善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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リレー連載『偽りが変化(か)わるとき ~砂漠編』  by 緋翠

リレー小説第32話、今回は私、緋翠のターンです。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです…!


* *


「やれやれ……」

 アサドに締め付けられ、皺になった服を伸ばしながら、若旦那は重い溜め息を吐いた。

「いい迷惑だよ、ったく……あいつが何かすりゃ、諸侯は私を疑うに決まってる」

 今回のような茶葉に関する件を、諸侯は『慎重』に扱う。諸侯の横領の証となる商人を次々に始末しているのも、その行為を闇から闇へ葬り去る為だ。だと言うのに、アサドのような男に事が露見したとなれば、諸侯の不興は目に見えている。
 尤も、それはアサドも始末すれば済む話ではあるが――。

(……気をつけないと、私まで始末されてしまうな)

 見て見ぬフリをと決め込んでいたものの、どうやら、お節介な男のおかげで気が変わってしまったらしい。
 もう一度重々しい溜め息を零して、若旦那は踵を返した。



 奮闘空しく、トンマン達の嘆願は聞き入れられなかった。陽は傾き、叫び過ぎて嗄れた喉はひりひりと痛んでいたが、トンマンはそれでも諦めなかった。

(機会があるはずだ。トンマン、トンマン考えろ――)

 トンマンはソファの手をぎゅっと握りしめた。衰弱したソファは握り返す力もあまりないのか、ぐったりとしたまま、浅い呼吸を繰り返している。
 そして、それから間もなく、動きがあった。トンマン達のいる牢獄の錠が外され、牢獄の外に出られたのだ。
 しかし、それは良い兆候ではなかった。

「刑場へ連行しろ!」
「そんな……!」

 トンマン達は一人残らず牢獄から引き摺り出された。ソファも無理矢理立たされ、諸侯の命令により、刑場となる広場に並ばされたトンマン達の前には、罪人をありとあらゆる責め苦に押し込め、首を切り落とす為の道具が並んでいた。その幾つかには、明らかに血と思しき暗赤色の染みがあり、見る者を恐怖に陥れた。
 しかも、さらに異様なのが、首を切り落とす為に罪人を固定する道具の前に、真紅の絨毯が敷かれ、貴人の為のものと思しき豪奢な椅子があるところだ。どう見てもそれは、貴人が罪人の処刑を観覧することを意味していたし、その上、椅子は一つではなかった。
 それらの光景を見て、トンマンはきっと唇を引き結んだ。
 しかし、それは、貴人の残虐な趣味に腹を立てたからではなかった。

(もし、処刑をされる時に偉い人がいるなら、助かるかもしれない。私達を助ける力を持った人がいるなら、話を聞いてもらえば……ちゃんと説得すれば、皆を助けられるかもしれない)

 トンマンの脳裏に閃いたその考えは、他の者達とは明らかに異なっていた。カターン達は、その人生の中で、貴人が下々の苦しむ様を肴にすることがある、と言うことを知っていたし、チルスクやソファもまた、貴人は下々の話になどろくに耳を傾けまいと経験上知っている。貴人とは法であり、掟であり、彼らが貴人であると言うだけで、自分達は殺されるのだと言うことを知っている。
 けれども、トンマンは、そうは思わなかった。貴人もトンマンも、同じ人間だ。話を聞き、言葉を喋り、考えることが出来る生き物だと信じている。そして、だから貴人と話をすることでこの場から生きて帰ることも出来る、と確信していた。

「お前とお前、来い!」
「カターンおじさん!」

 それでも、カターンともう一人の商人が兵に引き摺られ、首を斬る為の道具に無理矢理固定されると、さすがのトンマンも血の気が引いた。このままでは――と冷たい汗が背すじを伝ったその時、重苦しい太鼓の音と共に、『貴人』の御成りが告げられた。



 響き渡る太鼓の音に、アサドは鋭く眼を細めた。
 諸侯が気の長い男だと思ったことはなかったが、それにしても、やることなすこと全てが迅速で、所謂「お役所仕事」とはかけ離れている。前の領主はもっと気が長く――要するにアサドから見れば薄鈍い男だったし、おかげでアサドとしてはやり易かったが、今度の領主は全く違った。

「――」

 アサドは一人で歩いていた間抜けな兵を絞め落として奪った武具を手に、広場の隅から隅までをさっと眺めた。真ん中には一列に並ばされたトンマン達がおり、アサドも知っているローマの商人が処刑台に無理矢理身体を押しつけられている。
 そこへ、冕冠を被った諸侯が、旒を揺らしながら現れ、悠然と椅子に座った。しかも、どういう神経をしているのか、正室や側室まで連れて来ている。白粉と紅で塗り固めた女達は皆、しゃなりしゃなりと飾り立てられた椅子に座った。引き立てられた者達を汚ならしい者でも見るかのように一瞥して眉を寄せたり、好奇心を剥き出しにしたり、これから訪れるであろう残忍な瞬間をはしゃぎながら待ったりと、女達は思い思いの反応を見せたが、アサドが一番気に食わなかったのは、それすらも楽しんでいる諸侯だ。

(あの野郎、民草を嬲るのを娯楽にしていやがる……)

 処刑が娯楽になり得ることは、アサドも短くはない人生の中で学んだ。胸糞が悪くなる話であろうと、それもまた現実だと言う分別がつくくらいには、彼も年を取っている。
 しかし、やはりそんな歪んだ娯楽を民に強いることが、許されていいはずがない。
 ――オアシスの民の誇りを見せてやる。
 アサドは傍にある松明の火を確かめてから、弓矢を構え、狙いを定めた。
 狙うのは、諸侯の命ではない。まずは、トンマン達を救い、このふざけた娯楽を止めさせることだ。

「執行しろ!」

 諸侯の目配せを受けた軍官が、一礼して声を張り上げた。もう猶予はない。手段を選ぶ暇もない――。
 アサドがギリギリと弓を引き絞ったその時、彼の視界を見覚えのある影が過った。



『処刑を開始しろ』
『はっ!! 執行しろ!』

 無我夢中だった。諸侯と軍官の、意味のわからない声を聞いた瞬間に、場の異様な興奮に縮こまっていた身体が、翼を獲たかのように前へ躍り出た。

「待ってください!!」

 転がり出たトンマンに、衆目が集まった。諸侯も諸侯の妻達も兵卒も、突然の出来事に瞠目して、一時言葉を失っている。その隙に、トンマンの嗄れた喉から、信じられないくらいはっきりとした叫びが飛び出した。

「私がやったんです。殺すのは私だけにしてください。皆に罪はありません!」

 が、トンマンの叫びは諸侯達には理解されなかった。咄嗟にトンマンが発した言葉は鶏林の言葉で、長江の畔からやって来たばかりの諸侯には全く意味がわからなかったのだ。ただ、トンマンを捕らえた指揮官は、トンマンを見て、諸侯の耳元で『あれが火をつけた娘でございます』と、そっと囁いた。
 が、チルスクやカターンにはトンマンの言葉ははっきり理解出来たし、意識が朦朧としているソファですら、びくっと大きく震えた。カターンは、押さえつけられた苦しい姿勢のまま、顔を歪ませて叫んだ。

「トンマン、止めろ!」
『――』

 直感的にトンマンの言葉を、トンマンの言ったことを理解する必要があると判断した諸侯は、カターンを鋭く睨むと、雷光のごとき鋭さで命じた。

『この娘の言葉を訳し、私に嘘偽りなく申せ!』

 何故か、自分の部下や兵を使う気は起きなかった。挑むような眼で彼を見上げる小娘の言葉は、彼の怒りのとばっちりを受けることを怖れるであろう者達では、駄目だった。
 けれども、カターンは彼にしては珍しく、即答出来ずに唇を震わせた。答えなければ、首を刎ねられるだろう。しかし、答えれば、トンマンが独りで罪を負うのを手助けすることになる。例え命が惜しくとも、少女一人に全ての責を負わせてまで生きたいとは、カターンには言えなかった。

『何をしておる。早く申せ』

 それでも、ここで諸侯に逆らって彼を激怒させれば、助かるものも助からなくなるであろうことは間違いなかった。諸侯の顔にはまだまだ余裕があったが、いつ気紛れに首を刎ねられるかわかったものではない。
 結局、カターンは一度強く拳を握った後、慎重に言葉を選びながらトンマンの言葉を翻訳した。

『彼女は、「お待ちください。私が罪を犯しました。ですから、どうか罰するのは私だけにしてくださいませんか。皆に罪はありません」……と申しました』

 諸侯の眉がぴくりと動いたのを見て、カターンは唾を飲み込んでトンマンを見た。
 ――トンマン。トンマン、君の無茶に勝算はあるのか?
 トンマンの後ろ姿からは、勝算は全く感じられない。おまけに、いつもは小さいと感じるその背が、さらにか細く見えた。一段高い場所に座る諸侯と、その周囲を守る兵卒が、聳え立つ壁のようだからだろうか。
 その時、カターンの背後で小さな咳が漏れた。ソファだった。

「陛下……申し訳、ありませ……」
「――」

 目も開けられないほど困憊し、意識が薄れつつあるソファは、もはや、逃げ出す機会を窺いながらも彼女に意識を向けているチルスクのことなど、頭になかった。トンマンの身に危機が迫っている――それだけを感じて、ソファは遠い昔の幻にひたすら許しを請うた。

「申し訳……ありませ……」

 そして、鶏林の言葉で繰り返される頼りないその声に、チルスクの鼓動は二度三度と大きく跳ねた。



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  1. 2011.12.06(火) _22:10:13
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