善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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似てるとこ、似てないとこ。@トン&ピ、ミシル

女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行――的なご意見を頂き(またしても纏め方、受け止め方が間違っている場合がございます。ご了承ください。汗)、首を捻った管理人。

うーん。
確かにミセン達が劇中、復耶会を追い落とすピダムのやり方を見て、「誰か(ミシル)を髣髴とさせる」と言っていました。

でも、私はミシルとピダムは似てないと思うんですね。
最終回でミセンが涙ながらに「お前と姉を混同するなんて、愚かなことをした」と述懐するように。
_e62_085.jpg
一見すると、母子だし、似てる部分もあるんです。ただ、本質的なところで、この母子は全く似ていない。そこのところに、ミセンは最後になって気付いた。ソルォンも、死の間近になって気付いた。ミシルも、死ぬ前に気付いた。
で、何が違うか。
それは、

人の心の弱さにつけ込めるかどうか

かなーと。


* *


ミシルが悪役たる所以は、その残虐さではないと私は思うんですね。
ミシルの何が、どこが「この女、なんて悪い女なんだ!」と思う理由かと言うと。

ミシルは自分の利益の為に、その人が犯した罪ではなく、その人の罪悪感につけ込むところ
なんですよー。

例えば、真智王を廃位する時、ミシルは彼に「真興大帝の遺言を捏造した」罪と、「ミシルを陵辱し、脅した」罪を擦り付けました。前者はともかく、後者は明らかに捏造なんですが、真智王は反抗しきれなかった。それは、和白会議と花郎が敵に回ったからでもありますが、それより、根本的なところで、「ミシルに唆されたとは言え、確かに俺は父が甥を可愛がるのを恨み、父を裏切った」と言う罪悪感が真智王にあることが大きいと思うんです。
そしてミシルは、その罪悪感から真智王が反抗しきれないことをわかっていた。その程度の男の息子だからこそ、ピダムはあんなにあっさり捨てられもした。

例えば、チルスクがミシルよりソファを選びたいのに、選びきれない時。ミシルはチルスクの心がソファに癒されているのをわかっていました。それでもチルスクが初恋と忠誠心を重ねた昔日の『栄光』ミシルへの誠意を捨てられずにいることも、わかっていました。
わかっていて、ミシルはチルスクに「ソファを選ぶなら、私を殺せ」と迫った。チルスクには、「俺は璽主の人生がかかった任務を任されながら、それを完璧に遂行することが出来なかった。しかも、ソファを護っている。俺は璽主を裏切っている」と言う罪悪感があることを知った上で、その罪悪感をわざと大きくさせ、ミシルへの忠誠心に昇華させようとした。

ミシルが暴くのは、突きつけるのは、「罪」じゃない。
「罪悪感」を、衆目の前で、肥大した形で突きつけるから、彼女は恐ろしい。
「罪悪感」をかなり巧妙な手口で衝かれるから、例え主犯でなく共犯だったとしても「私が主犯だ」と勘違いしてしまうし、自分の罪ではないことまで「私が犯した罪だ」と勘違いして、精神疾患に近い形で丸め込まれてしまう。

でも、それがミシルの最大の欠点でもあった。
長年相手の「罪悪感」につけ込む策略を最上としてきたミシルは、相手の「罪」を見極める目を衰えさせてしまった。ミシルの乱の時、トンマンの「公主でありながら、反政府組織復耶会と共謀している」と言う法に反した「罪」を大義名分にすべきだったのに、貴族達の「自分達は自分の力ではなく、ミシルのおかげで甘い汁を吸ってきた」と言う「罪悪感」につけ込もうとしてしまった。
人の「罪悪感」につけ込んでのし上がってきたミシルが、そうでないものまで「罪悪感」だと押し付けた瞬間、ミシルの世界は崩壊していく。


んで、ピダム。
ピダムは、「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です。ムンノに育てられたがゆえの、天然と言うか、俗世知らずと言うか、甘え下手と言うか。

ムンノに、ミシルに、トンマンに構って欲しい時、ピダムはいっつも涙目で棒立ち、あるいは攻撃的な態度になっています。
相手の「何故私はこの人に優しくしてやらずにいたのだろう」と言う罪悪感を煽るなら、とことん可愛く、憐れを誘わなければならないのに。ミシルがソルォンやセジョンに対して媚を売ったように、ピダムも、攻撃的にならずにボロボロになったり、抱きしめてから我に返ったように離れて謝ったり、そう言う媚が必要なのに、ピダムはそれが出来ない。

代わりに、ピダムは「罪」を突きつける。
ムンノに対しては、「子供が間違ったことをしたなら、叱るのが育ての親の責務だ」と言う正論を。
ミシルに対しては、「一度は捨てた子供を、何故助けるのか。愛していないなら、中途半端に助けようとせず、捨てる(殺す)べきだ」と言う正論を。
トンマンに対しては、「あなたの望み通り大義に適ったことをしただけなのに、何故私が降格処分になり、暗に叱責されるのか」と言う正論を。

「罪悪感」は心の問題で、実際に犯した罪とイコールではなく、だからこそいくらでも膨らんで恐ろしいものに化ける。
でも、「罪」は違う。正論。ピダムが突きつけるのは、実際に相手が犯した「罪」であり、それは正論だからこそ、相手の愛ではなく、恐怖でもなく、反感を煽ってしまう。正論だけで、人間は割り切れないし、世の中もそうだから、いくらでも相手の心に逃げ道を与えてしまう。
んでもって、正論を振り翳す人間は、誰かの助けなんて要らないように見える。特にピダムは、天才的な頭脳と身体能力の持ち主だから、彼が必要としているのが「優しく愛されたい」なんてありふれた望みだとは、思ってもらいづらい。

ピダムは、「弱さ」を演出することを、知らないんですね。相手の保護欲や罪悪感につけ込もうと言う、ある意味卑劣な考え方が、そもそも、ない。
ムンノがそうだったように、力がある者がその力を正しく使い、正しい道を進めば、大業を為せると信じている。世の中の正論や法律を学び、それを貫けば、全て上手く行くはずだと信じている。目指す方向が正しいなら、そこまでの過程が合法的なら、それでいいと信じている。
でも、世の中、そう言うわけじゃない。

ピダムは、「罪」を追求するあまり、「俺は反乱軍を生み出してしまった。その責任を取らなければならない」とトンマンに自分を処罰するよう申し入れ、それをトンマン本人から拒絶されたにも関わらず、その後、トンマンが彼に刺客を送ったと信じた。
ヨムジョンが言うように、愛を信じきれなかったと言うこともあったけど、それだけじゃない。
ピダムは、自分の犯した「罪」を誰よりも重く受け止めていた。彼の唯一の主に対して、反乱軍を生み出してしまった。そんな自分は、死ぬべきだと思っている。死に値する「罪」を犯したと、自覚している。
でもトンマンは、少なくとも、表立ってピダムを殺すことは出来なかった。彼は「反逆者」になってしまっているのに、それを正式に処罰しようとしない。――それは、間違っている。
間違ったことを、ピダムは受け入れられない。
反乱に成功して王位簒奪者となって罪を罪でなくするか、反乱に失敗して処刑されるか。そのどちらかしか、ピダムには「正しい道」が残されてない。犯した罪を無視して逃げることは、彼の選択肢にはない。ムンノが、「柄を持たない剣であるなら、私がお前をへし折る」と言ったのと、同じように。ムンノとピダムには、「間違っていてもいい。愛してるから」と言う逃げは通じないんですね。

最終回のトン&ピが哀しいのは、

トンマンは「間違っていてもいい。愛してるから」と言う逃げをピダムが選べない人だと言うことをやっと知ることが出来、ピダムは「間違っていてもいい。愛してるから」と言う逃げをトンマンは選ぶ人だと言うことをやっと知ることが出来たから。

でもあるのかなーと…。
これ、トンマンもピダムも間違ってないんですよ。
でも、ソファとムンノがお互いを憎悪していないのに、手を取り合えなかったように、その二人に育てられたトン&ピは、根本的なところで育ての親に似て、正反対だった。かつて、ムンノがソファの問いを無視せず、親切に「赤子達が然るべき道を歩むには、この二人を結婚させて、王家を一つにするのが一番だ」と語って聞かせたが為に、ソファがドン引きして逃げ出してしまったように、互いに良かれと思ってすることが、別離を呼んでしまう。
それが、その皮肉さが、恋と政治の達人ミセンには理解出来て、思わず「ピダム」と言うミシルの代役ではなく、「ヒョンジョン」と言う実の甥に語りかけてしまうぐらい、哀れだったのではないかなー……と、ミセン贔屓の私は思ったりしていますw

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  1. 2011.08.06(土) _16:23:36
  2. キャラ語り
  3.  コメント:17
  4. [ edit ]

<<8月6日と7日に頂いたコメントへの返信 | BLOG TOP | 8月2日と3日に頂いたコメントへの返信>>

comment

  1. 2011/08/07(日) 00:59:47 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

ふむふむなるほどと思いながら読ませていただきました。ただ、私なりに思うところもあってお話しさせていただければな―と思います。

緋翠様はミシルとピダムは本質的に全く似ていないと思われているところですが、私は「全く」とは言い切れないと思います。この二人、自分の「罪悪感」というものがとても薄い人間ではないかと思っています。

<ミシルは自分の利益の為に、その人が犯した罪ではなく、その人の罪悪感につけ込むところ>
ミシルがなんて悪い女なんだ!と思う理由。と仰いましたね。人の罪悪感を利用しつけ込むことに罪悪感を感じさせないところ…罪悪感というものを知ってはいるが、己の罪悪感はとても薄い…恐ろしい女だと思います

私はムンノはピダムを通してミシルを見たから扱いに困り果てはミシルと同じような人間になってしまうのではないかと恐れたのだと思いますし、三韓地勢を巡っての折にお前はミシルと同じだというようなことも言っていたと記憶してます。それはピダムという人の本質がミシルと被るところがあると言っているのではないかと思います

例えば幼い時に起こした大量毒殺事件。ピダムは三韓地勢を奪った男たちを対象とするだけでなく、その者たちに関わっている(だろう)者全てを罪の対象とし、毒殺という手段を使って大事なものを取り戻した。そこに罪悪感を感じられません。

統治者ー。それも三国時代の平和な世ではない時代の統治者。その器として必要なことは色々あると思いますが、その一つとして、罪悪感というものにとらわれすぎても務まらないというものがあるのかなと思います。しかしながら罪悪感というものを知り常に感じる者でなければならない。
ムンノはピダムにミシルと重なるところを見たから器ではない。と見なした…と思います
ただ、これだけでそう判断するのはムンノさん…早計じゃないかー・・・そうだと思います。
ここでは、ミシルとピダム、本質的に全く似ていないー。ということにおいて、それは少し違うかも知れないなと思う意見とし、そこまでにとどめさせていただきたいと思います

<ピダムは、「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です。ムンノに育てられたがゆえの、天然と言うか、俗世知らずと言うか、甘え下手と言うか。>

<ムンノに、ミシルに、トンマンに構って欲しい時、ピダムはいっつも涙目で棒立ち、あるいは攻撃的な態度になっています。>
これについても私なりに思うところがありました。
次にお話しさせていただきたいと思います。

そして、
<女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行>
に結びつくか…うーむ。どうでしょう…?
もう少し考えたいと思います。

そんなピダムが好きなのよ[e:266]

  1. 2011/08/07(日) 22:47:58 
  2. URL 
  3. 天人唐草 
  4. [ 編集 ] 
いや~、すみません
無作法にもあつさま宛てのスレを占有して、かなりな問題発言連発しちゃって

緋翠さまのお具合がまた悪くなりはしないかと…
タイミング悪すぎでごめんなさい。

でもでも、こんな突っ込んだディベート、うん十年ぶりでワクワクしている自分が

あつさまスレのやりとり、緋翠さまからの質問反問にじっくりお答え致したく思うのですが、仕事の締め切りが目前に…採点を待ってる、大半がぬる~い内容のレポートの山が…
緋翠さまレベルのレポートだったら、俄然燃えるのに(笑)

なので、暫くお時間下さいね~

勝手なことばかり申しましてすみません~

げん様へ

  1. 2011/08/08(月) 12:20:48 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんにちはーv
ご意見ありがとうございます!飢えてたので、嬉しいですw

> この二人、自分の「罪悪感」というものがとても薄い人間ではないかと思っています。

なるほど!……んが、私はちょっと見解が違うので、反論を(笑)

少年ピダムの虐殺は、私から言わせると、ミシルが伽耶人を迫害したりしたのとは全く違うんですよね。
ピダム視点で見れば、あの一件は、

大人の男二人が自分をボコボコにして宝物を奪った。

やめてと叫んでも聞いてくれなかった。

子供を乱暴して物を奪うのは、悪辣な盗賊だ。

盗賊はアジトを持っていて、仲間がたくさんいる。でも、頑張って本を取り返さなきゃ。

悪い奴らだし、頼んでも聞いてくれないんだから、やっつけなきゃ。

力じゃ負けるから、知恵を使おう。

と言う、勧善懲悪ドラマの主人公がやってるのと大して変わらないことです。罪を犯せば罰せられるべきで、ピダムはそれに従っただけ、と言う。
勧善懲悪ドラマの主人公でも、いますよね。悪者を守る部下、つまり悪者の仲間は悪者と同じだからとバッサバッサ斬って、決め台詞を言う人。ピダムがムンノに「私が悪者を殺しました!」と言うのは、同じことだと私は思います。
でも、その罰が残虐過ぎてはいけない、と言うのが良心と言うものであり、女子供は見逃す、と言うのが善意です。
ただ、それをムンノは上手く説明出来なかった。何故なら、少年ピダムから見れば、大人は男女関わりなく彼より力を持った『化け物』ですし、ムンノだって、警察を呼んだわけでもなく、自力(腕力)で解決するつもりで来た、『同じ穴の狢』です。少年ピダムが満足げに笑うのも「悪者をやっつけた。もう平和だ」からとエンディングで笑う勧善懲悪ドラマの主人公と基本的には同じだからこそ、ムンノはきちんと叱れなかった。「まだ子供なんだから、こう言う時は私が来るのを待ちなさい。こんなことはしてはダメだ」と、言えませんでした。
少年ピダムが残虐だからと言うのもありますが、子供なんて皆残虐です。ピダムの問題は、罪悪感が薄いところと言うより、普通の子供とは比べ物にならないくらい、勧善懲悪を実行する力があるところではないでしょうか。

話が逸れました。すみません…!(汗)

えーと、私が思うに、人の罪悪感を利用しつけ込むことと、罪を利用しつけ込むことは、全く違います。
ピダムはあくまで、犯罪の大小は違えど、罪を犯した者とその一味しか罰して(殺して)いないんです。
初登場の頃に鶏肉でキレた時も、殺された人達は少なくとも傷害罪と盗難罪の二つの罪を犯しています。だから斬ったし、一方で、逃げた者は追いませんでした。ピダムなりに、彼らが犯した罪に合わせて罰を与えたのですから、罪悪感が薄いのは当たり前です。
でも、例えばピダムは最初から、彼に対して罪を犯していない者は殺したりしませんし、あとはトンマンを守る為に斬っています。

ミシルは、違います。彼女は、罪なき者に罪を着せて死に追いやっているにも関わらず、平然としているところが、悪辣なんです。
三話でソファを逃がした兵は、世の基準で見れば何の罪も犯していないし、ミシルを侮辱したり攻撃したわけでもないのに、ミシルは彼らを腹いせに斬り殺し、何の罪悪感も感じていない。あれが悪人と言うものではないでしょうか。

ムンノとピダムの決闘での台詞でも、ムンノは死ぬ間際に「私はお前のことを見誤っていた。すまなかった」みたいなことを言っていましたよね。ムンノの本質ではなく、ピダムの本質を知る際に注目すべきムンノの台詞は、決闘前の台詞ではなく、死ぬ間際の台詞であるべきではありませんか?
ムンノは確かに早計でしたが、彼は死ぬ前にちゃんとピダムの本質を見ています。ミシルとは違うと。そうでなければ、何故ムンノは最期になって、ピダムに花郎になる許可状みたいなのをあげたのでしょう。
ムンノがピダムとミシルをそっくりだと認定したまま死んだとすると、その場合、げん様は、ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由を、何だとお考えになったのですか?
ムンノは、権力に関しては、正当性を重んじる人だったと私は認識しています。ミシルに与しないまま去ろうとしたそのムンノが、ミシルにそっくりなピダムには花郎と言う権力を与えるなんて、私には支離滅裂な行動に見えるのですが。

> <ピダムは、「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です。ムンノに育てられたがゆえの、天然と言うか、俗世知らずと言うか、甘え下手と言うか。>
> <ムンノに、ミシルに、トンマンに構って欲しい時、ピダムはいっつも涙目で棒立ち、あるいは攻撃的な態度になっています。>
> これについても私なりに思うところがありました。

楽しみにお待ちしてますv

> <女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行>
> に結びつくか…うーむ。どうでしょう…?
> もう少し考えたいと思います。

了解しました(笑) 宜しくお願い致しますーv

  1. 2011/08/08(月) 19:42:06 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

反論、読ませていただきました。私が続きで書こうとしたこと、お答えになっているかどうかわかりませんが、少しずつ書かせていただきます。どこかにメモがあるわけでなく、頭の中なので思考があちこちと飛んでしまって稚拙な文になると思います

罪悪感。<自身の価値観に照らして誤っていると感じる(罪悪感を抱く)行為に対して罪と認識し、これを改善したいと望む傾向が見られ、このような心の働きは良心と呼ばれる>
ウィキペディアからの抜粋です


ピダムが初めて「良心」にふれたのはいつかー。ということを考えました

私は、「疫病に効く薬草200人分とトンマン一人を引き換えにしたとき」であったと思うのです

ピダムはムンノから薬草を取ってくる様に命じられていました。でも自分で探さず年ごろの同じ少年に
命じて探させてましたね。でもなかなか見つからない。そんな薬草をトンマンを差し出せば200人分もくれるという。そしてユシンとトンマンを騙し、差し出す直前、トンマンから思わぬ言葉をもらいます。「ありがとう」という言葉です
決して褒められたことをしたわけではない。ピダム本人もわかっていたようです。なのに何故そんな自分に感謝の言葉を述べるのかー。その真意は何なのか…。
ムンノに叱られて悟りました。トンマンは「自分という人間に存在価値をあたえてくれたこと」これに感謝をして「ありがとう」という言葉をピダムに言ったこと。そしてそのトンマンは死のうと思っていること。

この時に初めて罪悪感というものを感じたのではないでしょうか。
ピダムは本当に200人の命を救いたくて薬草とトンマンを引き替えたのでしょうか…
そうではなく、薬草を持ってくればムンノに褒められるからー。だったのでは。

ピダムという人間の内面には問題があります。
「ムンノに育てられたがゆえ」が大きいです

すみません。途中ですが…もう一度同じこと書ける自信がないので…一旦此処までで…












天人唐草様へ

  1. 2011/08/08(月) 21:53:11 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
天人唐草様、こんばんはーvそんなトン&ピが好きなのよな緋翠ですw

問題発言なんてとんでもないです!タイトルも「あつ様へ」となってはいますが、「(女王時代考察風味)」と付いております通り、ツッコミ待ちなのでw、コメントを頂けて嬉しいですよーv
体調不良はブログとは関係なく、気候とかあれやこれやの問題なので(?)(生理痛が一週間以上続く我が身がアホいです…)、お気になさらないでください。体調的にSSを書けないもので、コメントを頂くと気晴らしになって助かります。

私もただいま体調不良に加えてアレコレあるものでw、天人唐草様もどうぞごゆっくり!お暇が出来た時にまた燃えてください。私も高校球児のように燃えます!(←無茶するなw)
次の機会をお待ちしてますーv

  1. 2011/08/09(火) 02:25:54 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
こんばんは。
最初にお断りすることがあることをすっかり忘れておりました。なんだかすべてお話し終えるのにものすごく長くなると思います。そして時間がなくてごめんなさい。一度に書ければよいのですが、情けないほどゆっくりしか書けないもので、時間的に細切れになります。お許しください

前の続きです

200人分の薬草=トンマンの命ではありません
ピダムは自分の誤りを正すため、ムンノへの説明をそこそこにトンマンを救いに行きました。ピダムの良心の芽生えというようなエピソードも、あの辺りのお話しの中にはあるのではないでしょうか。
ピダムが登場した21話の話数とほぼ同じ年齢だろう人間が「良心の芽生え」っておかしいだろうと思うけど、これはピダムが抱える内面の問題があります

ムンノの子育てについて…
初めにお断りしておきますが、ムンノの子育てが全て悪かったとは私は思ってはおりません

父親と母親の役割。結構きっぱり分けられていたのではないでしょうか

私なりに簡単に纏めると、例えば、男子ならば、いずれ社会に出て自分で身を立てていかねばならない…とするなら、父親は出来るだけその子が迷わぬように困らぬように、その子が何か特別な才能があるのなら伸ばし、社会で一人でも大丈夫なように生きる技術を教える役割を担う
母親は、一言でいえば「情操教育」を担う。

ムンノは、ピダムを、ミシルとは違う自分の思う理想の統治者とすべく、自分の持てる技術を教え込んだのではないでしょうか。それが、父親として子ピダムにしてやれる最善のこと、責任、役割だと信じて。大量虐殺の前までは。
ムンノはピダムを片親で育てる以上、母親が本来担っている心の鍛錬も重視し、その心の鍛錬のほうが実は技術を学ばせるより先にしなければならないということに、気づくのが遅かったように思います
そして、その方法について母親に任せるところであったため案外疎かったのではないでしょうか。男ゆえに。そして、ムンノとピダムの生活環境もピダムの心の教育に少し影響したところがあると思います。

今日のところは此処までで。すみません。もう少し噛み砕いた表現でお話しできればよいのですが…



















げん様へ

  1. 2011/08/10(水) 06:49:16 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、おはようございます!

えーと…二つのコメントを合わせて、ピダムの良心・性情とムンノの教育に関するお話だとはわかるのですが、ど、どれに対するお答えになっているのか…悩んだのですが、よくわからないんです(汗)
あ、いや、げん様の仰ることに文句があるわけではなく、「ふんふん」と頷きながら拝見していたのですが、ええと、つまり、「21話で初めて良心が芽生えたのだから、ピダムは内面に問題があるし、そもそも罪悪感が薄い人間だろう」と言うことなのでしょうか…?(間違ってる気が…。汗)

すみません。私としては、出来るだけ見当違いなお返事はしたくないので、これはげん様のコメントを最後まで拝見してからお返事した方がいいかなーと思っています…っ。
げん様、ワガママを言ってすみません(汗) 次のコメントをお待ちしております…!

  1. 2011/08/11(木) 02:04:08 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

最初に…悩ませてしまってすみません…
ちょっとお時間いただいて、私が始めたことって…と考えました
私は緋翠様のキャラ語りの内容を読ませていただいて、いつもすごいなーと納得してるんです。でもほんのちょっとしたところでひっかかるところがあったりもするんです。それをお話ししたいがため議論というか…私が思っていることを簡潔に説明できないのに泥臭く全てを吐き出したくて私のキャラ語りになっているようなー。そんな気がしてます
初めのコメントは、それをさせていただくための前提になってるんですよ。そして非常に申し訳ないのですが中途半端なところで終わらせてしまっているんです。そのコメントにお返事いただいてしまいました。

「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」
「ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由」
ピダムをムンノについて語らせていただくことでお答えできるかなと思ったんですが、このシーンでこう思ったということ交えてお話ししようとしたら長くなるのです。そして平日は夜しかコメントできないのでまた中途半端なところでコメントを終わらせてしまうこことの繰り返しになるようで…
こんなことでいいのかという思いがふつふつと沸いてきまして、簡潔に書けるよう考え中です。

始めといてなんですが…自分がもどかしいです…

げん様へ

  1. 2011/08/11(木) 21:00:07 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんばんはーv
すっ、すみません…!どこでお返事したら良いのだろうと悩んで、私も大人しく待たずにお返事してしまいました(汗)

私の書いたことの中で、げん様がひっかかるところがあるのは当然のことだと思います。私自身、書いた後で、「うーん?」と思うこともありますし。
そして、げん様の考察を述べるのに、その前提となる部分が欠かせない、と言うのもよくわかります…!泥臭いなんてことはありません。キャラ語り、よろしくお願い致しますー。

> 「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」
> 「ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由」
> ピダムをムンノについて語らせていただくことでお答えできるかなと思ったんですが、このシーンでこう思ったということ交えてお話ししようとしたら長くなるのです。

ええと、ピダムとムンノ…で宜しいのでしょうか?
この二人に関しては、私もそこまで繰り返しドラマを見ているわけではなく、全体を通したイメージでキャラ語りをしているので(大雑把ですみませぬー。汗)、細かくシーンごとの印象を教えて頂けると、私にとっても参考になりますし、細かくで結構ですので、どうかげん様が「よし、とりあえず満足だ」とお思いになるところまでお願いしますーv
私も、げん様からお許しが出るまでは、申し訳ないのですが、お返事を控えて、げん様のキャラ語りをきっちり読み込もうかなと…!

  1. 2011/08/12(金) 02:28:25 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

私の登場時のピダム感です。
ピダムは生まれながらにして運動能力、記憶力、教えられたこと、自ら学んだことを応用する力がある天才。それにムンノの教えが加わって恐ろしいまでの類いまれな天才的な能力をもつ。
その反面、ムンノとの二人きりの密接な関係だけで育ったため、親と自分から他人と自分という人間関係の広がりによる自分にとって良いこと悪いことを体験しながら様々な感情などを覚え精神面が鍛えられていくということが出来なかった。ムンノに対して自分にとってマイナス感情が生まれたらそれに流されたまま。ムンノはピダムを溺愛してたと思います。それは旅の途中、ピダムに次は何を聞きたいと聞くシーン。子供によくある「なぜなぜ」に自ら付き合っている。普通はすみません。うるさいなーとか面倒になると思うんです。いつもうまく答えられるわけがないですし…。そんなムンノが何故自分と向き合ってくれなくなってしまったのか…。欲求不満をムンノにしか向けることが出来なかった。他人との関わりが多ければ、自分の感情を一人にではなくいろんな人に分散させぶつけることができたのではないかと思います。解決策を人の知恵から学ぶことが出来たのではないかと思うんです。だから精神面はものすごく幼稚で未熟。天才的な能力とのアンバランスさがものすごい。ただ、ピダムは人の目を見て真実を見抜く力(伽耶の人の目に憎悪があることを見抜きました)があります。それは、ムンノから心理学的なものを学んだからなのかなと私は思ってます。だから人にはプラス・マイナス感情があることは知識的に知っていても人との関わりが薄かったため実体験で学ぶことはできなかった人なのではと感じました。

花郎、司量部令時代のピダム感。
トンマン達に出会い、恋愛感情、嫉妬心、野心、向上心…、今までの自分にない感情が次々と芽生えて自覚していった。それにより私は人間らしいというか人間的に奥行きが出てきてどんどん魅力的になっていったと思います。もともと備わっている天才的な能力とあいまってカリスマなオーラを身につけていく、年齢的にはちょいと遅いし何故かまだまだ発展途上の人。備わって行ったけど10年程度では年齢に見合っていない。人って年を取るごとにがんこやこだわりがでてくる。なかなか自分を変えたり変わっていくことって難しいと思います。やっぱり完璧ではない。ミシルが王になると決めた時、もう10年早ければ…というようなことを言ってたと思います。それってピダムにも通じるような気がします
完璧でないからいい。完璧ならばピダムは不世出の英雄になってたと思います。
そしてカリスマ的オーラって、ピダムの場合仕事上の顔だけ通じるというか発揮するのではないかなと思いました。身近にいて素のピダムをみることが出来た人は、ピダムの内面の未熟さにあきれたり…心配したり…危惧したりしていたと思います。

ピダムは自分の得意分野には絶対的な自信のある人だと思います。比才の時、ムンノに自分が本気出せばユシンなんてちょろいなんてことをやりもせずに確信をもって話していましたね
だから、「罪悪感につけ込む」という方法をそもそも使わないのではないでしょうか。「罪を利用する」自分の得意な手法を必ず取るのではないかと考えました。そうすれば、人にすきをみせることはないからではないかなと思いました。下手ということとは違うのかなと思ったんです。

すみません。色々と甘えさせていただいて。
多分「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」について話させていただくのに本当は短くて済む話なのに私は自分のピダム感をお話ししたことがなかったなと思いまして、そこから始めなくてはと思ってしまって。
「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」
について私がなんとなく思ったのはこんなところです。とにかくこのことについて私なりに書いてみました。







げん様へ

  1. 2011/08/13(土) 16:10:10 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんにちはーv
最初に、お疲れ様でした…!じっくりじっくり読ませて頂きました。
げん様に頂いたコメントに比べると短めですが、手を抜いているわけではありませんので(笑)、ご容赦ください。

とりあえず、最後までコメントを拝読した結果、げん様は「「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」の一文に注目されたのだと(勝手に)判断しました。
ですが、私のこの一文は、「ピダムは罪悪感などの人の心の弱さを利用する必要性を感じたことがないから、下手だ」と言う意味で書いたもので、↑の記事の中でも、

> ピダムは、「弱さ」を演出することを、知らないんですね。相手の保護欲や罪悪感につけ込もうと言う、ある意味卑劣な考え方が、そもそも、ない。
> ムンノがそうだったように、力がある者がその力を正しく使い、正しい道を進めば、大業を為せると信じている。世の中の正論や法律を学び、それを貫けば、全て上手く行くはずだと信じている。目指す方向が正しいなら、そこまでの過程が合法的なら、それでいいと信じている。
> でも、世の中、そう言うわけじゃない。

と書きました。
これは、げん様の仰る「「罪悪感につけ込む」という方法をそもそも使わない」と言う一文とあまり変わらないと思うのですが…。
ええと、『使ったことがない方法だから、その方法の使い手として見れば、下手だ』と言うのは、げん様の考えとは違っているのでしょうか…?

私の場合なんですが、善徳女王と言うドラマの中では、政治家の清冽さと大義名分の象徴が「罪(悪)を正すこと」であり、政治家の老練さと底力の象徴が「罪悪感につけ込むこと」だと描かれているように感じたんです。
んで、ピダムは前者に特化しているし、ミシルは後者に特化しているなーと思いまして。そこら辺が似ていないなあと感じました。
こう言うと反論があるかもしれませんが(笑)、ピダムは司量部令&上大等時代、不正なことは何一つしていませんし…。法に適ったことしかしていないと言う意味では、トンマンやユシンより、ピダムの方が格段に清らかで、優秀な吏僚だなーと。
そしてそこら辺の源泉がどこにあるかを考えた時に、ムンノに行き着きました。

> そしてカリスマ的オーラって、ピダムの場合仕事上の顔だけ通じるというか発揮するのではないかなと思いました。身近にいて素のピダムをみることが出来た人は、ピダムの内面の未熟さにあきれたり…心配したり…危惧したりしていたと思います。

女王時代だったら、トンマンやヨムジョン、ソルォン辺りが当てはまりそうです。彼らはピダムを心底から恐れてはいませんし、事実、ピダムはこう言う人間だろうなとは思います。身内に対してはのんきと言うか隙だらけと言うか…。
ただ、あくまでその弱点を見せるのは身内のみであって、チュジン達貴族にはそんな一面はそう簡単に見せるべきではないだろうとは思いますねー。チュジンはミシル一派と違って、チュンチュに恩も売っていて、チュンチュ政権になっても磐石だろうにピダムを盛り立てているのですから、少なくともチュンチュと肩を並べる不敵さや、チュンチュよりも完璧である、とチュジンが信じるだけの説得力は必要なんじゃないかと。


ムンノの教育に対して思うところは個人差があるのでこれが正しいとは勿論思いませんが、私はげん様の仰る父母の役割の差と集団生活の欠如のうち、集団生活を送っていないことがより問題なのかなーと感じています。
ソファだって、父母の役割をどちらも果たしていたとは思えませんし、親として素晴らしい部分もありますが、至らないところもたくさんあります。でも、それを、カターンおじさんを始めとする周囲の人達と触れ合うことでトンマンは補えたので、そこら辺がムンノとソファの違いであり、ピダムとトンマンの違いに繋がっているのではないかと思いました。

> ピダムは、「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です。ムンノに育てられたがゆえの、天然と言うか、俗世知らずと言うか、甘え下手と言うか。

↑の後半部分も、集団生活と言うものを軽んじるムンノに育てられ、ピダム自身、そう言う生活をしていないからこそ、「集団の中で自分の位置をどう確保するか」と言う、凡人には欠かせない『処世術』みたいなものがピダムには欠如しているのかなーと思って書きました。


話は変わりまして。
すみません、げん様のピダムの「良心」関連のお話は、「ピダム感。byげん様」の一環、と言う位置づけで読んでいいのでしょうか…っ!?
そして、21話の「良心」についてはちょっと反論があるので、失礼致します…!

> トンマンは「自分という人間に存在価値をあたえてくれたこと」これに感謝をして「ありがとう」という言葉をピダムに言ったこと。そしてそのトンマンは死のうと思っていること。

確かにピダムはムンノに叱られたことで、トンマンが「ありがとう」と言った理由や、ユシンがトチ狂ってた理由について考えたのでしょうけれど、私は、ここでピダムは「罪悪感を感じて良心が芽生えた」と言うより、「ソルォンの契約違反(?)に気付いた」のだと思っています。
ピダムは、薬草の代金としてトンマンをソルォンに引き渡すと言う約定を交わした時、「危害は加えない(=殺さない)」と聞いて契約成立としましたし、実際にそう信じたままトンマンを渡し、薬草を受け取りました。でも、トンマンとユシンの会話や、ムンノのお叱りで、「例え直接危害は加えないにしろ、捕らえられたことでトンマンは死ぬ」と気付いた。「騙された」とは言わないまでも、「話が違う」と思ったからこそ、駆けつけて、契約破棄を宣言して、「郎徒を返してくれ。その代わりに、いつか薬草代は払う」と告げた。のかな、と。

また、もし「良心」が最優先なら、そもそもその受け取った薬草自体が「罪の証」になりますから、「申し訳ない」と受け取らないのではないでしょうか。
ピダムはあくまで「ソルォンに渡しても、トンマンは無事だ」と言う契約に従いトンマンを渡したのに、ソルォンは「トンマンは捕らえられればいずれ死ぬ」と言うことを言わなかった。それは、「ソルォンはピダムを騙した」と言うことだと感じたからこそ、トンマンを奪い返しに行き、でも、薬草を返すとは言わなかったのでは。先に契約を破ったのはソルォンですから、契約違反の代償をピダムが払う必要はなく、かと言ってもらった薬草を横領するわけでもなく、騙されたのはあくまでトンマンに関するところだけですから、薬草の代金は払うと申し出ることで筋を通したのかなーと…。
あ、「良心」と言うか、「「かわいそう」と誰かを思いやる心」が芽生えたのは、チョンミョンが死んだ時だと思ってます、私は。

それに、トンマン救出が「良心」による行動なら、その行動自体を楽しむことはないのではないでしょうか。
38話で、復讐と罪悪感と三韓地勢奪還の為にヨムジョンを襲った時は、ヘラヘラしても、それを心の底から楽しんだりは決してしていませんでしたよね。22&23話では、ピダムはトンマン救出を楽しんでいますから、私には、あれが「良心」による行動だとはちょっと思い難いです。


ごちゃごちゃ言いましたが(すみません。汗)、最後に、げん様のピダム像を知ることが出来て嬉しかったですーvありがとうございます!
「ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由」 と、「女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行に結びつくか」についても、のんびり楽しみお待ちしております。
夏休みですし、何かとお忙しいことと思いますが、たっぷり水分を補給して、無理だけはなさらないでくださいませ。このやりとりが、どうか、げん様の負担になりませんように…!

  1. 2011/08/17(水) 00:52:59 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

今回のこのやり取り、始めさせていただいて良く分かったのですが、自分の考えをだらだらと長くなるだけで短くまとめるのって全然できないんだなーとちょっと自分にあきれました。今までSSの感想をコメントさせていただいてたので、この機会せっかくなので私も便乗してお話しさせていただけたら…と思ったのですが、なんだかヘンテコなのにお付き合いさせてしまって、こちらこそ申し訳なく思ってます

本題ですが、ご指摘通りです。「罪悪感」につけ込むのがとにかく下手です」の辺りの文に注目しました。そして「ムンノに、ミシルに、トンマンに構って欲しい時、ピダムはいっつも涙目で棒立ち、あるいは攻撃的な態度になっています」…これなのですが、私は読んでなんとなくなのですが、言葉のおぼつかない子供が何かを訴えるように泣き、それを親など周りの大人が分からなければどうしてわかってくれないと抗議するようにさらに泣く姿を思い浮かんだんです。幼子が「親なのにどうして分かってあげられないんだろう」という罪悪感を煽ろうとしてやるわけないです。幼子はそうすることしか出来ない…こういうのとピダムの態度が重なるのは何故かと考えたら、赤ちゃんトンマンと幼児ピダムの出会いのシーンを思い出しました。この時トンマンは新羅に居てはいけない存在、存在価値をなくした状態。ピダムはミシルに存在価値を無くされたけどムンノによって将来の王という存在価値を与えられた状態。そして時が経って二人が再び出会ったときは、トンマンはまた自分の存在価値を見失った状態、ピダムはムンノにとって自分の存在価値はあるのかないのか…な状態。ただ、トンマンは精神的には鍛えられ王になるべく必要なものを得ていくのはこれから。ピダムは王になれる要素はしっかり持っているけれど、精神力は赤ちゃんトンマンに出会った頃の幼児ピダムとほとんど変わってなかった…のではないかな。と思い至りました。

こうなる元となったのはやはりムンノ。
集団生活の欠如。私も大きいのではないかなと思います。ムンノ、チンジ王廃位の時賛成するが後はお好きに…みたいな集団から一歩離れている感があって軽んじてるといえばそうかもしれませんが、ピダムを育てる過程、諸国を旅していたのは三韓地勢を纏める目的が一番であったとしても、将来治めるかもしれない土地をピダムに見せるという目的もあったのではないかと思うのです。実際にそこに立ち自分の目で見るほど確かなものはないと思います。子供連れての旅は楽ではないし、三国時代。危険なことが多い。ムンノは武芸の達人だしピダム一人を護ることは容易かもしれないけれど、一人になっても大丈夫なように知識だけはきちんと覚えさせた。ただピダムは想像を超える天才。覚えたことを武器にしてしまう応用力があった。それが、大量虐殺。
ムンノは大業をなす王としてピダムを育てていたはずなのに、大業の邪魔となるミシルの姿を見てしまった。ピダムに対して王とするべく存在価値が揺らいだ。
この時代、人を殺すことがいけないって教えることって難しいのでしょうね。特に戦に出るのは男ですし。そして王は国を護り民の生活を護るのが務めなら、戦は避けられない。戦をすれば真っ先に犠牲になるのは民。でもそれにとらわれすぎると決断を誤ることにつながり、国を滅ぼすことになりかねない。それは王が一番しちゃいけないことですよね。常に犠牲があることを忘れず思うことで戦に勝ち国を護り民を護るという心が強靭になっていくのかな…なんて考えました。
ピダムを育てるのにこれ以上失敗は許されない…。
その怖さゆえにピダムと向き合うことが出来なくなってしまったのかな…、ムンノのやってきたことは裏目となって出てしまったのかな…と思いました。
ただ、息子としての存在価値は揺らいだのでしょうか。医者をしている様子は、ピダムと向き合うことを恐れて言葉足らずになりながらも父親が黙々と仕事をしている姿を見せている。そういう感じなのかなと思いました
でもピダムはムンノを思うがゆえに、自分と向き合ってほしいのに向き合ってくれない。なのに人の世話をしている…そんな風にとらえていたんじゃないかなーと思いました。薬を取ってくるように言われても洞窟で眠り誰かに代わりにやらせてる…。そういう時にトンマンとの再会。
トンマンと出会ったピダムになんとなく変化が現れ出した…とムンノが感じた時、トンマンが公主になる。
ミシルが新羅を取り仕切っている間は、まだピダムに王とすべく存在価値はずっと揺らいでいたけど、新羅にも変化が表れている。ムンノが国仙に戻ったのは、その揺らぎをやめるためですよね…。
結果、ムンノはやっとピダムに王の存在価値をなくし、父と子として再出発しようとしたのが、ムンノとピダムの自分たちは新羅に居場所がない…などのやりとり。けれどピダムはトンマンと出会ってようやくムンノと一緒にいるよりおもしろいと思えることに触れて、遅まきながらの親からの自立を考えだした。
ムンノとピダムの二人の戦いー。
これですが、ピダムはムンノを殺しかねないけど、私はムンノは「自分がへし折る=殺す」と本気で思っていたとは思えないです。
ピダムが抜いた刀にムンノも応じて刀を抜く…シーン。親子がやっと本気で向き合うことができたという表現だと思ってます
ムンノは武芸の達人なら、ピダムが本気で殺されると思うほどのど元寸止めってこと、出来るのでは…と。ピダムも達人ですが、ムンノからしてみればまだまだ簡単に自分を越えられるほどではないという自信があったと思います。
その反面、ピダムを思えばこそ、トンマンのためにちからになりたいというピダムの心の確かさをしっかり受け止めて、ムンノ自身からこれからもピダムに足りないものを学ぶのではなく、トンマンやユシンのもとで学んでいくことで自分の立ち位置を見出していってくれるものと…弟子=息子として花郎の地位を授けたんではないかと思いますし、思いたいです。
比才の話の中で、ユシンを看病するトンマンのもとにやってきたピダム。トンマンに謝りましたが、あのピダムの態度は、本当は自分に思うところはあるけれど謝らなければ嫌われる。だから謝る…といった態度ではないでしょうか。トンマンは謝ったことで良しとしましたが、そんな態度はムンノに対しては毎度のことで、ムンノはきちんと見抜いていたと思います。そんな態度をみてきたムンノだからこそ、トンマンに出会ってからのピダムの著しい変化、トンマンに対する思いやりにピダムの本当…ミシルが必要のないものとして捨てた、人に対する思いやりの心は備わっている。…を見たと思います。
ムンノもピダムの親として少しは変わったのではないでしょうか。
『間違っていてもいい。愛してるから』本来のムンノは出来なかったと思いますが、死ぬ直前、出来たのではないかと思いたいです。
ムンノ俳優さん、ムンノはピダムを父親として愛していた…というようなことを仰ってたのを読んだ記憶があります。そうじゃないかなーと私も思いました。

「ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由」
以上です。

私のこうであってほしいなんて願望みたいなものも凄く入ってます。ドラマを観て色々と考えたりしたことってそうはないですし、こうしてお話しさせていただく機会もなかなかないことでありがたかったです。文章書くのって難しいですね。今回改めて知った気がします。残りはもっとぐだぐだになりそうですが…お付き合いいただければと思います

最後に…罪悪感につけ込む…すみませんでした。書いてみたらもう違いがなかったんですね。自分の考えを書かせていただいていくうちにどんどん最初にパッと思ったことと違ってきてのお話しになってしまったのかもしれませんが、緋翠様の最初の記事とのきちんと照合するのを忘れていました。
そして、「良心」関連のお話は、「ピダム感。byげん様」の一環、と言う位置づけで大丈夫です
反論、興味深かったです。それについて反論というよりは感想を、別の機会にお話ししたいです。


げん様へ

  1. 2011/08/19(金) 21:16:32 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんばんはー!お返事が遅れてしまってすみません(汗)

こう言う語りを繰り返すうちに、私も自分の国語力や理性の脆さを痛感させられてきたので、げん様にそう思わせてしまって申し訳ない反面、ちょっとホッとしたりもしています(すみません。汗) と言うわけで、ヘンテコじゃないですよ!
そして、今回も丁寧なご説明、ありがとうございますーvv

では、本題にw
えっと、げん様の「ムンノが最期にピダムに花郎になる許可を与えた理由」を拝読した結果…げん様のご意見を纏めると、

「ピダムとミシルは本質的にはそっくりな面もあるが、トンマンと出会ってからピダムに変化が見られたので、まだ不安の方が大きいけれども、ムンノは『間違っていてもいい。愛してるから』と言う親心によりピダムに花郎と言う権力を渡した」

と言う感じで宜しいのでしょうか。(つい纏めたがる私をお許しください…!)

この、『間違っていてもいい。愛してるから』と言う状態に、ピダムは最終回でなったと私は思っているんですが、ムンノも37話でなったとしたら、二人とも本当に皮肉な運命ですよね。二人とも、「大切な相手を正道に居続けさせる為に、その相手に刃を向けた瞬間に転落が始まり、本来の自分から外れた後は、もう死ぬしかない」と言う…。
ソファとトンマンは似てはいても、歩んだ道のりがかなり違うので、死ぬ瞬間は全く違う形になったんですよね。そう思うと、ムンノとピダムは、ある意味物凄く同じ道を歩んでいるのかなーなんて改めて感じたりしました。

>「ムンノに、ミシルに、トンマンに構って欲しい時、ピダムはいっつも涙目で棒立ち、あるいは攻撃的な態度になっています」
> 幼子が「親なのにどうして分かってあげられないんだろう」という罪悪感を煽ろうとしてやるわけないです。

このことについてなんですが、夢もへったくれもない見解で申し訳ないんですが(汗)、私は、言葉を喋れない幼子が愛らしい容姿をしていて、喜怒哀楽と欲求を泣くことで表現するのは、生きる術の一つ、処世術だと思うんですよ。その証拠に、赤ちゃんの中には嘘泣きをする子だっていますし、大概の赤ちゃんは、お腹が減ったとかおむつとかじゃなく、ただ抱っこして欲しくて泣いたりもしますよね。
つまり、「構って欲しい」気持ちを表現することの上手さ下手さは、幼少期からあると思うんです。
だから、ピダムが攻撃的な態度になるのは、彼が子供だからとかじゃなく、彼が本質的に甘え下手だったり不器用な人間であり、また、甘え方を学べるような環境で育たなかったことが原因なのではないかと考えました。
勿論、小さな子供が「罪悪感」なんて言葉を知っているとは思いません。でも、「罪悪感を煽り、世話をしてもらえるよう促すこと」は、生き残る術として知っているのではないでしょうか。人間の子供は皆、魚とかとは違って、誰かに世話をして貰わなければ数日だって生きていくことが出来ませんし、どんな生き物だって、生き残る為の術は必ず身に着けています。ピダムはそう言う意味で、人間の子供としてはあまりに能力が高いと言うか、ある意味天才児だったので、普通の子供が当たり前のように行使する生き残る為の術が人より欠けているのではないかなーと思いました。

そして、ピダムの存在価値の有無がその精神力(の中でも、処世術)に関わるかはちょっと怪しい気がしています。少なくとも、赤ちゃんトンマンと出会った頃の幼児ピダムとほとんど変わってなかったと言うのは、いくらなんでも言い過ぎなのではないかと…。何の苦悩もなかった頃から、虐殺やムンノとのすれ違い、広い見聞の結果など、思うことはたくさんあったはずですし、そうでなければ、トンマンへの適切な助言は、赤ちゃんとほとんど変わらない年齢の幼児の助言と言うことに…!


>ムンノが国仙に戻った理由。
> ミシルが新羅を取り仕切っている間は、まだピダムに王とすべく存在価値はずっと揺らいでいたけど、新羅にも変化が表れている。ムンノが国仙に戻ったのは、その揺らぎをやめるためですよね…。

ムンノが国仙に戻ったのは、私はピダムの為と言うより、トンマンの為だと思ってました(笑)
公主となったトンマンが王になるつもりだとピダムから聞いて、かつて彼が王后にしようと目論んだ女の子がどう言う経緯で、どう言う考えで王になろうなどと言い出したのかを問い質し、もしそれがムンノにとって許し難いものであるなら、反対するつもりだったのかなーと…。国仙に戻る前にソファと再会した時、もう「ピダムを王にするつもりはない」と言うようなことを言っていましたし。

個人的な感想なんですが、ピダムが自分の出生の記録を勝手に調べたり、比才に出たりした辺りで、ムンノの、ピダムやトンマン、ユシンら若者への態度に変化があったような気がしてるんですよー。そこまでは、ピダム相手の時だけでなく、とにかく誰に対しても上から目線で、何かあれば年長者たる自分の言うことに従わせようとしていたのが、そこからは対等な立場になって、結果、意見がぶつかれば喧嘩もするようになってるなと。
これはピダムの変化に拠るところが大きいのでしょうけれども、ムンノ自身、トンマンやユシンと接することで、若者の言葉に耳を傾けようと言う気持ちが心の底で湧いたのではないかと思いまして。

だから、ある意味、私は37話でムンノとピダムが戦った時、ムンノは本気でピダムを折る、殺さないまでも再起不能にするぐらいの覚悟を以って戦ったと思うんです。
何故かと言うと、ムンノは相手を殺さないつもりの時は、剣を使わないからです。ムンノが剣を抜いたのは、赤ちゃんトンマン脱出戦でチルスクと戦った時と、37話でピダムと戦った時だけで、あとは、妊娠中のマヤを助ける時でさえ、紐でちょいちょいやって、結果として海にドボンさせられ、ソルォンが切りかかってきた時も、花郎達に囲まれた時も剣を手にしていません。
でも、37話でピダムと戦った時は、最初から剣を抜きました。情の部分で苦しさはあっても、これは、生かしておいては新羅を揺るがしかねない存在を、その存在を育てた責任を取る為に殺すつもりだったからではないでしょうか。
ピダムからすれば自分勝手でも、それがムンノにとっての贖罪であり、61話のピダムに通じる部分じゃないかと言う気がしたんですねー。また、大切な相手に刃を向けるなら本気で戦う、と言う部分も(ムンノ、ピダムが盗んだ奥義らしき例の変なポーズ取ってましたしw)、61話のピダムと同じだなーと…。裏を返せば、全力を尽くして戦い殺す、それもまた、武人として生きるムンノの最高の愛情の形なんじゃないかと思った緋翠です。

> ムンノもピダムの親として少しは変わったのではないでしょうか。

そうですねー!少しどころか、ピダムと言う子供と、トンマンと言う嫁と(え)、ユシンと言う息子の友達(えええ)と接するうちに、頑固ジジイが変わっていった、と言うようなイメージを勝手に持っていますw

> ムンノ俳優さん、ムンノはピダムを父親として愛していた…というようなことを仰ってたのを読んだ記憶があります。そうじゃないかなーと私も思いました。

あ、私も、ムンノがピダムを父親として愛していなかったとは思ってないですよー!ただ、ムンノと言うキャラクターを見た時、その愛の表現方法が普通の人と…例えばソルォンとかと同じであると言うのは、ないなと。ムンノなりに最高の形で愛しているとしても、それは普通の人にはかなりハードな形なのではないかと感じています。


罪悪感の話は、私もごちゃごちゃとすみません…!お返事を書く時に、相手の方のご意見が私と同じなのかそれとも違うのかによって、お返事の内容が結構変わるもので、つい拘ってしまいました(汗)
ではでは、長々と失礼しました。残りのお話と、「良心」関連のお話へのご感想も、楽しみにお待ちしてますーvv

  1. 2011/08/23(火) 20:34:56 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは!

「女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行に結びつくか」
難しいことは苦手ながら考えてみましたが、結論としてはそれはない。のでは…と思います

トンマンって、公主時代からミシルの時代にはなかった考えを神国に住む民に与えて行きましたね。「女王」という言葉もそうですよね。
民たちは、自分たちの強いやる気と努力を課されましたが、それでも今日の自分を生き抜くことが精いっぱいだったはずが、明日明後日と先々の自分を見ることが出来る…人として生きる力強さを与えられていったと思います。これは、神国の民、伽耶の民両方ともにわけ隔てなく平等に与えられたのではないかと思います

支配される側の民に力がつけられていく半面、これまで支配する側の貴族たちはトンマンが女王となって今まで通りに生きて行きにくい世の中になっていったのでしょうね。女王の刀となったピダムが切れ味鋭くトンマンの意思の沿う形でこれまでなら当たり前であったものを切り捨てていったはずです。
これまで通りとはいかないところを知恵を絞って、利益を追求しようとどんどん姑息化していく手口をも証拠をつかみ脅迫のような警告をする…BSでは切り捨てられたシーン。そして、業務報告する司量部令ピダムと女王トンマンのシーン、女王の刀としてと貴族を基盤としたピダム個人の意思を持った刀としてのホントとウソを交えた報告シーン。トン&ピが両想いになってからの物足りないぞというシーンの次にもっとこういうのも観たかったなと思うシーンです
49話の公主トンマンと花郎ピダムの勅書をめぐるウソホントの報告のシーンがそのまま立場が変わってもそのまま活かされているのかなという感じがすきです。

え…と、52話でピダムが話した「改革は上から。救済は下から」だったと思いますが、このトンマンの意思ですが、「改革は上から」という部分は、支配する側の立場にいる者は、今まで自分にあったもの、許されていたこと、出来ていたこと…など捨てることから始めていかねばならない…。って意味にとらえてもいいのでしょうか。。貴族たちにとってはこれまでの特権。そして伽耶人にとっては、特にウォルヤを代表とする復耶会にある根強い将来の不安による復耶会の存続。
であるなら、やり方は自分の利も充分に考えての上だから賛否が分かれるところですが、ピダムはあくまでトンマンの考えに基づいて行動をしている。ということになる思います

61話で、トンマンの元に駆けつけた民は、トンマンの公主時代に事を起こしても起こさなくてもどうせ死ぬ運命という弱い民ではなくなってました。自分たちの力で生きていく強さと喜びを与えてくれた女王を助けること、それは自分たちの未来に繋がる。国を護ることに繋がる。ミシル時代には考えられなかった将来を見据える民が、トンマンの時代にしっかり存在した以上ミシルの時代に逆行することはないと私は考えます
そしてトンマンの考えが民に浸透するのに陰ながら絡んでいたのは、ピダムだったはずー。と思うのですが、そうとらえられるようなシーンなどが少なくあってほしかった…という気持ちの方が強く残っちゃっています。

ぐだぐだですが・・・、こんな感じで纏めてみました…!











げん様へ

  1. 2011/08/26(金) 18:02:02 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんばんはーv遅くなってすみません…!

>「女王時代のピダムのやってることは、ミシル時代への逆行に結びつくか」
> 難しいことは苦手ながら考えてみましたが、結論としてはそれはない。のでは…と思います

私も同じです。
そもそもピダムは、女王も含めて、トンマンが生み出す『新しい政治の形』に惹かれて徐羅伐に来て、政治の世界に入りましたし。
何より、実はピダムはその段階でトンマンやユシンより新羅王族としての教養はあったのではないかと思えるんですよねー。読み書きは勿論、ムンノはピダムにそこら辺のことはみっちり仕込んでそうですし、だからこそ、ピダムは柔軟にトンマンの政治方針に対応出来たのではないかなと。そして、その「古式」を知っているピダムが敢えてトンマンの「新式」を選んだ以上、それを違えることはないように感じています。

敢えて言うなら、ピダムがトンマンの王権を脅かしていった部分はミシルを彷彿とさせますが、ミシルのように罪を捏造したり、弱者を迫害したりしていない以上、政治家としての理念がミシルとは全く違うと思いますねー。

> え…と、52話でピダムが話した「改革は上から。救済は下から」だったと思いますが、このトンマンの意思ですが、「改革は上から」という部分は、支配する側の立場にいる者は、今まで自分にあったもの、許されていたこと、出来ていたこと…など捨てることから始めていかねばならない…。って意味にとらえてもいいのでしょうか。。

「改革は上から、救済は下から」と似たような言葉で、トンマンはピダムに「名君とは、自分に近い者達に対しては厳しく接し、民には優しく接するものだ」と言うような言葉を言っていましたが、私はこれを、『法律をどれだけの厳しさで守らせるか』と言う話だと捉えました。
例えば、そのピダムがスウルブ公に忠告するシーンの後、トンマンはピダムに「横領は一割までなら見逃せ」と言ってますよね。スウルブは大等であり、かなり高位の貴族ですが、その彼に対してすら、トンマンは多少の目溢しはしています。勿論、今まで持っていた利権の大半は失うことになるかもしれませんが、全てを捨てさせることはしないのかな、と。
支配者層にも身分なり権力にかなりばらつきがありますから、トンマンは最高権力者である自分に最も厳しく、次にユシンとピダム(ユシン失脚後はチュンチュも)と言う権力者二人にと厳しくし、あとは身分に応じて適度に抜け道を作って、不満をガス抜きしているように感じました。ユシンとピダムもそれをわかった上で行動してますし、チュンチュも途中からその枠に自分も組み込まれたことを理解していましたねー。

ウォルヤ達に対しては、ウォルヤが云々と言うより、とにかく復耶会ではないかと。最終的にウォルヤは復耶会の最高権力者と言うより議長なんだとわかった後は、復耶会に乗り込んで直談判していますし、ウォルヤ自身については、流罪にされたユシンに比べてより罪が重いはずなのに、罰はありません。
ピダムもそのことには文句を言いませんし、トン&ピはどちらも貴族や伽耶人の利権さえなくせば、残った人間は活用します派で、一致していると思いました、私も。

> そしてトンマンの考えが民に浸透するのに陰ながら絡んでいたのは、ピダムだったはずー。と思うのですが、そうとらえられるようなシーンなどが少なくあってほしかった…という気持ちの方が強く残っちゃっています。

え……!?えっと、これは、「ピダムはトンマンの理念に従っていない方が良かった」と言うことなのでしょうかかかか…!?(←大混乱) わわわ私はトンマンの政治を一番理解し、体現してくれるのはピダム、と言う図が好きです…!
ピダムの乱の時に中央貴族がピダムに従ったのは、トンマンへの不満と言うより、チュンチュへの不満だと思いますし、地方貴族が呼応したのは、地方からの情報を統括する業務もこなしていたピダムが、トンマンの意に従って、地方にもあれこれ配慮したからでしょうし…。(そうでなければ、何故ピダムに味方するのかわからんと言うか)

その上で、敢えて、やむにやまれずすれ違ってしまった二人が好きです。未来に希望を持った民が駆けつけてくれているのに、体調が最悪の状態に突入してしまうトンマンも含めて。(←悪趣味w)


げん様、丁寧にお答えくださりありがとうございますーv
トンマン亡き後は、マイペースなアルチョンが、あんまし意味はわからないまま(笑)、トンマンの政策を忠実に貫いてくれるでしょうし、自分の時代にピダムを右腕にしたことも含め、トンマンスゲー、脚本もスゲーと思う緋翠でしたw

「良心」話へのご感想も、まったりお待ちしております!

  1. 2011/08/30(火) 02:06:42 
  2. URL 
  3. げん 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様 こんばんは。

> そうとらえられるようなシーンなどが少なくあってほしかった…という気持ちの方が強く残っちゃっています
 
正しくは、「少なくて、もっとあってほしかった」です…

> え……!?えっと、これは、「ピダムはトンマンの理念に従っていない方が良かった」と言うことなのでしょうかかかか…!?(←大混乱) わわわ私はトンマンの政治を一番理解し、体現してくれるのはピダム、と言う図が好きです…!

最後の文で混乱させてすみません。
私、好きなのです。女王と司量部令の構図。トンマンの刀として考えを一番理解し行動している半面、時に自分の利もしっかり意識しているピダムに対し、トンマンはきちんと鞘としてピダムを見ていますよね。
そしてピダムはトンマンが人であること、女であることを心の奥深くに閉じ込めているもので本来最も求めていることをも体現していたのかなと、トンマンにとって自分自身に厳しく接している部分で、愛おしくも苦しくもある本当の自分の姿を感じさせられていたはず…と思います
女王と司量部令のこれ以上ないタッグで仕事しているの図は、トンマンの女王の孤独を一番感じさせるものなのかもしれないと思うと、私にとってはたまらんなーという感じなんです

「善徳女王」なのに、女王時代が全体の四分の一に満たない話数ですよね。
短いとどうしても思うのです。でも、全てが表現されていればいいというわけではないんですよね…。セリフやシーンからああだこうだと想像させられる…。
物足りないとつい言っちゃいますが…、そういうところが逆にいいのだと思い始めました

長らく私のぐだぐだ話にお付き合いしていただいて
すっかりSSの感想から遠のいております。すみません

ねこまの駆け引き…で一言。

犬は論外。・・・なんだかフフフとなりました…



げん様へ

  1. 2011/08/31(水) 19:45:54 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
げん様、こんばんはーv
8月が終わりましたが、台風も来ますし、新学期は波乱の幕開けになりそうですね(笑)

> 正しくは、「少なくて、もっとあってほしかった」です…

ああ、そうでしたか!すみません、つい混乱してしまいました(汗) げん様も同じお気持ちなんだわーと思っていたので(笑)

女王と司量部令の構図は、私も面白いなーと常々思います。権力者の女と側近の男(達)と言う構図自体はこれまでにもたくさんのドラマや小説などで展開されていますが、トンマンとピダムのような構図には覚えがないんですよ。あんまり色んなドラマを見ないからかもしれませんがw

んが、私は案外、女王と司量部令の形で仕事をするのは、幸せだった気もするんです。政治家として、国王として、トンマンはこの上ない宰相を持ち、将軍を持ち、護衛も持って、充実した治世を実現出来ましたから。
勿論いつまでも蜜月が続くわけではないところが歴史の皮肉さで、当人達の落ち度は小さくても、破滅が大きくなることもあります。ドラマでは、トンマンやミシルやピダムを通してその皮肉さもちゃんと描けていたと思いますし、だからこそ、私はドラマのストーリーや設定をあまり作り替えない方向の二次創作に走るのかなと言う気がします。
ピダムは反乱を起こし、それに失敗すると言う大前提があるからこそあのキャラクターなのであって、反乱を起こさない、あるいは勝利する設定にするなら、もう根本的に作り替えないと気持ち悪いと言うか…。『太一』がしっくり来ないのは、まぁあれもいずれ敗北する雰囲気で書きましたが(笑)、緻密に作り上げられたドラマのキャラを、私なんぞが踏みつけているような気持ちになるからかもしれません。

女王時代の短さについては私も物足りないとは感じているんですが、ナムギルさんには司量部令は色んな意味で合わないようなので(すみません。汗)、それならあれぐらいの長さが一番いいのかな、と言う気もします。私も余白をあーだこーだと勝手に妄想してますし(笑)

> 長らく私のぐだぐだ話にお付き合いしていただいて

いやそんな、とんでもないです!こちらこそ、お付き合い頂きありがとうございますーv

「犬は論外」は、ピダムですからねーフフフ…(誰)


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