善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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SS 移徒楽

以前に書いた「ケベクがトンマンを暗殺しようとする話」の別バージョンです。トン&ピ前提なのにピダムはほとんど登場せず、チュンチュばっかりで、ちょっとだけアルチョン→トンマン風味です……が、お楽しみいただければ何よりですv




* *


 女王が密やかに百済との国境へ巡狩に出たと言う報せを受けたケベクは、昨年の屈辱を晴らすべく、速やかに間諜の網を張り巡らせた。

(此度こそ、新羅の者共の鼻をあかしてやる)

 所詮間男と侮っていた司量部令に敗れて以来、ケベクは生来の矜持の高さから、憤懣やる方ない思いをひたすらに修練と務めに注いできた。また、高句麗や新羅の地勢を探るべく、かねてより養い鍛えていた数十の間諜を惜しみなく他国へ撒いた。それもこれも、敵を知ることの重要性が、文字通り骨身に滲みた為だ。
 そうしてその間諜がもたらした報せは、信じられないほどケベクには幸運なものだった。



 祭祀の為に王自らが山野に足を運ぶと言うのは、そうあることではない。女王となったトンマンも、臣僚の反対やトンマン自身の判断で、滅多なことがなければ徐羅伐を空けないことにしていた。
 しかし、百済の攻勢が明確になるにつれてトンマンの考えは変わっていった。
 ――百済軍の侵攻に晒されている地の民は、どんなに不安だろう。
 女王の行幸を受けられない民は、自分達が見捨てられていると感じるかもしれない。新羅への愛国心は薄れ、いっそ、と百済に逃げてしまうかもしれない。
 トンマン自身が民であった時、彼女には愛国心などなかったからこそ、トンマンは民の心が離れてしまうことを強く危惧した。そうして、トンマンは臣僚の反対を押し切って、百済との国境に近い地域への行幸を敢行した。

「良い風だな」

 初夏の爽やかな風に揺れる青草を眼下に、軽やかな色合いの礼装を身に付けたトンマンは和やかに微笑して、傍らに立つチュンチュを振り返った。

「緑が深い。土が豊かなのだろうな」
「はい」

 輿に乗るトンマンと違って馬で旅を続けてきたチュンチュは、高く結った髪を風に靡かせながら穏やかに微笑んだ。いつもは別行動を求められることが多いだけに、珍しく同道を命じられて気分が良いらしい。また、トンマンの護衛役がアルチョンと彼の率いる侍衛府に花郎だけと言うのも、彼には心地好かった。

(おかげで、出立前は散々揉めたが……)

 主に、伽耶地方の情勢の不穏さを理由にユシンとピダムが反対したのだが、そこはトンマンが粘り勝ちを納めた。そもそも、その二人の言うことを聞くトンマンでもない。

「新羅育ちではないから、お前も私もわからぬことも多い。地勢を学ばねばならないと感じたのだ」

 と、ちょうど出立前の一騒動を思い出していたチュンチュは、その言葉に微かに瞳の色を落とした。
 ――地勢?

「……司量部令は十分に知っているように見えましたが」
「ああ……確かにピダムはよく知っているし、この辺りのことは上将軍も詳しいが、ならば尚のこと、私も知らねばならない」

 含みはないのかもしれない。ないのかもしれないが、チュンチュはトンマンの声が硬くなったことに少々拘った。
 ――ユシンとピダムが知っていようと、それは王が知っていると言う意味ではない、と言うことですか。
 だとすれば、益々彼の叔母は彼の理想に近づいていることになる。心地好い愉悦に、切れ長の双眸は自然と弧を描くように細まった。



 その夜の仮の宿は、太守の舘だった。予め定められた行程通りに行幸を続けてきたトンマンを出迎えた太守は、他の者もそうであったように隅々まで気を配った酒宴を催し、トンマンは全てが新調されたばかりの室で床についた。その室には、可憐な赤い果実をたわわに実らせた枝が飾られていた。

「イサラを飾るとは珍しいですね」
「イサラ?」
「はい。陛下、こちらへ……」

 それを見たチュンチュは、トンマンを枝の傍へ招くと果実の下に手を広げて待つよう指示した。そして、枝を掴んで、二度、三度と振った。

「あ」

 乱暴なことを――と驚くトンマンの掌に、次々に赤い実が落ちていく。唖然としているうちに受け止めきれなかった実が床に落ちて転がった。

「これがイサラ……桜桃の木です」

 そう言ってトンマンの掌から一粒摘んで食べたかと思うと、チュンチュはにっこり笑って二粒目はトンマンの前に翳した。

「……チュンチュ」
「陛下、さあ、お口を開けて」
「チュンチュ、私はお前の叔母――」
「お手が塞がっていたら食べられませんよ」

 自分で塞がせておきながらそう言うチュンチュの図々しさには、トンマンも苦笑するしかない。が、苦笑では済まない男が間に入った。

「チュンチュ公、陛下を困らせてはなりません」
「わかったわかった、侍衛府令」

 アルチョンに睨まれては悪戯もそこまでで、チュンチュは渋々花瓶の隣に置いてあった皿でトンマンの掌から実を受け取った。……と言うより、そもそもその皿にイサラを落として食べる手筈だったのを、チュンチュがわざと無視したのだ。

「はい、どうぞ、陛下」
「うん」

 すべすべした小さな実は、唇からすんなり転がり込んできて、一噛みすれば甘味が広がる。

「あ、美味しい」
「はい」

 トンマンが笑顔になると、アルチョンに横槍を刺されて唇を尖らせていたチュンチュも顔を綻ばせる。

(まだまだ子供っぽいところもあるんだなぁ)

 その様子を見たトンマンはチュンチュが下がってから秘かに苦笑して、居室で徐羅伐からの文を広げた。上大等ヨンチュンからの文は常と変わらなかったが、ピダムからの文にはトンマンが瞠目するような内容が記されていた。



 深更、夜穹には月もなく暗紫の雲がたゆたっていた。やがて翌日の祈祷を控えたトンマンが昼間に見たイサラの揺らめく庭園に出る。――ふいに、風の匂いが変わった。

「……刺客か」

 振り返ったトンマンの瞳に映ったのは、いつかに見た黒い影。

「新羅の女王……トンマン」

 ――またケベクか。
 まさか将軍が再び来るとは思っていなかったトンマンはちょっと瞬いた後、背後を振り返った。すると、それまでケベクと同様に覆面していたために闇に紛れていた人物が、すらりと剣を抜いた。

「陛下、お下がりください」
「ええ……侍衛府令」

 現れたのは、ケベクとはまだ手合わせをしたことのないアルチョンだった。下ろされた前髪から覗く眼差しが鋭くケベクを居抜き、女王との間に立ちはだかっている。それを見つめながら、トンマンは内心ほうと吐息を溢した。
 ――ピダムからの早文があって助かったな。
 もしピダムが鳩を飛ばして知らせて来なければ、ケベクに遅れを取っていたかもしれない。どれだけしつこいのか……いや、女王の命はそれだけ重いのだと自覚すべきなのだろう。地方に出る度にこのような目に遭うのは困り者だが、出ないわけにもいかない以上、こうした事態にもいい加減になれるべきなのだろう。
 微かな痛みを感じながら、トンマンはアルチョンと侍衛府がケベクを追い払うのを強い眼差しで睨んだ。



 なんとかケベクを追い払った頃には、星の位置もかなり変わっていた。さすがのアルチョンも無傷というわけにはいかず、二の腕の衣が裂けている。が、アルチョンは何も言わず手傷を負った部下らの処置を命じていたため、トンマンがそれに気がついたのは館の内に入ってからだった。

「侍衛府令」

 驚いて手を伸ばすと、慌てたようにアルチョンは身を引く。

「大した傷ではありません、陛下」
「侍衛府令、まだ血止めをしていないでしょう」
「皮が斬られただけです」
「ですが――」

 ところが、どうやらアルチョンがやけによそよそしい態度であるのは、言いたいことを必死で堪えていたかららしい。キッと振り返るや、アルチョンはトンマンの伸ばした手を掴み返して主を睨んだ。

「陛下! ですから進言したのです。わざわざ夜陰に庭に出るなど、敵を喜ばせるだけだと……!」

 怒濤のお説教が始まる気配に女王はたじろいだが、生憎とすでにその繊手は捕獲されている。
 ――この勢いで、ケベクも捕らえて欲しかったのだが。
 ケベクの尋常ならざる腕前からして、どうやら捕縛は叶わぬとは悟ったが、先刻のアルチョンは明らかにケベクの捕縛よりも、ケベクをさっさと斬り捨てることに意識が向いていた。勿論、剣を抜き払った時のアルチョンが如何に敵を倒すことに集中するかはトンマンもよく知るところだが、本当に融通が利かないらしい。

(そういう性を信頼してもいるわけだが……難しいものだな、人を使うということは……)

 ちなみに、トンマンがむうと眉を顰めているのを、アルチョンは当然ながら全く別の意味に受け取った。アルチョンの小言が不満なのだと。よって、いくらかすり傷とは言え、まだ血の滲む傷の痛みも忘れてお説教を加速させた。

「陛下、ケベクの命ごときと、玉体を損なわれることを等しくお考えになられてはなりません。陛下は――」
「――侍衛府令、それくらいにして差し上げろ」

 そこへ割って入ったのは、騒ぎを聞いて駆けつけたチュンチュだった。

「陛下、ご無事でしたか?」
「ああ、この通り大事ない。だが、侍衛府令が傷を……」
「この程度の傷は問題ではありません」

 チュンチュはまるで正反対の態度を取りながらも同じようなことを言う二人を見比べてから、とりあえず侍衛府令の命に関わりそうなことを先に告げることにした。何せ――。

「侍衛府令。ケベクのような手練れともう一戦したくなければ、まずは陛下の御手を離して差し上げろ」
「は? チュンチュ公、何を――」

 と、そこでようやくアルチョンの興奮も収まったらしい。自分が握りしめているものが鞘ではなく女王の繊手だと察した瞬間、瞬くよりも早くアルチョンは手を離し、同時に慌ただしい足音が響いた。

「陛下!!」
「ピダム」
「……来たか」

 どれほど馬を飛ばしたのか、結っていたはずの髪も半ば垂れてしまったピダムが現れて、チュンチュとアルチョンを押し退けトンマンの手を取った。

「ケベクに襲われましたか」
「ああ。だが、侍衛府令が――」
「どうして危ないことばかりなさるのですか!」

 ピダムの一喝には、アルチョンのお説教にもめげないトンマンを黙らせるだけの威力がある。明らかにしゅんとした女王の気配を見て取って、チュンチュはアルチョンの袖を引いた。ピダムが来た以上、お説教も泣き落としも、ピダムがいくらでもしてくれるだろう。
 アルチョンもそれはわかっているのか、憮然としたまま外に出る。そうして戸を閉めた瞬間、ようやく痛みを感じるようになったのか、ただでさえ鋭い眼をさらに細めた。

「侍衛府令も苦労が絶えないな」
「これしきのこと、苦労などではありません」

 その返答からチュンチュが思い出したのは、かつて一時ではあったがアルチョンがチュンチュの師であった時のこと。
 ――融通が利かず、損な役回りなのは変わらずか。
 尤も、その役回りゆえにトンマンが誰よりもアルチョンに信を置いていることも事実ではある。あとは、アルチョンがそれに満足してさえいれば良いのだが……と思い至った時、瞼に蘇ったのは、何の遠慮もなく繊手を握っていたあの手。

(……私ですら、本気で陛下に直に触れるには躊躇いがあるものだが)

 あそこまで躊躇がないというのは、どういうわけなのだろう。元は郎徒であるにしろ、公主になってからもう幾年。ピダムのみならず、アルチョンもまだ女王をどこかしら「トンマン」として見ているとは……。

(全く、良いことやら悪いことやら、判断に困る問題だ)

 どこかしら他人事のチュンチュはふっと口角を上げて、未だに憤りがおさまらないらしいアルチョンを見上げたのだった。




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  1. 2013.08.24(土) _20:03:38
  2. SS(ドラマ準拠)
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