善徳女王の感想と二次創作を中心に活動中。

RhododendRon別荘

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善徳女王時代の権力者代表は…。

※一個前の記事の続きです。


チュンチュとユシンは、確かに名コンビとして三韓一統に多大な貢献をしました。でも、だからと言って、なんでもかんでも彼らの得になり、彼らの勝利だった…と言うことはなかったと思うんですよ。
特に、善徳女王時代のチュンチュは、ぶっちゃけると全く功績を上げていません。チュンチュがしたことは、無謀にも政変から半年も経っていない高句麗に乗り込み(行かされて?)、外交交渉に失敗して、善徳女王とユシンに救出の為の軍を出させたことだけです。官職すら定かではありません。(『三国史記』によれば、チュンチュの官品は伊[冫食]とありますが、『史記』はたまに官位の表記が不正確ですし、年齢的にも、『書記』に記されている大阿[冫食]がしっくり来るような…)
ただ、軍を出してまで助けられたのは、彼の身分あるいは後ろ楯がかなりの力を持っていたからだと考えられます。そして、その後ろ楯こそが、チュンチュを養嗣子としたヨンチュンであり、善徳女王時代のチュンチュはヨンチュンあっての存在だったのではないか…と言う話を、以下つらつらと語っていきますー。


* *


●チュンチュがヨンチュンの養嗣子(後継ぎ)になった理由●

幼少期から真平王に可愛がられて、善徳女王の皇婿だったヨンチュンは、『花郎世紀』では非常に用心深い人物として描写されています。廃位された父・真智王の二の舞にならないよう、慎重に振る舞っているんです。 ※欽飯と乙祭は、あくまでヨンチュンの「副」、つまり側室扱いでした。
そんな彼の正妻は常に公主であり、妾三人は、先輩花郎の娘二人と有能な郎徒の娘でした。が、正妻との間に男子がいません。
新羅はああ見えて妻妾や夫と情人の差がはっきりしている国なので、妾の子は嫡男にはなれません。つまり、人生五十年が過ぎても、ヨンチュンには嫡男がなく、戦功も身分もどんどん上がっているのに、それを引き継ぐ者はいないままと言う困った事態に陥っていました。
と言うわけで、ヨンチュンは善徳女王の婿になるのを固辞して側室を持たせた後、チョンミョン公主を正妻に迎えて、甥のチュンチュを養嗣子としました。以後、チュンチュはヨンチュンの嫡男として生きることになります。

皇龍寺の記録などとも付き合わせると、この養子話は、病弱で戦功のないヨンスと、正妻の間に男子のないヨンチュンが、チョンミョン公主やトンマンとも相談した上で、政治的な判断を下したのだと考えられます。
トンマンが即位した時、ヨンチュンは58歳。子を成すには高齢と言えますし、万が一の時の為に、ヨンチュンの権力を引き継いでトンマンを支えるヨンチュン一派の後継者の選定をすべき年齢だと言えます。

また、ヨンチュンはチドが王后になってから産んだ子ですが、ヨンスは、チドがまだトンニュン太子・真智王の両方に仕えていた時代に産んだ子でした。結果的に、父親もどちらか定かではないと『花郎世紀』に書かれてしまっています。チュンチュからすれば、身分的にも実力的にも、ヨンチュンの方が「父(後見人)」として頼もしいことは間違いなく、利害は一致しています。

●ヨンチュンの閨閥で支配された大耶城●

「善徳女王時代に権力を持っていたのは、チュンチュじゃなくて、ヨンチュンだったんじゃないか?」と管理人が思ったのは、642年の大耶城落城関係の『三国史記』と『花郎世紀』の記述を纏めていた時です。
「大耶城の都督(大耶州軍主)・品釈はチュンチュの娘婿」だと『史記』に明記されている為に、そればかり気になっていましたが、実は大耶城の上官には、ヨンチュンの親族が多く名を連ねているんですよ。

<ヨンチュンを中心とした家系図>
ヨンチュン家系図1
↑書き忘れましたが、黄色はチド王后の血筋だと言う意味です(;・∀・)

↑の家系図で、名前が青字の人は、大耶城で戦死した人達です。このうち、品釈が降伏して斬首されたのに対し、徹底抗戦を選んで戦死した舎知の竹竹と龍石は、ヨンチュンの妾の甥と、ヨンチュンの庶子なんです。
ドラマではテナムボはミセンの子と言うことになっていますが、『花郎世紀』によれば、彼はテ・ナムボつまりテ氏一族で、ヨンチュンが花郎だった頃に抜擢した庶民でした。その後、テ・ナムボの娘テ氏はヨンチュンの妾となりましたし、息子達もヨンチュンに忠誠を誓っており、テ・ナムボの一族は、ヨンチュンにとって股肱の家臣であったと推測出来ます。
つまり、大耶城を実質的に支配していたのは、

・品釈(ヨンチュンの嫡男チュンチュの娘婿)
・竹竹(ヨンチュンの妾・テ氏の甥)
・龍石(ヨンチュンとテ氏の子。庶子)


の三人で、いずれもヨンチュンの傘下にいたであろうと思われます。(ちなみに、ヨンチュンは正室との間に男子がいないので、庶子と言えど大事に扱われていたはずです)
特に、ヨンチュンが従える者達の中でも、無類の忠誠心を持つと『花郎世紀』に記されたテ・ナムボ一族が、大耶城には送り込まれていました。品釈が降伏しても竹竹らが戦い抜いたのは、むざむざ落城を許せば、要衝を守れなかった責任がヨンチュンに及ぶ為でもあったのではないでしょうか。
そして、竹竹は級[冫食]を、龍石は級[冫食]より官品の低い大奈麻を追贈されました。竹竹の方が上なのは、ヨンチュンのテ氏一族への配慮であり、嫡男の娘婿が落城の原因だった為に、ヨンチュンは戦死した自分の息子に対して甘い顔が出来なかったからではないか、と考えられます。

ちなみに、龍石の同父母姉・龍泰は、チュンチュの側室で、仁泰を産んでいます。仁泰はチュンチュの即位後、太子ポプミンに次ぐ厚待遇を受けていて、チュンチュにとってもテ氏一族が重要であったことを感じさせます。

一個前のユシンのくだりでも語った通り、大耶城は対百済戦線における最前線の超重要拠点です。その城をヨンチュン一族が支配していたと言うことは、少なくとも対百済の軍事・外交に対して、ヨンチュンがかなりの発言力を持っていたのだと言えるのではないでしょうか?

●徐羅伐でのヨンチュン●

とは言え、大耶城一つでヨンチュンに権力があったとは言えません。確かに女王の第一の婿で、寵愛されていましたが、貴族勢力が強い新羅では、それだけで最高権力者にはなれません。
と言うわけで、善徳女王時代の任官を見てみると、なかなか面白いことになっています。

(ヨンチュン→内省私臣兼皇婿。王宮・梁宮・沙梁宮を管理)
632年2月、乙祭(ウルチェ。女王の第三の婿)→上大等?(国政を輔佐)
632年?、廉長→調府令?
636年正月、水品→上大等。
637年正月、伊[冫食]・思眞→角干(第一等)。
同年七月、アルチョン→大将軍。
639年2月、真珠→北の小京の仕臣(仕大等。長官)。
<642年8月、大耶城陥落。>
同年冬、ユ信→押梁州軍主。
643年3月、慈蔵帰国。→国統。
644年9月、ユ信→上将軍。

645年11月、毘曇→上大等。

この色で書かれた三人は、家系図で見ての通り、ヨンチュンの親戚か、閨閥です。
右を見ても左を見ても血の繋がっている新羅ではありますがw、それにしても、母を同じくする弟・廉長と、その妹・天長の夫・水品と、妾・紅珠の兄(かつ、自分を取り立ててくれた風月主・秘宝の息子)・真珠は、かなり近い仲です。
同母兄弟の絆の強さに関しては『花郎世紀』に幾つも例がありますし、ヨンチュン自身が、異父姉・龍明公主が真平王の寵愛を受けていることで、真平王に可愛がられて出世しています。真骨正統か大元神統か、血統が母の血筋で決まる新羅では、母を同じくする兄弟の仲は、例え父親が違おうと、非常に強固でした。
ヨンチュンの場合も、異父弟・廉長は目端の利く人物で、善徳女王の即位にあたって功績を上げていますが、これは、ヨンチュンが女王の婿だからこそ、一族あげてトンマンを盛り立てて、智道一族をのしあげていこうとしたのではないかなと言う気がします。

ついでに言えば、トンマンの場合、本来なら強力な後援者である母后(マヤ)が成人前に崩御しています。こう言う場合、母后が生きている場合と比べると、母方の親戚との縁は薄くなりがちますし、父王の兄弟はライバルであって、頼るわけにもいきません。
となると、頼りになるのは配偶者の親族です。
それもあって、男の王が妻の一族に強力に援助してもらうように、女の王たるトンマンは、婿のヨンス・ヨンチュン一族…つまりは智道一族に支えられて、即位後約十年を過ごした可能性が高いと思うんですよー。

ちなみに、真珠が仕臣として守ることになった北の小京とは、東海岸沿いにある何瑟羅州のことで、靺鞨との国境線を防備するのが責務です。(靺鞨とは、後に統一新羅と旧高句麗領土を二分した渤海を構成するようになった民族で、百済、高句麗と並んで新羅にとっては手強い隣国でした。)
テ氏一族には対百済戦線を、大伽耶末裔の真珠には対靺鞨戦線をと、ヨンチュンは自分の妾の一族を積極的に登用して、新羅の国境線に送り込んでいたことがわかります。

さて、皇婿ヨンチュンの強固な閨閥に支えられて国境線を防衛していたトンマンでしたが、大耶城落城&チュンチュの外交交渉失敗によって、ヨンチュンの権威が失墜し、トンマン自身にもダメージがあったことは、想像に難くありません。一個前の記事でも書いたように、大耶城は対百済における最前線で、決して陥落されてはならない城だからです。
閨閥が上手く機能しなくなれば、王は次なる側近を必要とします。
そこでクローズアップされてくるのが、↑でこの色で表記されたトンマンの自身の叔父やいとこ達や、トンマン自身が抜擢した元風月主の礼元・善品・良図です。

そんなわけで、大耶城落城によりヨンチュンの吸引力が弱まった為に、トンマンも臣下も変わっていき、ヨンチュン派として纏まっていた人達が分裂していったのではないか…と思いまして。
ヨンチュンが皇婿としてドンと構えていることである意味ピラミッドのように安定していた政権が崩れ、その結果、『ピダムの乱』を通して壮年のトンマンと高齢のヨンチュン・廉長兄弟は退去することとなった。一方で、息子世代の春長(廉長の息子)と天光(水品と天長の息子)は功を立てて生き残り、真徳女王―アルチョン体制下に組み込まれた。真徳女王も積極的に彼らを受け入れたものの、一時は善徳女王―ヨンチュンの後継者扱いだったチュンチュは、人質に出された。ユシンはユシンで、ドラマのヨンスみたいに、大耶城奪還の為に最前線で間断なく戦い続けた。

……とまあ、こう言う可能性もありますよね!と、ヨウォンさんの誕生日が終わったので(?)、あれこれ語ってみましたv



オマケに。
善徳女王時代のチュンチュの官職がわからんと書きましたが、ヨンチュンの対百済&靺鞨戦線の人事を見るに、チュンチュもまた、新羅北部に駐在して、対高句麗戦線を担っていた可能性もあるのではないか、と考えています。
と言うのも、対高句麗の最前線は七重城ですが、その七重城には軍主は置かれていないので、対高句麗戦線におけるトップは、新羅北部の中央に位置する牛頭州の軍主だったりします。
真徳女王は、即位後すぐにアルチョンを上大等に任命するのと同時に、この牛頭州軍主に大阿[冫食]の守勝を任命しているんですよ。つまり、善徳女王時代は別の人が軍主で、真徳女王は真っ先にその人事を入れ替えるぐらい、前任者が目障りな人間だったようなんです。
もしかしたら、前任者はピダムの乱で処刑された人の中にいたのかもしれませんが、『日本書紀』によれば、当時のチュンチュはお誂え向きなことに、大阿[冫食]でした。穿った見方をするなら、もしかしたら、チュンチュはそもそも牛首州軍主として対高句麗戦線を担当しており、だからこそ高句麗の内情も知っていて交渉に赴いたし、牛首州軍主だからこそ、チュンチュ自身が娘の仇を討つ為に百済と戦うことは許されなかったのかなーと…。
あくまで、推測ではありますが(ノд`;)

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  1. 2012.04.11(水) _00:00:00
  2. 新羅歴史談義?
  3.  コメント:8
  4. [ edit ]

<<SS 夜桜 | BLOG TOP | 本当に、ピダムの乱でユシンとチュンチュは得をしたんだろーか…? ※追記>>

comment

  1. 2012/04/13(金) 17:31:44 
  2. URL 
  3. ももちき 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様

はじめまして、ももちきと申します。
先日善徳女王完全版をすべて見終わり、最終話でぼろぼろになり(笑)ネットをさまよっていたところ、こちらのブログにたどり着きました。
緋翠さまの最終回の解釈、その後の話にどれだけ心が救われたでしょう。最終回の後、冗談ではなく二日間寝込んだわたしですが、ようやく自分なりの物語を構成し、立ち直れそうな気がしています。
なぜ最後までピダムは降伏しなかったか。なぜ女王の目の前で死んだか。考えては悲しくなっていたけれど、あれはピダムにしかできない反逆という名の愛の表現であり、だからこそ自分の命をかけたのだと思いました。そういう視点を持てると、悲しくてやりきれなかっただけの自分の心から、あれはトンマンとピダムが行きついた愛の形なのだと。死を見届けたトンマンも、ピダムが命をかけて名前を呼んでくれたその事実に、女としての幸せを感じたであろうという気持ちも持てました。そして、あの最終回の舞台はトンマンの舞台であり、女王としての心、女としての心の葛藤の象徴であるとの緋翠さまの解釈にはもう脱帽ものです。

このブログに出会えなければ、もっとずっとひきずっていたと思いますので本当に感謝しています。衝撃の死以後の二人の黄泉の国での続きに救われました。

これからもブログの更新楽しみにさせていただきます。
よろしくお願いします^^

ももちき様へ

  1. 2012/04/15(日) 23:47:29 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
ももちき様、はじめまして!管理人の緋翠と申します。お返事が遅れて、すみませんでした…!(汗)

> 先日善徳女王完全版をすべて見終わり、最終話でぼろぼろになり(笑)ネットをさまよっていたところ、

ありがとうございますvv ももちき様が通った道は、二年前の私と全く同じ道です(爆) 私の場合は、まだ日本初放送だった頃の為か、二次創作は全く見つからず、結局一週間泣き続けた後(笑)、「書こう。書かなきゃ(私が)救われん!」と二次創作を書き始めました。
なので、二日間寝込んだももちき様のお気持ち、凄くわかります。本っ当に、凄まじいダメージでした…。ちょうど家族で視聴していたのですが、最終回の間、家族全員黙りこくって画面に見入り、泣いていたのも人生で初で(笑)

> なぜ最後までピダムは降伏しなかったか。なぜ女王の目の前で死んだか。

これは、見ている時は違和感を覚えたりすることはなく、むしろ、最初に見た時から、「ピダムにとって、来るべきところへ来たんだ」と感じることが出来たのですが、いざその気持ちを文字にして整理しようとすると、最終回ショックが蘇ってきて、グダグダになった、超重要なテーマでした。
上手く言えないのですが、トンマンとピダムは、乱が起きずに二人で隠居したとしても、きっと本当の意味でどこまでお互いの想いが深いのかは、わかりあえなかったような気がするんです。乱があったからこそ、トンマンが女王としての全てを擲ってまでピダムを愛したことをピダムは知ることが出来たし、トンマンもまた、ピダムがあれだけ大規模な乱を起こしたからこそ、全てを手に出来たピダムが本当に求めたものがトンマンであることを知ることが出来たのではないかなと…。

> あの最終回の舞台はトンマンの舞台であり、女王としての心、女としての心の葛藤の象徴であるとの緋翠さまの解釈にはもう脱帽ものです。

ありがとうございます…!個人的に、すごくお気に入りの記事です!(*´∀`*)
黄泉の国での続きも、二人のルーツに触れるようで、書いて良かったと心から感じています。どちらも、ももちき様のお役に立てて、嬉しいですーvv

最後に、応援ありがとうございます。これからも、出来る限り善徳女王の良いところを見つけて、目指せブルーレイ化!(音楽差し替えなし!)を目指して記事を増やしていきます!(笑)

緋翠さん、こんばんはv

  1. 2012/04/16(月) 19:42:38 
  2. URL 
  3. mukuge(むくげ) 
  4. [ 編集 ] 
SS夜桜にて一足先にお花見気分を味あわせてもらいました。こちらは例年GWぐらいなんですけど、今年はもっと遅そうなので。
そして頭の中だけは能天気に1年中春っぽい私ですが、週末に頭を休ませたあともう一度ゆっくりこの記事読み直してみました。龍春と春秋の関係の話、面白かったです。

『善徳女王の真実』では、善徳女王の最側近である龍春らが陛下が崩御したとされたすぐ後に亡くなっているということも、金庾信と金春秋が善徳女王を廃位したという根拠のひとつとしてあげていました。首謀者であるピダムが死んでいるのにもかかわらず龍春が排除されたのは、首謀者がピダムではなく他にいるから…それが金庾信と金春秋だということを著者は言いたいのかなと私は受け止めたんですが。
でも緋翠さんがおっしゃるように春秋の後ろ盾が龍春であったとしたならば。
庾信と春秋が乱の首謀者であるとしたら、龍春を排除する理由は全く無いですよね。
そうなると陛下を廃位させ幽閉させた犯人はホント一体誰なんでしょうね?(私の頭の中は、陛下が幽閉され、ピダムが濡れ衣という前提から抜け出せなくなっています)
真徳女王スンマン…これも緋翠さんの前の記事からですが、唐から来た超絶イケメン有能皇族がスンマンを篭絡したのだとしたら!とか色々想像が広がってますw

そして、庾信と春秋繋がりで少し気になっていることがあるんですが、実は来月慶州に行く予定でして。それで今ガイドブック等を色々見ている最中なんですが、陛下のお墓は松林の中にひっそりとある本当にシンプルなものですが、庾信と春秋のお墓ってものすごく豪華ですよね。春秋こと武烈王は王だからいいとして、庾信は王ではないのにこの豪華さ。乱の首謀者とは言わないまでも、どうして?とついつい勘繰ってしまいます。やっかみとも言いますw いえ通説どおり、陛下の墓は遺言どおりで、庾信と武烈王は三韓統一の英雄だからと言われればぐうの音も出ないんですが…せめて、陛下のお墓の周りを花畑にするとか気持ち的にもっと飾ってあげたいです。やはり黄色い野の花が良いでしょうかね(笑)

mukuge様へ

  1. 2012/04/17(火) 00:22:20 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
mukugeさん、こんばんは~v
ついつい自分の住む地域を基準に、「散り終わりそうな頃に桜ネタって、ズレとるなw」と自虐していたのですが(笑)、そーでした、北海では桜はまだ先でしたー!おお、ホッとしました…!mukugeさんの春先取りになって良かったですvv

そして、マニアックな話題にコメントを頂けて、嬉しいですw こういうトークが大好きなので、気合を入れてお返事を!(※若干ウザいです)

> 『善徳女王の真実』では、善徳女王の最側近である龍春らが陛下が崩御したとされたすぐ後に亡くなっているということも、金庾信と金春秋が善徳女王を廃位したという根拠のひとつとしてあげていました。首謀者であるピダムが死んでいるのにもかかわらず龍春が排除されたのは、首謀者がピダムではなく他にいるから…それが金庾信と金春秋だということを著者は言いたいのかなと私は受け止めたんですが。

『三国史記』だけだとよくわからないんですが、『花郎世紀』を参考資料に加えるのであれば、金庾信と金春秋は謂れなき濡れ衣を着せられているのではないかと感じます。
と言うのも、ヨンチュンのことだけでなく、善徳女王時代には二十世風月主を務めてからトンマンに抜擢され、寵愛されていた礼元と言う人がいるのですが、この人がピダムの乱の後から649年に金春秋が唐に行く際に同行を依頼するまでの一年半以上、30代の若さで隠居させられているんですよ。
でも、この礼元は、金庾信の右腕とも言うべき同父母弟の欽純(十九世風月主。『史記』にも記述あり)の妻妾の異母兄で、礼元と欽純の妻妾は、腹違いではあるけれども物凄く親しかったと言う記述が『花郎世紀』にはありました。また、礼元の母はマンミョンの異父妹でもあり、礼元の同父母妹の宝龍は、643年に寡婦になった後、一時的にムニの息子達の乳母も務めていて、金庾信とも金春秋とも非常に親しいと考えられます。金庾信と金春秋が首謀者なら、礼元を隠居させる理由がないんですねー。

> そうなると陛下を廃位させ幽閉させた犯人はホント一体誰なんでしょうね?(私の頭の中は、陛下が幽閉され、ピダムが濡れ衣という前提から抜け出せなくなっています)

私も抜け出せませんw
少なくとも、乱の翌月に唐から即位の承認が降りていると言うのは速過ぎますし。ピダムの乱の時には、日本の高向玄理が滞在していたことは確実ですが、それだけでなく、唐側からも諸々の外交的な策略が仕掛けられていたのかもしれません。(唐は645年に高句麗遠征に失敗したばかりですから、新羅の君主とは深く連携していたかったはずですし) 唐から来た超絶イケメン有能皇族が腹黒く立ち回ったとすれば、物語的にはすんごく美味しいですよねー!可能性がゼロじゃないところもツボですww

>庾信のお墓。

庾信のお墓の豪華さに関しては、いくつか理由が考えられますねー。

1.庾信自身が死去当時、王に匹敵する権威の持ち主だった。
春秋がわりと早死にした為に、文武王時代、庾信は「王の母である文明太后の実兄」で、尚且つ「文武王の同父母妹・チソ公主の夫」でした。しかも、『太大角干』と言う、結局庾信にしか与えられなかった「角干の上の上」と言う限りなく王に近い称号を持っていましたし、庾信の死後(陵が造られる頃)もチソ公主は多大な権威と尊崇を得ていたようですし(莫大な年金を貰っていたと言う記述が『史記』に)。
2.金官伽耶一族が、自分達の地位を確固たるものとすべく、記念碑的な意味で庾信の墓をゴージャスにした。
庾信が死ぬ頃には、百済と高句麗の遺民が宮廷に混じるようになっています。チソ公主にしろ、庾信の息子達にしろ、庾信を盛大に祀ることで、自分達の地位を保つ必要があったでしょうし、何より、文武王にとっては、庾信を半ば王として扱うことで、新羅の王としてはイマイチ血筋が良くない自分の権威を高める必要があったのかなーと…。
3.後代になって、金海金氏がさらに華麗な陵墓にした。
金海金氏は、wikiによると、庾信の金官伽耶一族の末裔で、今韓国で一番多い姓なんだそうです。歴史的にも金海金氏は政治の表舞台に立つことも多かったですし、自分達のルーツが如何に素晴らしいかを証明するのに、三韓統一の中心人物であった金庾信ほど適任な人はいないでしょうから、それもあってお墓が豪華なのかなーと。

以上、やっかみを抑えてw、真面目に考えてみました。mukugeさんの参考になりますようにv
んでもって、陛下のお墓は、きっと庾信や春秋みたいに人目につくところだったり、石像が多かったりすると、黒い人が嫉妬するんじゃないでしょうか。「俺のトンマンのお墓を人目に晒すなんて!」と、森に生まれ変わって(とりついて?(恐))いる黒い人の姿が、見えます…(-∀-) それで、きっと、誰もいない時に、黄色い野の花を咲かせるに違いない…!(妄想)

緋翠さん、ふたたびこんばんはv

  1. 2012/04/18(水) 23:05:25 
  2. URL 
  3. mukuge(むくげ) 
  4. [ 編集 ] 
熱く内容の濃いレスを早々にありがとうございまーす。(全然ウザくないです、大丈夫です/笑)
なるほど、庾信や春秋に近い礼元という人も龍春と同じように失脚しているんですね。そうすると、その礼元のことがウザかった人が首謀者の可能性もあるんですね。(ワクワク)
そして、私のお墓に関するつぶやきにも丁寧にありがとうございます。緋翠さんにお返事いただいて、すっかり頭から抜けてたことを思い出しました。そうですよね、武烈王以降の王は真骨でしたね、そういえば。前代まで続いていた聖骨の血が絶えたゆえに、権威を高めるためにとても近しい親族である庾信のお墓を意図的に豪華に盛りたてたと考えるとすっきりします。いくら庾信が王に近い権力を持っていたとはいえ、十二支神が墓を守っている風で凄すぎだろうと思ってたので(笑)とても参考になりました、ありがとうございます。
そして、トンマン以外の目には見えない黄色いお花、ロマンチックですね~♪
あ、ご覧の通りお返事くださったことのお返事なので(笑)、このままこのコメントは放置しておいてくださって大丈夫でーす(^^)

  1. 2012/04/20(金) 00:35:15 
  2. URL 
  3. ももちき 
  4. [ 編集 ] 
緋翠様

お返事ありがとうございます。
緋翠様の奥深い考察を読ませていただき、いわゆる「ピダム廃人」から立ち直り、考察をもとにもう一度見返したい!ということで、ピダム登場から見直しているところです。

緋翠様も二年前、わたしと同じ状態であったこと。そして、それがきっかけで二次創作を始められたとのこと。本当にありがとうございます!!緋翠様に救われている方、たくさんいると思います。寝込んだのはわたしだけじゃなかったのだと思うと大変心強いです。(笑)

>乱があったからこそ、トンマンが女王としての全てを擲ってまでピダムを愛したことをピダムは知ることが出来たし、トンマンもまた、ピダムがあれだけ大規模な乱を起こしたからこそ、全てを手に出来たピダムが本当に求めたものがトンマンであることを知ることが出来たのではないかなと…。

本当にそうですね。あれはただ悲しいだけの舞台ではない。愛の深さを知る大切な場面なのですね。ただ、後に残る悲しみが麻薬級ですが。汗

見直すと気づくことがたくさんありますね~。
ピダム最初は俗世に出られて楽しいだけだったんだな。でも、ムンノ冷たすぎるし、トンマンに認めてもらいたいけどやり方間違えるから離れていかれるし。その隙にユシンにいいところもってかれて嫉妬することになったり。本当にダメだけど、愛すべきキャラです。
あとは、サンタクを見ながら「最後はいい働きするのよ」とか、ユシンを見ながら「あんたがピダム殺すんだよ~(怒)」とか、投げかけながら見てます。なかなか楽しい。
そうそう、緋翠様!ここからが本題です!!ご存じかもしれませんが、ブルーレイ出ますね!一応URL貼っておきます!めちゃめちゃ欲しいんですけど・・・(あやしいところにはとびませんのでご安心を。(笑))

http://www.amazon.co.jp/%E5%96%84%E5%BE%B3%E5%A5%B3%E7%8E%8B-%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%88%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88-%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%A0BOX-Blu-ray-%E3%82%AD%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%B3/dp/B007SM0PYY/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1334849200&sr=8-1


全話収録でこのお値段!安くないですか?
音楽が編集されているか気になるところですね。(笑)

mukuge様へ

  1. 2012/04/20(金) 23:26:43 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
mukugeさん、再びこんばんはーv(ウザくなくてよかったです…!ウザい時は璽主のように「アオニム」と睨んでくださいww)
善徳女王の時代は、ドラマだけでなく史実的にもイレギュラーなことがあって(ユシンのお墓とか聖骨→真骨とか)、ネタが豊富で楽しいです(・∀・)

そして、お言葉に甘えて、mukugeさんのブログのコメントにお返事を混ぜてしまいました(ノ∀`) お気遣いありがとうございます!

ももちき様へ

  1. 2012/04/21(土) 00:01:01 
  2. URL 
  3. 緋翠@管理人 
  4. [ 編集 ] 
ももちき様、こんばんはーv
こちらこそ、お返事ありがとうございます! そして、「もう一度見返したい!」となって頂けるのが嬉しいです(´∀`)ウェーッヘッヘ←やめなさいw あ、ピダム登場前もあれこれ詰まっているので、良かったらそちらも…(笑)

> 緋翠様も二年前、わたしと同じ状態であったこと。そして、それがきっかけで二次創作を始められたとのこと。本当にありがとうございます!!緋翠様に救われている方、たくさんいると思います。寝込んだのはわたしだけじゃなかったのだと思うと大変心強いです。(笑)

わわわ…!ありがとうございます(×∞)!!
善徳女王が終わった後の落ち込みようは本当にヤバくて、今思えば、私はちょっとイレギュラーな視聴方法になってしまったので、初めて最終回を見た時は、間の25話が未視聴の状態だったのですが(爆)、43話から62話を見たら、ダメージが凄まじく…。最初から全部見ていたらどうなっていたのか、今更ながら不安になりますw
一人じゃなくて良かったです!(笑)
私も、愛を知る大切な場面と知りつつ、62話の後半はまだ2~3回しか(しか?)見てないですね…。涙腺が決壊したら…と思うと、そう簡単に見れません^^;

私の場合は、ピダムは見直せば見直すほど有能なヤツだと感じさせられます。そして、今や「可哀想」と同情することがなくなってきました(爆) 最初はあまりに天才キャラ過ぎて「なんだこいつは……」とついていけなかったんですが(今思えば、劇中でも他の人からそう思われてしまうのがピダムの不幸ですね)、でもトンマンと言う器に出会えて、生き甲斐のある人生になって良かったなーと…。最初、トンマンに出会うまでは、本当にただ瞬間瞬間を生きているだけ、と言う感じでしたし。
そして、ユシンのことを何卒優しく見守ってあげてくださいww 最後にユシンはトンマンに対して、「ピダムを助けなくていいんですか……?」的な気遣いを見せているので、恨むならチュンチュを!(笑)

ブルーレイは、私の天敵(え)ポ●ーキャニ●ンさんなので……か、買わない…と思います…(えー!?) 音楽差し替えは絶対にしてるでしょうし、あれはホントにストレスなので、とてもお金を払う気には…(えええええ) 特典ディスクの内容にも全く興味がないので(ちょ)、皆様の感想を見て、盛り上がりたいと思います!(コラー!)


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