……」

 ユモの少女に対するつっけんどんな物言いを聞いただろうに、ホジェは至っていつも通りの優しい眼差しで、心配そうにユモを見つめた。ユモは、いつもは良く回る舌が凍りついて動かないのを悟られまいと、きゅっと唇を閉ざした。

「上大等もハジョン公も心配なさっているよ。さあ、一緒に戻ろう。お前はこれを被って先に行って、お知らせしなさい」
「はい」

 安心したように走り出す少女を見送ってから、ホジェは少し躊躇った後、何も答えないユモを抱き寄せた。しかし、いつになくぎこちなく抱かれたユモを庇うようにしながらも、ホジェはなかなかそこから動こうとしなかった。
 ややあって、雨音に掻き消されそうなくらい緊張した声が、ユモの耳を揺さぶった。

「ユモ、聞いて欲しい。君が――」
「聞きたくないわ」

 けれども、ユモは反射的にその声を遮り、身体を離すと彼を睨んだ。常に従順だった娘からのあからさまな拒絶にホジェは狼狽した。

「ユモ?」
「あなたって、本当に……いつもいつも、お祖父様やお父様のことばかりだわ。もう、うんざり!」

 そして、思いもよらぬ強い口調に茫然とするホジェに背を向けて、ユモは雨の中へ出ていった。


関連記事
スポンサーサイト
  1. 2011.12.01(木) _20:00:00
  2. 中篇『第一美花郎比才』
  3.  コメント:0
  4. [ edit ]

<<11月30日から12月3日に頂いたコメントへの返信 | BLOG TOP | 鷺ノ宮様と、記事『ご忠告です。』のコメント欄をご覧になった方へ>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。