善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --.--.--(--) _--:--:--
  2. スポンサー広告
  3. [ edit ]

リレー連載『偽りが変化(か)わるとき』~砂漠編~ by 緋翠

なんとなく、暖かく、春っぽくなってきましたねー(´∀`)
雛人形も仕舞いましたし、そろそろ冬の間に蓄えた自慢の脂肪をどうにかせねばと思います。←

さて、続きは、リレー小説第38話です。私の担当です…が、珍しく早めに更新出来て、めっちゃ嬉しいです!やった!(すみません…)
少しでもお楽しみ頂ければ、何よりですv


* *


 ヴィーナの音色が、月の光から零れ落ちたかのように、何処からともなく流れてくる。身毒の商人が奏でる夜のラーガは、故郷を遥か彼方に置き去った者達の心を優しく包んで、帰路を照らし出す。
 そして、その音色に導かれるように、チルスクの眼前に一通の書状が現れた。そこに書かれていた宛名は、忘れるはずもない、国仙の名。

「……ムン、ノ……!」

 その名は、チルスクの身体に鋭く刻まれている古傷を疼かせるには、十分過ぎた。すぐ傍に落ちた美しい短刀すらも目に入らぬほどに、神経が高ぶった、次の瞬間。
 ――カタリ。

「!」

 研ぎ澄まされた五感は、ヴィーナの音色に混じる微かな物音を、聞き逃さなかった。
 そして、皮肉にも、その物音がチルスクの心を鎮め、彼を「在るべき姿」へ引き戻した。故郷にいた頃の在るべき姿……赤子をも見逃さぬ、冷徹な殺手へと。
 ――双子だ。間違いない。トンマンは、双子の片割れだ。

『人は、誰しも過ちを犯す。力及ばぬ時も……うっかりする時もある。……そう、人にはそんな時もある。――だが、私の部下には過ちは許されない』

 蘇るのは、薄闇を切り裂く、玲瓏の聲。

『侍女と赤ん坊を捜し出せ。何年かかろうと、何人死のうと構わない。必ず捜し出せ!!』

 あの刻、花郎チルスクは血飛沫の洗礼を受けた女神に、全てを捧げたのだ。哀れみも、幸福も。

 記憶の片隅に座り込む女が、大きく、大きく育った赤子の手を引くのを見て、チルスクは軋む床を踏み出した。



 僅かに刻は遡る。
 ソファは、狂ったように階下を見下ろす手摺に寄り掛かり、『息子』の名を叫んだ。

「ピダム、ピダムいらっしゃい!!」

 けれども、階下には人も疎らで、商人達はヴィーナの調べに惹かれて庭に出ている。その様子を入り口に寄り掛かって見ていたアサドが、引き攣った叫び声を聞いて顔を上げた。

「ソファ、ピダムなら、ザズとうちの倉に酒を取りに行ったぞ。力仕事なら、代わりにやるが――」
「……っ」
「ソファ?」

 灯りのせいだけではないだろう、名を呼ばれてあからさまに強張った顔を見て、アサドは怪訝そうに眉を顰めて、その背を壁から離した。

「どうした? 何か……」
「来ないで!」

 が、それはいつになく鋭いソファの声に、雷に打たれたかのように動けなくなった。強面の男相手なら決して怯まぬアサドも、寝込みがちな女にはあまり強気には出れない。

「あ、ああ……」

 剣幕に圧倒されて引き下がりはしたものの、どう見てもソファは尋常な様子ではない。ピダムが帰ってきたら、真っ先に母のところへ行くよう伝えた方が良さそうだ。
 ちょうど、ヴィーナの音色にうっとりと聞き入って猫のように丸くなっている息子を見つけたアサドは、くいっとその髪を軽く引っ張って、耳元で囁いた。

「アル」
「……」

 くるりと振り向いたアルは、誰ぞのご相伴に預かったのか、ほんのり頬を赤らめている。それを見たアサドは、長く尾を引く溜め息を漏らしてから、アルの髪をくしゃくしゃと撫でた。

「アル、もう寝る時間だ。家に帰って、ザズとピダムにもさっさと戻ってくるよう言ってから、布団に入れ」
「……もうちょっと、だけ」
「駄目だ。もう寝ろ。母さんが怒るぞ」
「……」

 ぷすぷす頬を膨らませたアルは、棚の上からぴょんと飛び下りて、走り出した。

「駱駝に躓くなよ!!……ったく、子供ってやつぁ走らんと死ぬのかよ」

 苦笑しながら、アサドはピダムが持ってくるだろう酒を受け取る為に、外で息子達を待った。

 一方、ヴィーナの音色に少し心も鎮まったのか、ソファは今すぐにピダムを捕まえることは無理だと理解するや、トンマンの元へ戻った。

「ピダム……そうよ、ピダムは道々連れていけばいいわ」

 ザズの家に行く道は決まっている。荷を纏めて、駱駝に乗ってその道を行き、ピダムを拾っていけばいいのだ。ピダムはトンマンより早く生まれているせいか、このオアシスに落ち着くまでの放浪にもトンマンよりは理解がある。ソファが出ていくと言えば、それだけの理由があるのだと察するだろう。
 ソファは立ち竦むトンマンの手を、否やを許さぬ力で掴むや、ぐっと引っ張った。

「母さん」

 ――あの男に感づかれる前に、逃げなければ。砂漠へ……闇に紛れて、砂漠へ逃れるしかない。

「母さん、どうしたの?」
「行ったでしょ。行くのよ。出て行くのよ!」
「どうして? 何があったの? 母さん、訳がわからないよ」

 トンマンは明らかに困っていた。おじさんと言い母と言い、別れの夜に何をしているのだろうか。そして、何故二人ともが……一瞬だけ見た二人の両の眼が、恐ろしく釣り上がっているのだろう?

「逃げるのよ。来なさい、早く!」
「母さん、それじゃわからないよ。ちゃんと説明し――」
「黙りなさい!!」

 思いもよらぬ一喝に、トンマンはびくっと震えた後、益々声を高めた。

「母さん、おかしいよ! いったいどうしたの?」
「トンマン、砂避けの外套を着なさい。ピダムのぶんも! それに……それに、水と食糧も要るわ。急いで!!」

 ソファの言葉が意味することは、一つ。砂漠へ向かうと言うことだ。となれば、それはこの旅閣を、このオアシスを棄てることをも意味する。
 とうとう我慢出来なくなって、トンマンはソファの手を引っ張り返した。

「なんで! どうしてなの、母さん!!」

 けれど、振り返ったソファの顔は、トンマンのものとは比べ物にならないほど切迫していた。そして、ソファはかつてない重苦しい声で、泣き喚いているかのように叫んだ。

「殺されるわ!!」
「え……?」
「行くわよ。早く、早く荷物を――」

 いや、すでにソファは泣いていたのかもしれない。ギシッと床板が軋む音がして、トンマンの背後を見たソファの瞳が転がり落ちそうなほどに見開かれて……そして、トンマンはふと、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。

「――ソファ」

 ヴィーナの調べに深みを与える、豊かな聲。滑らかな鶏林語。行方知れずの捜し人。赤子を連れた侍女。どこの誰かも知らぬ父。
 全て、別の、互いに関わりのない事柄のはずだ。トンマンにも、ソファにも、ピダムにも、関わりのないこと。そう、関わりのない――。

「ソファ……ソファ(昭火)か」
「おじさん、何か用? どうしたの?」

 トンマンの手を掴むソファの手は、ぶるぶると痙攣していた。その手を隠すように、トンマンはじりじり後退した。後ろには、大道芸をこなす一団の室がある。そこへ行って、どうなる? この屈強な男を、ぼろぼろの板戸は防いでくれるだろうか? 下にいるカターンおじさん達が……兄さんが来るまで、母さんを護れるだろうか?
 トンマンは、いやに冷静に身を護ることを考えていた。――冷静さを喪った瞬間、死ぬのだと、身体が勝手にそうしていた。

「……『あの子』なのか?」

 チルスクは不思議と、生き別れになった肉親さながらの情の籠った眼差しで、トンマンを見下ろした。
 その眼差しに我を取り戻して、ソファはトンマンを後ろの部屋へ追いやり、自らチルスクの前に立ちはだかった。

「違います……この子は……こ、この子は、私の子です!」

 されど、吃りがちなソファの悲痛な叫びは、チルスクの確信を深めるだけの力しか持たなかった。

「鶏林から、ここまで……? 赤子を抱えて、その体で……逃げてきたのか……」

 ところが、そこでふいにチルスクは眉宇を歪めた。

「だが、何故『あの子』に兄がいる……?」

 微かに漏れた呟きは、初めてトンマンの瞳を不安げに揺らめかせた。

(今のは……どう言う意味? 兄さんがいちゃ、いけないの?)

 ――赤子を抱えて逃げた侍女を捜すのが、任務だった。
 赤子。赤子は、女の赤子。いや、それでは……。

(母さんが、母さんが侍女なら……?)

 いるはずのない兄がいると言うなら、チルスクの捜す赤子は、トンマンではないはず。だと言うのに、チルスクはトンマンがその赤子だとその眼差しで語っている。ソファの震えも、そう物語っている。トンマンもまた、「そんなはずはない」と言えずにいる。

(誰なの? 『私達』は……誰なの?)

 本当は、知りたかった。二人も子を成したのに、母を見捨てた父がいったい誰なのか、心の奥底ではずっとずっと気になっていた。
 その答えに、今なら手が届きそうな気がした。
 そして、それは……トンマンと、ソファの命と、引き換えなのだと直感的に悟った瞬間、ソファが叫んだ。

「逃げて!!」

 ……いつの間にか、ヴィーナの調べは消えていた。夢に見た故郷を手繰り寄せる細い弦は切れ、後に残るのは、目の前の現だけだった。



関連記事
スポンサーサイト
  1. 2012.03.07(水) _21:00:00
  2. リレー小説『偽りが変化(か)わるとき』
  3.  コメント:0
  4. [ edit ]

<<『不幸の見本市』を見つけたら。@トン&ピ | BLOG TOP | 2月28日に頂いたコメントへの返信>>

comment


 管理者にだけ表示を許可する
 




PAGE
TOP

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。