善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

SS 「おやぶん」@shoko様

shoko様のサンタク犬を受けて書いた、『SS こぶん』を経て、サンタク犬に萌えている管理人に、またまたshoko様がSSをプレゼントしてくださいましたーvv
今回のお話は、私がうっかり

ピダムは人間語で頼みそうです。ピダムですから!(ちょ) んでもって、人間語で頼みつつ、鶏肉とかあげてご機嫌も取りつつ、「息子に怪我をさせたら犬鍋にするぞ」くらいは脅してそうな気がしますねー(笑)


とお返事した為に、サンタク犬が大変です。サンタク犬、ごめん、これからも苛めるけど宜しく!(え)ですねー(ええっ)
皆様にもお楽しみ頂ければ幸いですvv


* *


 夕日差す樹々に粉雪が舞い始め、キラキラと光っては消えてゆく。
 これからの厳しい寒さを予感させながらも、まだ穏やかなそんな風景。
 それを少し離れた原っぱで眺めながら、犬はお座りの姿勢のまま、ぼんやりとあの背の高い旦那さまの言葉を思い返していた。

――息子にケガをさせたら、犬鍋にしてやる――

 口の端を少し上げて、凄みのある笑顔で言って見せたくせに、次の瞬間にはワシワシと楽しそうに自分をなでた旦那さま。自分が坊ちゃんにケガをさせるわけがないと、信じてくれていたから。なのに・・・・・。

  ぼくは ぼっちゃんの あの ちいさな てを かんだ

 泣き出した坊ちゃんの姿を思い出すだけで、胸がしめつけられる。忘れようとしても、口の中に残った坊ちゃんの血の匂いが消えない。鼻先にくっついた蜂蜜の香りもネバつく感触も、嫌なことを思い出させるだけだった。

  いぬなべ に なるのは いたい かしら  かなしい かしら

 そう考えた犬はちょっと身震いして、でも仕方ないと思った。
自分が馬鹿だったのだ。また、それだけのことをしたのだ、とも思った。そして、それでもいい、と思った。

 自分の血や肉は、食べてくれた坊ちゃんの体になるのだし、残った自分の魂は、自由になって御主人さまを探しにどこまでも行くことができる――長い時間をかけて、犬はそう考えることにした。
またそう考えると、ほんの少しだけ胸が高鳴るような気がした。ほんの、ほんの少しだけ。

  いさぎよく いぬなべ に なりに いこう
  そして また ごしゅじんさまを さがす たびに でるんだ

 犬はそう決心して立ち上がると、さっきまで居た坊ちゃんの家へ歩き始めようとした。
 だが、すぐに気がついた。
 夕日に照らされて向こうからやって来るのは、背の高い旦那さまに手を引かれた坊ちゃん。
 そして旦那さまは、片手に剣を携えていた・・・・・・。



「犬に噛まれた!?」
 救急のケガ人の治療という仕事をして帰ってきたばかりの夫はそう声をあげたが、泣き顔の息子と沈痛な面持ちの妻の顔を見て一瞬に状況を判断すると、迷わず剣を手にして外に出て行こうとした。

「待て、何をする気だ?」
「そいつを犬鍋にしてきます」

 即答した夫に、妻はあわてて言った。

「あいつを犬鍋にするのか!?」
「あいつ? 噛んだ犬を知ってるんですか!?」

 早く教えてください、と妻に質問しながら、「あいつ、あいつ」とつぶやいていた夫はイライラと言葉を続けた。
「そうだよ。あいつがついていながら、何でよその犬に噛まれたりするんだ。何やってたんだよ、あいつは」

 その言葉を聞いて、ああやっぱりそう考えているかと思いながら、妻は夫に言った。

「噛んだのは、あいつだ」
「だから、どの犬です?」
「だから、あいつだ。・・・・・・「こぶん」の、あいつだ」
「こぶん・・・・・・の、あいつ・・・・・・?」

 どうやら思考が停止したらしい。急に夫は静かになって、しばらく不気味な沈黙を続けた。それからやっと我に返ると、自分の小さな息子のそばに屈みこんで、まだ泣き顔の彼にゆっくりと訊いた。

「おまえを噛んだのは、「こぶん」のあいつなのか?」

 小さな息子は下を向いたまま父親の目を見ずに頷いた。

「それは本当にホントか?」

 繰り返し訊く父親が気に障ったのか、息子は今度はちゃんと父親を見て言った。

「噛んだんだ。「こぶん」なのに、「こぶん」のくせにぃ」

 息子の言葉を聞いた夫は妻を振り返った。そして妻も夫を見ながら、お互いに同じ事を考えていると思った。
――息子は何かあの犬が腹に据えかねるようなことをやってしまったらしい・・・・・・・。

 踏まれても蹴られても湯をかけられても、大人しくしていた犬だった。そして、まだ足元がおぼつかないこともある息子が転びそうになるたびに、先にその体を下に滑り込ませて息子がケガをしないように守っていた犬だった。信じられないほど忍耐強く、息子に対して忠実な「こぶん」になってくれていたあの犬。あの犬が息子を噛むなんてありえない。

 それに、と妻は息子の手に巻かれた包帯をほどいて、その傷口を夫に見せた。
 確かに息子の左手の甲に犬の歯型のあとが残っている。でも、その傷はごく浅く、なんだか申し訳なさそうに噛んだようにも見えるものだった。だいたいあの犬が本気で噛んだのなら、今頃息子の左手は無くなっていたかもしれない・・・・・・。

 けれど息子はよほど腹立たしかったのか、心にたまっていた気持ちを次々とまくしたてた。
 曰く、「何もしてないのにいきなり噛んだ」「背中を向けて自分を一人ぼっちにした」「牙をむいてうなって怖かった」「せっかく見つけた蜂の巣、それもからっぽじゃなくてまだ蜜が残ってたやつを捨てた」うんぬん。

 とにかく、自分は悪いことは何もしていないのに、いきなり噛んだと主張した。
 それでも繰り返し訊ねる両親に、とうとう最後には、嘘じゃない、神様に誓ってもいい、とさえ言った。

 それを聞いた父親はしばらく黙っていたが、ついに決心したように立ち上がると、持っていた剣を握り直して「じゃあ、行こうか」と息子を促した。そして妻に向かって「ちょっと行ってきます。家で待っててください」と、サバサバとした表情で言った。
 もちろん妻は引き止めた。

「あれくらいのケガで犬鍋にされるのなら、あの犬の両親に、あの子は何度人間鍋にされているかわからないぞ」

 妻の言葉に、そうかもしれない、と夫は笑った。でもきっぱりと答えた。約束ですから、と。

「約束?」
「はい。うちの息子にケガをさせたら、犬鍋にすると約束したのです。あいつがあの子の「こぶん」になった最初の夜に、あいつと私でそう取り決めました」

 この家に居る限り、食事と寝床はこちらで保障する。その代わり息子の「こぶん」として遊び相手になり、時には危険からは守る。万一、息子にケガをさせたら「こぶん」から犬鍋になる――「犬鍋」のくだりは言葉のあやに近かったが、それでもあの犬は頷いたのだ。

「どんな事情があったにせよ、あの犬はうちの息子にケガをさせました。その約束は果たさねばなりません。それに」
「それに?」
「あの犬の方が許さないでしょう。約束を破った自分自身を」

 まるで人間同士の男と男の約束のような言い方をする夫に、妻は、相手は犬だぞ、と言いかけたが、自然とそんな言葉を飲み込んでしまった。
 あの犬ならそうかもしれない、と思わせるものがあったから。
 そして、と夫はするりと妻に近づくとそっと耳元で囁いた。

「そんなあいつを許すことができるのは・・・・・・「こぶん」を許せるのは「おやぶん」だけです」

 その言葉を聞いた途端、夫の心が底まで見えて、初めて妻は笑った。

「あの犬の居場所はわかっているのか?」
「あの森に居ます、必ず。でも居なかったら・・・・・・どこか探せないほど遠くまで逃げてしまったのなら、それはそれで仕方がない」
「なるほど。でも・・・・・・剣は持っていくのか?」

 ああ、忘れていた、と夫は言った。

「護身用です。熊が出たそうですから。もっとも、ここよりもずっと山の上でのことですが。冬眠前に充分な食料を得られないのと、仔熊を連れているので気がたっていて、それで、呼び出されました」
「ああ、さっきの救急のケガ人というのは?」
「親熊に出逢い頭に引っかかれたそうです。いつの間にか自分の足元に仔熊が近づいていたのに気がつかなかったとかで」

 ひどいケガでしたが、幸い、命に別状はなかったです、と話を続けている父親と母親の間に、その時すっと息子が割り込み、母親の服の裾を引っ張って訊いた。

「くま?」

 くま、という耳慣れない言葉を聞いた小さな息子は、さっきまで泣いていたことも忘れて、好奇心いっぱいに母親に問いかける。自分を見上げるつぶらな瞳がとても可愛くて、母親はその問いかけに優しく答えた。

「山奥に住む大きな動物だ。黒くて毛がふさふさしていて、いつもは犬のように四足で歩いているが、人間のように後ろの二本足で立つこともできる。立ち上がると、おとうさんよりもずーっと大きい生きものだ」

 おとーさんよりもずーっと大きい、とつぶやいて息子は目を丸くした。なんだか想像もできない。

「鋭い爪も持っていて、それで何でも引き裂いてしまう。そして力がとても強い。おとうさんよりもずーっと強い」

 それを聞いた父親は訂正した。

「いえ、おとうさんの方が強いです。だからもし熊に出会ったとしても、安心しておとうさんの後ろに隠れていなさい」

 それを聞いた妻が笑った。

「そうだ、お父さんの後ろでじっとしていろ。おとうさんが熊に向かって、ウーウー唸って、助けてくれるから」
「唸りませんて」

 楽しげな両親の会話を聞いていた小さな息子は、ふと何かを思い出しかけた。
だが、その前に母親が優しく続けた。

「そして仔熊には近づいてもいけないし、触ってもいけない」
「こぐま?」
「熊の子供だ。おまえのようにまだ小さいから、力もなくておとなしい。黒いふかふかの毛玉のようで、可愛らしくて抱きしめたくなる。だけど、絶対に抱きしめてはだめだ」
「かわいいのに? おとなしいのに? どうして?」

 問いかける小さな息子の愛らしい姿に、母親は親熊の気持ちがわかるような気がした。

「親熊が可愛い仔熊をさらわれてしまうかもしれない、ひょっとしたら大切な仔熊を傷つけられるかもしれないと心配するからだ。心配しすぎて気が変になって、仔熊に近づく奴はみんな追い払いたくなる。それで」
「それで?」
「鋭い爪で、誰彼かまわず死ぬほど引っかいてしまう。だからどんなに可愛くても仔熊を抱きしめてはいけないし、そのまま家に連れて帰ろうなんて思ってはいけない。抱きしめても、すぐに手放さなければいけないんだ」
「くまのおかーさんが心配するから」
「そうだ」

 急に黙った息子に気づいて、父親は励ますように言った。

「大丈夫だ。熊が出てきたっておとうさんが守ってやる。おとうさんの背中だけ見ていればいい。それよりそろそろ行こう」

 えっ? と息子は顔をあげた。

「おまえを噛んだ「こぶん」を成敗しなきゃいけないだろ?」

 急に「こぶん」のことを思い出した息子は、しばらく黙ってうつむいていた。母親が言った。

「おとうさんは「こぶん」がおまえを噛んだから、絶対に許せないから「こぶん」を犬鍋にすると言っている」
「いぬ、なべ・・・・・・?」
「鶏鍋の材料が犬になったものだ。あの犬を殺して肉にして、今晩みんなで食べてしまうんだ」
「たべ・・・ちゃうの?」

 小さな息子は当惑した。母親の言葉の意味を全部理解できたわけではなかったが、それでもとても恐ろしいことを言われているのがわかったから。

「そうだ。おかあさんは知らなかったが、おとうさんとあの犬との間で、そういう約束があったのだそうだ」
「・・・・・・・」

 いろいろなことが息子の頭の中でぐるぐると回っているようだった。
 そんな息子を見た母親は、でも、と助け舟を出した。

「おまえはあの犬と・・・・・・「こぶん」とそんな約束はしていないな」

 その言葉に、息子は救われたように母親を見た。そしてはっきりと「うん」と頷いた。

「それなら、おまえは自分がそうしたいと思うことをしろ」
「じぶんが、そうしたいこと・・・・・・?」
「そうだ。あの犬が憎ければ犬鍋にすればいい。でもそれが可哀想なら、おまえがおとうさんからあの犬を守ってやれ」

 そこで息子はちらりと父親を見た。
 剣を携えた父親は、いつもよりずっと大きく強そうに見えた。
 息子の視線を感じつつも、あえて知らん顔をしている父親を見ながら、母親もあえて真面目に続けた。

「何もおとうさんと闘うことはない。ただ、頼めばいいんだ。申し訳ありませんが、犬鍋の約束はなかったことにしてくださいと」

 男と男の約束をなかったことにしてもらうんだから、礼は尽くさなくてはいけない。その相手がおとうさんであっても、犬の「こぶん」であっても――とても難しい内容の母親の言葉を、小さな息子は神妙な面持ちで聞いていた。
 そして、と母親は締めくくった。

「仔熊を親熊は守る。同じように、あいつがおまえの「こぶん」なら、その「こぶん」を守るのは「おやぶん」のおまえではないのか?」

 その時、「おやぶん」という言葉が小さな息子の心を捉えた。

「「おやぶん」のぼくが、「こぶん」を守る・・・・・・」

 なんだか急に自分が大きくなったような気がした。
 そうだ、ぼくは「おやぶん」であの犬は「こぶん」。「こぶん」よりも「おやぶん」はずっとえらい。そして強いんだ――そう思った瞬間に、小さな息子の心の中の、犬の「こぶん」に対するわだかまりが解けていった。代わりにちょっとわくわくするような気持ちが湧いてくる。

「こぶん・・・・・ぼくの、こぶん・・・・・。」

 そして小さな心の中にあった怒りが消え、気持ちが静まるにつれて、初めて今日起こった出来事のすべてがはっきりと思い出せた。そうだ、あの時、犬の「こぶん」は自分に向かって必死で吠えていた。それは、それは、ぼくが・・・・・。

 思い出した途端、わくわくしていた気持ちは消えてしまった。そして小さな息子はあわてて父親のそばに駆け寄ると、その手に持っていた剣を上から押さえるように握り締めた。

「ちがうの・・・・・。おとーさん、ちがうのっ」
そしていきなり、「おかーさん、おかーさんっ!」と泣き出した。

 急な息子の変化に驚いて、両親は懸命に泣き出した理由を聞き出そうとしたが、息子の切れ切れの言葉は要領を得なかった。だが、息子が落とした蜂蜜のついた手巾(はんかち)を届けに来た隣家の兄妹が、息子を見て安心したように「落ちていた場所が場所だっただけに心配してたんです」と言った時、いったい何があったのか、息子が言いたいことが何だったのかが、やっと二人にもはっきりとわかったのだ。




――ずっと いやな においがしていた  はやくから わかっていた のに

 坊ちゃんといるのが楽しいからと、そんな大事なことを無視し続けていたのは、他ならぬ自分だった。自分の遊びたい気持ちを我慢できずに、注意を怠っていた。主人の安全を最優先すべき犬としては、あるまじきことだった。

  ぼっちゃんは とても ごきげん だった

 思い返してみても、それは最高に楽しいひとときだった。坊ちゃんとふたりで山を駆けて回り、いろんなものを見つけては遊んだ。あっちに行ったり戻ったり、飽きもせずにたくさんの道草をして。
そんな道すがら、空っぽの巣ではなく、まだ蜜が滴るような蜂の巣を見つけて、おかーさんにあげるんだ、と喜んでいた坊ちゃん。持っていた小さな手巾(はんかち)では包みきれなくて、それでやっと家へ帰ろうと坊ちゃんが言い出した時には、かなり山奥まで入ってしまっていた。

 やっと周囲の状況を把握し、いけない、早く家に戻らなくちゃと犬が思った時、不意に、罠にかかったように嫌な匂いに取り巻かれていることに気づいた。それはどんどん近づいてくる。まずい、すぐにここを離れなければ、と犬が振り向いた時、坊ちゃんの腕の中にも、その嫌な匂いの塊があるのが見えて、犬は全身が凍りついた。

  そんな いつのまに

 気がつくと坊ちゃんは、動く丸い固まり抱いていた。黒い毛に覆われたふかふかの可愛い生きもの。だが、その生きもののそばには、たいてい凶暴な生きものが隠れている。

  ぼっちゃん はやく それを はなして

 犬は盛んに吠えて促したが、小さな主人は初めて見たおもちゃのような生きものに夢中だった。また、その生きものも坊ちゃんの腕の中で楽しそうにじゃれている。
 偶然捕まえた珍しくも可愛い生きもの――犬がどんなに吠えたところで、その声は届かないようだった。
 そのうちに別のもっと強烈に嫌な匂いが、すぐそこまで近づいてきた。同時にこちらに向かって発せられる低い唸り声も。でも坊ちゃんは何も気づかない・・・・・・。

  どう しよう

 犬は迷った。だがそんな時間はなかった。すぐに覚悟を決めて、目をつぶって、そして、小さな主人の手を、噛んだ。

 「いたいっ!」

 急に手を噛まれた小さな主人は、思わず宝物の黒い塊を放り出した。それはうまい具合に、コロコロと嫌な匂いの方に転がっていく。
 が、期待したほど遠くまでは離れなかった。塊はそのままキョトンと尻餅をついている。

もっと むこうへ いけ

 必死になっていた犬は、やはり同じように土の上に転がった蜂の巣を見つけると、鼻先で弾くようにしてそれを小さい黒い塊のほうへ飛ばした。
それを追いかけてずっと向こうへ行って欲しかった。
 が、飛んだ蜂の巣はいったん地面で弾むと、唸っている別の大きな黒い塊の方に転がった。蜂の巣には、べったりと坊ちゃんの手巾(はんかち)がくっついている。

  だめ だ

 人間の匂いがついたものに、野生の動物は近寄らない。
 万策尽きた犬は、坊ちゃんを自分の背中に守るようにして立つと、その大きな黒い塊にも負けずに牙をむいて、そして低い声で唸り始めた。

  あなたの だいじなもの は かえした
  だから ぼくの だいじなもの にも てを ださないで

 そのまま犬も大きな黒い塊も唸り続けた。ふたつの生きものの間合いが、じりじりと狭まっていく。
 もうどこにも逃げ道はない――犬は自分の死を覚悟した。
 気も遠くなるように思える濃密な時間が過ぎてゆく。必ず血を見ることになるこの勝負。
 だが、この絶望的な対立状態は、唐突に終わった。

 小さな黒い塊――仔熊が、坊ちゃんの手巾(はんかち)をくっつけたままの蜂の巣を不意に拾い上げたのだ。
 そしてそれを抱えて母熊の方に駆けてゆき、そのまま母熊を通り越し、もっと山の奥に走っていった。
 それを見た母熊は、最後に一度犬を強く睨みつけると、ゆっくりと仔熊のあとを追いかけた・・・・・・。

 熊の姿が遠くなって見えなくなり、やっと犬が唸るのをやめると、山には何事もなかったように、しんとした晩秋の静けさだけが残った。
 そして、思い出したように坊ちゃんが大声で泣き出した・・・・・・・。


 その後のことを、犬はよく覚えていない。

 怖い思いをしたために、とにかく母親に甘えたい一心で走り出した坊ちゃんを追いかけて一気に駆け下りた山道。
 無事に母親に会えてまた大声で泣き出した坊ちゃん。
 背の高い旦那さまの帰りを待っているうちに、どうにも顔を合わせられない気持ちになり、気がつくといつもの森にいたこと。
 そして繰り返し襲ってくる自責の念。
 自分の迂闊さから招いてしまった危機的状況のこと。
 生と死は同じ確率ですぐそばにあったこと。
 自分と坊ちゃんの命が助かったのは、ただ単に運が良かっただけであることを、犬はよくわかっていた・・・・・・・。



 だから、こちらにやって来る坊ちゃんと、そばにいる背の高い旦那さまが剣を持っているのを見ても、ひどく冷静な気持ちでいられた。
 なのに、犬の気持ちはいきなり乱れた。
 自分を見つけるなり飛ぶように走ってきた坊ちゃんが、いきなり自分の首を息ができないほどに抱きしめて、そして耳元でこう囁いたから。

 ――だいじょうぶ。ぼくが、守ってあげる

 坊ちゃんは怒っていない。怒っていないどころか、噛んだ自分を許している――それがわかった時、犬はこれまで以上に自分に対する怒りがこみ上げてきた。
 今、自分の首に巻かれているまだ小さな腕と体。このとても大切な温かな命を、今日、愚かな自分は大変な危険に晒し、冷たいものにしてしまうところだった・・・・・・。
 犬はぐっと顔を上げると、坊ちゃんの後ろから近づいて来る背の高い旦那さまをまっすぐに見た。

  ぼくを ころして ください  はやく いぬなべに して ください

 父親の気配を察したのか、小さな主人は父親に背を向けたまま、もう一度犬の首に回した両腕にぎゅうっと力をこめた。
 そしてゆっくりと力を抜き、腕をほどいて犬から離れ、父親を振り返ると「おとーさん」と言ってその場に跪いた。それから犬に向かっても目上の人間に対するように、「こぶん」と神妙に語りかけ、小さく頭を下げた。

「いぬなべの約束は、なかったことに、してください」

 母親から何度も教えられた「無礼を承知で申し上げます」とか「何よりも大切な男と男の約束を」とか「大変申し訳ありませんが」とか「ぼくのために」とか、他にもあった丁寧な懇願の文句はすべて抜け落ちていたが、父親と犬にとってはどうでもいいことだった。

 「承知した」

 それでも充分な時間をおいてから父親は重々しく息子に告げ、犬に向かっては「なかったことにしてくれ」と言った。
 犬は何も答えなかったが、「おまえの「こぶん」も承知したぞ」とさっさと宣言すると、顔をあげた息子に父親は続けて言った。

 「今晩の犬鍋の予定は鶏鍋に変更になったと、おかあさんに言ってこい」
 「うん!」

 嬉しそうに駆け出した小さな息子の先には、やはり心配でちょっと後からついてきていた母親が待っていた。
 母親に飛びつくように抱きついて、いろいろな報告をしている息子を眺めながら、父親は傍らに居る犬に向かって言った。新しい約束をしよう、と。

「あいつが危ないことをしようとしたら、どんなことをしてもいい、噛みついてでも止めてくれ。・・・・・・ま、死なない程度に頼む。それから」

 犬の首のあたりをなでながら、不敵な笑みを浮かべてこう続けた。

「おまえを傷つけようとする奴がいたら、俺に言え。相手が犬だろうと熊だろうと人間だろうと、みんな鍋の材料にして食わせてやる」

  そんなもの たべたく ありません

 と、犬は思いながらも、そう言ってくれた旦那さまのために、今度は自分の心の中だけでそっと誓いをたてた。

  もう けして ぼっちゃんを あぶない めに あわせません

 そして目に焼きつけるように、坊ちゃんの小さな手に巻かれた包帯を見た。
 あの白さを、自分がこの先忘れることはないだろうと思った。

「はやくー」

 帰ろうよ、と坊ちゃんが呼ぶ。
 キラキラと粉雪の舞う夕日の中、犬は何よりも大切な人の元へと走り出した。
 さあ帰ろう、こんな日の鶏鍋はうまいぞ、という旦那さまの声を背中に聞きながら。(了)
関連記事
スポンサーサイト
  1. 2011.10.01(土) _18:30:43
  2. 宝物蔵(頂き物保管庫)
  3.  コメント:8
  4. [ edit ]

<<SS いついつまでも、花嫁様 | BLOG TOP | 9月29日と30日に頂いたコメントへの返信>>

comment

管理人のみ閲覧できます

  1. 2011/10/10(月) 23:45:00 
  2.  
  3.  
  4. [ 編集 ] 
このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

  1. 2011/10/13(木) 20:07:26 
  2.  
  3.  
  4. [ 編集 ] 
このコメントは管理人のみ閲覧できます

shoko様へ

  1. 2011/10/13(木) 23:39:26 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
shoko様、こんばんはー!お返事が遅くなってしまってすみません(汗) お見舞いありがとうございましたーv(´∀`*)v
いやその、熱は相変わらずなかったんですが、ちょっと風邪に加えて生理がどーんと来て、昨日一昨日と仕事以外は死んでたので、サンタク犬にまたまた癒されました。これもアニマルセラピーでしょうか(え)

なんだか段々自分がサンタク犬を飼っているような気がしてきましたが、今回は本家サンタク登場と言うことで、萌えるよりじーん…と静かな感動を味わえました。サンタクとサンタク犬、同じ名前でも違う魂の持ち主で、でも生まれ変わりだと言う気がする……匙加減が難しいお話なのに(私には上手く書けそうにありません。笑)、shoko様はその按配が凄く素敵と言うか、心地良くて、素敵な癒しになりました。

それに加えて、サンタクは隠居連載では大きな存在なので、shoko様の描くサンタク像が見られて面白かったです!
サンタクの訛りは私も韓国語に詳しくないので本当はどうなのかはわからないんですが、「~にだよ」はいつも「サンタクだけ語尾が違うなあ」と思ってました。東北の方の訛りっぽいなーと勝手に考えてたんですが、確信もなく(笑) なので、今回の「~だよ」口調も「あーなるほど!」と書き手として喜んでしまいましたv(←純粋な読者として楽しまんか!)
あ、サンタク語は癖になりますよねw 私も何かのSSでサンタク語と向き合ったら、なんとなく予定より台詞を長くしたり増やしたりしてました(笑)

……って、

> 上記の書き込みは削除しておいてください。

えええええ!?そ、そんな…!またしても勝手にブログに掲載するつもりだったのですが…(←コラ)
もし修正したいところがあるようでしたら、修正後のバージョンをまた投稿してくだされば、そちらをブログに掲載しますよー(←掲載前提です)(コラ)

最後に、ご心配をおかけしてすみません…!この時期は毎年風邪をひくんですが、今回は咳が酷くならなくて、ホッとしています(・∀・)
shoko様もどうかご自愛くださいませ。せっかく過ごしやすい季節になったのに、家にいるのはアホらしいです(…と、今回の連休で実感しましたw)

あとで修正バージョン(ほとんど同じ)をお送りします

  1. 2011/10/14(金) 10:41:42 
  2. URL 
  3. shoko 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さま、おはようございます。

どうも、お騒がせして申し訳ありません。
あとで修正バージョン(ほとんど同じ)をお送りしますね。

どうも作品が手から離れてしまったあとは、細かいことが気になりだして、「これ、やめとこうかなー」という気にもなったんですが、ははは;;、じゃ、あとでまたお邪魔いたします。

もっと推敲してから送れってことですよね(反省)。


ああそれから、あのサンタクの口調。あんまり韓国のドラマを観ていない私ですが、なけなしの時代劇視聴の経験からすると、ああいう「~にだよ」という言葉遣いは、その場の雰囲気を和ませるコメディアン的立場の人がよく使っているような気がします。あとは身分の低い役柄の人、ま、学がない(サンタク、ごめん)庶民的な役の人が使っているかな。日本のドラマ的に言うと、お笑いの人が設定も状況も無視して、そのままいつもの大阪弁で喋っているとか、その他、方言まじりで喋ることで、その役柄の持つ素朴さを表す場合でしょうか。(それとも単に庶民的な言い回しなのか)

ま、私はいつも「司量部令、上大等相手にいつまでも「~にだよ」はないだろう、サンタク!」と思ってました(ごめんな、サンタク)。

韓国語に詳しい方にも、勝手な(的外れな?)こと書いてごめんなさい。




管理人のみ閲覧できます

  1. 2011/10/14(金) 16:05:06 
  2.  
  3.  
  4. [ 編集 ] 
このコメントは管理人のみ閲覧できます

shoko様へ

  1. 2011/10/15(土) 18:14:25 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
shoko様、こんばんはーv
修正バージョン、ありがとうございました!掲載しましたので、ご確認をお願いしますです。

私もいざ公開してから、「あれ、あそこヤバくね!?」とか、誤字脱字に気付くもので、しょっちゅう秘かに手直ししてます(笑) いつももっと推敲しろよと思うんですが、なかなか…。難しいですね(←やりなさい)

>サンタクの口調。
サンタクの口調は、お笑いキャラ、お馬鹿キャラ、ってことなんですね!確かにサンタクは善徳女王に登場するキャラでは一番お馬鹿な設定を与えられていたような…いや、龍華香徒も負けてないですねw 役者さんがサンタクのキャラを明確にする為に始めたのか、脚本にそう書かれていたのかはわかりませんが、面白いです。
あ、司量部令相手に「~にだよ」で思い出したのですが、「~にだ」は確か「~です」みたいな感じなので、私は「きっとサンタクの「~にだよ」は、ちゃんと敬語も喋れるんだけど、訛りが抜けない、と言うキャラなのかー」と思ったんでした!
本当のところはどうなのか、ガイドブックに書いてあることを期待したんですが、そんなことをガイドブックが取り上げてくれるはずはなかったと言うww

>サンタク犬の話。
shoko様のお話を伺って思ったのですが、確かにサブ・アンサー・ストーリではない、しかもそれなりに話数がかかる…となると、このままずっと「頂き物」形式で掲載するのは止めた方がいいかもしれませんねー。簡単に修正出来ないのは不便だと思いますし。
あと、私の中の基本ルールとして、「作品数が五品を超えるようなら、ブログ開設をお願いする」と言うのがあるんですよー。今、shoko様のサンタク犬シリーズは三品目なのでまだ考えてなかったんですが、サンタク犬とご主人様との顛末を何話か描かれるなら、shoko様のブログで掲載された方がいいんじゃないかな…と、考えています。(確かに、サンタク犬は、ご主人様とのことに決着をつけられない限り、次に進めないだろうと私も思います) shoko様はすでにブログをお持ちですし、これまで私のブログに掲載した作品もそちらに合わせて掲載したらいいんじゃないかーと。

そして、凄く凄く申し訳ないのですが、サンタク犬に萌えているのとは別に、私の場合、どうも頂き物にかまけていると自分でSSを書けなくなる傾向もあるみたいでして…(汗) 頭が創作モードから閲覧者モードに切り替わっちゃうみたいで、それもあって、頂き物は一人当たり五つまで、と決めました。
……と言うわけで、shoko様のサンタク犬の話はめちゃめちゃ読みたいんですが、と言うかご主人様との顛末をぜひ全部書いて欲しいのですが、出来ればそれを掲載するのはshoko様のブログにして頂きたいんです(汗) 私の為に(←コラ!)
お願いと言うか、なんか強制的でしかも突然で色々と申し訳ないのですが、shoko様、ご一考をお願い致します…!

了解しましたー(ペコリ)

  1. 2011/10/15(土) 21:00:59 
  2. URL 
  3. shoko 
  4. [ 編集 ] 
緋翠さま、こんばんは。

どうもお騒がせしました。上記の件は了解しました。
じゃあ、あと2話でなんとかしましょう(えっ)。
というか、昨日急に仕事が来て、しばらく何も書けません;;(これぞ天意か) 
それに、そうですね、あと2話も書く根性がないかもしれないので、これで良かったのかなとも思います。

緋翠さまには、勝手にブログに乱入して(犬まで放って;;)お騒がせしましたことをお詫びします。でもそれは、緋翠さまの隠居シリーズがあまりにも魅力的で、つい、一読者にすぎなかった私が犬を放ってみたくなるほど素晴らしかったからなんです。そう、私が一番緋翠さまの作品を読みたがっている読者なのかもしれません。その私が創作のお邪魔をしていたなんて、他の緋翠さま作品ファンの皆様にもご迷惑をかけていたなんて・・・サンタク犬のように反省しております。

とりあえず(マジ仕事をしなきゃいけないんで)しばらく静かにしておりますので、どうか心置きなく創作に専念してくださいませ。緋翠さまにはいろいろシリーズもたくさんあり(創作だけでなく考察もとても面白い)、そのどれも好きなので楽しみに待ってます。

サンタク犬――うん、あいつは自分の力で幸せになるでしょう。きっと大丈夫です。


shoko様へ

  1. 2011/10/16(日) 23:17:23 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
shoko様、こんばんはーv

二話でなんとかして頂けるなら、助かります…!ありがとうございますー!(そしてお仕事、お疲れ様です!)

いやもうすみません(汗) 私が行き当たりばったりなせいで、ご迷惑をおかけしました…!最初に言えばいいんですよね、幾つか作品を書かれるなら、ブログを…と。
今さらですが、本当に、shoko様もブログを利用なさるといいと思います。shoko様が作家肌でない方ならこうは思わないのですが、shoko様は一作を書くスピードもわりと速いようにお見受けしますし、それならすでにお持ちのブログに善徳女王カテゴリーを設けた方が、手直しもしやすく、shoko様自身、書いた作品を私に送ると言う手間がなくなって無駄が省けるのではないかと書き手として思うんです。これからお忙しくなるなら尚のこと、今回みたいに一度外に出した作品を引っ込めたいと思っても、自分のブログでない場合は手間がかかる上にそれ自体が難しくなることもありますし…。読者の方も、拍手欄からコメントを出来るようになって、便利なんじゃないかと。

……と、実務的な面ではシビアなことを考えたのですが、萌え的には(笑)、サンタク犬を放ってくださり、ありがとうございます、本当にv
読んでくださった方の妄想を呼べるのも、書き手冥利に尽きますー!嬉しいです(*´∀`)

私も来月はちょっと慌ただしい予定でして、更新もたるみがちになりそうですが、頑張ります!
そして、サンタク犬の幸せを祈っておりますv本家サンタクと一緒に(笑)


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。