善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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あつ様へ(女王時代考察風味)

雷がドンドコ凄いですね…!雨量が凄まじいことになっている地方の方、ご無事でしょうか。早く雨が落ち着きますように…!
そんな中、コメントをくださった皆様、ありがとうございます!お返事は明日…じゃない、今日の昼間にさせてくださいv

さて。
以下は、雨とは関係のない、半月ほど前に中断したあつ様とのやり取りで、説明しきれなかった部分をピックアップして纏めたものですー。そろそろあつ様も日本に帰ってこられたかしら、と、あっちこっちのコメントに分散した状態でのやり取りはややこしいですしw、一度リセットと言うことで、記事を作りました。
あくまで内容的にはあつ様へのお返事なのですが、ドラマの考察みたいな部分がめちゃめちゃあるので、カテゴリーは『ドラマや本の感想』になっております。すみません…!(汗)

そして、「もう良いからその話は」とお思いの方もいらっしゃると思います。その方々は、出来れば続きに書いてある部分はスルーしてやってくださいませ。何と言っても、長いですし…(コラ)
また、この記事を最後まで読んでくださる方の中で、もし明らかに「いや、それドラマになかった」な間違いとか、ツッコミたいようなこととか、「お前、あれはどうした」的な欠陥にお気付きの方がいらっしゃいましたら、コメント欄でも拍手でも構いませんので、どんどんツッコミを入れて頂けると嬉しいなーと…。加筆しますので!(←果てしなく図々しい管理人…!)


* *


●聖骨公主トンマンの身分的権威について。

骨品制は歴史ネタ的にはあやふやですが、ドラマにおいては聖骨であることは、男であることと同じくらい重みがあると語られていて、トンマンも聖骨であることを理由に副君争いに名乗り出ました。
歴史的に見て、「真興王が「法興『王の嫡女』たる只召の嫡男」と言う理由で幼少にして即位した時、彼は即位後暫く母たる只召太后の摂政を受けた」と言う記述が(一応)公式記録に残っている以上、『王の嫡女』にはかなりの権威があるだろうことは予想出来ます。
この歴史ネタを踏まえて、ドラマでも、只召太后と重臣イサブの子供であるセジョンには王位継承権があると見られています。『王の嫡女』にかなり強固な、それも公的な権力基盤があると言う設定が、ドラマにはすでにあるわけです。しかも、聖骨でもないミシルが便殿を取り仕切っていた以上、太后の摂政は飾り物とは思えませんし、垂簾でもなかったでしょう。堂々と便殿を取り仕切ったはずです。
勿論そこから王そのものになるのはステップアップですが、所謂『治天の君』として、公的に王の摂政になり君臨することが『王の嫡女』に認められていたなら、王そのものになるのも、心情的には受け入れる土壌があると思います。
しかもドラマのトンマンには、「自ら陣頭に立って軍を指揮し、璽主の反乱を鎮圧した」と言う軍事的実績があります。身分があり軍事的実績があるのなら、王となっても、かなり権威のある王になります。女王時代前半から、権威の為に結婚する必要はないのではないでしょうか。

ちなみに、ミシルは、真骨の中でも、「王族」との関係性がない身分の真骨ですよね。彼女は祖父母も親兄弟も、皆、王ではないので。
ミシルの家門は、言うなれば藤原摂関家のような家の出身で、絶対的な権力者であり、王后や妃は出しても、その家の者が王になることは有り得ない。そう言う家だから、ミシルが王になることは、貴族達から大きな反発を喰らうんじゃないかなーと…。少なくともトンマンとは権力基盤の種類が全く立場が違いますし、チュンチュやセジョンとも比べ物にならないくらい、『王』と言う地位を目指すには、ミシルの権力基盤は脆い気がします。
なので、ミシルが王になれなかったぐらいなのだから、トンマンの権力基盤も脆いのではないかと言う考え方は、違うんじゃないかなーと私は思います。



●トンマンの結婚について。

まず結婚ネタについては、思い出し損ねていたのですが(汗)、54話でピダムがトンマンに「触るな」と拒まれた後の司量部でのシーンにて、ミセンとハジョンが語ってました!

ミセン「今こそ結婚の話を推し進めるべきなのに……」(と、意味深な眼差しでピダムを見る)
ハジョン「でも、いつも結婚の話は拒まれてきましたよ」
ミセン「女心には時期と言うものがあるんですよ」


あつ様が足りないと仰る部分は、一応これでカバー出来ているんじゃないかなーと思うのですが、敢えてヨンチュンとの結婚では何故いけないかを語らせて頂きます…!

まず、ドラマの中でヨンチュンの武器として描かれていたのは、廃位された王の王子と言う身分と、彼自身の実直さ、イムジョンと言う部下、真平王の嫡孫チュンチュの叔父と言う立場、そして、上大等を退任させられてもそれを素直に受け入れる度量、つまりはトンマンに逆らわないと言うことだったと私は記憶しています。
反対に、ミシルの乱でヨンチュンが捕らえられても「何を置いてもヨンチュン公をお助けすべし!」と言う勢力はなく、上大等から下ろされてもブーイングすら来ませんでした。と言うことは、少なくともドラマの上でのヨンチュンは、セジョンのように中流貴族や中央貴族と通じて彼らを買収したり味方にしたりはしていなくて、さらにソルォンのように下流貴族を抜擢して派閥を作るようなこともしていないのではないかと。
その代わり、ヨンチュンは王のサポートを第一にしてました。チョンミョンを支援していたことと言い、王族の一員として王とその家族を公私に渡って助けていた、謂わば身内のような存在に見えます。
そんなヨンチュンは、女王時代も、セジョンが真平王にしたように上大等と言う地位を利用してトンマンに逆らうこともありませんでした。つまり、すでに彼は味方で、でも、勢力を持った存在ではない、と言えると思います。そんな彼と女王が結婚しても、身内の結びつきが強くなるだけで、新しい勢力が得られることはないのではないでしょうか。

と言うわけで、ヨンチュン個人への萌えはともかくw、政略的に見てヨンチュンは有り得ないと思いますし、同じことはアルチョンにも言えるのではないかと。アルチョンは一目置かれているだけで、誰も味方にしていませんから。(トンマンの盾となりその意思に従うには、勢力は邪魔になりますし)

ちなみに、ピダムを侍衛府令にしたら、まずミシル残党を任せられる人間が消えちゃうような…。
ユシンは軍部の人間でミシル残党に遺恨のある伽耶派を従えていますし、アルチョンが主の為なら部下を放り出して死ぬ男である以上、彼にも無理です。恨み骨髄のチュンチュに渡したら、間違いなく不審死が増える気がw ヨンチュン、ソヒョンはこれまで大等でありながら、散々手玉に取られてきましたから、不安過ぎますし、初めからバカにされて、ひとかけらの畏怖も得られない可能性が高い気がします…!ここでトンマンの腹心として新キャラを出す理由も予算もなさそうですしw
んでもって、侍衛府令ピダムは、アルチョンが部下を厳しく教育したように王を守る盾として部下を育てることが出来ないと思います。60話に出てきたフクサンも、反逆の疑いがあるピダムのことは襲いましたが、決して王に刃を向けたわけではなく、最期は「女王陛下、万歳!」と叫んで、脅されたとは言えヨムジョンに従ったことを恥じて自決してます。アルチョン魂が見えますw 花郎時代、郎徒の教育をせずにヨムジョンから兵を借りてたピダムには、この手の教育は無理なんではないかと…。

また、女王の政略結婚についてですが、「後継ぎになる子供を作る」ことが第一目標なら、相手はヨンチュンでもいいと思います。
でも、このドラマのトンマンは、最初から「私の次はチュンチュ」と決めています。そうである以上、不用意に結婚すれば、困ったことになるのではないでしょうか。そもそも結婚した段階で女王の夫には王位継承権が発生しますし(そう言う公式ルールがなくても、貴族がそう仕向けることは出来ます)、万が一子供でも産まれたりしたら、それこそチュンチュの王位継承は遠退きます。ドラマのトンマンにそれは有り得ないのでは。

子供を作る必要がないなら、女王の結婚はひたすら政略的価値のみを追及した究極の一手になりますよね。日常の権力闘争を有利に進める為ではなく、国家の危急存亡を救う為の一手に!
あ、ここで言う国家の危急存亡と言うのは、例を挙げれば、百済なり高句麗なりが攻めてきて、国境を突破され徐羅伐が陥落寸前になっているような状況のことです。この際、最後の一手として、女王ならば敵国の王や王子と結婚して人質になることで滅亡を免れ、属国となる(滅亡すれば再興はまず難しいですが、滅亡しなければ、逆転は可能です)、と言う選択肢が出来ます。それだけの価値が、女王の結婚にはあると、私は考えています。
あつ様が仰った「自分の国の地方豪族を従えること」なら、基本的には政策で済むのではないでしょうか。中央貴族に比べれば損をしている彼らを上手く優遇すればいいんですし…。そして、政略で出来るだけその辺のことをこなすのがトンマン、と言う気が。
でも、中央貴族はすでに強大な利権を手にしていて、私兵も徴税権も、その一部となっています。現状に不満が少ないからこそ付け入る隙がない中央貴族達は手強く、公主時代トンマンも苦労していました。
方法はどうあれ、その中央貴族を手懐けたのが、ピダムです。

ピダムの有能さについてはりばさんへの返信でも書いたのですが(リンクを貼ったので、詳しくはそちらをお読み頂けると嬉しいです…!)、とにかくピダムには、政敵ユシンを合法的に、大義に沿ったやり方で抹殺する金剛計を編み出し、それを実行する力があります。
そのピダムの金剛計を阻んだのは、ケベク達百済軍の猛攻でした。そしてトンマン(とチュンチュ)は、その猛攻がなければユシンを復権させられなかった。つまり、ピダムに政治的に敗北しています。

トンマンが結婚した(ピダムとくっついた)のは、まず第一に徐羅伐陥落の危機が来ていて、しかもすでにこれ以上優遇しようのない貴族から私兵を奪える機会だったからだと思います。それ自体には、危急存亡から国家を救う、大きな価値がありますから。
でも、わざわざ上大等に昇進させるだけでなく、結婚までしたのは、心情的な部分に加えて、「今はもう政治的にピダムに勝てない」と言う女王としての本能的な判断があったのではないでしょうか。そう判断したからこそ、最終手段である『結婚』を使って、ピダムを再び手懐け、牙を抜いたのでは。んでもって、ピダムの乱が起きた後、ピダムに対する気持ちが政略ゆえだったのか愛情ゆえだったのかがわからない、とユシンに漏らしたのだと私は思いました。

上記のように、公的な意味でトン&ピの結婚には大きな政略的価値があり、だからこそ貴族達は強い危機感を覚えます。ピダムが勝手に利権を渡した上に、値切った形跡もなく(笑)、その利権を取り戻すどころか利権のことなど忘れていたからです。
ピダムはトンマンからぽんと利権を与えられ、王と言う後ろ楯と才能があるが故に、泥臭い苦労はせずにそれを維持したでしょうし、貴族と会合は開いても、事務的なレベルでの折衝は利権を良く知るヨムジョンが担当していたと、ドラマの描写から判断出来ます。ピダムは作戦の設計図を描きますが、それが可能か検証するのはヨムジョン以下の面々だったと。
だから、代々利権を保ち、大きくする為に如何に貴族が策を弄してきたか、熱意を注いできたかを全く理解していません。それがピダムの最大の欠点であり、そこを理解せずに利権を奪ったからこそ、貴族達から逆襲されました。
でも、そのままでは済まさないところがピダムの凄い面で、ミシルの乱の時、ミシルは一度失った貴族や花郎達の忠誠を取り戻すことが出来ませんでしたが、ピダムはピダムの乱の緒戦で戦略戦術両面において圧倒的な力を見せつけ、再び彼らを畏怖させ、服従させています。政略、戦略、戦術、全ての面において、ピダムはNO.1の力を誇っています。
あんまり詳しく語ると脱線するので、ここではやめておきますw

話を戻して、トンマンの結婚における私的な意味は、勿論あります。
ただ、ドラマの中で何度か話していたように、トンマンは「公」が先に来るのに、「私」が先に来るピダムに惹かれて彼と結婚して(くっついて)、また互いにそれがわかっているからこそ、トンマンはピダムに対して負い目を感じ、ピダムはトンマンの愛を信じきれず、二人は両想いでも上手くいかなくなるのではないかなぁと思っています。57話で、「ピダムは私を愛している」と確信した後も、トンマンがその愛を利用することは考えずに悩むのは、一度ピダムを夫とした以上、チュンチュの治世が円滑に進むようにする為には、ピダムの命はトンマンの治世が終わるまで、と決まってしまうからかなーと…。それって、死刑宣告みたいなものですし。



●ピダムの愛について。

コメントを読み返してみたところ、あつ様は、2月にコメントをくださった時には、ピダムにとってトンマンは「恋愛や家族愛や師弟愛と言った、愛と名のつく全ての感情が向かう相手」であり、その表現が「カモ」と言う言葉だと仰っていました。そのコメントに、私も同意しました。今もその通りだと思っています。
でも、この間のあつ様は、「ピダムのトンマンへの愛は母性愛だ」と限定しておられました。(これまでトン&ピの恋愛感情についても、女王時代のトン&ピに恋愛感情があったと言う前提で書かれている隠居連載に対しても否定的ではなかったのに、どうして今回いきなり女王時代のトン&ピの恋愛感情に対して否定的になられたのでしょうか。もしや、今までは、私に気を遣って無理に合わせてくださっていたのでしょうか!?ぬおおお、だとすれば申し訳ないです…っ(汗))

ええと、私は、以前にあつ様からコメントで頂いた通り、ピダムのトンマンへの気持ちは「愛と名のつく全ての感情」だと思っています。恋愛、師弟愛、友愛、父性愛、親子愛、仁愛、敬愛、家族愛や、愛憎も含めた、愛と名のつく全ての感情です。
男が惚れた女に対して母性愛を求めるのは良くあることですし、女として、母として、妹として、友人として、主君として…と言った、複合的な愛情の対象がトンマンであり、それが熱愛に繋がる…と言う風に考えています。だからこそ、ピダムはトンマンに対して時に子供っぽくなったり、誰よりも頼りになっり、誰よりも優しくなったり、場合によっては憎たらしくもなるんじゃないかと。
ただ、それって、普通はあちこちに分散する愛情を一人に集約していることになります。だから、トンマンが言ったように、ピダムの愛は「怖い」のではないでしょうか。しかも、ピダムは普通の人間より愛情の部分が濃いですし(コラ)
また、このような「愛」は少年も抱き得る感情かもしれませんが、少年が父性愛を見せるより、大人の男やいっぱしの青年が父性愛を見せる方がより自然であり、その方が子供っぽい一面も魅力になると私は思っています。実際に、ドラマの脚本では、ピダムは大人気のない嫉妬を繰り返す一方で、57話ではトンマンの苦しみを真摯に聞き、慰め、身を引く度量を持っています。それは、彼が誰かを思いやれる大人であるか、あるいは、大人の要素をちゃんと持っているからではないでしょうか。



●女王時代のピダムが、『少年』のように母性愛を求める存在であってはいけない理由。

↑の話の最後の部分は私の主観的な問題なので、女王時代のピダムが、『少年』のように母性愛を求める存在であってはいけない理由として、ソルォンを!(笑)
ソルォンは56話にて、死を覚悟した出陣の直前に、ミシルの遺影に対し、

「ピダムは私に似たようです。愛など飛ぶ鳥にくれてやれと言った、あなたに似るべきだったのに」

と言いました。この台詞で言いたいことは、『愛』または『愛し方』と言う点において、ピダムとソルォンは似ているとソルォンさんは感じたと言うことだと私は思いました。その前提に従って語ります。

んで、ソルォンさんはミシルに母性愛を求めたか?
これは、否ではないでしょうか。
母性愛だと仰られたら困りますがw、少なくとも私はここでソルォンは「初めは気になる女が野望(私生児ゆえに蔑まれてきたソルォンにとっては、出世。これはソルォン方の花郎が全員叩き上げだったことでわかる)を果たすのに必要だったが、いつの間にかその女が何より大事になり、女の為に、女への恋心や愛の為に全てを犠牲に出来るようになってしまった」と言う愛し方が似ていると言ったのではないか、と思いました。ソルォンがミシルの後を追わなかったのも、ミシルがそうソルォンに頼んだからですし。

と言うわけで、ピダムが『少年』が母性愛を求めるようにトンマンを愛したら、解釈の問題ではなく、完全にソルォンと言う役の人生は否定されてしまいます。大人の色気と愛を見せ、その裏で実力者たる将軍を表現し続けたノミンさんの演技も。
あるいは、ソルォンはピダムの愛がどう言うものかを十年近く見てきたのに、全く理解していない――つまり、ソルォンにはよほど見る目がなかったと言うことを、あの山場で視聴者に見せ付けると言う、鬼展開になります。さすがに、これはないんじゃないかなと思うのですが…。

ナムギルさんに、ノミンさんの演じたソルォンを全否定する演技をしておきながら、「いいんです。自分なりにベストだと思った演技をしただけです。周りの人は周りの人でベストを尽くせばいいじゃないですか」と言う権利が、果たしてあるのでしょうか。
私が「長編時代劇で(若手)役者が偉そうに意見するな。まずは脚本を忠実に再現しろ」と思うのは、大きい役になればなるほど、ちょっとした違いが、脇を固めてくれている先輩役者の演技まで全否定してしまうことが有り得るからです。
勿論、阿吽の呼吸と言うか、一人一人が好きに役作りをしてベストを尽くせばそれでいい、と言うのが理想です。ですが、それは、自然と相手役や周囲の演技を見てバランスを取れて、その上で好きに役作りを出来るようなレベルまで達した役者さん限定の話だと思います。


* *

以上、この長過ぎる文章に最後までお付き合いくださり、あつ様や読んでくださった方、ありがとうございましたー!お疲れ様です…っ。
あ。他にも話題はイロイロあったのですが、基本的にはドラマの内容に限定してお答え致しました。う、上手くあれこれ説明出来てますように…!
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  1. 2011.07.31(日) _00:39:45
  2. ドラマや本の感想
  3.  コメント:19
  4. [ edit ]

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comment

加耶60万人?

  1. 2011/08/02(火) 14:33:46 
  2. URL 
  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
こんにちは~、やっと地上波が55話まで進みました

ワタシの見るところ、ユシン=加耶(新興勢力)と、ピダム=プロパーの新羅貴族(旧勢力)との力の均衡に悩む女王の疲弊と孤独がストーリーの軸となっており、その上にピダムの歪んだナイーブすぎる精神構造が乱舞…っちゅう仕上がりなんですかね?

しかし…ウォルヤが叫んだ「加耶60万の民がこの肩にかかっているのだッッ」に、引っ掛かりました…。つまり、神国の当時人口の過半数が加耶人ということを何気に主張している数字(…少数派が多数派を支配するって、かの、先年虐殺のあったアフリカのルワンダみたいな構造ですよね)…しかも、製鉄技術に優れたテクノクラート集団でもある加耶集団は、決して烏合の衆ではない。とすると、三韓統一に加耶勢力が欠かせないのは自明の事で、だからこそトンマンも優遇政策をとってきたわけで…秘密結社な復耶会に神経を尖らせるのは無理もないけれど、藪から棒な一斉検挙は明らかにトンマンの失策でしょう…チュンチュの制止も聞く耳持たずというのは、見てるこっちは「どうしたトンマン、ここは監視を怠らず、泳がせるのが上策なんじゃ…?」チュンチュの見通しが大義に即してるわけです、どうみても。
一方ピダムは…ユシンを排除して、加耶勢力のメンテをどうするつもりだったのか…?どうやら、ミシル時代のように迫害政策に逆戻りのつもり?だったようですね~、だとしたら、彼の頭の中には既に三韓統一は忘却の彼方~としか(呆)。

つまり、ピダムは次世代を担う政治家としてはアナクロすぎで、「停滞していた(トンマン談)」ミシル時代の具現者にすぎず、とても網羅四方な王の展望も資格も無しな男、ということになります…あまりの小者ぶりに53話見ながら思わず、はよトンマンと隠居せえ…と呟いてました、ワタシ…。
若いナムさんが、頑張って老け作りしつつ悪巧みをしていても、チンピラにしか見えないのは、演技に重みが足りないせいもありますが(せかせか肩を横に揺らしながら歩くとか…ミシル様に歩き方教わっとくべきだったね~)、何より三韓統一の大義を忘れ果てた愚策をわさわざ「金剛策」に作り上げて、その才能を無駄遣いしてるピダムの描き方そのものにもあると思わざるを得ませんでした。


ピダムがどんどん馬鹿に…どころか、10年後いきなり馬鹿になってた…という所感を抱きました。
(あつさまを差し置いて、先にコメしてご免なさい)。


天人唐草様へ

  1. 2011/08/03(水) 19:22:14 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様、こんばんはーv貴重なご意見、ありがとうございます!気合いを入れて返信致しますw

天人唐草様は、55話までをそうご覧になったんですねー。なるほどなるほど!
あ、私は、女王時代は全体を通して『トンマンとピダムの物語』だと思いました。

では本題を(笑)
まず、伽耶60万の民と言う言葉は、新羅700年の歴史と一緒でリアリティーに欠けるフレーズだと私は思うんですがw、仮に60万の伽耶人がいるとしても、その60万の伽耶人を恐れて復耶会を黙認するのは、トンマンの国家百年の計を台無しにする悪手だと私は思います。

何故なら、トンマンの女王としての最大の任務は、伽耶人を優遇して彼らと新羅人の利害を一致させることではないからです。
「伽耶人も貧しい新羅人も豊かな新羅人も含めた新羅の全ての国民が、一丸となって、国益の為に力を尽くす」、そう言う国家を作り上げることが、トンマンの最重要課題であり、三韓一統の為に欠かせない国家百年の計と位置づけています。54話で語った通り、それが彼女に課せられた使命です。
そうでなければ乱世では生き残れないからこそ、公主時代から奴隷を減らす農業政策を浸透させようと努力し、女王時代には即位後一貫して新羅人と伽耶人の差をなくすよう努めて、国民の意識改革をはかってきました。

意識改革を忘れてここで復耶会を泳がせてしまえば、これからも伽耶人の間で新しい命が生まれる度に、「伽耶地方出身の、新羅の繁栄を目指す新羅の国民」ではなく、「嫌々新羅に従っているけど、伽耶の天下を目指す伽耶の国民」と言う人間が増えて、世代交代をしても意識改革が出来なくなってしまうんです。
新羅と言う国の中に、新羅と言う国の繁栄を一番に願う国民ではなく、伽耶人の栄華の為には新羅なんか消えていいと願う国民が出来続けてしまう。これは、歴史的に見ても危険なことです。
つまり、トンマンの意識改革は、目先の勝敗や利害ではなく、百年後を見据えたものです。国家の恒久的な繁栄を願うなら、チュンチュのように貴族憎さに対抗勢力となりうる伽耶を優遇しろと迫ったり、常勝のユシン軍がもたらした小競り合いの勝利の積み重ねを重視するより、トンマンのように意識改革を推進することが遥かに重要なのではないでしょうか。

また、伽耶の武器職人の技術がいくら優れていようと、ミシル時代に復耶会が台頭出来なかったように、パトロンがいなければどうせ武器の大量生産は出来ないのですから、国家から見れば大したことではないと思います。
おまけに、復耶会がある限り、伽耶人の最先端の技術が新羅にもたらされることは絶対にありません。つまり、技術的な面から言っても、復耶会は少しでも早く根絶する必要があるんです。復耶会がある限り、伽耶人の技術が必要だとしても、ウォルチョン大師のように、復耶会から奪わなければならないからです。

伽耶人は上手く使えば有能ゆえに役に立ちますが、例え伽耶人がどれだけ多かろうと彼らに技術があろうと、それが彼らを盲目的に贔屓する理由にはなりえません。
王が忘れてはならないのは、かつて伽耶諸国が一丸となれなかったが為に滅亡してしまったように、復耶会は、その存在自体が新羅を分裂させ、窮地へ追い込む欠点となりうると言うことです。「新羅が駄目でも、伽耶人には復耶会がある」と言う希望自体が、伽耶人と新羅人の統合を妨げるからこそ、復耶会は確実に根絶しなければならないし、それは早ければ早いほどいいのだとトンマンは考えたのではないでしょうか。
そして、ピダムがしたように、検挙するなら、復耶会の人間だけを捕らえなければならない。それが、トンマンの推進する意識改革には絶対に欠かせない『公平性』と言うものだと私は思います。

ドラマでも描いていましたが、新羅と言う国家の発展を妨げるものとは、新羅の国民が一丸となっていない状態と、それを放置する政治家を指します。だから、復耶会も、復耶会を黙認する人物も、新羅と言う国家から見れば、新羅の発展を妨げる『悪』の一つなんです。
復耶会と伽耶人の問題は、その『悪』をなくす為にトンマンが打ち出した政策の一環です。大事なのは、「新羅の国民がいかに一丸となるか」で、その為なら、復耶会を、ひいてはそれを支持する伽耶人を捨てるのも致し方ない、と言うのが、トンマン時代の新羅の国策で、ピダムはそれに沿った策を打ち出したまでだと思います。
その国策を批判するのであれば、トンマンが39話で村長を斬ったことから批判しないと、トンマンに対して「盲目的に伽耶人を贔屓しろ」と言うことになるのではないでしょうか。
何故なら、どちらの場合もトンマンとの約束を「不安だから」と破ったのは、トンマンではありません。39話では村長でしたし、女王時代では復耶会(とユシン)です。約束を破った村長を斬っておきながら、九年も伽耶人を優遇したトンマンを裏切り復耶会を存続させたことを黙認するのは、ミシルが伽耶人を迫害したのと同じで公平性に欠ける決断になると私は考えます。そして、それは、トンマンにとって、自らの権威を打ち捨てるのも同然の行為です。

ユシンはそこのところを理解しているからこそ、ウォルヤを突き放し、自ら逮捕されて処罰を受けることを望み、部下達には新しい将軍に従うよう命じました。「復耶会を解体させられず、トンマンの面子を丸つぶれにする」と言う大失態を犯したからこそ、せめてトンマンの王としての権威は守り、新羅の国民が一丸となれるよう行動したんです。
ピダムがきちんと精査した上で復耶会を一斉に検挙したのも、トンマンにユシンを罰するようプレッシャーをかけたのも、ユシンと同じく、念頭には「新羅の国民が一丸となる為」と言う大義名分があってのことです。ただ、ユシンの大失態がピダムには心情的にも都合が良かった、それだけです。

そして、ミシルがアナログなのは、大義名分ではなく、私利による贔屓をその政治方針にしていたからです。ミシルに利をもたらす者は贔屓し、そうでなければ迫害する、と言う政策を続けた。それが、精神的に「王ではない」ミシルの欠点でした。
ピダムは違います。彼は、トンマン以外の人間全てを「下僕」として平等に認識していて、私利による贔屓をしたりしません。その「下僕」が大義名分に叶った存在なら生かし、そうでないなら従わせるか殺す、とはっきりしています。だから、ピダムはアナログな政治家ではありませんし、精神的には「王」なんです。トンマンと同じ視点でものを見て、政策を打ち出しているのですから。

ユシンを排除した伽耶勢力のメンテですが、56話で示されるように、メンテに必要なのは、新羅と言う国家との約束で、個人の力量ではありません。ピダムはそこを理解した上で、ユシンとウォルヤがわかり合えないことも予想していたので、もしトンマンにメンテを任されたら、まずは復耶会を滅ぼした後、伽耶人を上手く従えると思います。
…と言うか、そもそも、何故天人唐草様はピダムが伽耶人を迫害するとお考えになったのでしょうか?迫害する気なら、ミシル一派がそうだったように、ユシンを含む捕らえた伽耶人に対して、もっと非人間的な扱いを加えると思うんですが…(汗)
52話で身体的な危害を加えずに欲しい情報を引き出したように、ピダムなら、トンマンの命令通り復耶会を殲滅した後、巧妙に伽耶人を手懐けると私は思いますー。でないと、おかしいじゃないですか。捕らえた伽耶人を拷問するわけでもなく、政敵であり恋敵でもある存在自体が邪魔な伽耶人ユシンをヨムジョンが暗殺することも許さないのに、伽耶人は迫害するなんて、態度が一貫していません。

ええと、と言うわけで、ピダムがいきなりバカになった、あるいはトンマンの政策が問題だと仰るなら、ユシンが何故自ら捕らえられ処罰を望んだのか、復耶会が何故自力で伽耶を再興出来ないのかと言うことをきちんと説明した上で、39話でトンマンが農民を斬った意義やトンマンの政策の根本から話を始めないと、意味がないと思います…(汗)

最後に、ナムギルさんの問題点には、確かに技術的なこともありますが、それは小さなことですし、若いので大目に見れます。
それよりも、公主時代に最もトンマンの政策を理解していたピダムを、女王時代はただの悪巧みするおバカに見せたことがより大きいんです。政治家としてのトンマンの公平性や斬新さを体得し、その上でトンマンとは違う種類のカリスマを持った政治家となったピダムと言う役の本質を、彼は全く表現出来ていません。脚本が描く女王時代のピダムと言う役の面白さをわかっていないし、理解しようともしていないし、挙げ句の果てに「ピダムはバカになった」と思い込んで演じ、結果として、意図せずともその意識を視聴者に植えつけている。それが大問題なんです。
ユシンのテウンさんはお世辞にも上手いとは言い難い役者さんですが、脚本を曲解して、その意識を演技に反映させることはしていません。だから、ユシンは脚本に描かれているユシンと剥離していないんです。脚本の意図がわからないならわからないで、勝手に結論を出さないで、ただ脚本と向き合えば良かったのだと、テウンさんは身を以て示してくれています。

……と、私は思いますー。うおお、暑苦しく語ってすみません…!(汗)

よそ者のアイデンティティーとは…

  1. 2011/08/04(木) 22:49:37 
  2. URL 
  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さま、体調不良なのに(今頃気付いた…鈍)力強い返信、ありがとうございます

具合悪くなりませんでしたか?

しかし…、前にも書きましたが、緋翠さまからの返信読みながら、トンマンからのメッセージをいただいているような錯覚が…とくに前半部分(笑)。

言うまでもなく、復耶会がちゃっかり存続していたということは、女王にとっては裏切り行為ですし、また、神国の律令に反します。
けれど、チュンチュがトンマンに諭すように「善悪は、時と場合によって変わり、その境目はいよいよ曖昧になります…」と、復耶会について語るとき、どっちが年上かわからないくらい、チュンチュの若年寄ぶり(爆)が際立ってました。

トンマンは加耶に随分気を使ってきたけれど、加耶にとっては、未だ「画竜点睛を欠く」んですね…つまり、新羅の王統に加耶の血統を入れること、です。ウォルヤからすれば、ユシンとトンマンが結婚してくれれば文句無く加耶人は神国の主軸としてのアイデンティティーを得、安心して神国の一員として大業(三韓一統)を命がけで目指せるのだということなのでしょう。そうでなければ、加耶の心の持って行き場は甚だ心許なく、何十年も迫害されたトラウマも拭いがたく、加耶の心の保険として復耶会を残しておかざるを得ないわけです…意識改革というのは、押し付けられてできるものでは無く、あくまでも自発的でないと難しいでしょう?
けれど、トンマンとユシンのジレンマは、二人の結婚が、王位継承問題の火種を増やしてしまうことにあり、その選択は避けるべきとの結論に達しているという…トンマンの加耶政策における限界、と言えます。

そして、「答えは私、チュンチュにあります」というチュンチュの確信…つまり、彼の妻はユシンの妹であり、その子孫が将来的に王位に着けば、加耶人の悲願は達成させられ、そのアイデンティティーは確固たるものになるわけです。56話では、結局トンマンは復耶会をチュンチュに丸投げした形でケリをつけました…脚本上ムニ娘が出てこず、チュンチュがウォルヤ達を説得する場面が描かれていないので、何故トンマンの説得には応じきれなかったのに、チュンチュには丸め込まれたのかがストーリーとして見えにくくなっていますが、復耶会解体の担保はチュンチュとムニの子供(文武王ね)となったわけですね。跪く年老いたソルチの表情がなんとも言えず…悲願達成は多分自らの死後という切ない予感…?(続きます)。

三韓一統、という大義

  1. 2011/08/05(金) 09:03:25 
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  3. 天人唐草 
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また長くてすみません

私は残念ながら、まだ韓半島に行ったことが無いのですが、是非とも行きたいスポットの一つが、文武王の海中陵なんです…なんで王さまがわざわざ海にお墓?…とかつては不気味に感じたものでしたが、三韓一統を果たし、かつ加耶系の初めての新羅王である文武王の、海の民である加耶へのオマージュが込められているのでは…と、復耶会のシンボルマークの海ガメを見ていてふとそんな気がしたもので、俄然興味が湧いてきまして…

ところで、三韓一統には加耶勢力が欠かせない、という事は動かせない事実です。たとえ60万という数字に誇張があるとしても、数少ない(爆)ウォルヤのセリフにあれだけ強調して入っていることは、ストーリー上無視できません。トンマンも、加耶(とユシン)はどうしても手放せない。加耶の「心の保険」たる復耶会だけ切り捨てたいというのは、ユシンの言うように到底無理なことです。加耶系の新羅王という担保なしでは…。
ここでのチュンチュの活躍がかなり控え目に描かれているのは、やはりピダムとのバランスを考慮してのことなのでしょう…。

ピダムが政治家としてアナクロニズムに陥って見えるのは、法に反した復耶会、それを庇ったユシンを排除することが、則ち加耶勢力を殺ぐことに直結するからです…実際、トンマンからユシン失脚後の人事案提出を命じられて意気揚々とユシンパパの罷免および加耶系の官職追放を提示していますが、これではミシル時代への逆行コースまっしぐらです。ミシルは、三韓一統を封印していましたから、加耶人の力など基本的には不必要でしたが、トンマンはそういう訳にはいかず、結局ピダム案は却下されます。つまり、復耶会検挙以来既にピダムは加耶人にとっては蛇蠍のごとき存在でしかなく、仮に、彼が加耶勢力を任されたとしても、信頼を得るのは難しいでしょう…それこそ、加耶系の姫でも妻にしない限り…(汗) 。なのでピダムは三韓一統を忘れているとしか見えないわけで…。

復耶会を大々的に検挙したせいで、ユシンも失脚の危機に立たされたことについて、チュンチュが「罠にはまりました」と呟きますが、具体的にはトンマンとユシンがピダムの罠にはまった、ということになりますよね…トンマンはユシンを切るわけにはいかないのですから。派手な検挙という拙速な策で後の尻拭いに大手間かける羽目になりました

あれれ、ピダムファンなのにチュンチュ目線だ私ってば

天人唐草様へ

  1. 2011/08/06(土) 02:12:06 
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  3. 緋翠@管理人 
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天人唐草様、またまたありがとうございます、こんばんはーv
体調はかなり良くなりましたので、ご心配なく…と言うか、気を揉ませてしまってすみません(汗) ご心配ありがとうございますv

ではでは、お返事は一つに纏めて失礼しますー(長いですw)

えーと…最初から変なこと言ってすみません(汗)
天人唐草様のお返事を読んで思ったのですが、天人唐草様は、「歴史上、三韓一統を成し遂げた武烈王とその子孫は伽耶を姻戚に持ち、その力を借りて三韓一統をした。だから三韓一統には伽耶と伽耶系の王が欠かせない」と言う史観を前提にして、ドラマを見ておられませんでしょうか…?善徳女王はあくまで中継ぎ、彼女は武烈王の為に存在している、と言うような印象を受けました。

天人唐草様は、伽耶は三韓一統に必要不可欠と仰いますが、それを言うなら、「頼れる近親がいない王位簒奪者チュンチュの王権確立には、嫁一族(金官伽耶末裔)の強力な後押しが必要だった」と言う方がより正確なのではないでしょうか。そして、三韓一統に必要不可欠なのは、「唐や日本は利用して、滅ぼした国は上手く新羅に取り込む」新羅の『外交手腕』なのでは?
それに、伽耶は三韓一統に欠かせない強大な力を持っていて、その伽耶がいたから百済や高句麗を倒せたと言うなら、そもそも何故伽耶は明らかに高句麗より弱い上に人数も少ない新羅なんかに滅ぼされたのでしょうか。
天人唐草様のご意見は、私には『伽耶が何故滅びたか』を無視した、「チュンチュ一族が優遇したんだから、伽耶は凄いに決まってる。だからトンマンは伽耶を最優先にするべきだ」と言う『信仰』のように見えます(すみません…!汗)

国にとっては、国益をもたらすことが『正しい』ですし、大多数の民衆を納得させられることは『大義名分』になりますよね。
ナムギルさんについても似たようなことを言いましたが(笑)、では、チュンチュが言ったからとか文武王がとかではなく、善悪でもなく、ドラマのあの時点での復耶会の何に、「復耶会は優遇して、心の保険を与えるべきだが、新羅の貧民には心の保険はいらないし、優遇しなくていい」と言えるだけの『正しさ』や『大義名分』があるんでしょうか?迫害を言うなら、新羅の貧民だって変わらないのに。

第一、元々奴隷にされても文句は言えない敗戦国伽耶の人間が、敗北を乗り越えて新羅と言う国の主軸になりたいなら、持ってる技術も知恵も全て擲ち、新羅の危機には何をおいても馳せ参じて、まずは新羅への忠誠心を示すべきでしょう。なのに、ユシンはそうしても、ウォルヤと復耶会はそれをしていません。チュジン達貴族ですら、百済が攻めてきた時には、それぞれの利害を捨てて出陣しているのに、です。
しかも、復耶会が極秘のうちに進めていた武器開発などにつぎ込んだ資金は、新羅の国民の血税から来たものです。
復耶会がそんな態度なら、ピダムが伽耶人を一度一掃するよう提言するのは、血税で暮らしている身としても当然ではないでしょうか。私達だって、国会議員が反政府組織の首魁で、議員としての給料をその組織を大きくするのに使っていたと知ったら、怒りますよね。
忠誠心すら示さず、税金を資金源にする悪辣な反政府組織である復耶会を、何故新羅の王トンマンがどこまでも庇わなければならないのでしょうか?

「画竜点睛を欠く」、それはその通りです。
ですが、トンマンが婚姻政策を選べないことは、即位前から皆知っていますよね。即位直後にもユシンはウォルヤにそう宣告しているのに、散々恩恵を施されてから「トンマンは婚姻しないのが問題だ。だから復耶会は解体しない」と言い出すのは契約違反です。
契約を変えて欲しいなら、せめてウォルヤが自ら即位直後からトンマンに「ユシンと結婚を」と迫って交渉すべきなのに、「不安」と言いながらも、トンマンが優遇してくれているのを良いことに彼はトンマンに対して何も言わず、結論を先延ばしにして、新羅の国民が払った税金で復耶会を養い、新羅に渡す気のない武器の開発を続けました。ユシンも、トンマンに対して「伽耶人を新羅の国民にしてみせます」的な宣言までして、あの後9年もあったのに、復耶会に対して何もしていません。彼らの性格の問題ではなく、政治家として、これは非常に不誠実な態度です。

また、「結婚」は、果たして「点睛」と言えるのでしょうか。
ユシンがトンマンと結婚したらOK、なのではなく、ウォルヤが求めているのは「伽耶勢力に対する恒久的な保護」ですよね。二度と迫害されないと言う、政治的な保証が欲しい、それが「点睛」のはずです。
しかも、ユシンの結婚にしろ、伽耶人の血を引いた子供にしろ、現実的に考えて、まだ若いトンマンが独身を貫くと宣言している以上、即位十年以内に達成出来る望みではないことぐらい、わかるはずです。
それなら、ウォルヤは政治家として、今すぐ実現するあてもないことを心の中で願う前に、「伽耶人の名簿をなくせ」とか、「伽耶人を未来永劫差別しないと言う勅書が欲しい」とか現実的な提案をした上で、「代わりにこちらも復耶会の名簿を差し出し、復耶会の砦も武器職人も全て兵部に所属させる」と言った現実的な『取り引き』をトンマンに持ちかけるべきではないでしょうか。トンマンがしたように。
チュンチュも、伽耶が必要なら、暇なんですから(笑)、ウォルヤとトンマンの間に立ってそう言う取り引きを主導すればいいのに、サボりました。トンマンに対して「私が答えです」と言っても、じゃあその「私」の価値をどう復耶会に提示するかはトンマンに丸投げでした。

と言うわけで、「トンマンがチュンチュに復耶会を丸投げして、チュンチュがムニとの間の子供を王にすることが復耶会解体の担保になった」と仰るのは、納得出来ません。
チュンチュの子供だなんて、歴史的に見ても、即位するのはずっと先のことです。トンマンの死後どころかトンマンの心変わりまで恐れた彼らが、何故まだ即位してもいないチュンチュとの口約束を担保にして復耶会を解体するのでしょうか。しかも、ドラマのチュンチュは、自ら望んで妻にしたポリャンの祖母ミシルと戦い、勝った後はミシル一族を殺すよう迫った男です。そんな男と、復耶会を去ったユシンの妹との結婚が、担保になりますか?
トンマンは、音沙汰もないウォルヤのところへ自ら丸腰で乗り込んだ上に、彼らの為に未来永劫覆せない勅書を出すと言い、次代の王チュンチュを連れてきてウォルヤ達にチュンチュに従うことで生き残れると道を示し、ウォルヤ達の前で伽耶人の名簿まで燃やしました。担保は、心変わりのしようがない勅書であり、名簿の焼却であったと見るべきではないでしょうか。
その後ウォルヤがチュンチュに降ったのは、トンマンの説得は駄目でチュンチュなら良かったと言うより、トンマンがウォルヤに未来の王たるチュンチュを人質として差し出し、「お互いを生かすも殺すもお前達次第だ。(場所がわかってる以上、駄目なら、この砦を攻め落として全員殺す)」と脅したからこそ、逃げ場を失い、死刑宣告をされたに等しいチュンチュとウォルヤが、生き残る為に運命共同体として本気で手を組んだ、と言うのが正しいのでは?これまでは、復耶会の砦は所在不明だったことが強みだったわけですが、トンマンはそれを覆したわけですから。
トンマンの伽耶政策の限界は、確かに「伽耶人の王を即位させられないこと」ではありますが、実際問題、政治上の駆け引きでウォルヤの「心の保険」はカバー出来てると思います。そうでなければ、ウォルヤが降った理由がわかりません。

ウォルヤ達の意識改革についても、では、ウォルヤ達をあのまま放置したら、いったいいつ復耶会はなくなり、彼らは自発的に意識改革をするんでしょうか。
ウォルヤを見る限り、例え文武王が即位して、伽耶人優遇政策を打ち出しても、「半分は新羅人の王だから、いつ心変わりするかわからない」となってもおかしくないと私は思うのですが。おまけに、歴史的に見ても、文武王の妻は伽耶人ではありません。婚姻を「心の保険」にするには、無理があります。
確かに、意識改革は最終的には自発的にするものです。でも、楽でない道を選ぶ時は特に、「意識改革をしよう」と思う為の強いキッカケを必要とするものではないでしょうか。
例えば、天人唐草様は、いきなり「今、世界は紛争だらけでいつ日本にも火の粉が来るかわからないから、日本の同盟国アメリカの軍隊に入り、世界平和の為に死ねる軍人になれ」と言われて、出来ますか? 極端な例えだとお思いになるかもしれませんが(笑)、ウォルヤ達も似たようなものだと私は思います。勿論、日本は今戦争していませんから、「ただの例え話だろ」で済みますが、トンマンの求める「私は新羅の国民だから、新羅の発展に尽くす」と言う意識改革は、「新羅はいつ百済や高句麗に攻められるかわからない」と言う切迫した状態で必要とされるものです。

天人唐草様やチュンチュの意見に対して、平和な時代なら、それでもいいとは思うんです。
でも、ドラマを見る限り、あの時点で「ユシンは切れない」とトンマンが思うのは、ユシンが元上司だからではなく、彼が新羅に忠義を尽くしている「有能な武将」だからです。それでもユシンや彼が従え損ねた伽耶人を盲目的に優遇するのは、復耶会を養う余裕も理由もない以上、国益に反することだと思います。
新羅はその国民のものです。復耶会やそれを支持する伽耶人が新羅の国民にならないなら、トンマンは王として、彼らに回すお金や土地を新羅の国民に回して、少しでも国民の生活を向上させ、士気を高める義務があります。あそこでトンマンがチュンチュの言うように伽耶を庇い立てすれば、トンマンは貴族だけでなく、「裏切り者」として民衆の支持も失ってしまうのではないでしょうか。そこまでして復耶会に義理立てする理由はありません。

そして、ウォルヤの「60万人」発言は、ユシンを脅し、自らを正当化する為のものだと言うことを、考慮すべきではないでしょうか。それに、「60万人」が皆復耶会の味方なら、何故「伽耶を復興する会」である復耶会は、未だに本懐を遂げていないのでしょう。
また、ユシンやチュンチュが「伽耶を捨てるな。復耶会を捨てるな」と伽耶人と復耶会を混同させている時も、二人が私利もあってトンマンを脅していることを考慮してください。
私利と言うのは、ユシンはうっかり「伽耶の民」と口走るぐらい根は伽耶人で、しかもウォルヤ達の上司であり、チュンチュは伽耶勢力没落によるピダムの台頭を望んでいないと言うことです。(ユシンは例え王の不利益になろうが、私的な繋がりのある部下のことは、何をおいても徹底的に庇い立てします(例:20話のトンマン))
ユシンとチュンチュは、私から見ると、復耶会の一件において、ピダム以上に私利私欲に走った要求をトンマンに突きつけていながら、それをどう大義名分と摺り寄せるかと言う一番大変なことはトンマンに任せています。二人の要求は私利私欲ではないと仰るなら、復耶会の正当性を「迫害されていたから」と言う感情的な問題ではなく(←これを言うなら新羅の貧民も同じなので)、実利で説明して頂きたいです。

> ピダムが政治家としてアナクロニズムに陥って見えるのは、法に反した復耶会、それを庇ったユシンを排除することが、則ち加耶勢力を殺ぐことに直結するからです…実際、トンマンからユシン失脚後の人事案提出を命じられて意気揚々とユシンパパの罷免および加耶系の官職追放を提示していますが、これではミシル時代への逆行コースまっしぐらです。ミシルは、三韓一統を封印していましたから、加耶人の力など基本的には不必要でしたが、トンマンはそういう訳にはいかず、結局ピダム案は却下されます。

うーん…(汗)
ええと、まず、ミシルが封印していたのは、伽耶人の力だけではなく、新羅の貧民(小作民)の力もです。ピダムは新羅の貧民を迫害してはいません。何故なら、彼らは国民の義務を果たしているからです。にも関わらず、伽耶のことだけですぐにミシル時代に逆行とは、ピダムに対する偏見がありませんか?
また、三韓一統に伽耶の力が必要だとして、復耶会がいる限り、技術の隠蔽もありますから、伽耶はその真の力を発揮することはありません。新羅の為を思うなら、荒療治でも復耶会は潰すべきです。
あと、ピダムがミシル時代に逆行の、アナクロニズムに陥った政治家なら、そのピダムに対して、何故ユシンは復耶会を捕らえることについて何の文句も言わないのでしょうか。ピダムが間違っているなら、ユシンは文句を言うはずです。そのユシンが文句を言わない理由を、天人唐草様は何だとお考えなのでしょうか。

確かに、トンマンはピダムの人事案を一部却下しました。でも、却下したのは、ソヒョンパパのところ、つまり軍権だけです。他のところについては、トンマンはピダムの案を採用しています。トンマンが伽耶勢力を守ることを第一にしているなら、空いたポストは全てそのままにしておくか、伽耶人を登用したはずなのでは?
軍権は、渡したら最後です。宮中を掌握したピダムが味方につけているチュジンに軍権を渡した日には、トンマンは飾り物の王になってしまう可能性すらあります。伽耶勢力が大事だとかそんな問題ではなく、軍権はトンマンの王権に直接的に関わるものなので、特にユシンが消えた54話の段階では、新たな権力バランスを構築して王権を維持する為にも、最大勢力(ここではピダム)の人間には渡せない。それだけです。

最後に、大多数の伽耶人(庶民)にとって、伽耶なんて実際には見たこともない、遥か昔に滅びた国です。そんな彼らは、根底では「伽耶だろうが新羅だろうが、ちゃんと俺達の生活を守ってくれるならいい」と考えるものではないでしょうか。だから「差別されてた時ならまだしも、優遇してくれる王様を捨てて、百年近く前に滅んだ伽耶とか言う国の再興の為に死ぬなんて嫌だ。むしろ、王様を裏切って伽耶人が非難されるようなことをした復耶会は大迷惑。9年かけてやっと軌道に乗ってきたのに、俺達をまた貧乏にする気かよ!?」となるものだと思うのですが…。

えーと・・・

  1. 2011/08/09(火) 23:34:06 
  2. URL 
  3. りば 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様とのやり取り継続中のところに横入りしてすみません、失礼いたします~。 が、読んだ時から気になっていたので一点だけ。

〉〉60話に出てきたフクサンも、反逆の疑いがあるピダムのことは襲いましたが、決して王に刃を向けたわけではなく、最期は「女王陛下、万歳!」と叫んで、脅されたとは言えヨムジョンに従ったことを恥じて自決してます。

フクサンって、もともとヨムジョンの部下で、侍衛部に潜り込ませていた密偵でしたよね・・・?60話で秘密裏に呼びつけられて、家族の面倒は見る。お前の子供の出仕(?)も約束しよう。とのヨムジョンの申し出にフクサンは覚悟は出来ています。と悲壮な面持ちでしたし又、実際ピダムに誰の命令だ!と迫られた後もヨムジョンの目配せを受けてから「神国の敵を刺殺せよ。女王様万歳!」つって自決してるので、全てはヨムジョンの書いた筋書き通り、ピダムのトンマンへの誤解を生むべく、自決セリフもヨムジョンが考えた通りで、自決をも含めた特攻任務だったと思ったんですが。

でないと、家族や子供の面倒云々って交換条件はないと思うんですけど・・・・脅しだったら命令に従わなければ家族を殺すって言いますよね?

りば様へ

  1. 2011/08/10(水) 07:23:38 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
りばさん、おはようございます!

そして、ご指摘ありがとうございます…!
すみません、フクサンについて勘違いしました。より正確に言えば、ヨムジョンの部下の密偵ですね(汗)

ヨムジョンの部下って、ヨムジョンの命令に従い死ぬことを躊躇ったりしないイメージがあったもので、わざわざヨムジョンが「家族の面倒は見る」と言ったり、フクサンが死ぬ時にヨムジョンの合図があってから唇を噛むような仕草をしたのが、私には謎で…。そもそもフクサンがヨムジョンの部下なら、「家族の面倒は見る」なんて台詞要るかな、と。
ヨムジョンも、りばさんの仰る台詞の前に「信用出来るのか?」と聞いてましたし、これは、はじめからヨムジョンの部下なんじゃなく、フリーな人を侍衛府の人間に推薦し、上手く自分の密偵にしたからかな、と思ってました(汗) 脅したと言うか、侍衛府の人間フクサンに上手く恩を売って、その結果「このご恩は必ず返します」な、有無を言わせぬ関係に持ち込んだのかな…と。
ヨムジョンの思惑は別にして、アルチョンの教育が入ったからか、フクサンはヨムジョンの部下達とは全然雰囲気が違ったので、勘違いしました(汗) すみません!

そうです、自決したのは筋書き通りでした。うう、自分の考えとごっちゃに…(汗)
き、気をつけます…!

加耶人アイデンティティーと神国への同化

  1. 2011/08/13(土) 03:04:40 
  2. URL 
  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さま こんばんは
仕事一山越えて、二山めまでには間が多少あるので、この隙に先日のお答えを…。

まず、加耶と加耶系の王が三韓一統に必要条件であるという史観は、私(天人唐草)の史観というよりは、このドラマの特に女王時代の骨格的史観と言えるのでは無いでしょうか?象徴的シーンは、最終話(地上波では昨日)、謀反人(涙)ピダム無双の大暴れを止めた加耶コルチャン部隊の剛弓の威力でした…あんな近くから雨あられと…さすがのピダムも避けきれない…(でも避けて~~、とテレビに向かって虚しく叫ぶ)。


勢力の大きな「よそ者」、加耶集団のスムーズな神国への同化は、三韓一統の最初の試金石であると言えますが、トンマンの努力にも関わらず一朝一石には《心から》の「同化」は進まないという現実味あふれる脚本は、さすがに韓半島ならではの視点だと思いました…。緋翠さまは、新羅プロパーの貧困層の問題と同列なのではとのご意見でしたが、アイデンティティーと階級の問題は別と見るべきです。新羅プロパーの貧民は、いくら貧困でも「新羅人」であることに揺るぎない確信がありますが、「よそ者」加耶は、経済的安定だけでは、新羅人としての確信は心許ないからこその復耶会存続なのです…少なくともドラマではそういう描き方に見えます。また、古今東西、エスニシティ問題の共通テーマとも言えるでしょう…(極端ですがヨーロッパにおけるユダヤ人の歴史的問題などが典型ですね…)。
アングラ化した秘密結社に権力側が弾圧を強化すれば、益々潜って態度は硬化するし、首領(ウォルヤ)を斬っても第2第3の首領が出てくる(←ユシン談)というやるせなさ…秘密結社禁止という法的大義はこの場合(心からの融合、同化)には殆ど有効性を持たないのです。52~54話あたりのトンマンは、その事を潔癖さのあまり受け入れられず、ユシンに「加耶を捨てろ」だの、「ウォルヤを斬れ」だの無理難題というか、それまでの優遇政策の努力をチャラにしかねない発言(懇願?)をしています。ここでのトンマンは政策的に迷走状態で、チュンチュの制止も排して復耶会一斉検挙に踏み込み、自動的にユシンも罪人へと追い込むことになりましたチュンチュの言うことを最初から聞き入れて、一斉検挙に踏み込む前にユシン、ウォルヤ、ソルチを呼んで56話でやったような会談交渉も可能だったはずなのに…反逆の兆候があれば、強行手段も已む無しでしょうけど(続きます~)。



摩擦、融合、同化のプロセス

  1. 2011/08/13(土) 05:12:19 
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  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
続きです~。

また、チュンチュはこの段階(一斉検挙)では見習い扱いで、トンマンの頭越しには動けない立場ですし、あくまでもトンマンの決定を基準にしなければなりません。

ドラマでは、ユシン在牢、復耶会硬化の間に百済が攻めてきて三韓統一どころか神国存亡の危機にあれよあれよというまに陥ります。ここでのピダムはなんだか打つ手がもたついてて、口ほどにもないというか…大耶城の暗号解読も間に合わないし、満を持しての?ソルォン投入も功を奏さず、チュジン軍も負け…という、新羅プロパー貴族層だけでは「三韓統一の仕事は無理」ということを強調してます。てか、ピダム+貴族達は、亡国の危機に陥るまでそのことに気付いて無かったという不明ぶりを露呈する仕掛けですかね…なんか、ワタシ的にピダム一番惨めに見えたのがこのあたりなんですけど…。

ところで加耶名簿消去は融合同化の必要十分条件となりうるか、ですが、その辺はビミョーに描かれてます。
トンマン+チュンチュがウォルヤ+ソルチを呼び出して極秘会談交渉の時、内省長官としての初仕事?なチュンチュが条件を切り出し、ここで加耶名簿を廃することも含まれていました。けど、ウォルヤもソルチも複雑な表情で…復耶会の長老会議?でも紛糾してましたし、とても決定的融合の条件とは受け止められてる感じではありません…実際、差別はそんな事では消えたりしないものですし…ただ、女王の精一杯の誠意はウォルヤには伝わってますけどね。
因みにこの長老会議、何気に加耶気質を物語ってます。この統一感の無さ…緋翠さまの「何故数の上でも劣る新羅に加耶は負けたのか」を物語っています。
加耶は、最近の研究では海洋都市国家群の性格が強いという説が有力です。交易で豊かだが、中央集権化のベクトルに向きにくいという…ゆえに、連衡策に弱く、新羅に一つ一つ潰されていったのだと…。バラバラ度がそもそも高い加耶のレジスタンス首領としてのウォルヤの「やめてくれッッ」な叫びがツラい…。復耶会の宿痾なんでしょう…日の当たる場所でまとまりたいけど自力でそれは出来ず、新羅は加耶を日陰の存在扱いしないか…これが、彼らの葛藤と言えます。

ウォルヤが加耶系の王を切望することについて、緋翠さまはその効力を疑問視されているようですが、この「血の論理」は歴史人類学的にかなり説得力があります。つまり、同化を促進するのに有効な手段なのです。(また続きます)

高貴な血とアイデンティティー

  1. 2011/08/13(土) 05:56:58 
  2. URL 
  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
すみません完全占拠状態ですね。

えーと、ウォルヤがしつこくユシンにトンマンと結婚しろ~~と訴え続けるのは、「トンマンと」を消すとウォルヤがユシンにずーっとプロポーズし続けてるようにも見え…(爆)冗談はさておき、結構利にかなってるんですよ…よそ者(或いは被差別者)にとって自分達の血筋が王になるという安堵感は、一気にその国への同化を進めます…古代日本の渡来系の人々しかり、現タイ王室(中国系移民の貴族化及び王妃)しかり…そうでない場合よりも同化は確実に早いことが報告されています。なので、加耶もそういう描かれ方なのかと判断したのです。ドタンバで、一人復耶会のアジトに残されたチュンチュが「ユシンの妹との間に息子ができまして~」という、フツーに聞いたらかなり間抜けな「切札」を出した時、あれほど「ユシンと結婚」を唱えていた復耶会員には実質的福音として、やる気のないユシンより、やる気マンマンのチュンチュに賭けてみようという方向にまとまりやすかったのでは?渡りに船、みたいな…、と。チュンチュも「切札」無しで一人取り残されるようなタマじゃないし…。ドラマ的には現代社会ではイマイチピンとこない展開かもしれず、時間も足りずはしょられてしまいましたが、ウォルヤの「結婚しろ~」は、説得力あるのですよ(笑)。
そういう意味でもこの脚本、結構良くできてると思うわけです…また長くてすみません
あ、それと最後に質問なのですが、文武王の王妃の出自って具体的にどうなのでしょうか?ご存知でしたらお教え願えませんか?



天人唐草様へ(※加筆修正あり)

  1. 2011/08/13(土) 17:52:01 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様、こんにちはーvお仕事お疲れ様です!私はお盆休みに入り、のんびり激しく遊ぶ予定です!(コラ)

>加耶と加耶系の王が三韓一統に必要条件であるという史観。

ピダムの死ぬシーンは確かに象徴的ですが、あそこで象徴しているのは、ユシンVSケベク戦でのここ一番での蹶張弩部隊投入と同じく、「伽耶の技術…つまり、新羅が滅ぼし、吸収した国の長所を如何に上手く使うか」だと思いました。
あそこで描かれていたのはウォルヤの誇る伽耶の技術が、ピダムと言う一人の天才に致命傷を与えるものとなった、と言うことで、あれをどう見れば「伽耶系の王」に繋がるのかが、よくわからないのですが…。そして、それを言ったら、百済を倒したら、今度は高句麗を滅ぼす為に百済系の王が必要、と言うことになる気がするんですが。
『善徳女王』と言うドラマが訴えていた、指導者の素質の一つが「滅ぼし、吸収した敵の長所を如何に引き出し、上手く使うか」だと私は感じましたし、伽耶のことは、ミシル勢力と同じく、その一つだと思っています。

>貧困層とアイデンティティーのこと。

ええと、ここで私が言う貧困層と伽耶人の共通点は、「利権を持たない者達である」と言うことです。
「新羅人」であると言う確信はあれど、貧困層には潜在的に「こんな貧しい暮らしは嫌だ」と言う不満があります。トンマンがした政策の根幹は、「新羅と言う国の発展に協力することで、自分達もより良い暮らしを出来るんだという希望を与えること」です。この根幹は、伽耶の支配層ならともかく、伽耶にも必ずいるであろう庶民にも通用します。

確かに、伽耶人が民族的な統一感に拘る種族なら、富への希望だけでは新羅には組しないでしょうが、天人唐草様も支持される説を採用して考えるなら、伽耶は海洋都市国家群の性格が強いものであり、彼らは民族の統一よりも、富や経済的な利権への足掛かりを求めるはずです。
これが漢民族なら、中華思想がありますから、「本来なら属国の新羅に協力してやるのだから、中国系の王でなければ認めない」と言う風に考えるのもわかりますが(タイなんかはそれでは?中国から見たら、東南アジアの国は全部属国ですし)、伽耶が独立独歩の気質が強いなら、伽耶人の王に拘るより、差し伸べられた手が使えると思えば飛び込み、そこで経済的な地盤を作り上げ、「位や名誉はないけれど、力はある」状態を目指し、まずはその状態に至ってから王位にも影響力を施すのではないでしょうか。日本みたいに(笑)

ウォルヤは、王子です。伽耶の支配者層のトップにいます。そのウォルヤですら、トンマンの恩恵を受けた結果、「私個人の単位で言えば、陛下を信じたい」と言っています。復耶会を解散して新羅に尽くした方が、利益があると感じ、伽耶の再興の為に死ぬより、豊かになる為に新羅国民として生きたいから、そう言う考えになったのではないでしょうか。

一方で復耶会での会議が紛糾するのは、ふつーに考えて、「復耶会の中では地位があるけれど、新羅の宮廷では地位がない(もしくは低い)」と言う人もいるからではないでしょうか。あれだけ大きな組織なら、維持するのに人が必要ですから、そう言う人はいて当然ですし、その人達は、復耶会を解散させれば一からのスタートです。揉めて当然だと思います。
そのシーンで、「何を弱気な!」と言う人が確かいましたが、そう言う台詞は古今東西強硬派か武断派のもので、そう言う人達が大勢を占めるのは、伽耶ではまずないのではないかと。
ソルチが反対するのは、彼がドラマに登場する伽耶人の中では一番きつい迫害された経験を持っているからで、彼は、何を言われても新羅など信ずるに足りん、と言う姿勢を持つ、一番の強硬派とも言える存在ですが、その彼ですら、56話では最終的には新羅に降りました。チュンチュが王位に就いているわけではない(つまり、チュンチュの息子が王になると言うのは、トンマンの話す未来と同じくらい頼りない希望に過ぎない)以上、チルスクのように、最後まで抗って死ぬと言う結末もあったのに、ソルチでさえその結末を選ばなかったのは、トンマンの経済的な同化政策が成功していた証ではないでしょうか。

>トンマンの「伽耶捨てろ」コールについて。

あの段階でのトンマンを考える際に忘れてはいけないのは、

「反政府組織・復耶会の首領ではないかと言う疑惑のあるウォルヤが、公平であると認められている司量部の詮議を受けることをせずに、逃亡した」

と言う事実です。
反政府組織を養成しているだけでなく、ここでウォルヤは家臣として絶対にやってはいけないことをしています。「新羅の法を無視する」と言うことです。これは、「新羅」と言う国を無視した、つまり、反逆の意志あり、と見做されて当然の行為です。
ここでトンマンがそのウォルヤについて、「何としてでも必要だから、助けたい」と言うことは、トンマン自身が新羅と言う国家に対して反逆の意志があるのだと見られても仕方ないことです。新羅は専制政治ではないとドラマの中で記されている以上、「王が必要だと言うのだから、復耶会は認めるべきだ」と言う結論にはなりえません。
「反逆の兆候」どころか、ウォルヤは明らかに「反逆の意志あり」と表明しているんですよ。潔癖とか、そう言う問題ではありません。
ウォルヤがユシンを逃亡させた時にも、「逃亡させればユシンはもう新羅に戻ることは出来ない」と予想してますよね。国家反逆罪の疑惑のある人間が逃亡すると言うことは、それだけ重いことだとドラマでも描かれています。
そして、そこら辺のことを理解しないままに逃亡してしまったユシンは、ウォルヤ達の話を聞いて、ろくにウォルヤ達を説得することもせずに急いで王宮に戻り、その上で「どんな罰でも受けます」と言う姿勢を示しましたよね。ユシンは復耶会を大きくしたわけでもないのに、そこまでしたのは、「逃亡すること」自体が反逆に等しいからではないでしょうか。

また、ユシンは確かに「第二第三の首領が出てくる」と言いましたが、繰り返しますように、ユシンは正当性とは関係なく、伽耶人を庇います。
そして、一度滅びた伽耶が再興出来ずにいるように、復耶会を滅ぼせば、少なくとも復耶会と同程度の勢力は出てきません。反乱の鎮圧を徹底し、首謀者の親類縁者は処刑するか出家させるのは、そう言う風にすれば、反乱を起こそうにも、その旗頭がなくなり、兵も集まらないからです。
アングラ化した秘密結社と言っても、ネットがあるわけでもありませんし、復耶会は結局、迫害MAXの状態でも、優遇MAXの状態でも反乱を起こせない程度の組織です。
天人唐草様の述べたことでは、明らかな反逆を放置する正当な理由にはなりませんし、それでも復耶会を庇えと言うのは、トンマンに「王位を捨てろ」と言うのに等しいことだと思いますー。

>チュンチュ。

チュンチュは確かにトンマンの頭越しには動けない立場ですが、それを言うなら、40~42話のチュンチュはいったい…(笑)
彼はあの時、女王時代以上に宙ぶらりんのただの公子様でしたが、それでもミシル一派を二つに割れると言い、そうしました。トンマンの決定を基準にしなければならない女王時代でも、52話だったかでヨムジョンに対して「これからが私の時代だ」みたいなことを言ったように、チュンチュは、彼が「それは間違っている」と思えば、トンマンの決定を影から覆す力も意志もあるのではないでしょうか。
トンマンもそれを理解しているからこそ、「私の後ろで楽をするな」と言ったのでは?王権の為ではなく、チュンチュ自身の利益の為の泥仕事や面倒な策謀を、トンマンに押し付けるな、と言う意味で。

>百済の猛攻に対する対応。

ユシンを捕らえていなければ、と言うことですが、そもそも捕らえられたユシンをトンマンが密偵にしていなければ、奇襲攻撃自体がわからないままでした。
暗号解読も間に合いませんでしたが、最終的にその暗号に気付いたのはピダムだけなのに、ピダムの上司たるチュンチュや、ユシンは責めずに、それをピダムの不明さだと思うのもどうなのかと…。それを言ったら、トンマンやチュンチュだって「ソルォンは負ける」とは確信出来ていなかったわけで、一連のことを全てピダムの惨めさに置き換えたのでは、それに対抗策を打ち出せなかった全員が惨め、と言うことになるのではないでしょうか。
ドラマでは、百済に若き奇才が現れ、彼の為に新羅が負けた、と言う形を取っていますよね。
そして、結果的には、ウォルヤを始めとする復耶会の者達が全員新羅に吸収され(しかも速やかに部隊に編成され)、その最新技術がやっと使えるようになったのも、最初にトンマンとピダムが復耶会を壊滅させると言う決断をしたから、ですよね。ユシンが双子作戦に気付いたのも、ピダムが「ありえないものは、ありえない」とアドバイスをしたからです。
にも関わらずピダムが惨めに見えるなら、それは惨めに見えるような演技をした方に問題があるのでは…と思うんですが…(汗)

>伽耶名簿消去について。

始めにトンマン達が名簿を廃することやその他の条件を呈示した時、ウォルヤ達が難色を示し、長老会議が紛糾したのは、「そんな口約束が信じられるか」と言うことなのでは?そうでなければ、実際にトンマンが名簿を彼らの目の前で燃やした時に、何故圧倒されるのでしょうか。
あそこでトンマンが、彼らの目の前で名簿を燃やしたからこそ(当時は印刷技術がないので、名簿はあれ一つだと想像出来ます)、その他の勅書などの条件も「これは口約束ではなく、ちゃんと果たされる契約だ」と言う意識が復耶会の面々にも浸透していったのではないでしょうか。そうでなければ、ソルチが「そんなものを燃やしたって、信じられるか」と言うことを、台詞なり表情なりで見せると思います。

> 復耶会の宿痾なんでしょう…日の当たる場所でまとまりたいけど自力でそれは出来ず、新羅は加耶を日陰の存在扱いしないか…これが、彼らの葛藤と言えます。

ええと、滅亡前も、滅亡してからもまとまれない上に、何より彼らの担ぐ首領ウォルヤ(とその候補ユシン)自身が「個人的には、新羅の王が平等に接してくれるなら、臣下でいい」と言うお国柄の人が、「伽耶系の王の為に新羅に尽くすぞ!」となりますかね…?常識的に考えて、「純血の伽耶人の王」の下ですらまとまれない、まとまらない人達が、「新羅の血も入ってるけど、伽耶系の王」の下で、その王の為に一致団結して尽くす、と言うのはないと思うのですが…。

「血の論理」は歴史人類学的にかなり説得力があるのはわかります。わかりますが、その有効性については、民族間でかなりの差があると思います。そして、海洋都市国家群の伽耶は、世界中の民族を合わせても、かなりその有効性が低い民族なんじゃないかと…。
都市国家はその自治性を重んじますから、「隣の都市が損しようが、俺達が儲かるなら構わない」と言う思想が根付いていますよね。それと同じように、新羅人の王だろうと伽耶系の王だろうと、「俺達が儲かるなら構わない。様々な面で利益がある方に味方する」と言うのが、都市国家群たる伽耶の人間の思想なんじゃないかなーと思うんですが…。

続きますw

天人唐草様へ(続きです)

  1. 2011/08/13(土) 23:45:24 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
遅れました、続きですー!

> すみませんv-356完全占拠状態ですね。

いえいえ、あつ様も今はお忙しいみたいなので、お気になさらないでくださいーv構って頂けて嬉しいですw

>結婚のこと。

確かに、一般的に見て、『被差別民を母に持つ王と、それを産む為の結婚』は民族の同化には有効な手段ではあるんですけれども、前のコメントでもお話しした通り、その有効性がどれほどのレベルであるかどうかは、民族によって違いますし、都市国家気質の国民にとっては、「伽耶系の王」が生まれたことは、さして大きな意味を持たないのではないかと私は感じています。むしろ、そのことにより新羅の王族の反発が強まることの方が禍根を残す大きな問題になるのではないかなと。
(関係ない話ですが、金春秋、つまりチュンチュから『真骨』と称される要因の一つには、「王后に伽耶王家の人間を迎え、伽耶の血を継ぐ息子を後継者にした」こともあるんじゃないかなと私は思っています。あるいは、チュンチュ自身に血統的な問題があるとすれば、多分、チョンミョンがマヤ王后の娘ではなく、側室腹の公主だったからかな、とか)

すみません、ちょっと話がそれました(汗)
ええと、そもそも、「伽耶系の王」と「その王を産む為の婚姻」が復耶会が新羅に完全に服属する為の絶対条件なら、26話でユシンに従う段階で、契約の条件として、「トンマン公主を立ててもいいが、まずお前がその公主と結婚しろ」と言うべき、と言う気がするんですが…。あの時ならユシンは真平王の甥っ子で独身なんですから、女王時代になって、妻子持ちで、しかも「王の異母妹の聖骨を母に持つ」と言う強みもなくなってから「結婚」とせっつくより、色んな意味で話が進めやすかったでしょうし。
でも26話の時も、ウォルヤ(とソルチ)がユシンに一時であれ従うと決めたのは、ユシンが彼らに、経済的な地盤と、それを証明する正式な文書を与えたからですよね。
この一件から見ても、結婚は確かにしてもらえるならいいんでしょうけれど、それは「伽耶人の天下を磐石にする為に、結婚もしておけ」と言うことであって、あくまで経済的な保障や、それをきちんと勅書なり新羅の正式な文書で立証することが、彼らを従える際の大前提なのではないでしょうか。

婚姻が伽耶人の同化に最も役立つなら、ミシルがユシンに有無を言わせず結婚させる為に策を弄したように、ウォルヤだって取り引きの条件としてまず「結婚を」と呈示すると思うんですよ。26話でユシンと話した時であれ、56話でトンマンと話した時であれ。
でもウォルヤは一番大事な交渉の場では結婚の「け」の字も出していませんでしたし、ミシル一派のやり方との違いを考えても、伽耶派を同化させる為の最上の手が「結婚」なり「伽耶系の王」であると言うご意見には、違和感を覚えます。
政略結婚で勢力を築く、政略結婚により「一族」としての連帯感を持つ、そう言う手段が有効なのは、ミシル一族みたいに「何をおいてもまず結婚」と言う一族の話であって、ウォルヤ達伽耶人は、違うと思います。

と言うわけで、チュンチュが一人ぼっちで復耶会に残されたのは、「息子が出来ました」と言う切り札を示す為ではなく、ユシンが26話で経済的な手土産を持参した上でウォルヤを熱意で口説き落とした時のように、チュンチュも、トンマンが経済的かつ政治的な手土産を叩きつけた上でw、チュンチュ自身の熱意で復耶会を口説き落とせるか、と言うことなのではないかなと私は考えています。理屈の上ではトンマンが勝っているので、あとは、復耶会の者達の感情に対して、チュンチュがいかに落とし前をつけるか、と言う…。
感情の上での落とし前と言う意味では、26話でのユシンは「不器用なまでの熱意」が武器でしたが、チュンチュは「冴え渡る弁舌」つまりは外交術が武器で、ユシンの熱意と、チュンチュの外交術が、歴史上の金ユ信なり武烈王に通じるものである…と言う風にドラマでは示したのではないかと私は考えました。
そうでないと、チュンチュが散々自慢していた「舌先三寸」の外交術は所詮復耶会も口説き落とせない程度のもので、チュンチュの最も優れた能力は「吸収したい勢力の女と子を作ること」になってしまいます。これから高句麗や唐とも渡り合っていくチュンチュを暗示させる大事なシーンなのに、その切り札が「子」では、いったいこれからのチュンチュはどうするのでしょうか。「子供」のことがあるにせよ、それはあくまで切り札の「弁舌」を引き立たせる為のカードの一つであるべきだと思うのですが…。

んで、私はそう言う意味で、政略結婚の有効性とその不確かさ、個人の才能や熱意の大切さなど、色々なテーマを描いている善徳女王の脚本は凄いなーと感じていますw


>文武王の王妃の出自。

ええと、家系図は別の記事にあるのですが、纏めますと、↓のような感じですー。(出典が『花郎世紀』です)

●父方の祖父:仇輪……真興王の息子。真平王の父トンニュン太子や真智王の同父母弟。
●父方の祖母:宝華……真平王の即位後間もない頃に、真平王とミシルの間に生まれた。
●父:善品……609~643年。二十一世風月主。善徳女王在位中の643年に死去しているので、626年生まれの文武王との婚姻時に生存していたかは不明。
○母方の祖父:菩利……573~?年。十二世風月主。四世風月主・二花と、セジョンの同母姉であり一時は真興王の王后となった叔明の間に生まれた。同父母兄に円光法師がいる。
○母方の祖母:萬龍……579~?年。真興王と叔明の間に生まれ一時は太子になったものの廃された貞肅と、真平王の母マノ太后との間に生まれた娘。ユシンの母・マンミョン夫人の異父妹。
○母:宝龍……兄の礼元の生年が607年なので、それより後に生まれたのは確か。

こんな感じなので、祖母の代まで辿れば、文武王の祖母と、文武王の正室である慈儀王后の祖母は異父姉妹であり、繋がりがあるっちゃあるのですが、とにかく、慈儀王后自身は、伽耶の血は入っていない純血新羅人と言って良いかと思われます。
そして、ユシンの家系は子沢山なところが多く、『花郎世紀』を読んだだけでも文武王の花嫁候補になりそうなユシンの娘や姪っ子はいるのですが、そこから王后は出ていません。ユシンとヨンモの娘の一人が文武王の側室の一人になっているだけですねー。
こ、これで大丈夫でしょうか…!?


では、長々失礼しましたー!ここまで読んでくださりありがとうございます(笑)
また仕事の山が過ぎて、お時間が出来ましたら、構ってやってくださいvそして、仕事でお疲れになると熱中症にもかかりやすいと思いますので、どうかお身体ご自愛くださいませ…!

ピダムの政治的能力

  1. 2011/09/13(火) 23:47:14 
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  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さま、しばらくです~、って、既にここ埋もれきってますね
けど、あーだこーだ言うのが好きなもので、こちらでひっそりとコメ欄汚しを…

こちとら出涸らし三番茶の地上波組の分際でご託並べる図太さで恐縮ですが、カットシーンで気になるのが52話のスウルブさん二重帳簿疑惑事件の行方です…あれって結局シロクロどっちだったんでしょう?証拠不十分にて灰色釈放?もしくは、クロはクロだが、微罪とみなされ情状酌量の起訴猶予?彼は降格処分とかなんかされたんでしょうか???
つまり、スウルブへの法的処置如何によって、ピダムの順法姿勢のイメージが随分変わってしまうように思うので、お教え頂きたく…。

ところでピダムって、加耶には冷淡なイメージがあります…43話でウォルヤとは同じテーブルで租税改革の情報処理のデスクワークもこなしてましたが、あの二人はサシで関わり合うシーンが地上波ではありませんでした…花美男同士なのに残念(完全版ではどうなんだろ?)

もしかして、ムンノとの間に亀裂を起こしたあの大量虐殺事件の対象となった流民は加耶の流民だったのかも…とか、例によって妄想がムクムク沸き上がりますが、それくらいピダムの復耶会一斉手入れは「これ幸い」感が漂ってます…もちろん何かと目障りなユシンが主なターゲットだとしても、ピダムの加耶排除政策素案は、復耶会撲滅を認可したはずのトンマンすら引かせるほどの思いきりの良さで…この場合、ピダム個人はあのキャラからして、貴族の既得権を守るためにこうしたとは考えにくいし…単に厳格な順法論で動いているのなら、彼は所謂「極端な能吏=酷吏」の次元に留まる矮小な官僚政治家にすぎないということになるのでは…?と思ったりするんですが。
一方、トンマンは「それはそれ、これはこれ」な政治的二枚舌を加耶問題では駆使して切り抜けました…勿論、見ようによっては矛盾を孕んだトンマンの打った手は、神国の危急存亡という事態を結局既存の貴族勢力だけでは解決出来ない事で皮肉にも説得力を持ったとも言えますが。
確かに、宮廷内の権力闘争の手法はピダムは鮮やかで、ユシン&トンマンは危うかった。けれど、政治的視野の広さはピダムには無いと言わざるを得ず…彼はトンマンしか見えてないんだから当然っちゃ当然なんですが。人(トンマン)を得るために力を求めるピダムの弱みが政治的視野の狭さという形で出てしまうんですね…。あ、字数制限

天人唐草様へ

  1. 2011/09/15(木) 00:01:09 
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  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様、お久し振りです、こんばんはーv
待ち人来ず…と言う感じでしょんぼりしていたので、コメントを頂けると励みになります!ありがとうございますー。
今回も箇条書き?形式でお返事させて頂きます。

>スウルブの白黒。
あれは、黒だと思います。スウルブへの忠告の後、ピダムのトンマンへの報告シーンで、その話をして、トンマンが「一割までなら横領可」と言っているので。スウルブに関することはピダムと言うよりトンマンの臣下達への意思表示で、その際、トンマンは「一割までなら横領しても構わないが、それ以上やったら厳重注意、改善がなければ罰を与える」と言った基準を設けていたようです。スウルブは厳重注意の段階ですから、まず黒でしょうね。白なら、「言いがかりだ!」と怒ると思います。
また、ここでピダムの順法姿勢について如何するのはちょっと違う気がします。ここでのピダムは、あくまでトンマンの指示に基づいて行動しているので。

>ピダムの伽耶への態度。
まず、ピダムが伽耶に対して冷淡なイメージを何故天人唐草様が持っているのか、さっぱりなのですが…(汗)
確かにウォルヤと二人で語らうシーンはありませんでしたが、伽耶に対してピダムがそれほど冷淡なら、まず、25~26話の復耶会とのくだりで、伽耶の民に対してもっと特別な感情を見せるのではないでしょうか。台詞の中でも、ピダムはムンノが伽耶の暗号を自分との連絡に使っていたと聞いても、「伽耶の暗号!?」と目の色を変えるようなことはありませんでした。伽耶だから、と言う理由で、個人としてのピダムが冷淡になったり反感を持ったりすることはなかったと思います。
あ、ムンノとの亀裂を起こした大量虐殺事件の対象は、伽耶の流民だったと私は記憶しています。が、だからと言ってピダムは「あいつらが本を盗むから、俺は師匠と仲が悪くなったんだ」と言う考え方はしていません。あくまで、「なんで師匠は」と、ムンノに対して恨みを募らせています。それだけ、伽耶はピダムにとって、新羅と同じくらいどうでもいいものだったのではないでしょうか。

また、女王時代の復耶会のくだりでトンマンがピダムに対して一線を引いたのは、ピダムがトンマンの「反政府組織復耶会の解体」を目論んでいることを利用して、ユシンを追い落とし、宮中で並ぶもののない権力を手に入れ、ついにはトンマンと結婚しようとしたからだと私は考えています。王権を維持したいトンマンにとって、ピダム一人の権力が増せば、否応なしに「トンマンVSピダム」と言う構図になって、トンマンの権力が殺がれます。絶対にあってはならないことでしたから。
勿論、私もピダムは貴族達の為だけに動いたのではないと思います。ユシンが伽耶勢力の筆頭である以上、ピダムは貴族勢力の筆頭になる必要がありますが、ユシンのようにその勢力に対して情があるわけではありませんし。
ピダムはただ、権力を得る為に、「機は熟した。これ幸い」と周囲を全て利用しただけです。その手腕が、トンマンを含む宮中の全ての人間を凌駕していたので、私は「優秀な政治家」と評しました。偉大な思想家ではありませんから、矮小な官僚政治家に過ぎないと言われればそれまでですが、その矮小な政治家が宮中の誰をも凌駕したことを考えると、ピダムを矮小と言ったら、じゃあ誰が大物なんだろう…と首を傾げたくはなります(笑)

対するトンマンですが、別に、トンマンは貴族勢力が百済を退けたら、それはそれで良いように手を打っていると思いました。ユシンのことは、徐羅伐陥落の危機だからこその奥の手で、トンマンの第一の目標は「ピダムの対抗馬を作ること」です。能力的にはチュンチュが相応しいけれど、彼には勢力がない。だから復耶会を意地でも解体させ、チュンチュに伽耶勢力を与える――それが出来ればまず御の字で、百済戦に関しては、トンマンが戦上手でない以上、台詞にもあったように、ピダムであれ、ユシンであれ、誰であれ、「神国を救った者に全ての権利が与えられる」のではないでしょうか。

政治的視野の広さと言うのが具体的に何を指して仰っているのかが私にはよくわからないのですが(汗)(例えば、ユシンやチュンチュに視野の広さがあるのでしょうか…?)、私が見るに、善徳女王の登場人物は全員明確な目標なり理想があり、それに突き進んでいました。トンマンやユシンはそれが三韓一統でしたが、チュンチュは権力、ピダムはトンマン、ミシルは権威、貴族達は生存…と、それぞれ違っていました。トンマンとユシンにしても、生い立ちや立場の違いから、二人は同じ手法でその目標に進んではいません。トンマンは政治家として、ユシンは武将として物事を見て、判断していました。
ドラマの中ではミシルは敗死しましたが、だからと言って彼女の政治家としての能力が矮小ではなかったと思います。同じように、三韓一統に成功するはずのユシンの政治力が、格別に優れていたと言うような描写はありませんでした。ピダムも、トンマンが目的だからと言って、政治的に見て視野が狭いと言うのはちょっと違うのではないでしょうか。
視野が狭い矮小な官僚政治家がのさばれるほど、ミシルを降したトンマンは、善徳女王と言うドラマは、レベルの低い代物だったのか…?と言う疑問が残る緋翠でした。

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  1. 2011/09/15(木) 13:10:45 
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コソコソ…

  1. 2011/09/16(金) 13:54:25 
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  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さまこんにちは
何分、頭の回転遅い上にケータイ入力もモタツクワタシ…

字数制限で続きを改めて書くつもりが、速攻にてお返事いただき恐縮です(ペコペコ)

~スウルブさん問題

早速詳しい解説有難うございます。そうですか、やはりクロですか…、当時は三権分立でもなく、律令の成文化もまだまだ未整備と思われる状況では、女王の裁量=法的措置、となる度合いが大きいのかもしれませんね。そういえば、57話の冒頭、ユシンの唐突な復権、復耶会の事実上免責決定という、ピダムにとってこれまでの努力は水の泡な状況でも、他の貴族からはブーイングが出てましたが、ピダムは最初こそ憮然たる面持ちでしたが、やがて寧ろサバサバした表情で一言のクレームもありませんでした…「女王様の決めたことならしょーがねぇなw」的に。つまりトンマンが右向け右!って、ブレずに明快に決断・命令すれば、いつまでも右向いてるんでしょうね、ピダムって…www ただし、ちょっとでもトンマンが迷ったりブレを見せると、すぐ糸の切れた凧状態になるという側面もアリ…という感じでしょうか。アブナイアブナイ

加耶へのピダムのそこはかとない冷淡さは…やはり脚本上の意図としてあるように感じます。
ご指摘の26話についてですが、まだ権力闘争の蚊帳の外状態のピダムは、「復耶会ってなんのこと?おせーてよぉ」レベルの認識しかもっていません。ただ、復耶会のアジトを聞き出す策を練るにあたり、「俺なら、加耶の連中を集めて、一人ずつ切り殺していく…」と、(ミシルの)血は争えない残忍発言をして、脇にいたアルチョンをビビらせてました…ピダムの表層意識には表れてはいないものの、虫けら同然な「亡国加耶の連中」という潜在意識がこんな残忍な発想を呼び起こしたようにも見えます…実際、様子を加耶集落まで伺いに行って、そのとおりの惨劇が繰り広げられているのを見て「な、そのとおりだろ」と嬉しそうな様子…同行したアルチョンの郎徒がドン引きしてましたね…。思えば、ピダムの底知れぬ残忍さは帰り血ベットリの他のシーンより、このシーンがMAXかも…と。だって、ピダムにとって利害が無いのにこんなに残忍なのは、ここしか無いような気がするんですよ。「加耶とピダムは悪縁」という脚本上の伏線か…?という見方は穿ち過ぎですかね…?

あらら、また字数制限がセマウル特急

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  1. 2011/09/16(金) 16:17:51 
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政治家の理想像とは?

  1. 2011/09/16(金) 17:46:15 
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  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
続きです~
なんか、他の方が来られてるみたいですね。もしかしてあつ様だったらホントに御免なさいです

えと…
ピダムと加耶の因縁問題の続きですが、ピダム自身、ムンノが冷たくなった原因が、あのジェノサイト事件だったと気がついたのは、31話でした…気付くのおせーよ、キミwwと言いたいところですが、それまで潜在意識に沈澱させていたとも言えるでしょうね。虐殺したのが加耶人だったとするならもう脚本ニクすぎです~。

出涸らし三番茶地上波専門韓ドラ視聴者のワタクシ、現在ハマっているのが「ソドンヨ」です。
ソンドクと同じ時代、同じ脚本家というのがミソで、監督は違えど、この二作品は姉妹編といって差し支えないと思います…ソンドクにはソンファ姫は出てこず、ソドンヨにはトンマンは一瞬の背景として以外出てこず、生き方真逆の二人をそれぞれの作品のヒロインに据えるという脚本家の意図を強く感じますね~。

脚本家は、加耶をソドンヨでもやはりクローズアップしており、加耶というのは、この時代の重要なキーワードとして捉えられているようです…。

緋翠さまは、ソンドクの脚本に惚れ込んでおられるようですが、ソドンヨとの脚本及びキャラ比較は大変面白いですよ~。特に、ソドンヨのチャンとソンドクピダム、キャラの生まれ育ちと性格が実は似通った二人が(勿論一方はやがて名君として成功し、一方は反乱者として破滅する対照的結末が待ってるんですが)、演じる俳優さんの真逆なカラーによってこうも隔たって見えるのは、ある意味新鮮でもありました…。チャンをナムさんが演じたら…とか妄想するのは楽しいですが、「負けキャラ」カラーのナムさんだと、プヨソンをやっつけるのは到底無理そうだし…(そういや、美人図ではナムさんプヨソン役者に殺られるんだよな~、っと(爆))。

そして、脚本家にとっての、政治家の理想像が、この二作品から浮き彫りになるように思います…ソンドクではよりその輪郭は明確になりますが。

つまり、あるべき政治家像とは、権力闘争に強いことと、及び、国家運営のグランドデザイン(三韓一統とか)を常に念頭に置き、その為の方策をしっかり実践していくという、両面を兼ね備えていなくてはならない…という脚本家の信念が垣間見えるんです。こうして見ると、トンマンは合格、ミシル・ピダムは権力闘争に偏り、ユシンは理想と実践に偏り過ぎで権力闘争能力無し的な…?

天人唐草様へ

  1. 2011/09/16(金) 23:57:54 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様、こんばんはーvあ、来ているのはあつ様ではないので、ご心配なく!…と言うか、あつ様がもしいらっしゃったとしても、気兼ねせず続けてくださると嬉しいですv

>スウルブ

ドラマで和白会議が最重要視されていたように、あの時代は律令の導入段階ですからねー。そもそも律令と言う唐の制度が完全に根差しているなら、まず女帝は有り得ませんし。その辺の過渡期っぽさが結構描かれている気がします。

>復耶会

これはあくまで私の意見なんですけれども、ピダムは別にトンマンが決断したことを何でも「はいはい」と受け入れるわけではないと思います。同じ57話で、播遷(トンマンの避難)については散々食い下がっていましたし。
ユシンの復権や復耶会問題消滅を受け入れたのは、ユシンは復耶会さえなければ問題がない上に神国一の武将であり、復耶会で問題になってたのはあくまで復耶会があること自体で、復耶会さえ完全に撲滅出来れば残った人間を戦力にすることは当たり前だからではないでしょうか?…と言うか、ピダムが伽耶を嫌いなら、トンマンの播遷と同じくらい、この問題に食い下がると思うんですけれども。
私がピダムを有能な政治家だと見なしているのは、新羅の危急存亡の秋となった55~57話で、打てる手をきちんと漏れなく打っているからです。王の生死に関わる問題なら食い下がる一方で、新羅の戦力になることならそれがピダム個人にとってはどれだけ屈辱的であろうと黙って受け入れる。それが出来るピダムを、私は有能な政治家だと評価しています。

>ピダムの残忍さ。

ええと、まず、ピダムが「虫けら同然」と思っているのは、伽耶に限らないと言うか、トンマンとムンノとミシル以外は、基本的にピダムの中では「その辺の石ころ」レベルの認識だと思います。
残忍な発想ですが、あれはピダム的に有効な尋問方法の一つを提示しただけであって、何も対象が伽耶人だから思いついたわけではありません。いざ斬られるところを見て笑ったのも、「当たった!」と嬉しがっただけです。そもそもピダムが伽耶人を甚振りたいなら、暗号文を持っていた男を斬るはずです。女王時代に復耶会で捕らえた時だって、騙さなくても、それこそ順番に拷問しても良かったわけです。
また、ピダムが斬られた村人に同情しないと言う描写は、40話にもあります。トンマンが村長を斬ったところを見たピダムは、「あいつらは斬られて当然」とも「可哀想なことをした」とも思わず、「(トンマンが人を斬ったことで傷つかないよう)他の奴らが斬れば良かったのに」と言っています。この台詞に、私はピダムの価値観が集約されているように感じます。

確かにピダムの残忍さは26話のあの発言の時に強調されていますが、あれ、例え話ですよね。
実際にピダムが人を殺すのは、彼の大切な存在を傷つけた者達であったり、相手が敵であったり、相手が刃を向けてきた時だったりです。ミシルが「伽耶人だから」と迫害する命令を出したのに対して、ピダムは「伽耶人だから」と伽耶人を殺したことはありませんし、司量部令になってからも伽耶人だからと過酷な拷問を強いたこともない。残忍な例え話をしようと、いざ誰かに接した時、ピダムは彼なりに何らかの理由がなければ殺すことはしなかったはずです。事実、復耶会に連絡しに行った男を捕まえた時、「殺せ」と言う男に対し、ピダムは刃を向けることも、脅すことも、罵ることもしていません。

ちなみに、残忍な献策なら、50話辺りでもう一度しています。難攻不落の大耶城を落とす手段を話し合ってる時に、「川に毒を流せばいい。毒を飲んで死ぬか飢え死にするか、どちらにせよ片はつく」みたいな献策をしているんです。
26話はせいぜい犠牲者は数十人の「例え話」でしたが、こちらは本気でやるつもりの献策です。しかも、死人は数十人なんてものではなく、城内を生き地獄にした上で大耶城周辺の住民の生活も奪う献策です。
ちなみに、相手は伽耶人ではありません。いくら敵ではあっても、新羅人です。城内には実母もいます。

斬られて死ぬ程度の弱者には同情せず、敵なら生き地獄の末に死んでも問題ない――。これがピダムの残忍さで、さらに恐ろしいのは、彼が「差別」をしないところです。
そして、だからこそ、ピダムが最終回で蜂の巣になることもいとわずトンマンの名を呼びに行くのが、不自然ではない上に、ピダムの美点になるのではないでしょうか。ピダムの残忍さが他人に対してのものではなく、自らに対しても彼は残忍な、筋を通す男なんだとわかるからこそ、あの壮絶さが心に迫るのでは…と、私は思いました。
よって、ピダムのそこはかとないどころか明らかな残忍さは脚本上の意図として散見されますが、「伽耶へのそこはかとない冷淡さ」を示す部分は私には見つかりません。
また、「加耶とピダムは悪縁」と言う脚本上の伏線は一つの見方として問題はないと思いますが、それを「ピダムの伽耶への差別意識」として捉えるのは、全く違うことではないでしょうか。悪縁と言うのは意図せずして互いにマイナスなことばかり起きてしまう関係なのであって、「ピダムは伽耶が嫌い」と言うのとは意味が違いますし、それを言うなら、ピダムだけでなく、ウォルヤやユシンに対しても「ピダムに対し、「所詮ミシルの息子だ」みたいな差別意識がある」と言った印象を抱かないと、フェアじゃないと思いますー。

> ピダムと加耶の因縁問題の続きですが、ピダム自身、ムンノが冷たくなった原因が、あのジェノサイト事件だったと気がついたのは、31話でした…気付くのおせーよ、キミwwと言いたいところですが、それまで潜在意識に沈澱させていたとも言えるでしょうね。

潜在意識に沈殿させていたと言うか、ピダムの中での優先順位が、
「師匠が冷たい!なんでなんでなんで×∞」>>>>>>「三韓地勢盗んだ悪い奴らを成敗した」
だったのでは…?ピダムにとってはムンノが世界の全てで、あとは等しくどーでもいいからジェノサイド…と言うか、ジェノサイドと言う言葉自体、あの事件には当てはまらないのではないでしょうか。ジェノサイドは、民族の抹殺を目的とする迫害や殺害を指す言葉ですし。ピダムのアレは、目的はあくまで「正義の実行」です。伽耶人の抹殺が目的ではありません。
細かいことを言って本当に申し訳ないのですが(汗)、そう言う言葉の選び方の部分で天人唐草様の中に伽耶やピダムに対する思い込みみたいなものが見えるので、変えた方がいいんじゃないかな…と思います…(滝汗)

>ソドンヨと脚本。

同じ監督と脚本のペアで『チャングム』を後半だけ見たことがあるんですが、私、あのコンビは好きじゃないんです…よねー(汗) それなりに面白くはあるのですが、わざわざ見たいと言うほどでは…(すみませんすみません)
脚本も、キムさんは共通ですが、ソドンヨはキムさん単体なのに対し、善徳女王はパクさんとの共同執筆で、正直、政治的な部分はパクさんがいるおかげでかなり見られるものになったと思っています。キムさんは人物の造詣や物語作りと言う点では本当に素晴らしいのですが、チャングムの政治劇はレベルが低かったですし…。イ・サンもそうなので監督の意向もあるとは思いますが、ソドンヨもその辺はもう見ないでも予想がつくと言うか、まあ政治劇よりキャラクターの人生を楽しむものだろうなと。
なので、チャンとピダムの比較は出来ないんですよー。すみません(汗) ご存知の通りナムギルさんファンではないので、美人図も見てませんし、いやその、私本当に韓国ものほとんど見てないもので、話が通じにくくて申し訳ないです…っ。

>伽耶の価値。

唐突なんですが、ここだけは勘違いして欲しくないので失礼しまして。
あの、私は別に伽耶がしょぼいとか「伽耶イラネ」とか、そんなことを言っているわけではないんですよー!あの時代は元々好きですから、伽耶と言う国の大事さ、あの地域の特産、政治的な流れはある程度心得ています。
その上で、女王時代のトンマンを語る時、私は「新羅と言う国家における優先順位」の問題として、「我々は伽耶の国民だ」と言う伽耶人より、新羅の貴族勢力(新羅人なり、新羅国民)を大事にすべきだと述べたんです。伽耶は必要と言うか、三韓一統するんですから百済も高句麗も必要ですが、国王に課せられた重大な使命として、「国家を空中分解させないこと」があります。私が「トン&ピが復耶会を潰すのは正しい」と再三繰り返しているのは、「復耶会は、伽耶人が新羅の国民になることを妨げ、国家を分解することを目的とする組織だから」です。伽耶の価値を貶めているわけではありません。

> あるべき政治家像とは、権力闘争に強いことと、及び、国家運営のグランドデザイン(三韓一統とか)を常に念頭に置き、その為の方策をしっかり実践していくという、両面を兼ね備えていなくてはならない…という脚本家の信念が垣間見えるんです。

そうですねー。あと、その二つの前に、まず「地位に応じた覚悟」が必要だと描かれていたように思います。頭が良かろうが理想があろうが、命懸けでそれを全うする覚悟がなけりゃ意味がない、と言うメッセージをトンマンからは感じました。覚悟さえあれば、その二つも勉強出来る、と言う…。
ミシルは王でない為に、その地位を維持する為の権力闘争が手段から目的に変わりつつある、と言う悲劇を見せていましたが、ピダムは権力闘争より、覚悟に問題があったのだと私は思いますねー。三韓一統がピダムの念頭にないなら、ユシンにわざわざ三韓地勢を渡す理由がありませんし。政治家ピダムになかったのは、「何よりも覇道を優先する」と言う覚悟で、でもピダムがあまりに政治的に優れているから、ミセンですらその覚悟がないことに最終回まで気付かなかった…と言う風に見えました。
ユシンに関しては、そもそも武将なのであって、政治家ではないので、評価は差し控えますw


最後に、地上波専門と言うことは、天人唐草様、もしやノーカット版はご覧になったことがないのでしょうか…!?(汗) もしノーカット版をご覧になっていないなら、女王時代だけはノーカット版でご覧になった方がいいと思います。女王時代はぎゅっと濃縮されていて本当に脚本に無駄がないので、カットバンバン地上波版ははっきり言ってダイジェスト同然と言うか面白くないと言うか、「これじゃ通じないだろ」と言う代物ですよー!


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