善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

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リレー連載『偽りが変化(か)わるとき ~砂漠編』  by 緋翠

リレー小説第29話~!今回は私のターンです。次回はすーさんのターンですv


* *


 諸侯は目の前に幾つか積まれた「煉瓦」を一つ手に取ると、芳しく鼻孔を潤す独特の匂いを吸い込んで、低く嗤った。

「これが茶葉だとは……なるほど、智計だな。して、これはどうやって茶に化けるのだ?」

 見慣れた茶葉とは違う形状を訝しんで傍に控える役人達に向かって訊ねると、そのうちの一人がさっと一歩前に進み出て答えた。

「領主様、これは磚茶でございます。固いようでいて、握れば脆く崩れますゆえ、湯の中に適量を摘まんで落とせば、茶になるのです。稀なる品です」
「ふむ。……物識りだな」

 にやりと口の端を上げて磚茶を戻し、諸侯は跪く兵に問いを重ねた。トンマン達を捕らえた小隊の指揮官だった。

「この磚茶とやらは全て押収したのだな?」
「はっ!」
「……が、一儲けするには些か少ないようだな。すでに売り払っていたのか?」

 鋭い刃のような眼差しが指揮官を射抜く。高値で売れる茶葉とあって、領主にとっては指揮官らがくすねたのではないかと言う嫌疑を抱いたのだろう。
 殺されては堪らないと、指揮官はさらに畏まって言上した。

「じ、実は、商人を尋問している僅かな間隙を縫い、娘が磚茶に火をつけましてございます。磚茶が燃え、芳香が弥増す中、急ぎ火を消しました」
「娘を見張っていなかったのか」
「それが、その娘、松明は愚か、火種さえ持っていたわけでもないと言うのに、娘の手元からひとりでに火が上がりまして……」
「ひとりでに……?」
「は、はい」

 目眩ましにあったかのように困惑している指揮官を暫く眺めた後、諸侯はゆったりと宣言した。

「面白い娘だ。私が直々にその顔を見てやろう」



 トンマン達が押し込められたのは、牢屋と言うより巨大な鳥籠を思わせる、野晒しの小屋だった。屋根はなく、照りつける日差しが容赦なく肌を貫く。
 その小屋に纏めて入れられたトンマンの膝の上では、ソファが苦しそうに浅い息遣いを繰り返していた。

「母さん、母さんごめんなさい……!」

 トンマンはソファの身体を擦りながらうわ言のようにその言葉を呟き、縋るようにカターンを見た。ローマからの長旅で、自然と医術にも触れたカターンは、ソファの脈を診て、歯を食い縛るようにして告げた。

「トンマン、駄目だ。ちゃんとした医師に診てもらわないと……」
「おじさん!」
「ソファの発作は何度か見たけど、これはいつもの発作じゃないよ。余程恐ろしかったんだろう」
「私が、火をつけたりしたから……っ」

 ぎゅっと唇を噛むと、トンマンはソファの頭を膝から下ろした。

「おじさん、母さんの身体を支えてて」
「……ああ」

 先程起きたことと今のソファの状態に思うところのあったチルスクは、虚をつかれて半ば反射的に応じた。カターンが抱き起こした身体を預り、膝の上に寝かせる。そんなことは一度もしたことがなく、奇妙な気がしたものの、いつも彼から顔を逸らす女の顔をじっくりと拝む絶好の機会でもある。微かな残像とこの顔が果たして同じ人物のものであるかを見極めようと、チルスクは眼を細めた。
 一方、ソファの世話をカターンとチルスクに任せたトンマンは、小屋の柵にへばりついて、少し離れたところに立っている兵士へ叫んだ。

「お願いします、お医者様を呼んでください! お願いします!!」

 捕らえられた者達が騒ぐことには慣れているのか、トンマンが何度叫んでも誰も見向きもしない。
 それでも、医師を呼べるのは彼らだけだ。トンマンは喉が嗄れそうなくらいに叫んで、掌で硬い木の柵を叩き続けた。

「お願いします、このままじゃ母さんが死んじゃいます!」

 するとその時、ちらっとトンマンの方へ視線をやっていた兵士が近づいてきて、槍の柄でトンマンを中へと押し戻した。尻餅をついたトンマンを見下ろす顔は、太陽を背負い、影になってよく見えない。

「静かにしろ。騒ぐだけ無駄だ」
「そんなこと――」
「お前らは皆、今日の太陽が沈むのを見れないと決まっている。見苦しく喚くな。……そんなことをしたって、何も、変わりゃしない」

 兵士の声はどちらかと言えば静かなものだった。うんざりしたような響きは、ほとんどない。諦めているようにすら聞こえる。
 思わず、トンマンはきっと顔を上げて立ち上がった。

「お医者様を呼んでください。お願いします!」
「お前……」
「お願いします、お医者様を呼んで! 母さんは今すぐお医者様に診てもらわないと、死んじゃうかもしれないんです!」
「煩い!」
「うわっ」

 今度は容赦がなかった。逆上した兵士に鋭く打たれて、トンマンはチルスクの背に頭をぶつけるくらい吹っ飛んだ。

「おい!」

 その乱暴さに、囚われ意気消沈していた商人達も気炎を上げた。

「まだ子供なんだぞ! 何するんだ!!」

 興奮して恐怖も消えたのか、各々が母国の言葉で捲し立てる。トンマンは槍の柄で打たれた腹を押さえながら、柵の間から腕を伸ばして、兵士の袴を掴んだ。

「お願いします、お医者様を呼んでください……っ!!」
「こいつ……っ」
「そうだ! 俺達が何をしたって言うんだよ!!」

 ソファの傍に座っていたカターンは、兵士にかじりつくトンマンに励まされて勢いづく仲間を見ながら、誰にも聞こえないように呟いた。

「……トンマンだけは助けてあげないと……」
「……」

 耳の良いチルスクだけは、その呟きを聞き逃さずに、ソファから視線を外した。掠めるようにトンマンを見た目裏に蘇ったのは、先刻の一騒動だ。



 磚茶は香り高い茶葉を固めたものとは言っても、磚茶そのものに香りはほとんどない。――ところが、パチリと鳴った音に振り返ったチルスクの鼻先を僅かに流れた香りは、ほとんど嗅いだことのない高雅な香りだった。

「――」

 香りの源は、探すまでもなかった。目の前にいる少女はチルスクの眼差しにも気がつかないくらい切迫した眼差しで兵士を、太陽を、そして背後にある磚茶を見ている。その磚茶から一筋の白煙が上がり始めたのを見つけたチルスクは、恐らく自分の仕出かしたことを正確には理解していないであろう少女を止めようと、彼らを監視する兵士にバレないよう手を伸ばした。

「その話が真か否かはすぐにわかる。――探せ!」

 彼らの目と鼻の先では、カターンの巧みな話術に眦をつり上げた指揮官の命令と共に、兵士が旅閣へと雪崩れ込んだ。
 今だ、とチルスクはトンマンを茶葉から引き離そうとした。トンマンはわかっていないようだったが、その香りは千里を走るとも噂されるのが茶葉だ。その茶葉を燃やせばどうなるか、チルスクには考えるまでもなかった。目端の利く少女は、証拠隠滅を謀ったのだろうが、このやり方は危険過ぎる。
 しかし、チルスクの思っていたより早く……香りが辺りに満ち満ちるより早く、よく乾かされた茶葉は火炎へ化けた。

「わあっ!」

 パヌエラを炎で撫でられた誰かが悲鳴を上げて飛び退くと、旅閣の方へ顔を向けていた指揮官は火の傍にいたトンマンを誰より速く睨み、雷撃のように叫んだ。

「あの小娘を捕らえろ!! 火を消せ!」
「はっ!」

 ――わざわざ自ら尻尾を出すような真似をするとは……!
 少女を睨んでも、もう遅かった。
 それからは、突然現れた火に慌てふためく商人達と、火を消そうとする兵士達が揉み合い、チルスクは武技を放つ間を失ってしまった。

「なんだこれは!!」
「ほ、干し草です!」
「嘘を言え! この香りは……うわっ!」
「皆、火を消すんだ! 火事になるぞ!!」

 いくらオアシスとは言え、空気は乾ききっている。もし火の粉が旅閣に飛べば、乾燥した材木はあっと言う間に燃えて、大火となってもおかしくない。旅閣に荷を残している商人達も、火事を起こせば証拠の茶葉を失うどころか不手際を厳しく追求されかねない兵士達も、この瞬間だけは敵も味方もなく、火を消そうと躍起になった。
 その瞬間、ソファが旅閣から転ぶように出てきて、あっと息を呑んだ。

「……っ!?」

 恐怖に顔を引き攣らせたソファが、その場に崩れ落ちる。

「母さん!」

 逸早くその姿を認めたトンマンが駆け出すのをチルスクが視界の端に留めた頃には、すでに辺り一体に、この悪夢のような失態に相応しからぬ芳しい香りが漂っていた。


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  1. 2011.10.16(日) _00:00:00
  2. リレー小説『偽りが変化(か)わるとき』
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