善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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連載 蕾の開く頃 ~一片丹心~

お久し振りです、緋翠です。
たくさん拍手やコメントをいただいているのに、御返事していなくて申し訳ありません(汗)
いつものように、まず先にこの一ヶ月でようやく書くことが出来たこのSSを更新させていただいて(SS 烏金の月と対になるお話です。ついでに、4月ということでヨウォンさん月間でしたのでトンマンのお話になります)、GW期間中に順次御返事をさせていただきますー!




* *



 寝入り端にした物語が、足音を忍ばせて夢の中に潜り込んできたのだろうか。
 凍てつく寒風が肌を刺す感覚だけが全身を支配する中、トンマンは微かに蒼穹の星を映す水面を見つめながら言葉を振り絞っていた。

『お前だけが、私を昔の私のように扱ってくれた。だから、私はお前といる時は昔の自分であるかのように心地よく過ごせた……』

 その言葉は、本心からのものだった。何故なら、公主となった頃、何よりも彼女を戸惑わせた周囲の変化――それは、それ自身は例えトンマン自身が望んだものだったとしても、その変化によって生じる心の壁までは、想定していなかったからだ。その時のトンマンは、ただ必死で皆が生き残る為の道を編み出し、その道を突き進むだけだった。公主という地位によって得られるものは計算しても、それによって喪うものの重みも痛みも考えないようにしていたし、考えている余裕もなかった。要するに、公主となってから、トンマンは時が来るごとにその代償を痛感することになったのだ。

(そうだ。私は後から悟ってしまった。公主となることは、トンマンという人間の心を一つ一つ見捨ててゆくことなのだということを……)

 だから、本当は姉のチョンミョンが抱えていた本当の苦悩も、友人として過ごしていた郎徒の頃から理解していたとは言えない。わからなかったのだ。チョンミョンの想いが、どのような心境を経てその行動へと繋がっていたのか、理解出来ていなかったのだ。そう。出会った頃は我儘ばかりのお嬢様に見えていた姉が、その実どれほどの孤独と哀しみを秘めていたのか、そのことに気がついたのはユシンが婚姻した時だった。
 正直に言えば、トンマンはその時、ようやくはっきりと悟った。チョンミョンは、確かにユシンを愛していたのだと。
 何故と言われると、答えに詰まる。けれども、チョンミョンがユシンに対して見せていた信頼は、我が身に置き換えれば、そういうことだった。他に、答えは思いつかなかった。
 では、トンマン自身はチョンミョンにとって、どのような存在だったのか? 奇しくもそれに気がついたのは、やはりユシンが婚姻した頃だった。ユシンの前では勿論のこと、ソファの前ですら思いっきり泣くことが出来なかった時に、ただ一度だけ、泣くことが出来た時。その時そばにいてくれた人が、トンマンにありのままの姿でいることを許し、心地よくさせてくれるただ一人の人だった。

『お前に他の理由があったとしても、関係ない。お前を見ていると、私は昔の自分に戻ることが出来た。私はそれが好きだった』

 昔の自分。ありのままの自分。感情を迸らせ、嫌なものは嫌だと叫び、抗っていた自分。自分の衝動に嘘をつかず、それをジウンと名乗っていたチョンミョンやユシンにぶつけていた自分。そんな、時にはもどかしささえ感じていたはずの過去の己だったのに、時が経つにつれて、愛おしさが増していった。永遠に喪われてゆくものだとわかっているからこそ、大切にいとおしむようになった。

(きっと、璽主が権力の源泉である暦本をどこの国のものであれ『サダハムの梅』と呼んだ理由も、そうそう変わらないだろう)

 勿論、果たしてミシルのサダハムへの愛がそれほどに深かったのか、そんなことはトンマンが知ることが出来ようはずもないけれども、ただ一つ確かなことは、かつてはただ畏怖の対象であり、憎しみを以て見つめていた仇は、日数を重ねるほどにトンマンの中に様々な感興をもたらす存在であるということだった。
 そこまで思い至った時、水面が波立ち、闇の中から仄かに白銀に光る男が浮かび上がった。

『それなら、何故……何故、今は違うのですか』

 耳に心地好いその声に水面はさらに揺れ、月光すら掻き消されてゆく。けれども振り返ろうとした時には目の前が朧にとけ始めて、トンマンの意識はゆっくりと浮上した。



「――」

 重みのある瞼を持ち上げると、そこには見慣れた景色が広がっていた。闇に閉ざされた室、微かに浮かび上がる家具だけではない。何より、身体にかかる微かな腕の重みが、そこがトンマンの「家」だと告げていた。
 耳元や首筋には、何やらくすぐったいようなふわふわとした感触があって、それがピダムの柔らかな前髪であることは考えるまでもない。すうすうと、時々はもう少し大きな寝息も確かに聞こえる。気配に敏いピダムでも、さすがにトンマンが目覚めただけでは気が付かないらしく、身動ぎさえしなければこのままピダムを起こすこともないだろうとわかった。
 ピダムには言えないし、告げるつもりもなかったが、トンマンには時折、こうして深更に一人じっと闇をその双眸に映したまま眠らない夜がある。
 それはトンマンの体調に関係なく、前触れなく夢と共に訪れて、トンマンを眠りから引き剥がす。そしてこうなると、もうトンマンは曙までほとんど眠ることはない。漆黒の闇夜が薄紫に夜明けを迎える頃に辛うじて眠りにつけるのは、そうしなければピダムにこのことが露見してしまうとわかっているからだ。
 だからこの夜も、トンマンはそのような己に驚くことなく小さな吐息を漏らし、振り返ることなくただピダムの体温に我が身を委ねたまま、彼の吐息を聴いた。
 これが、トンマンに時折訪れる夜だ。ピダムを見つめることなく、彼に知られることもない、それでも彼が生きている証を感じていることの出来る時間だ。ピダムにもトンマンに知られたくない夜があるように、トンマンにもそのような夜があるというなら、それはまさしく今宵のことだった。

 日頃あまり口にすることはなかったが、トンマンはピダムに見つめられることも、微笑みかけられることも、触れられることも、全部好んでいる。ピダムが特別な笑顔を自分にだけ見せてくれるならそれを独占し続けたいし、優しく彼女を撫でる掌を他の者も知っているとしたら、きっとその者に猛烈な嫉妬心を抱くことも目に見えているくらいには、全てを愛している。さらに言えば、そのようなピダムを見つめるのも大好きだ。
 つまり、本来なら、ピダムがこうして眠っているだけでそれを眺めることも出来ないというのは、トンマンにとってはとてつもなく寂しい状況のはずだった。何故耐えかねて振り返り、ピダムを見つめ、抱きしめてしまわないのかと訝しがったこともある。
 けれども結局、望みだけが高ぶり、身体が動くことはなかった。ピダムの規則正しい寝息を聴き、トンマンより高い彼の体温を微かに感じながら、身動ぎ一つ出来なかった。
 どうしてそんな夜を過ごしているのか、遅ればせながらトンマンが悟ったのは、初めて目覚めた後も夢の内容を覚えていた夜のことだ。

 ――これが、私とピダムのあるべき姿だった。

 思い出したのだ。本来、トンマンはピダムを恋心ゆえに見つめてはいけなかった。触れてはいけなかった。例えピダムがそうしようと、トンマンはそれに応えてはならず、ましてや自らの衝動に任せてピダムを抱きしめるなど、決してあってはならないことだった。
 ただ、振り返らなくても、ピダムが心配そうに彼女を見つめているのはわかっていた。彼女のために動き出そうとしているのを知っていた。
 それが、トンマンとピダムの姿だった。とてもとても長い時間を、そうやって過ごしてきた。何故なら、その姿を変えてしまえばもう平穏には過ごせないとわかっていたからだ。
 女王であった時、トンマンはピダムのことを幾度も得難い右腕だと痛感した。ピダムという人間も喪いたくなかったが、それよりもピダムという部下の喪失に恐怖を感じるほど、彼は堅実に、周到に女王を支えた。それゆえに女王は、いつまでもピダムの恋心に気が付かなかったし、気が付きたくなかった。何故か? それは、ピダムがただ有能であるだけでなく、公主であった頃から、彼がトンマンの心も感情も受け止めてくれたからだ。受け止め、支えてくれたからだ。

(今ならわかる。怖かったんだ……ピダムの存在が大きくなり過ぎることが)

 ユシンはトンマンの甘えを打ち払うが、ピダムはそうはしない。彼はいつだってトンマンの感情を否定しない。それが彼の命の危機に関わることであっても、躊躇わない。
 今になって、恋心に我が身を任せることを赦されるようになってから、確信した。トンマンにとって己が死ぬ以上に恐ろしいことは、ピダムが己のために、己の心のために死に向かうことだ。いつだって死の恐怖に躊躇わない彼だから、トンマンがそうと理解せずに危機に瀕した時、彼女の代わりに突き進んでゆく。それが恐ろしい。たまらなく怖い。
 だからこそ、トンマンはピダムが静かに眠っているこの時間がとてつもなく愛おしいのだ。彼がトンマンは自分の腕の中で眠っていると信じ、トンマンのためにと何かしらの行動を起こしていないこの時間に、心の底から安堵する。

(……ピダムに言ったら、哀しむだろうか?)

 頼りにされていないと、拗ねるだろうか。必要とされていないのではないかと、不安がるだろうか。
 喜ばないだろうとは、思う。彼がトンマンに必要とされることにどれほど嬉しそうな笑顔を見せるか、それを知らないわけではないから。

(違うんだ。……違うんだ、ピダム)

 ピダムには説明出来ないし、理解もされないかもしれないけれど、トンマンにはもう、ピダムのいない未来は考えられない。だが、時にピダムは前触れなくトンマンの前から姿を消してしまう。だから彼が無茶をしていないと……命の危険に脅かされていないと実感出来る時間が、トンマンには必要だった。不安に怯えるちっぽけなトンマンの心には、この時間が不可欠だった。
 何故なら、ピダムという人は、とても上手にいなくなってしまう。己のかなしみを秘めたまま、姿を消してしまう。トンマンのために、死に急いでしまう。
 トンマンはもう何度も、ピダムの死を恐れてきた。
 あの池の畔で己の想いを打ち明けてしまってからは、己がピダムを死に至らしめるのではないかと恐れてきた。
 そして、その恐れは現実と化したのだ。

『俺の……トン、マン……』

 今でもあの日のことを思い出すだけで、トンマンは胸が痛い。それが心が痛むからなのか、心の臓が痛むからなのかは、もうどうだっていい。大切なことは、ピダムの寿命がトンマンのために縮まってしまうことだけは避けなければならない――それだけだ。
 そう。いつか、いつか本当に互いに寿命が尽きた時、トンマンは止まらない涙を溢れさせながらも、安堵していたいのだ。その時に、ピダムが寿命を全う出来たことに感謝したい。愛し合ってよかったと、己の心をピダムに委ねてよかったのだと、全てを肯定出来る己でありたいのだ。

「ん……」

 その時、何やら背後のピダムが一声漏らして体を揺すった。もぞもぞと頭が動き、トンマンの腰を浚っていた腕がさらに彼女を引き寄せる。夏も終わり、初秋の夜明けは冷えるからか、いつになくピダムもすり寄ってトンマンを抱きしめていた。見上げれば、隙間から朝の陽光が覗いている。曙は過ぎようとしていた。
 すると、どうしてだろう。いつもはこのままトンマンも眠りに落ちるか、眠ったふりをするのに、その瞬間、トンマンは抗い難い衝動に駆られてもそもそピダムに向き直った。

「トン、マン……?」

 気配に敏いピダムは早速瞼を揺らして彼女を呼ぶ。寝起きのかすれたその声がとても愛らしくて、でも今の顔は見られたくなかったので、トンマンはピダムの頭を胸元に抱き寄せた。普段は身長差があってなかなか見ることのないピダムの頭に顎をのせ、幼子にするようによしよしと髪を撫でれば、ピダムは珍しいことにちょっと驚いたようだったが、まだ寝惚けているからかあるいはこれは夢の続きとでも思ったのか、抗わずにぎゅっとトンマンを抱きしめた。その上、再び眠りにつこうとしている。
 そのことにくすりと微笑を浮かべて、トンマンも瞼を閉ざした。再び目覚めた時、ピダムが心の底から嬉しそうな笑顔を見せてくれるのを待つために。










タイトルの一片丹心は、ムクゲの韓国での花言葉だそうで。新羅は「槿花郷」とも言ったそうなので、なんとなく採用してみましたv


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  1. 2014.05.01(木) _11:45:44
  2. 隠居連載『蕾の開く頃』
  3.  コメント:2
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  1. 2014/05/02(金) 07:58:29 
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すず様へ

  1. 2014/05/11(日) 22:19:04 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
> おはようございます。
> ご無沙汰しております。
>
すず様、お返事が遅れて申し訳ありません! とんでもなく久し振りのSSなのにコメントをいただけて嬉しかったです。ありがとうございます~vv

ピダムのトンマンに対する愛と、トンマンのピダムに対する愛と、どちらがより深いのか…という問題は、私も今でも答えが断言できない問題ですねー。ただ、ピダムの方がアピールは強いけども、内心ではとっても依存しているのはトンマンの方なのかな…とも思ったりします。やっぱり断言は出来ないんですけど(笑)
そんなこともあってか、対になる話を書いて、読んでくださった方にもまた考えていただければいいなーと思いながらこのSSを書き終えました。なので、すず様のコメントがとっても嬉しいです! またいろんな感想を抱いていただけるようなSSを書けるよう、精進しますv


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