善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

SS 巫山の夢・中

今日は善徳女王の命日ですね。
勿論、祝うような日ではないのですが、ちょっぴりそわそわします…!


* *


 それから二日が過ぎた。
 しかし、相変わらず失踪した司量部令の行方は知れず、女王の熱は神国第一の僧の祈祷にも関わらず、下がらない。
 その神国第一の僧、国統は、トンマンに代わって国政を預かる上大等ヨンチュンに、皇龍寺で百高座を設けてはどうかと提案した。勿論ヨンチュンはそれを快諾し、国中の高僧を皇龍寺に集めて仁王経を講じさせた上、百名の者が僧になることを許して仏の加護を祈念した。誠実なヨンチュンに相応しい心尽くしだ。
 けれど、それでもやはり、トンマンはなかなか回復しない。
 そして、人目を避けるピダムは、トンマンが病に倒れたことさえ知らずにいた。



 ――この花園にいて、もう何日になるのだろう?

 やけに温かい春の宵に桃花の寝床で微睡むピダムは、久方振りの怠惰を気だるく貪っていた。
 何処へなりと行けると言っても、どこへ行きたいと言う強い想いがあるわけでもない。そうなると、誰かが見つけてくれればいいとも思えて、動く気にもなれずにただ時を送るしかない。そうして、三巳日を終えたその夜から、ピダムは不思議な夢を見るようになった。

『あなたは……?』

 その夢でも、ピダムは花園にいた。しかし、そこにいるのはピダムだけではなかった。面を両手で覆って静かに涙を流す神女が、そこにいた。

『どうして泣くんですか』

 いつもなら気にも留めずにいたはずなのに、その神女の様子があまりに悲痛で、ピダムは彼女の傍に座り込んだ。
 神女はか細い声で何事か答えるものの、何と言っているのかピダムには良く聴こえない。じゃあもっと傍に、と近づこうとすると、神女の姿は桃花の嵐を纏ってふっと消えてしまう。かと思えば、今度は少し離れたところで泣いている。
 しかも、一夜、二夜と重ねるうちに、初めは神々しいばかりに高貴だった神女の姿はどんどん幼くなっていく。三夜では、もはや臈長けた女人は消えて、小娘のような神女が面も隠さず、ただそっぽを向いていた。

「あれ? もう泣かないのか?」

 二夜のうちに遠慮もなくなったのか、胡座を掻いてあっけらかんと問うピダムに、あらぬ方を向いた神女ははきはき答えた。

「泣いているうちに、腹が立ってきたんだ」
「ふーん?」

 桃花の園では何もかもがこの神女の思うままだと悟ったピダムは、敢えて彼女の顔を見ようとはせず、頭の後ろで腕を組んで横になった。曙色をした不思議な天を見上げれば、昨夜は咲き誇っていた桃花が減って、それが淋しげに感じられる。
 唐突に沸き起こった風流心をピダムは一瞬だけ訝しんだが、その時何やら腿の辺りに鈍痛が――もっと言えば、明らかに蹴られたと思しき衝撃が走って、さっと起き上がった。蹴った犯人は一人しかいない。

「何故怒っているんだと、聞かないのか」
「はぁ?」

 あらぬ方を向いたまま文句を言う神女の意外な荒っぽさに、ピダムは呆気に取られた。此方を見ようともしない癖に「話を聞け」と蹴るのは、図々しいにも程がある。

「おい」

 思わず反感を隠さずに呼び掛けると、布越しでもそうとわかる細い肩が僅かに強張った。

「なんだ」
「お前な、話を聴いて欲しければ、こっちを見ろよ。それが礼儀だろ」
「……私は神女だぞ。軽々しく顔を見せるわけにはいかない」
「あっそ。じゃあ、独りで嘆くなり怒るなりしてろよ」
「……!」

 神女は明らかに不満そうだったが、ピダムがころりと横になっても、もう蹴りは飛んでこなかった。



 そのように三夜が終わり、目覚めたピダムはさすがに可哀想だったかと思い直した。あんなに泣いていたのだから、きっと余程悲しいことがあったに違いないのだ。

「……寝るか」

 そう思うと夜まで待ってもいられず、ピダムは朝寝を始めた。



「おい」
「うわっ!」

 まさか朝から現れるとは考えていなかったのか、もう花びらが半ば散ってしまった木に寄り掛かっていた神女は、いきなり出現したピダムに驚愕してあたふたと距離を置こうとした。
 が、それでは埒が明かないと直感的に気づいたピダムは、神女の袖を掴んでその場に座り込んだ。そうなれば、纏うものが肩から滑り落ちるのを防ぐ為にも神女はその場に腰を下ろすしかない。
 それでも頑なにピダムに顔を見せようとしない神女の袖を引き千切らんばかりに強く掴みながら、ピダムはきっぱりと訊ねた。

「何がそんなに悲しかったり、腹立たしかったりするんだ? ちゃんと聴いてやるから、話してみろ」
「……」

 袖を引き抜こうともがいていた神女は、その真摯な声音にはたと抗うのを止めた。

「……聴いて、どうする?」

 暫しの沈黙の後にそう返した神女は、三夜目ほどは幼くもなく、一夜目ほど権高くもない。愛らしいと思えるその後ろ姿に、ピダムはそれが当たり前のことであるかのように応じた。

「慰めるよ」

 慰める――言うのは容易いけれども、ピダムは「誰かを慰める」と言う経験がほとんどない。せいぜい、愛しい公主を数度慰めたくらいだ。しかし、そんなことは躊躇う理由にはならなかった。可哀想だから慰める、ただそれだけだ。

「……本当に?」
「ああ。だから、ここにいる」
「それなら――」

 と、漸く振り返った神女の顔を見て、ピダムは知らず知らずのうちに「やっぱり」と苦笑していた。……対するトンマンは、苦笑どころか、憤怒の形相だったが。

「じゃあ、言ってやる。お前はこんなところで何をしている?」
「それは私が聴きたい。あなたこそ、こんなところで何をしているんだ?」
「逃げたお前を殴りに来たんだ」
「逃げた?……ああ」

 逃げたつもりもなかったが、司量部令の職をもう何日も放棄しているのは事実だ。
 その理由をどう説明したものかと口を噤むピダムに対して、トンマンはいきなり核心をついた。

「ピダム、お前は私が嫌いなのか?」
「えっ?」
「嫌いだから、憎いから、散々嫌がらせをするのか?」
「……」

 「嫌い」にも「憎い」にも「嫌がらせ」にもピンと来ないピダムは、直戴な質問に一先ず首を振った。

「違う」

 だが残念なことに、神女トンマンはその一語に嬉しそうな様子は全く見せなかった。代わりに眉間に皺を寄せて、更なる詰問に入った。

「では、何故行方を眩ました? 私から逃れたいと思ったんじゃないのか?」
「本当に逃げたいなら、もっと国境に近い場所で、馬ごと逃げてる」

 事実、ピダムは馬は厩に置きっぱなしにしてきている。
 理にかなった反論を受けて、トンマンの瞳に怪訝そうな色が浮かんだ。

「逃げるつもりがないのなら、どうして戻ってこないんだ?」
「……」

 その問いへの答えは、苦み走った自嘲の笑みと共に告げられた。

「……少し、疲れたから」
「疲れた……?」

 ところが、その答えはトンマンの逆鱗に触れるものだったらしい。

「疲れた? 疲れたから、何も言わずに逃げたのか?」

 見る見るうちにトンマンの眦が険しくなっていくのを間近に見たピダムは、反射的に居住まいを正した。

「いいえ、夜のうちに帰るつもりでした。それが、何故か午まで目が覚めなくて……」
「では、何故目が覚めた後、すぐに戻らなかった? 何故だ?」
「それは……」

 桃花に囚われて……と言うのはあまりに奇怪だと視線をさ迷わせた。
 そして、彼に袖を掴まれている為に露になっている手首を見た。見て、言葉より先に躯が動いた。

「陛下!」

 ――咄嗟に握ったその手首は、記憶にある感触よりも一回り細かった。

「何故こんなに細いのですか」

 あの狂おしい一夜に何度も握った折りですら、あまりのか細さに切なくなり、さらに恋しさが掻き立てられたくらいだったのに、その手首は今や、握ることすら躊躇われるほどに……童女のように細くなってしまっている。

「どうして……」

 その細さが不吉なものであることは、疑うべくもない。曙の雪にも似た白い肌は、もはや霞のように透き通って桃花に紛れてしまいそうだ。
 その時、漸くピダムは理解した。何故、彼が夢に遊んだ時、いつもいつも彼女がこの花園にいたかを。何故、桃花が散り急ぐのかを。

「――駄目だ!!」

 俯くトンマンの手首をしっかりと握って、ピダムは告げた。

「今すぐに、帰ります。帰りますから……!」

 ――死ぬな。
 やっとのことで言葉を接いだピダムを、トンマンは静かに見つめていた。
 そして、夢と現の境も忘れて駆け出したピダムへ微笑と泪の滲む声を投げた。

「――日暮れまでに戻らなかったら、今度こそ罰してやる」



 桃花の夢に揺らめくトンマンの枕元では、女官長がほとんど寝ずの看病を続けていた。マンミョン夫人も、宮中を退出せずに詰めきりだ。ユシンを始めとする兵部は、女王の病による混乱を抑える為に徐羅伐の兵を増やし、警備を増強している。アルチョンの侍衛府も、それに駆り出された。
 一方、チュンチュは昼はヨンチュンを支え、夜はチョンミョンの霊廟に籠った。トンマンがそうするように茵に座したその姿を、誰もが「まさに親しい叔母の回復を祈る健気な甥」――と見ていたが、チュンチュの想いはそれだけとは言いきれなかった。

(……ピダム)

 女王が倒れた理由は公的には急病とされたが、実際には、ピダムが視察に出てから日に日に女王は面窶れしていっていた。蒼白い顔色を巧みな化粧で誤魔化してはいたものの、目の肥えたチュンチュから見れば、化粧でも隠しきれない疲労が全身から滲み出ていたのだ。
 しかも、トンマンに最も近い場所に座っていたチュンチュには、トンマンが倒れる直前にアルチョンが何事か囁いたのが確と見えていた。……アルチョンの唇が、「司量部令」と囁いていたのも。
 ――ピダム。ピダム、ピダム。
 彼女は、所詮ピダムなしでは立ち行かないのだろうか。ミシルが死んだあの日、ピダムを追いかけたように……。

「チュンチュ公!」

 愁いを帯びた眼差しが鋭くなったその時、若い内官が転がり込んできた。

「陛下がお目覚めになられたか!?」

 ヨンチュンが思わず立ち上がって問い質すと、内官は顔を綻ばせた。

「はい、上大等! 陛下がお目覚めになられました……!」
「まことか!」

 チュンチュにも破顔一笑すると、ヨンチュンは仁康殿へと駆け出した。ヨンチュンの純粋な双眸は、チュンチュの瞳の奥に潜む翳を捉えることはない。
 チュンチュはヨンチュンの後を不自然でない速さで追いながら、微かに双眸を細めた。

(……思い違い……だったのか?)

 ピダムはまだ見つかっていない。だが、女王は目覚めた。
 ――ピダムのせいだと言うのは、私の気のせいだったのだろうか?



 花園の夢から飛び起きたピダムは、直ぐ様彼を捜す司量部員から馬を奪って、徐羅伐へと駆けた。
 ――もし。もしトンマンが死んでしまったら、生きてはいられない。
 何故一時でも「消えてしまおうか」などと、浅はかなことを考えてしまったのだろうか。確かに、トンマンが彼のことを案じてくれれば……と思いはしたけれども、それは「思い悩んで病になれ」と言うおぞましい願望ではない。ただ、少しでもいいから、狂おしいばかりの恋慕がもたらす苦しみをわかって欲しかった、誓ってそれだけだ。

(すぐにでも枕頭に参じねばならない。本物のトンマンの手を握って、彼女を眠りから呼び覚まさねばならない。二度と逃げたりしないと、誓わねばならない)

 馬に鞭をくれながら、ピダムはきつく奥歯を噛みしめた。どうあがいても、彼には帰る場所はそこしかない――そこにしか帰りたくないのだと、全身が叫んでいた。


 ところが、息を切らして王宮へ戻ってきたピダムを待っていたのは、トンマンが目覚めたと言う朗報と、「司量部令ピダムを仁康殿の中へ入れるな」と言う勅命だった。
 そして、それから何日も、ピダムはトンマンの手を握るどころか、療養中のその姿を見ることすら叶わずに、書簡で、あるいは人伝で寄越される数多の政務に忙殺されることとなったのだった。



関連記事
スポンサーサイト
  1. 2012.01.08(日) _00:00:00
  2. SS(ドラマ設定IFもの)
  3.  コメント:0
  4. [ edit ]

<<SS 巫山の夢・下 | BLOG TOP | SS 巫山の夢・上>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。